23 勇者、帝都を解放する③
「近道しよう、アンコ」
チュテレールはこの辺りに詳しい。
アンコに否やは無い。暗く目立たない路地に入り、2つ3つ分岐を折れ曲がった。
ある角を曲がったとき、「うッ?!」とチュテレールが呻きうずくまった。
どうしたの? と言いかけてアンコが青ざめる。
チュテレールの脇腹が半分えぐれている。
真っ赤な血とドロドロの内臓が塊になって地面にこぼれていた。
「きゃああああ?! チュテレールう?!」
絶叫した彼女の眼前に、背丈2メートル半はありそうなトカゲ男が立っていた。
リザードマンという種族はアンコも知っている。以前、何度も戦ったこともある。
それが計3匹、鮮紅の眼を揺らしながら息を吐いていた。
「光の加護の者よ。オレらがこの街を追い出されたら仕事どころが家すらねえんだよ? それともアンタらが雇ってくれんのか? ああ? 人間さんよ?」
「ごめんなさい。キミたちの言葉は分かりません。だけど、友だちがイジメられたのは分かります」
詫びて怒るアンコの横に、チュテレールが仁王立ちしている。ピンピンしている。ぶちまけた内臓は確かにそのままなのに。
懐刀を構えたアンコが敵に告げる。
「斃すなら即死を狙ってください。それ以外は直せます、わたし」
言葉は通じず。だが気概は伝わった。
ギョッとしたリザードマンたちは身震いしつつ陣形を組んだ。
ジト目のチュテレール、ポシェットを掲げて息を吸う。
「――タチケテえ。ビッグ・ベアあ!」
叫びとともにドンッ! と現れたのは。
「き、巨大グマあ?!」
ゆうに背丈10メートルは超えている。
まわりの建築物より大きい。リザードマンの4倍はある。
熊のようだがツキノワグマ……ではなく、全身黒毛の胸部には十字模様の葦毛が生えている。
グガアと咆哮し凪いだ前爪で、先頭のリザードマンが真っ二つになった。
狭い路地なので石造りのはずの建物も巻き添えで削がれた。薄っぺらい紙で作られているのかと思うほど、二つともキレイに裂けた。
辺り一帯に崩壊した建屋の残骸が弾け飛び散る。轟音と震動、そして砂煙が空高く上った。
もうもうとする土埃の中で影が動く。
ニヤついて目を見開くチュテレールが2人目に肉迫していた。
わざわざ敵のフィールドに飛び込む常軌を逸した行動だ。ビッグ・ベアの動きが急停止した。
「応援しろッ!」
そばの建屋の屋根上からリザードマンの増援が4体ほど、アンコとチュテレールに向かって飛び降りた。潜んでいた連中だ。
「死ねえェ!」
キレたのは敵――で無く、チュテレール。
左腕を落とされつつ、相討ちでリザードマンの首根を半分切り取った。地面に這ったと同時に腕が再生した彼女は、ビッグ・ベアが3人目を足で潰す間に4人目を襲った。
肩に食い込んだ剣をそのままに、剣を相手の額に突き入れたチュテレール。またも相討ちで仕留めて後方を振り返った。
アンコが悲鳴を上げたからである。
5人目と6人目がアンコに剣を振り下ろしかけていた。
ほんのさっき、チュテレールはその一撃を喰らい、死にかけたのだ。
血の気が引いたチュテレールが見た光景は――。
「ふう。どうにか間に合ったか」
「二日酔いで千鳥足。情けないクズ男ね」
ジュドーとエロイーズが並び立っている。
足下に転がるリザードマン2体。
ジュドーの剣が引き抜かれたが、既に絶命している。
「き、きさまら……」
リザードマン最後の一人、7人目が悔し気に後ずさる。最早勝負はついた。
「その軍服……。もしかしてあなた、アウラ国軍の兵士なの?」
アウラ国。竜族が治める魔王配下の軍事国である。生物学的に系統の近いリザードマン種族が属しているのは何ら不思議ではない。
ただ、エロイーズはそのことに興味を持って訊いたのではない。
「軍人たる者が、いたいけな一般市民に危害を加えようとしたわけなの?」
おーヨシヨシ――とアンコの頭を撫でるエロイーズ。わざとらしくリザードマンを睨む。
このリザードマンは確かに軍人で、しかも上級将官だった。
帝都陥落の日、ゴブリンウォーリアたちとともに最後まで光の加護の者らと戦った勇士だった。
しかしエロイーズも、他の者たちも、彼の事など憶えていない。
彼は悔しさのあまり身震いし、手にした剣を落っことした。
「オレたちは正式な軍人じゃない。アウラ国に雇われた、ただの傭兵だ。だが一片の誇りは持ち合わしているつもりだ」
最後の一兵になった彼はその場で自決しようとして、自らの剣先を自分の方に向けた。
「……あっそ。でも魔物族の安っぽいプライドなんてどうでも良いのよ」
エロイーズの胸部に光る水晶玉に怪しい影が映った。不鮮明な影は次第に形を整え、リザードマンへと変化した。鏡の中に実体を吸い取られたように彼が茫然と跪く。
無言で注射器(に似た器具)を構え、彼の首に突きさす。
「うっ……」
小さく呻き、パクパクと口を動かすのをエロイーズが顔を寄せて確認した。
やがてリザードマンは数秒ほど経って痙攣を始め、10数えないうちに動かなくなった。
「……えー……っとねぇ。ここからちょっと行ったところに魔物たちのアジトがあるそうよ?」
「容赦ないな」
「容赦なんてしてたらこっちがやられる。それだけ」
「し、死んじゃったんですか? この人……?」
「アンコは心配しなくていいよう。悪は散り、天に召されて改心する。きっと次は善人に生まれ変わるよう」
キュッと口を結び、うなだれるアンコ。
「アンコ。お前が不快なら不快でもいい。厭なら付き合わなくてもいい。お前はお前の信念で行動しろ。それでいいさ」
「先に宿に帰って休んでなさいな。何かアンコが好きな食べ物でも買って帰るから」
「アンコはエペの油揚げが好きだよお?」
「エペ? あんな物食べれるのか? へっ、チュテレールの好物じゃないのか? あ! てーか、おめえ。まーた暴走して敵に突っ込んだろ? あれでアンコがやられそうになったんだかんな!」
「それについては反省してるよお。……ごめんね? アンコ」
ううんと首を振ったアンコはクスリと笑った。
「わたし、一緒について行く。ついて行きたい」
宣言してから「独りにしないで。独りはイヤ」と泣きついた。さらに、
「あ、しまった。行くって言っちゃった」と首をすくめた。
アンコと3人は顔を見合わせて苦笑し、気を取り直して魔物族のアジトに向かった。
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アジトに残った最後の一兵は、口数の多いダークエルフだった。
彼は末期の命乞いをする中でこういう話を残した。
「魔王がリオン王国を訪問するというウワサを聞いた。僕たちはそれを襲う計画を立てていた」
近年、外遊する魔王は珍しい。
体を悪くしている、暗殺を恐れている、など色々憶測が囁かれているからだ。
日夜後継づくりに励んでいるといった下賤なゴシップネタまで飛び交っていた。
真相は不明だった。
「どうする?」
「ガセね、たぶん」
「わたしヤダあ。だって遠いもん。敵地のど真ん中だし」
ジュドー、エロイーズ、チュテレールは決心がつかず。
何となくアンコを見た。
アジト殲滅中、「うええ」とか、「あああ」とか、気分を害しながら後方支援に明け暮れていた彼女は、仏さまに合わせていた手を戻し、希望をポツリと述べた。
「……リオンの海の近くに温泉があるって勇者お婆ちゃんが言ってた。そこで獲れたエペがとってもオイシイとも。……わたし、行ってみたい」
「そう言えばそんな話、お婆ちゃんしてた気がするわね」
「温泉? なーに、それ?」
「とっても温かくって、キモチのいいお湯に浸かるの。すごくリラックスするんだよ?」
「へーえ」
斃れた敵兵たちを全てむしろに寝かし終えたジュドーは、最近アンコに教えてもらった念仏を手を合わせて唱えてからカオを上げ、「んじゃま。行ってみっか」と皆を見渡した。




