15 魔王軍、勇者パーティに敗れる②
「クレドブワ城砦の仲間を救いに行くぞ、おーッ」
ラットマン将軍から与えられた非常用携帯食をむさぼり喰った余勢を駆り、皆にそうわめいてみた。士気高揚は別に期待してない。自分自身を奮い立たせようと思ったからだ。しかしむしろ薄ら寒くなった。ハラ立つくらいコイツらのノリが悪かった。
クレドブワ城――は帝国領の西端に位置し、東西国交、交易の重要拠点のひとつにも挙げられる。あっさりと人間族に呉れてやるわけにはいかない。
守備兵たちのことも心配だし。
あたりはとっくに暗い。
夜目の利くゴブリン兵らは深森でも何ら支障なく僕用の寝床をしつらえ、暗かろうと必要最小限の灯りをともしてくれ、交替で周囲を見張ってくれ、至極快適な空間を提供してくれた。
それでも僕の無謀な掛け声は完全スルー。まったく耳を貸さなかった。
「ラットマン。頼む聴いてくれ。このまま砦の連中を見殺しにすればどうなると思う?」
「陛下。クレドブワの事は諦めよ。明朝、魔王本城へ帰還いたしまする」
「リオン王国は?」
「無しということで」
ぴしゃりと話を打ち切られた。
――新学期の教室で僕ははたと困った。
自分の席がどこか、忘れてしまった。
弱ってクラスメートに尋ねようとしてさらに困った。
見も知らん連中ばかりだったんで。
つーか、果たしてここ、僕の教室なんだろうか。背すじに寒気を覚えた。
予鈴はさっき鳴った。もうじき先生が来る。
――あ、そっか。先生に訊きゃあいいんだ。
僕の教室は何処ですか? と。
何とも間抜けで常識外れで、あり得ない質問をしてやろうと居直った。
廊下で待ち伏せしたが生徒がひとりもいなかった。
ついでに言えば、どの教室にも、空いた机など無い様子だった。
ああ。そうなんだよ。
僕は、これが夢だと薄々勘付きだしている。
その時点でいったん安堵して、何ならこのヘンテコ不条理な夢の世界を楽しんでやろうじゃないかと。
そのくらい大らかに構えれば、それで良かったんだが。
そんな簡単にはいかなかった。
まずは足がガクガクとブルつき始め、次にハーハーと息が乱れ、大量の汗が顔じゅうに湧いた。
かゆくなった頭の毛を掻きむしりたくて堪らなくなった。
その原因は――。
「友だちがいない! ひとりもいない!」
せめて知り合いでも! いややっぱ友だちだ、仲間だ、親友だ!
学校でそう呼べるヤツがいない。
ついでに、気になる女子もいない。
頼れる部活の先輩も、面倒を見てやれる後輩もいない。
信頼のおける先生だって。
あれえ?
誰も。彼も。
助けてやれる仲間も、助けてほしい仲間も。ひょっとして僕には居ないじゃねーか?
これってさ、17年間ぼっちを貫き、堪能してきた成果だろうがさ?
だから学校に居場所がないっ。
それが成果。大成果。
なのに。胸を衝くこの苦しさは?
達成感でなく虚無感。
自由でなく孤独。
そしてこれこそが、異常発汗と震えの根本原因か。
夢の中での不自由な現実。望まない現実。それに続く希望していない展開へと。
これ、ダメじゃん。もしかしたらこれ、ダメなやつじゃん?
寂しがり屋で利己主義的な自分をいまさら後悔してんじゃん?
でも。
でもさ。
どうするっての?
じゃあどうするっての?
この孤高を貫こうとして現実世界で友だち作りにも失敗して、不格好に冷汗タラタラ流してる状態の僕をどうケアしたいっての?
何をどうしたいの? ああ? きっちりとそのあたりを見詰めなさいよ?
そんでもって。
そんでもって、今度こそ行動しなきゃよ。
ニセモノ魔王にもなり切れんぜ。なあ、僕よ?
「うわあっぷ?! ――なんだよッ、もおっ?!」
無遠慮に揺さぶられて目が覚めた。思いっきり眠ってしまっていた。
――まず目に飛び込んだのは実に異世界っぽい、赤と青のふたつの月。
それを遮り、ラットマン将軍が「大丈夫でございまするか?」 眉をひそめたカオを突き出している。
「うなされておいででしたが、いかがしましたか? 『席が―席がぁぁ。ひいいいっ』などと、狂ったように首を押さえてましたが? こう、『ダメだぁ、ボッチだぁ、イヤだぁ』……と情けなく騒ぎ立ててもおられましたが?」
「……ああ。いや何でもない。……ところで将軍。今のモノマネか? とんでもなく悪意に満ちていたが?」
「めっ、滅相も」
過去3分ほどの間に起こった出来事をリセットするつもりで咳払いする。
……いったい、いま何時頃だ?
東側の空気がほんの少しだけ暗闇を薄めているが。
「ラットマン将軍」
「……は」
「やはり、クレドブワ城砦の連中を救うぞ」
「あのですな」
「このまま見捨てれば、魔王に対する部下の忠誠心は明らかに低下しちまうぞ? 人間どもをますます増長させるキッカケを与えちまう。それは看過できん。それでも僕は間違っているか?」
「でしょうなぁ」
でしょうなぁ、だとぉ?
「でしょうなって。じゃなくって、どうにかしなきゃだろが。僕は単身でも砦に行く。幸い僕の面は割れてない。まさか勇者もこんな片田舎の街に魔王がほっつき歩いてるとは思うまい」
「――で? どーするんで?」
「差し入れだ」
「差し、入れ?」
「これだ」
「……何すか、コレ?」
手持ちの愛用バックパックから手縫いの巾着袋を取り出し、中の物を見せる。
それは、ラットマン将軍にとって未知なる物。
唐突だが、これは銘菓ちん〇こう――だ。僕はこれが大好物なのだ。
噛んだ時のサクサク感と中味のしっとり感のアンマッチ・コラボ。丁度良い甘さの中に仄かな塩加減が利いていて最高です、ホント。
いつぞやの修学旅行やらでノノが「お土産。欲しいの?」などと勿体つけつつくれた物なんだが。(その数年前には僕が土産にした、同じヤツだ)
「だからソレ、何ですか?」
「これは沖縄名物の菓子だ。でも残念ながら大事に持ち歩きすぎて傷んでしまった。これをヤツらにお見舞いしてやる」
つい沖縄と固有名詞を出したが通じるはずもない。
「……ああコレ、食べ物なんですね? ……こりゃウマイ」
「あーッ?! こら、喰うなよッ。傷んでるって言ったじゃんかよ!」
「ゼンゼン行けますよ! ――で? これをどうするんですかい?」
「……もう、いいよ。とにかくこれで敵さんを引き付けるから、その間に仲間たちを逃がしてくれ」
なるほどと答えた将軍がヘンな表情で腹をさすりはじめた。責任取らんぞ、バカモノ。




