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02 プロローグ 生まれ変わった春馬越ノノ②


「あー。そっか。あたし前世、あれで死んだっけ」



 次に古い記憶は生後。


 ゴブリンでなく人間だった。しかも現代の日本。


 物心ついたあたりの、幼稚園児くらいか。

 すべり台のテッペンに登り、男児どもを従えて高笑いしていた。


「うう。ハズイ」


 我ながら子供子供した振舞いだった。黒歴史として葬りたいと首を振った。


 ――たぶん。

 あの後、魔鉱石の鉱山は魔導人形に乗っ取られたろう。


 魔王さまはどうしただろう。心配だった。

 築き上げた地位や名誉、それと蓄えていたはずのお金を思い、死ぬほど悶えた。


 何としても異世界に戻ねばならぬ。


 よし。


 と、ノノは現在の境遇を整理してみることにした。まずはそれからだ。


 私物の入った引き出しを片っ端から調べ、判明したのは次の通り。


 1.自分は両親から虐待を受け、いまは児童養護施設で暮らしている。


 2.2つ歳の離れた実兄がいる。ソイツの事は、幼少期から自分の中でクズ認定している。


 3.毎月1000円の小遣いをコツコツ貯め、2万円に達している。


「2万……か。どの程度の価値か後で調べなきゃ」

 

 それと。

 もっとも大きな事実。


 それは、自身の内に魔力を有している事。

 生前、つまり前世で魔鉱石を呑み込んだせいだろう。


 前世の知識を辿ると、その能力は【個体スキル】と言うもので。


 ノノのスキルは電撃。魔術名トネルピュトゥール。


 ありきたりだが、前世には備わっていなかったと記憶しているので、防犯の役には立つと割り切った。

 ちなみに夜中に試し撃ちしてみた。


 するとハラ立つことに、狙った目標物にちっとも当たらない。


 これには失望したが、まぁ、異世界に戻れれば知り合いの魔術師とかにどうにかしてもらえるだろう。




〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓






 数年が経過した。


 春馬越ノノは異世界人の自覚を持ちつつも、現世界で中学生になった。


 この数年間、彼女はあらゆる誘惑に耐え、節制生活を続け、なけなしの小遣いもせっせと貯め、一方で転移技術に関する知識をひとつひとつ丹念に、辛抱強く思い出して、記憶を記録に変換する作業に没頭した。


 そのかたわら、整理・分析した理論を実証するため、内なる魔力エナジーを増幅させる鍛錬も日々怠らず、小さな実験と失敗、そして反省、改良、また実験……のサイクルを延々繰り返した。


 その間、痴漢野郎のゴンドーが彼女の犬になり、おあずけによる欲求蓄積の果てに再び別の女児に手を出し、今度こそ罪を償うハメになったり、両親が正式に離婚して母方に引き取られたが再度ネグレストに遭い、施設に逆戻りしたりしたが、ノノ的には別に大した出来事では無かった。


 ノノの関心事はただのひとつ。


 一刻も早く異世界に還るにはどうすれば良いか。


 異世界転移を成功させるしかない。


 この一点に尽きた。




〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓






 そして苦節4年、12歳。

 中学に入って最初の夏休み。


 実験に実験を重ねた彼女の挑戦は……ついに成功した。

 彼女は異世界への転移魔術を発動させた。


 震える心で帰郷を果たしたノノの目に、原風景の街並みは思ったよりも地味に映った。

 いや……地味と言うより……。


 感動よりも、達成感よりも、別の感情が彼女を支配した。


「な、な、なんじゃコレぇぇ?!」


 一言で言うと、帝都エフェソスは荒廃していた。


 城門まで続く美しく整備されていた石畳はあちこちデコボコだらけで、まるで雑草に埋もれたブロックの廃材置き場のようになっていたし、整然と並んでいた庶民の家屋は、こちらもペンペン草ぼうぼうのあばら家に変わり果てていた。


 中でも一番の変化は、そこに暮らす人々の様子である。


 笑顔と活気にあふれていた帝都民たちはどうしてしまったのか、ゴーストタウンを徘徊する物乞いか盗人のような面容になっていた。


 ノノは前世、懇意にしていた雑貨屋を探し当てることが出来、異世界で起業するために、手始めにそこの主人に点火棒(チャッ〇マン)を売りつけてみた。


 主人は当時から柔軟な思考の持ち主だったので何でも引き取ってくれたが、この商品のデモをするなり「全部売ってくれ」と食い付いた。


「都の連中は火を熾すのにも難渋している。これは有り難い! 売れるぞ!」


 その場で商談が成立し、ノノは異世界の通貨を得る取っ掛かりを築き得た。


 それからもノノは頻繁に異世界間を往復し、ソーイングセットや乾電池、懐中電灯、工具から工事用器具まで思いつく限りの生活用具、工務用品を持ち込んだ。評判が評判を呼び、雑貨屋は見る間に様相を変え、2号店の経営を任せたいとまで言われるようになった。




〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓





 1年ほどした頃、突然魔王城から使いが来た。


「キサマ、人間の分際で珍品を扱っているそうな。魔王さまが興味を持っておられる。直ちに参上せよ」


 使いは執事と称したが、うら若いメイド娘だった。


 ノノと容姿が似ていたのでゴブリンの国では珍しい人間族なのかと思いきや、ホビット族だと否定された。確かに耳が大きく尖っているし、ずいぶん小柄だった。


 日頃疑り深い性格のノノも、この時ばかりは得体の知れない訪問者の、しかも横柄な要望を快諾し、早速の登城を約束した。何故ならこの、千載一遇のチャンスを心待ちにしていたからである。



「ついに会えるわ! 魔王さまに」




〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓






 魔王さまへの謁見はあっという間に終わった。 

 しかし後年振り返るに、実に濃密かつ劇的なひとときだった。


 ノノはこの場に臨み、袋麺と鍋、カセットコンロなどを準備。


 必殺の現世アイテムをひっさげて、なんと御前調理を敢行した。


 彼女なりに勝負を賭けたデモンストレーション、というよりパフォーマンス、いいや、有り体に言って自分自身の売り込みをかけたのだった。


 3分間の調理中、お付きの者の反応から、どうも気乗りしていないっぽい魔王さまを敏感に感じ取り、キッチンタイマーを掲げ、「キッチンタイマー・ガアル!」 と、無理くりキャラ全開でおどけてみせた。


 ついでにハンドマイクを取り出しカラオケ美声まで披露した。

 前日に幾度もイメトレしたやり込みソングである。


 ククク……と嗤い声が聞こえたので、ついノノは、無礼と分かっていながら魔王の尊顔を仰いだ。


「なあっ?! アンタ、オニイじゃん?!」


 素っ頓狂に叫んでしまった。しかも魔王さまに向かってアンタ呼ばわり。

 慌てて口を塞いだが手遅れで、武装したゴブリン衛士たちに囲まれた。


「……よい。しかし、ワケを話せ。朕のカオがどうかしたか?」


 ノノは震え上がりながら理由を説明した。


 洗いざらい話した。前世の記憶も、これまでの経緯も。


 そして彼女の兄の事も。


 ノノは、前世で結局魔王に拝謁できなかった。

 なので魔王がどんな顔なのか、この時初めて知り得たのである。それが仇となってしまった。


「重ね重ねのご無礼を承知でお願い申し上げます。ぜひワタクシを御側にてご使役ください」


「そなたを?」


「是非、陛下の下で働きたく存じます!」


 面白い娘だ。と肩を揺する魔王。

 悪いが当城に人間族は不要だ。メイド執事が告げた。


「ところで娘。朕はそんなに似ておるか。そなたの兄に」

「あ、い、いえ。滅相も。魔王陛下に比べれば、我が愚兄などゴミ芥のへちゃむくれ、潰れアンマンです」


 感動と緊張から一転、焦りと狼狽で冷静さを欠き、物言いが支離滅裂になった。

 そんな話がしたいのではないのに。


 その後、年配の執事が現れ、完成した麺の盛り付けを手伝ってくれた。


 魔王は気さくにそれに口をつけてくれた。「なかなか美味い」とも言ってくれた。

 なのにノノは、それらの記憶が不確かのまま、住まいとしている店に帰り着いてしまった。


「ああ。失敗した」


 遂に魔王に会えた喜びと、自分の言動に対する反省で、変な涙がボロボロ出た。

 そのままその日は面倒くさくなって現世に帰らず、気を失うようにして寝た。


 ――翌日。


 再び魔王城から使いが来た。今度は褐色肌の美麗なダークエルフ少女だった。

 漆黒の羽根を「ふあさ」と広げている。


「魔王陛下のご命令です。あなた様の兄上を連れて来るようにと」

「……へ? オニイ……を?」


「陛下のお慈悲です。陛下のお眼鏡に適えば、あなた様の出仕を認めるそうです」

「出仕を……認める……!」


 ダークエルフ少女は声を出さず、「そう言ってるだろ」的にただうなづいた。


「でも、その条件に、ウチの兄を連れて来いと?」

「クドイな」


 春馬越ノノの、とてつもなくフクザツそうな表情を浮かべるのを、ダークエルフ少女は怪訝そうに眺めるのだった。



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