20 春馬越ノノ、転移ゲートを失う③
ハアァ。
つい勢いに任せちゃたものの。やはり移動は厭よねぇ。
生来、実は馬車が苦手で。
さすがに古来の馬車とは違って、車軸と車体部にはサスペンション機構はあるものの。
整備足らずの路面はやっぱ揺れるし、轍に車輪がとられて左右に振れるし散々。
窓の外も地味。森しかない。走れども走れども木、木、木。
それでも真向いに腰掛けているツェツィーリアさまは明るい。
ずっとオニイのコトばかり話している。
あたしは?
あたしはってと……オニイの出迎え……は二の次だし。
あたしは元々ただのツェツィーリアさまの付き添い。魔王城の外を視察したかっただけ。
市民の暮らしぶりとか生の声とか。
リアルな情報を収集したいと前々から思ったし、ちょうど良い機会だと思ったし。そしてそれは昨晩、早速叶えられた。
ただ、予想とは全く反対の形で。
あたしのおこなった取り組みが、真に効果を生んでいたとはお世辞にも言えなかったと判った。
帝国の魔物たちの生活はちっとも豊かになっていなかった。これは痛烈にショックだった。
賞賛の嵐しかないと夢想していた自分がこの上なく恥ずかしかった。
とにかくも、とても勉強になった。
後はエロで女たらしのオニイに一刻も早く制裁を加えてやりたいのと、ツェツィーリアさまの身を守るためと。
――ってまだ着かないのかしら。あー長い。
と言って極秘裏に開発中の点転移施設を試すわけにもいかないしなあ。もし使って失敗したら切腹どころじゃ済まないもんねぇ。申し訳なくて末代まで後悔しそうだし。
ちぇーっ。
あたしの隣の、何気に今回の旅に加わってる人物に今更だがちょっかい出してみた。
「はん? どうしてついて来たかって? 決まってますわ。パルマコシさまに教えて頂かないと、どうしても見つからないアイテムがございますの。――ええ? 無論ゲームの話ですが?」
と言いつつオニイに気があるんじゃないの? と邪推してみる。
このお方は第4夫人のカーラさま。普段は無口でいつもゲーム機を睨んでいる。スマホを与えたら確実に中毒になるタイプに見える。
何だかんだバカ兄貴の奸計に嵌まってゲームオタクになっちゃった人の第一号事例。
ホントは第6夫人のルールーさまを誘ったのに、第二皇女のシュテファーニャさまの介護があるからとすっぱり断られた。
当然だわ。バカ兄貴の世話なんて焼く方が異常です。よって、わざわざついて来たカーラさまは異常の領域にさらにまた一歩、足を踏み込んでいるんです。御愁傷様。
ツェツィーリアさまと目が合った。
「わわわ! ツェツィーリアさまのコトをとやかく言ってるんじゃないですよ!」
「ん? 何が?」
前言撤回。結果的に第6夫人を連れて来なくて良かったと胸をなでおろしている。
ファウツーに心を読まれて性悪認定はされたくなかったし。
それに比べたら、こっちのカーラ姫さまは平和そのもの、携帯ゲーム機さえ持たせとけば大人しいもんだし。カーラさまバンザイ。あと、カーラさまごめんなさい。
……で、しつこいですが、ホントにどうしてついて来たんですかー?
馬車の馭者を担っていたリヴィが、先導の護衛騎馬に合わせて手綱を引き、馬の歩を停めた。
帝国の紋章が刻まれた馬車が数台、林道脇に放置されていた。
馬は解き放たれてどこにもおらず、馬車の内外ももぬけの殻だった。
「近くに街があります。そこで休まれているのかと」
「まさか」
見張りもつけずにこんな辺鄙なところに馬車を置き去りにするなんてあり得るか。
リヴィは少しお気楽なところがある。
どうも細心の注意が必要そう。きっとここはあたしの出番だ。
姫さまたちはしばらく待機してもらおう。
ついて行くと言ったリヴィと護衛10人ほどを伴い、単身で街を見回った。
中央広場に人間族がたむろしていた。
「ノノ、アレを!」
数人の魔物たちが人間族に囲まれ、後ろ手に縛られた状態で競りにかけられている。
明らかな異変だ。
「助けますか?」
「今は無理よ。諦めましょう」
護衛に周囲警戒を指示し、気付かれないように馬車まで後退した。
「道を変えます。何らかのトラブルが起こったようです」
リヴィが何か言いたそうだったけど、同族が競売に掛けられているという報告はしなかった。
「何らか……とは?」
「分かりませんが、例えば人間族の襲撃を受けたとか、――もしくは勇者一行と再び戦闘になった、とか」
勇者という単語に一同凍りついたようになった。カーラさまなんて、命ほど大事にしているゲーム機を滑り落としていた。
実際にこのあたりにまで勇者が進出しているなんて、あり得ないはずだ。
だけど街の状況からすれば可能性は否定できない。決してただの脅しじゃない。虫の知らせというやつだ。
「それで、豪人はッ?!」
ツェツィーリアさまの問い掛けは震えている。心配ないと即答したあたしは、帝室の馬車群を転進させ魔王城の方向に急がせた。
勇者らの存在はともかく、こんなあたりまで人間族が幅を利かせるようになったのかと正直焦りを感じ、あたしはその内心を知られたくなくて、馬車内では白々しいテンションで皆を励ました。
ツェツィーリアさまの表情はしばらく硬かったけど、あたしのバカな話に笑ってくれ、緊張を解いてくれたようだった。護衛に馭者役を替わったリヴィは、警戒心からか、車内で片時も剣を離さなかった。
「あ。馬車を停めて」
曇り空の隙間から強烈なオレンジ光が広大な草原に落ちていた。そこに落陽のスポットライトが当たっているようだった。幻想的で、まるで絵の一部分だった。
その場所にポツンと、取り残された集落があった。
うっかりすると見落としてしまうほど小さな世帯群だった。
そこに、数人の兵を連れたオニイが立っていた。
集落の代表者らしき人としゃべってた。かなりヒートアップしていた。
「オニイ!」
「なんだノノか。お前、来てたのか」
オニイは第一将軍のラットマンと視線を交わしカオをしかめたが、ツェツィーリアさま以下が同行していると知り、更に厳しい表情になった。
このときにはあたしにも事の重大性が理解できていた。ツェツィーリアさまをここまで連れ出したのを強く後悔し反省した。
「……何があったの?」
「あー。その。……別に」
「別に、じゃないでしょうが。こんな沢山のお墓を前にして、何も無いって方がヘンでしょ!」
ラットマンがペロンと自身のカオを右手で撫でた。
「護衛の兵たちでさ。勇者一行に遭遇しましてな」
「こ、こらッ?!」
ビクンと心臓が飛び出しそうになった。恐怖で足がガタガタした。
それをグッと堪えて隠し、努めて冷静さを装った。
「フーン、やっぱりか。で、村の人たちに墓堀りさせてたってわけ?」
「あ、あぁ。大事な同志たちだけど、連れて帰れないからな。せめて葬式してやりたいって村長に談判してたんだ」
村長さん、被っていたヨレヨレのハットを取り深々と頭を下げた。
「墓堀りは手伝っただす。でもこれ以上の厄介ごとはカンベンだす。どうかさっさと立ち去って欲しいだす」
この人の言い分ももっともだ。
ここら一帯で暴走し始めた人間族に何をされるかも知れない。
余計な揉め事に巻き込まれて村を危険に晒したくは無いだろう。
そこへ一人の少女が駈け寄り、麻袋を村長に手ずから渡した。
ツェツィーリアさまだった。
戸惑う村長に更にもう一つ、もう一つと麻袋を追加した。ジッと彼の顔を睨みながら。
その袋が5つ目を超えたとき、とうとう村長が根負けした。
「あなた方、何処の誰だかアシには全く存じませんだす。存じませんだすが、切実な気持ちは充分に伝わりましただす。なんでこの墓の方々ら、アシらが責任もって御守り申しますだす」
「有難う」
本来は目上の者に対して行う謝辞の所作を、ツェツィーリアさまが丁寧にとる。
オニイも、それに合わせてゆっくりとお辞儀をした。
ごく自然に、あたしとリヴィもオニイと姫殿下に倣った。いつの間にかいたカーラさまも深々と首を垂れていた。
地に降り立つ黄昏の光柱が、まるで死者を天国へ向かい入れる道すじみたいに錯覚し、あたしは知らず知らずのうちに手を合わせていた。
36基の石碑が、例外なくオレンジ色に輝いていた。
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〇春馬越豪人に一言〇
春馬越ノノ(実妹・技術研究員) ま、生還できて良かったんじゃない?
リヴィ(ダークエルフ・内政担当) お疲れさまでございました。
バンク(老執事) また勝手なお振舞いを。
サシャ(メイド執事) 赦せない。アイツ。
アンナ(正妃) お帰りなさい、豪人さん。
アリス(第2夫人) ――(コメント無し)
ローザ(第3夫人) ――(コメント無し)
カーラ(第4夫人) ……うん。ま、頑張ったですわね。
セリア(第5夫人) 興味なし、です。
ルールー(第6夫人) お疲れさまでした。
ツェツィーリア(魔王の長女) わたし。まだまだ子供だね。
シュテファーニャ(魔王の二女) ――(コメント無し)
リリティシュール(魔王の三女) おにーちゃん、オカエリ!
ラットマン(魔王軍第一将軍) ともあれ無事のご帰還、感謝いたします。




