16 魔王軍、勇者パーティに敗れる③
クレドブワ城下の街はいたって平穏だった。
平穏というか、日常生活が保たれていた。
少なくとも人間族たちの間では。
人間族以外の他種族を見かけなかった。
ゴブリン族なんて皆無、どころか、魔王の眷属と見られているオークなどの魔物だけでなく、エルフやドワーフなども見当たらず、魔王城城下の往来に慣れた僕からすればとても異常な光景だった。
彼らは街から追い出されたのか、家に閉じこもっているのか。
それとももっとひどい迫害を受けたのか……。
いきなり砦には近づかず、まずは街の寄り合い所にもなっている酒場に入った。昼間だからか、客はほぼ居ない。ちょっとホッとした自分がいた。
「のっけから勇者一行に出くわしてもビビるからな」
カウンター席につき、店の主にホットミルクを頼む。ここらで本来ならリザードマンとかオーク類の荒くれものが目ざとく「ブヒャヒャ。コイツ、ミルクだってよ」とバカにしやがるんだが、そんな連中もいない。ザンネン無念。
眉一本も動かさない店の主が「んなもん無ぇ」と冷たく吐き捨てただけで終わった。
僕は話し出すキッカケを作りたかっただけで、ミルクなんて飲まんし。それでいいのだ。
「ありり? 勇者御一行さまは? 砦で戦闘中なのか?」
「あー? 上の階だ。飲み過ぎだろうよ」
フーン。ひとつ情報を得た。勇者パーティはお酒の飲める成人か。
「勇者さん自身は買い物に出てるが」
「え? 買い物?」
主がチョイチョイと人差し指を動かした。注文しろってか。
「お子様ランチ」
へっ。どーせそんなの無いだろ。
不愛想キャラにはド変人キャラで対抗してやる。
「あいよ」
「あいよ……って。あるんかい!」
ケチャップライスの代わりにパンくず山、ハンバーグの代わりにスライスソーセージだったが。
ちゃんと旗まで立っている。……負けた。
「……おっと。こりゃいけねぇ」
店主はスライスソーセージの頂上に翻るエフェソス帝国の国旗を抜きとって白旗に替えた。
シャレが効いてるねぇ。ますます完敗だ。
「連中、防具屋に行くってよ。連れとな」
「防具屋? 戦闘中なのに?」
「だから。戦闘なんてしちゃいねーって。とっくに魔族の砦なぞ落ちてるわい」
「な、なんだって?! ――で? だ、だったら守備兵たちは……?」
「さっさと食べて金払って出てってくれよ」
「だから守備兵たちは……?!」
「白旗掲げて何処かに落ちてったよ。だからこの旗なんだろーが」
そ、そうか……。そうなのか。……よ、良かった。
ホッとして力が抜け落ちた。白旗にカンパイだ。
「ヘンな兄ちゃんだな。守備兵らが殺されんで済んで、やたら嬉しそうじゃねーか?」
「あ、いや。……そりゃあ、まぁな……」
――と、くだけた気持ちでお子様ランチに攻め掛かろうとしたら。
首筋に剣を当てられた。
……気配? んなの無かった。
いきなし背後を取られた。デューク〇郷さんみたく鋭い反応なんて出来んかった。
「おい、このゴブヤロウ、根掘り葉掘りと。まだこの辺ウロチョロ偵察してんのか?」
やや声高めの、いきがった風の、若い兄ちゃんの脅しが聞こえた。
振り向きざまに一撃を……などと無謀な賭けはしない。なんせ僕は平和主義者だし。
ただしっかりと相手と目を合わせて話す事だけを固く心に誓った。
……誓ったが。
「おん? なんでぃ。俯いてんじゃねぇ。ちゃんと目ェ見て話そーぜ。なぁ?!」
「は、はぃ……」
堂々としろ。僕だって魔王なんだぞう。
――っと。なんだコイツは……。
浅黒ボディ。脱色し銀色になったヘアの毛先がピンとハネてる。
舌と耳にピアスして。
はだけた胸の中心に輝くの、ソレ金のネックレスか? 異世界なのに。異世界だから?
極めつけは、合わした目つきがすこぶる悪すぎ。
三白眼っての?
正直ビビリすぎて正視に耐えない。
自然、目が泳いじまう。大海に漕ぎ出すイカダの様に、ゆーらゆら……と。
ああう、コイツ。正真正銘、ヤンキーまがいのチャラ男だあッ!
こんなとき僕はあるクセを出す。気持ちを落ち着かせるために無意識にする所作だ。
バックパックからシャーペンと手帳を出し。今日のような場合は何故かケンシロウ、ケンシロウ……と念仏のように空白ページに書き殴った。
――と、ブルつく肩をポンポンと叩かれた。ひいいいっ、馴れ馴れし・恐すッ!
「オメー!」
「は、は、はいぃ」
「良く見たらゴブヤロウじゃなくない? もしかして人間じゃん?!」
ボクハ、マオーサマ。デモ、ゴブヤロー・デハ・アリマセン。ハイ。
「――ちょっーとォ。また一般人に絡んでるの? このサイテーオトコは」
そう言って、店の中央階段をトコトコ降りて来た女性一名。
何故かノノのように白衣。それ流行りなのか?
この世界の特徴のひとつ。奇抜コス。
異世界のトレンディファッション、特異部門のランキング上位入り必須だ。その襟をピンッとおっ立て。内側にはミニの黒ワンピースを着用。こちらは首からおっきな水晶玉をぶら下げている。おいおい水晶玉って!
一番の特徴はズラし眼鏡。あうあうプリチー。
面長たまご肌の美人さんは推定20歳くらいか。
チャラ男に出会い頭、彼のやんちゃ言動を指弾して、結果的に僕を救ってくれた。
「ごめんねぇ、コイツ、筋肉バカで救いようのないクズなの」
「なんでぇ、ヒドイ言いっぷりじゃねーかよ」
「だから。その剣。物騒なの、さっさとしまいなさいよ、クズ男」
この世界の特徴そのに。
美人さんは男をやたらと侮蔑する。ご褒美くれまくり。
「クズクズ言うな、人をクズ病患者みたいに」
「クズ患者に謝りなさい」
メガネずらし美人は僕の右隣についた。
店主、黙って酒を出す。この酒知ってるー。やたら度数の高いヤツだ。
彼女、それをクイッと干した。
唸るはチャラ男。「見てるだけで胃がムカムカ、頭がガンガンするぜ」とコイツも左脇に座った。カウンター席でサンドイッチ状態になる。
チャラ男が僕のお子様ランチに目を遣った。
――さぁ来るか。「ギャハハ、お子様ランチだってよ」反応。
「おや。旨そうだな。オレも頼むぜ、おっさん」
「あいよ」
ええええ?!
そう来たか―ッ。
「で、オメーさ。なんでケンシロウって書いてんの?」
えええぇぇぇぇぇぇぇ?!
2回目の、そう来たか―ッッ!
「ど」
どういう事か? と訊きたくて言葉にならず絶句。
待て待て待て待て待てえぇい?!
ひとつ、重要な事項を述べよう。
僕の書いた字。
ケンシロウ。
コレ日本語だ。ジャパニーズだ。異世界の文字ではない。
「あ、あの。……あなた、ニッポンジン・デスカ?」
「はぁ? なんでぃ、それ? ニッポンジン? 食べ物か?」
はあああぁぁぁ?!
「こっ、この字。あなた読めるんですかって僕、聞いてますっ! マジメに答えてくださいッ」
「え? ……えっとぉ……知らん……が、読めた。おかしいか?」
オカシイオカシイ。
アンタ、メチャクチャおかしいッ!
僕、アタターと両腕で突く真似をした。無意識の所為だ。
ついで手帳にハルヒ最高と書いてやった。これも無意識の所為だ。
ゴメン、それだけ混乱してんだよ!
「オメーはもう死んでんな。あーソレソレ、夏休みを何遍も繰り返すんだよなぁ」
「ひいいいいぃ」
このチャラ男、圧倒的にキモコワイ!
元日本人か? そんな情報、ラットマン将軍のメモにも載って無かったぞ!
……と、当然か。
なおメモの内容は次の通り。
◇勇者パーティそのいち。
左のチャラ男。名前はキョーミ無し。
エレメント呼称は戦士。19歳。
勇者パーティのリーダー的存在。マッチョでノーキン。大剣使い。ヒールが多少使える。
戦闘ではコイツが指揮を執っていたそうだ。
それと右の女性は――。
こっちもかなーり、クセがツオイ。
◇勇者パーティそのに。
ずらしメガネ美人のお姉さん。名前はエロイーズ、うひょー。年齢不詳。
エレメント呼称は錬金術師。……なんだとぉ?! 錬金術ぅ?! 胡散臭-ッ!
パーティ内で唯一字が読めるらしい。
ラットマン将軍の観察メモには、『もっぱら彼女がペンを握っていたので、そのように憶測する』と走り書きされている。
以上メモはこれだけだが、それでも何も無いよりよっぽど有難い。
短時間でよくもこれだけの内偵をしてくれたと感謝している。
さて、後は勇者だ。
ハッキリ言って、僕の関心事は勇者。これ一択だ。
あわよくば勇者を刺す。
ソイツの命さえ獲れれば、人間族の勢いが大きく削げる。魔族の勢威も挽回する。
狙え、大将首!
ザコ共など眼中になし! なのだ。
「ああ、ワリ。頼むから酒臭い息吐かんでくれや。アタマ割れそうなんだわ」
「アタマ割れそうでなくて、アタマ悪そう、……違うわね、アタマ超悪いわね、ゴメン」
お二人さん。どーでもいい会話続けてろ。
そーしてるうちに勇者ヤローが帰って来る。
そしたら僕の勝ちだ……ウヘヘヘ。
……あ、アレ? ちょっと待てよ?
しまった。そこから先を何も考えてなかった。
勇者がここに戻って来るとして、僕はどーやってソイツの首を獲るの?
あーうー。
この無計画さん。僕のバカ。
そして二人が聞いてないのを良いことに、割かし大きな独り言。
ホントウ僕は大バカさん。
「僕が勇者を倒さにゃならんのか? 自分で……? ……アレ? そーなの? でもどーやって?」
異世界生活を始めて4ケ月ほど。こちらの空気にも慣れ、前世の感覚も少しながら取り戻した。
元魔術師として微量の魔力行使は可能になった。
勇者の姿を見た途端、先手必勝で炎爆でもぶつけてやれば、致命傷くらいは負わせるか? いやダメだダメだ。
延々と詠唱してる間に好機を逃しちまうし、店にも迷惑を掛ける。だいたい僕のレベルじゃ炎爆魔法はムリ。使えない。せいぜい火弾か。
「さー、どーする? どーやってタマを殺る? いっそ凶器を使うか? 店主のオヤジにナイフでも借りるか?」
「オメーブツクサ言ってねーで、このオンナに一発や〇せろって口説いてくれ」
「あークサレ外道。コイツ酔っぱらって無きゃ、○○こ引っこ抜いてドブ川に叩きこんでやるんだけど」
ゴチャゴチャと収拾のつかないカオス感が場を支配しだしたタイミングで、まるで保安官かと思える服を着た男数人が駆けこんで来た。全員笑えるくらい血相を変えている。
「ジュドー! お願いだ助けてくれ!」
「エロイーズさん! 売り物の魔物どもが逃げ出しやがった! どーにかしてくれ!」
魔物? 売り物?
「あー? アンタたち、また敗残兵たちを捕まえて売っ払ってるの?!」
な、なんだと?!
「それはオマエらが悪い。あいつらだって同じ生き物だ。奴隷に堕とされるゆわれはねーだろ」
奴隷……だと?!
逃がしたんじゃねーのか?!
嘘をつきやがった店主を睨む。だがコイツ、知らんぷりだ。「オレにはカンケーねーよ」と顔に書いてある。戦闘に負けて逃げたヤツラがどうなろうと知った事ではないというわけだ。
「で、でもよぉ! 暴れて手が付けられねーんだよ! 仲間が3人ほど殺されちまった!」
ジュドーなるチャラ男が「よっこらせ」と立った。フラついている。
「大丈夫なの? たったあれっぽっちでグロッキーになったクズオくん?」
「ウルセーよ。――で? 何処なんだ、現場は」
当然、僕もついて行った。




