18 春馬越ノノ、転移ゲートを失う①
―春馬越ノノ視点―
あたし、春馬越ノノは素晴らしく優秀だ。
そう思っていた。
前世の経験をスプリングボードにして飛躍に大・成・功ッ!
2度目の異世界人生を謳歌しているッ!
……そう思っていた。
完全にうぬぼれていた。俗にいう天狗だった。
「いんや、ノノさまは頑張っておられるだ。なども、ワッシらの生活は苦しいまんまなんだ」
「ノノさまが来られてから帝国は賑やかになったべ。願わくば食卓も賑やかになって欲しいぺなぁ」
小さな食卓を囲み、ゴブリン夫婦はホメてくれつつも、揃って溜息をついた。
彼らの無邪気な子供たちは、夫婦の間に挟まって、少ない食べ物を奪い合っている。
――あたしは現在、リオン王国に向かっていたオニイを迎えに行っている。
正しくは、あたしたち、だ。
あたし以外には、ツェツィーリアさま、カーラさま、さらにリヴィが同行している。
どうしてバカ兄を迎えに行ってるのか……というと、ある情報を得たからなんだが、ちょっぴりややこしい事情が絡み合ってるので、それはまとめて後述する。
ただ迎えに……と言っても半日やそこらではムリなので、事前にアボを取ったご家庭に、一宿一飯の恩義を受けている。(低予算かつ、あくまでお忍びのため)
第一夜となる本日は、元魔王城勤務の退役軍人。
五大将軍を補佐する小部隊の隊長を務めていたそうだが、現在は恩給暮らしで生活は苦しいらしい。
「ワッシの曾じいさまの時代は人間どもを襲ってもお咎めが無かったそうだが、今の時代はそうゆーわけにも行かねぇ。魔王さまはいったい何を考えられておられるのか、だったらワッシらはどうやって生活をして行けばええんか」
「この家に魔導人形は居ないんですか?」
尋ねておきながら愚問だと自嘲している。だってこの時代、とんと彼らを見かけない。おおかたが損耗したり破損したりで現存してないんだろう。
人間の代替品である魔導人形。
エフェソス帝国はこの人形のおかげで魔物族をまとめることが出来、急膨張したんだけど。
なんせ新規製造は、ほぼ為されてない。……あれほど大量生産され、普及していたというのに。
「居たらどんなに有難いか。家畜の肉や農作物ばかりじゃ、ワッシら魔物の栄養は不足しっぱなしでえの」
耳が痛くて辛い。
人間族に生まれ直したあたしにはなーんにも見えてなかったんだから。
レトルトパックやカンヅメってもこれ全部、人間族のための食べ物。
あたしがこれまで一生懸命やってきた事はすべて人間族が喜び、伸張することばっかりだったというわけだ。世のため人のためなんて思い上がってた自分が恥ずかしい。
あたしの後ろに立っているリヴィがポツリと慰め。
「険悪だった人間族とも経済的な繋がりが出来ました。彼らとの文化交流で亜人も魔物も、原始的な生活から抜け出せました。ノノ殿のおかげです」
有難う。
――でもね。
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「戻れなくなった? 家に?」
背中の羽根をふわふわ動かしたリヴィ。
あたしの心配が今ひとつ理解できないっぽい。
「つまりね。本日以降、日本製品の仕入れが一切不可能になったってコト。現在の在庫でどうにか店を回さなきゃならないのよ」
「……帝国全土に12店舗あるスーパー・ノノコ全店を、ですか?」
コソコソと訊いて来るリヴィにちょっとだけ不快になった。
そうよ!
現世と異世界との間のゲートが開かなくなったのよ!
魔力の吐き出しを強めたり、術式用の魔法陣を描き直したりしたんだけどダメだった。
入口でノックがしたので開けるとツェツィーリアさまだった。当然驚きで迎える。
彼女は別のご家庭、この辺りの納税を差配している惣領家でご厄介になっていたはず。
「……だからなの? ノノさんの顔色、とっても悪いから」
「は、はぁ」
と、唐突ですね。ここに来た訳すら尋ねる間もなく会話に入られた。
泣き言を聴かれていたとは何とも失態。
だいたい兄の心配なんてしてる場合じゃないんです、あたし。
――と胸の上のへんまでセリフが出かかって堪えた。
「ご心配をおかけしてます」
姫殿下におでこに手を当てられたり、背中をさすられたりしながら。
さぁ、どうしようか。
ゲートの問題もあるし、エフェソス帝国内部の実態も知れた。
これまで以上にあたしの中の基礎魔力を高める訓練をして。
これまで以上の財政改革と新規税収増大の事業を企画して。
……あうう。
なんだか眩暈がする。
急に力が入んなくなって。膝がガクンと折れた。
とっさにリヴィが支えてくれたのは知覚した。でも視覚が……急速にぼやけた。
「……あ、ありゃりゃ?」
ぼやけたのは視覚だけじゃなく。意識もだった。
うう。
こりゃオーバーヒートか?
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もう、夜中の1時か。
ざっと7時間は気絶してたらしい。
左腕に巻いたアナログ時計が時刻を示していた。最近はとんと使わないかもだが、携帯に比べればバッテリー切れの心配が少なく、異世界で過ごすには重宝するアイテムだ。
リヴィの姿はない。代わりにツェツィーリアさまと第4夫人のカーラさまが枕元にいた。
そのワケは直ぐに何となく察した。病人扱いされ、良い方の家に担ぎ込まれたんだ。
リヴィの差し金か?
「お見苦しいところを――」
「今夜はこのまま寝ていなさい。無茶しすぎたのよ」
「滅相もありません。本当にご心配をおかけしました」
……無茶、か。
んー確かに。
夏休みに入ってこの方、昼間はスーパー経営、夜は転移魔術技術の研究に明け暮れ、ろくすっぽ寝てなかった。……それに。
「ノノさん。ちょっと聞いていいかな……?」
ツェツィーリアさまの真剣な表情に胸苦しさを覚えた。
「――はい。姫殿下のお察しの通りあたし、ファウツーと会話しました」
「ファウツーに何かお願いごとをしたのね?」
「――お願い事……と言いますか、相談事をしました」
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断っておくが、あたしとて、ゲートが封鎖してしまうトラブル予防について、まったくの無策じゃなかった。
経営展開中のスーパー。
その仕入れに関しては痛みやすい食品類の数を次第に減らしていき、代わりに長期的に人々の生活がより快適になるもの、便利になるものに入れ替えをして行った。
具体的には例えば簡易コンロや携帯ボンベ、太陽電池式の電灯、カンヅメ、クーラーボックス。
他には毛布、シーツ、衣類、下着などだ。なお高級品には手を出さない。あくまでも一般市民の手に届く値段設定で提供できるものをと考え、厳選し絞った。
それらを店舗式で販売していたのだけども、長期保管が可能になった分、王宮内に大型倉庫を据えて在庫品を抱えだした。
以前から根強い人気だった日用品、袋麺、レトルト食品、カップ麺。ペットボトル飲料。洗剤やハブラシ、歯磨き粉なんかも切らしたくなかった。だからこちらもどうにか少しでも長持ちするものを探し、選んであらかじめ倉庫に運び入れていた。
だいたい以上の通りである。
何とかこれらが品切れになる前に、ゲートを再開しなければならない。




