26 豪人、斜陽に抗う①
「――さま。起床ください」
「んんー……?」
朝早く、老執事のバンク氏に起こされた。
まーまー事務的な起こし方が施設の職員に似てたんで、
「え? もうそんな時間? 学校に遅刻しますか?」
などと寝ぼけた返しをしてしまった。
「あ、そっか。もう通わなくていいんだ」
僕と妹のノノはもう、日本には帰れない。
行き来していたタンスが開かなくなったから。
突然行方不明になった僕らを誰かが心配してくれてるんだろうか?
捜索してくれてるんだろうか、警察は?
なーんてことを何となく思い、苦笑して首を振った。
僕らふたりが消えたところで騒ぐ人など、施設にはいない。
おそらく反抗期の家出くらいに考えてるだろう。
帰ったらむしろ「規律違反だ、見せしめだ」ってお仕置きされるかも知れんし、下手すりゃ、新規入所者にすでに部屋を取られてるかも知れん。
第一、僕は警察がキライだし。キライと言うか、信用していない。
過去にトラウマがあるからだ。
あれほど辛くて悲しい思いはご免蒙りたい。
そこまで思い巡らしていると、色々どーでもよくなった。
「いいさ、別に」
ノノが日本に残ってるってんだったら、そりゃま、死ぬほど心配するだろうが、異世界に一緒に来てんだしな。
唯一心残りなのはユーチューバー忍海うららんの3Dライブ配信か。あの歌声を2度と聴けないってのはちょっぴり悲しいな。
「お休みのところ恐縮です。リヴィ殿が来られています」
「リヴィたんが?」
彼女曰く、魔王城に隣接した、とある工場に案内したいと言う。
「今から?」
気付くのが遅れたが、リヴィたんの背中に隠れてツェツィーリアもいる。
朝っぱらから皇女殿下直々のお出ましか。
よっぽどの重大事か、火急の用件かと焦ったら、単にツェツィーリアの思い付きだと謝られた。
本人のしどろもどろの説明によると、その場所に興味があり前々から行ってみたかったそうだ。
「今日はたまたまお母さまが出掛けてるから。……チャンスなの」
「出掛けてるからチャンスって……どういう?」
どうしてだか、アンナさんには珍しく「そこへは行っちゃダメ」と止められていたそうな。
ダメっていわれりゃ、逆に行きたくなるのが思春期の性ってもんですかね。
「分かったよ。今日は予定を変更してそこに行こう」
僕も近いうちに行く計画はしてたし、その場所の対応は数ある重要課題のひとつでもあったしな。
早めに行動するのに越したことは無い。
別用を済ませたノノも後から合流するとのこと。アイツも急遽、現地応対することにしたそうで。
なんせ魔王皇女殿下のご視察だ。優先度を爆上げしたんだろう。
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さて、城の北門を出てすぐ。
「――ここです。どうぞ、中へ」
案内されたのは、帝国内で唯一の施設となった魔導人形の生産工場である。
当然ながら僕はこの施設を前から知っていたし、何度か現状説明を受けたこともある。
しかしながら自分の中であえて今まで、スルーしていたきらいがあった。
なぜなら、かつて人間族たちを絶望の淵に追いやり、エフェソス帝国興隆の立役者となった魔導人形たちを造ってる場所だ。当然、ソイツらがいるだろ?
僕自身、前世でソイツらに苦しめられた経験があるし。
絵も知れぬ怯えとか忌避とか、なんとなーくそんなような不安を心中に抱えてるっぽい気がするのは仕方ないだろ。
「あれ? ここが魔導人形の?」
「そうです」
表向きはただの鍛冶屋――だった。これは予想外だ。
30人ほどのドワーフとゴブリン、それにオークたちが、ドロドロに溶かした鉄を型に流し、または焼き入れ焼き戻し、成型加工などの作業をおこなっている。
エフェソス帝国領は現世の日本と同じく台風シーズンの真っただ中。
なので空気が湿ってて蒸し暑い。事に工場内はなおさらだ。
「こちらへ」
沢山の職人たちの間をすり抜け、奥へ進む。
監視員のいる部屋や無人の部屋を抜けて、仄暗い廊下へ出る。
魔鉱石の燃料を使ったカンテラが一定置きに吊るされていて、ぎりぎり足元不案内まではいかない暗さ。
ただそのために逆に不気味さが増していて、異界に誘われるような心地がした。
「ただいま侵入者防止のための監視魔術が働いています。発動者が暗闇を好みますのでご容赦を」
そう言われりゃ、暗闇に潜む眼に、ジロジロ眺められてる気持ちもする。
「厳重だな」
ツェツィーリアが僕の服の裾を「きゅっ」とつまんだ。
前述の通り、彼女もここに来るのは初めてなのだ。緊張しているのだろう。軽く頭を撫でてやった。
照れるかと期待したら「子供扱いしないでよ」と怒られてしまった。
へいへい、悪かったよ。
「工場へはエフェソス城内からも通じていますが、今日は視察のため、わざわざ表から案内しました」
「なるほど。その方が良かったよ。現状を見せてもらって、より安心できる」
「防犯体制を知って頂き何よりです」
リヴィたんが最奥のトビラ前で立ち止まり、「ここです」と両手でドアノブを持ち開け放った。
「お待ちしていました」
中にいた魔術技術開発員のドワーフくんが一礼し、出迎える。
ノノの優秀な部下、そのいちだ。
相変わらず白衣か。キミの体格には少しそぐわないねえ。
ツェツィーリアが「その白服、カワイくて格好いい」とベタ褒めした。おーっ……良かったな。
「本日出荷分の人形は8体でごす」
ドワーフが指差す。
縦に長細い造りをした出荷場倉庫の両側に、天井まで届く大棚がずらりと居並び、そこの一角に「検査済」札を掛けた魔導人形が陳列されていた。羽毛っぽい緩衝材を当てられ、大型の木箱に収納されていた。




