21 勇者、帝都を解放する①
―三人称―
先年、198年続いた帝歴に異変が生じた。
中原を制した人間族が新暦の採用を宣じたのだ。帝国に対する一方的な通告だった。
新暦元年、旧都エフェソス城市は名を新都オルグイユと改めた。
人間族が治める、大陸随一の城都に生まれ変わったのだった。
その前後頃からエフェソス大陸もエウロプリア大陸と呼ばれだした。
これは人間族の切望、スローガンのようなもので、「西を鎮めよ」という意味がこもっている。
地図上で西――と言えば、そこはエフェソス帝国の直轄地、魔王城がある地域。
つまり「西を鎮めよ」というのは、「魔物を駆逐すべし」との暗喩になる。
やや脇道に逸れるのを覚悟で前段の経緯を述べる。
――約80年前。
魔炎王タルゲリアが人間族に最後通牒をおこなった。
その頃、大陸中原を追われていた人間族は、長年にわたり地方で魔軍に抵抗した。
エフェソス帝国成立後、120年間の抗争で人類は半分の数になった。
大陸の東南地方にある天燿国が唯一の独立国だった人間族は、光の加護の者(いわゆる勇者)を召喚すべく、持てる法力をかき集め儀式を強行した。
しかし呼び出せたのは年端も行かない幼女一人だった。
幼女は確かに光の加護を受けていたが劣勢を挽回するには力不足だった。
帝歴111年、人間族の最後の砦、天燿国が降伏する。
その後、光の加護を得た幼女の存在が人々の口に登ることは無く、彼女はエフェソス帝国の膝元で監視下に置かれ、同胞らにも冷たくされながら、長く孤独の刻を過ごした。
――そして今日。
帝歴197年。
魔王軍弱体化の隙を狙って光の加護の者が再召喚された。
召喚したのはかつての幼女、光の加護者である老婆と有能召喚士のふたりだった。
光の加護者は老体にムチ打ち、召喚魔術儀式を敢行することによって、この世界にコレエダ・アンコなる未知の国の者の迎え入れに成功した。
光の加護のシルシとなる聖具は、コレエダ・アンコの場合は懐剣だった。
それを握れたことによって彼女は、光の加護の者と認定される。
(一般人は聖具に触れることも出来ない)
認定したものの、80年前の立ち合い者と同様、老婆は深いタメ息をついた。
「またも子供か……」
己の不甲斐なさを嘆く老婆。
召喚したコレエダ・アンコは、見るからに頼りなげだった。
昔日の自分を見ているようなバツの悪さだった。
が、老婆の心に劇的な変化が生じる。
儀式を共にした召喚士が「これで未練なく、次代を託せます」と満足げに微笑んだのだ。
力を使い果たした召喚士は微笑んだまま死んでいった。
老婆はしばらくその遺骸を前に立ち尽くす。
そうしているうちに、老婆の眼に光が宿った。
――そうじゃ。
ワシには孫のエロイーズがおるではないか。
甥っ子のジュドーもおるではないか。
さらに、亡くなったこの召喚士には、優秀な娘がいるではないか。
――その証拠に、立ち合い者の甥っ子と召喚士の娘の首筋には、はっきりと光の加護の痣が浮かんでいる!
それはもしかしたら、老婆のただの思い違いかも知れなかった。
そうであってほしいという願望がそれを見せているのかもしれない。
だが老婆は思い立った。
荷物をまとめた老婆は、コレエダ・アンコを連れて帝都を抜け出した。
逃避行に成功し、故郷の村で半年。
無知で無垢のコレエダ・アンコに、この世界の常識と魔法技術を教え込んだ。
それから更に半年。
光の加護継承の日。
エロイーズ、ジュドー、召喚士の娘のチュテレールが密かに呼び集められ、儀式が行われた。
80年前にたった独りだった老婆は、コレエダ・アンコを含めて光の加護の者を4人誕生させ、彼らに看取られながら、安んじてその生を全うしていった。
やがて、その1年後。
転移魔術で魔王不在となった帝都は、光の加護の者によって、再び人間族が闊歩する都となった。
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あの日。
魔軍帝都に突入後、戦闘中、光の加護の者4名以外の人間たちは皆、難を逃れた。
安全圏から戦いを見守った。人と魔の勝敗を見定めた。
勝ったら万々歳、負けたらそれまで。
仮に光の加護の者が敗死しても、これまで同様、魔物どもに首を垂れ、いつもの生活を続けるだけだった。
そして。
光の加護の者たちが勝利する。
第二将軍、猛突の黄獄と恐れられた魔王軍司令官の鉄の意志は、彼らによって微塵に打ち砕かれた。
魔王軍は帝都からの撤退を余儀なくされた。
魔王軍は一掃。人間族以外の市民ら(亜人や魔族)も理不尽な弾圧を恐れて脱出。
人間族だけが残った。
独り勝ちの人間族は歓喜する。
都を占拠して10日後には王の末裔とされるひとりの若者が、何処からか連れて来られた。
その1ヶ月後には推戴され、人間族の上に立つ、新たな王に奉られた。
新時代の英雄として一時を過ごした光の加護の者らは、王の出現によって華やいだ表舞台から即座に降ろされ、一市井の扱いになった。
新都オルグイユの宮廷に招かれた光の加護の者らは、即位後間もない青年王に拝謁し謝辞を受けた。その上で改めて魔王追討の御諚を賜った。
今日ようやく謁見した国王さまのご尊顔は、実に晴れやかで穏やかだった。
達成感に満ちた英雄そのものの顔をしていた。
かたや光の加護の者らはどうだったか。
王への拝謁など、これほどの名誉は無いだろうが、彼らは何処か冷めた表情を浮かべていた。
言葉に出さずともお互い胸深くに違和感と不快感を抱き、優れぬ気分の捌け口に困った。
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退廷後、光の加護の者ら一行は2班に分かれた。
両替屋(=銀行)を兼ねている冒険者ギルド(=個別就労互助組合)に向かった組は、与えられた褒美のほとんどを窓口に預けた。
持ち歩くと大抵ロクな事にならないからだ。
窓口の男は神経質そうな目で預け入れ者らの容姿をチェックし、渡された袋の中味を数え、丁寧に記帳した後、数字入りの札と羊皮紙を返した。
「こんな大金、さすが勇者様だね。全部預けるの? 構わないのかい。手持ちは残してるの?」
本来預託者への余計な口出しは厳禁だが、札と紙を交互に見詰める者――少女に念押しした。
少女は窓口の方に目を遣り、困ったように苦笑するばかりで答えなかった。
代わりに別の、こちらも少女だが――が返事した。
「オールオッケイ。だって物騒だもんねー」
「そーかい。ところで今日、エロイーズさんは……?」
ここまで踏み込んだ会話は公私の域を超えている。
男は少女の、嫌悪感剥き出しの目に気付き、咳払いで身を縮めた。
少女は前掛けしている不格好に大きいポシェットからちびた鉛筆を取り出すと、羊皮紙に書かれた金額や日付、証明印と署名した男の名を念入りにレ点チェックし、もう一人の少女の手を引いて踵を返した。
「世の中物騒だからねー。貯金証書の証憑も取っとこう」
「証憑の証憑? 石橋を叩くんだねぇ?」
別の窓口で証憑を取って、窓口の男の手続きに不備が無いのを再確認し「ハッ」と一息ついた。




