19 春馬越ノノ、転移ゲートを失う②
「ファウツーにいったい何を相談したの?」
少し緊張気味なツェツィーリアさまの目は、清らかでひたむきだ。ごまかしや嘘はつけない。
「第一は資金問題です。エフェソス帝国の財政は悪化の一途をたどっています。それを少しでも解消するためにあたしは、商売を始めました。商売自体は順調に行っていたんですが、肝心の帝国市民の生活レベルはなかなか上向きません。そんな状況下であたしとリヴィが目標にしている療養所や学校の建設になど、とてもじゃありませんが予算を振り向けられるゆとりがありませんでした」
「――そ、それは。あなた方のような一官僚が憂うべき事じゃなくって、皇女であるわたしが悩まなければならない問題だし。あなたはあなたの目標にむかって邁進したら良かったのよ」
「いいえ、姫殿下。それならばせめて姫殿下とともに帝国が抱えている問題について考えさせてください。そして悩ませてください。あたしも立派に魔王陛下のしもべであり、遺志を引き継ぐ者です。その自覚と決意があたしにはあります」
「ノノさん……」
とにかく帝国にはお金が要る。
多くの税収を得るには、より民が豊かになることが必須だ。だからあたしは今の実質の権限者、第1夫人、皇太后殿下アンナさまと第1皇女のツェツィーリアさまに談判してオニイに一定の権限を委譲してもらった。
その上でオニイに財政改革を断行してもらったのである。
ざっくりまとめると、
①直轄領における農地倍増計画
②諸属領自治化による、独立採算制への移行
この二本柱である。
そして。
「あたし、ファウツーに転移ゲートを増やしたいと相談しました」
「――それで?」
予想通りというべきか、ファウツーの応えは厳しかった。
「要はあたしの魔力能力が足りないとの事でした」
ダウンした原因もなけなしの魔力を無理に消費したせいだろう。
通事のルールーさまを介し、ファウツーはこう言った。
浮遊大陸か現世界か。どちらの道を採るか選べ。二者追いは死を意味すると。
あたしは迷い、返答に窮した。
慈悲深く気まぐれなファウツーはお試しをさせてくれたんであろう。
つまり、前者を採った場合を示してくれたのだ。
あたしはそう解釈した。それはある意味有難かった。
ツェツィーリアさまは「ファウツーは厳しいなぁ」と小さく首を振り、目を逸らした。優しい子だ。
ひとつ、ファウツーが教えてくれたことがあった。
「あたし、前世も魔王城で働いていたんです」
「……えーとぉ、……それは豪人から聞いて知ってるよ?」
豪人。オニイの名前。パルマコシでなく豪人呼び。
……ウンまぁ、気にしない。
「どうしてこっちの世界に戻って来れたか、転移魔術を成功させることが出来たか。その理由を教えてくれました」
ゴクリ……と姫さまが息を呑む音が聞こえた。頬が強張っているのを見詰めつつ話す。
「あたし、純度の高い魔鉱石を呑み込んで死んでます。それが今でも体内に残っているらしいです。――そのおかげで大きな魔術の発動が出来ているみたいで――それで……」
「ノノ」
「は、はい?」
よ、呼び捨て?!
「転移魔術は法律で禁術にしたいほどリスクの高い魔法よ。それをあなたがより安全で、より精度の高い技術をと努力してくれているのは知ってる。でも危険を冒してまで、命を削ってまで頑張る必要はないと思うの」
彼女はきっと魔王さまのことを言ってる。
わたしに同じ目に遭って欲しくないから諭してくれている。すごく伝わって来る。
「姫殿下のお心遣い、もったいなく存じます。以後無茶は控えめにいたします」
「かたいよ、ノノ」
「――へ?」
ツェツィーリア姫、もじもじ。頬を赤らめて。すこーぅしだけ口を尖らせて。
あ、それ。かわいい。
バカ兄貴がデレデレするのも……わからなくない。わかりたくないが。
と。あたしの手をギュッと握ってきた。おおう?!
「かたいよ、ノノ。その……何と言うか、もう少しくだけて欲しいです」
「こ、こ、光栄です。あ、あ、あたくしこそ」
ベットから飛び出す勢いでペコペコした。なんせ彼女は年下だが目上だし。
ゲームに熱中してたカーラさんが横目であたしを見て、ククと笑った。何ですか、その笑い。
「まるでパルマコシ殿にそっくりだぞ、ノノ」
「うえっ、リヴィ?! いつの間にィ?!」
見られたぁハズカシイ!
とてつもない恥辱。しかも、よりによってあんなヤツに例えるなんてぇ!
であなたも呼び捨て?
リヴィは動揺したあたしの頭越しに、ツェツィーリアさまに一報した。
「パルマコシ殿ですが。急遽リオン王国訪問を取り止め、魔王城に引き返しているとの由」
「エーッそうなの?!」
ツェツィーリアさまの目が驚きで見開かれ、瞬時に目尻が下がった。キュッと元に戻したが、あたしは彼女の百面相を一部始終観察してしまった。
「斥候によると、パルマコシ殿は勇者パーティと遭遇戦を演じたそうです」
「はああぁ?! ゆ、勇者パーティと遭遇戦を演じた?!」
今度はあたしを含め一同、悲鳴に近いオウム返しをした。
予想外の出来事すぎたからだ。
「パルマコシ殿側が勝利し、勇者らパーティを領外に追い散らしました」
「エエッ! ホントウなのッ?! すっごいよね! 豪人って!」
……いや、それはホントなのか。正確な情報なら確かにスゴイけど……!
未だあたしは現実味を帯びない勇者なる者らに、得体の知れない不気味さは感じてはいたものの、正直どことなく他人事の話だった。
だが、こうして切迫感が感じられると、急に恐ろしくなった。
それと同時にあたしの混乱を蹴散らしたオニイの勇敢さに、無上の頼り甲斐を感じたのは事実。……なんか無性に悔しいけど。
それはツェツィーリアさまも同様だったようだ。酷く興奮しこう叫んだ。
「リオン王国のことは残念だけど、絶対に豪人のハッピーバースデー・サプライズだけは、成功させようね!」
ハッピーバースデー・サプライズ、つまりお誕生日会。
これはあたしが広めた魔王城内での流行り物のひとつだ。
ついこないだは執事のサシャを祝ってあげた。
今回はエロバカオニイの番だった。このイベントにはツェツィーリアさまがえらく張り切っていた。
そもそも誕生日当日に出張でいなくなるバカなので、姫さまが魔王城を抜け出すはめになったわけだった。
そろそろここらでオニイ出迎えに至った経緯を語っておく。
発端は、情報に無知なツェツィーリアさまのカン違いだった。
ツェツィーリアさまは知っていた。
偶然にもリオン王国の姫君が、オニイと同じ誕生日だったのを。
ちなみに、リオン王国の姫君とツェツィーリアさまは幼馴染なんだそうである。
ツェツィーリアさまはこう考えた。
「それならふたり同時にお誕生日会をしましょう!」 と。
楽しみのひとつに幼馴染との久しぶりの再会が加わった姫は、ウキウキと準備しだした。
結論を述べるとツェツィーリアさまは知らなかった。
オニイの真の訪問目的を。オニイが、その幼馴染との縁談話で訪問することを。
何故お忍びになったのか。これも述べておく。
執事のサシャがお出掛けに猛反対したからだ。反対どころじゃない。大勢の衛士まで動員して姫さまを軟禁しようとしたのだ。過保護すぎる異常さだと思った。
年頃の子がそんなことをされて反発しないわけがない。
秘密裏にリヴィが呼ばれ、あたしも呼ばれ、何故かカーラさんも巻き込んで、城からの脱出……と相成ったのであった。
(追っ手は掛からなかった。後で聞いたところによれば、アンナさまが止めたそうだ)
――ところで。
先程からずっとツェツィーリアさまに手を握られている。
それを上下にブンブンと振られた。幾らなんでもテンション高すぎるでしょう。
繰り返しますが姫、今回取りやめになったアイツのリオン王国訪問、7番目のヨメに挨拶しに行く目的だったってコト、マジで知らないんですよね?
……本当にオニイ、クソヤローだ。
こんな純情無垢な子の心を弄ぶなんて!
許すまじ。
「ツェツィーリアさま。あたしが責任をもって帰路を予測します。必ず魔王さまを待ち受けてやりましょう! 急襲攻撃です!」
「き、急襲?」
しまった。乱暴な物言いだった。言い直そう。
「あ。えーと、サプライズ・アタックですよ。ゼッタイに成功させてみせます」
野球帽を被り直す。当然後ろ被りの戦闘モード。
唖然としたツェツィーリアさま。ぱあっと喜色を浮かべてあたしの腕に手を回した。




