14 魔王軍、勇者パーティに敗れる①
息切れして苦しい。
いや。それよりも恐怖心が先行している。
いつ、背中をバッサリとやられるか。
想像し首筋がゾクリと総毛立つ。
真っ二つに叩き斬られ、路傍に討ち捨てられた無残な死骸になる僕。
うう、考えるな。震えて足が前に出ねぇ。そのまま動けなくなりそうだ。
頭を空っぽにして、それこそ死に物狂いで、山の斜面を駆け続けた。
見知らぬ沢に辿り着き、つんのめって清流のせせらぎに突っ込む。
水の冷たさにジンと両の手が痺れた。
「ヒーッ、なんでこうなった?! 何なんだアイツら?! どこで失敗した?!」
取り乱しまくった。失態すぎる!
クソーッ冷静になれ、冷静に!
ジャブジャブと顔を洗ったら、大量の泥と黒ずんだ血の汚れが流れ落ちた。
その間、護衛の屈強ゴブリンが数名と、将軍格のゴブリンが僕の周囲を警戒してくれていた。
「……済まんな。お前たちも休め」
「我らは陛下を御守するのが役目。一時も気を抜きません」
「……そうか。……その心意気、嬉しく思うぞ」
主将の彼は魔王直属軍、第一将軍のラットマン。
通り名は尖兵の白套。
小兵ながら、その俊敏かつ鋭い洞察力は他の将軍から一等飛び抜けている。
――が少々お調子者かも知れない。
「え? いやぁ。そう言われると照れますなぁ、影武者殿」
彼は「ムフン」とドヤ顔をした。
自ら放った決めゼリフに酔ったようだ。スマンがちょっとだけ引いたぞ。
つか影武者とか、事情の知らん部下たちにバラすな、アホチン!
「勇者の気配は遠のいています。ご安心を」
「……やはり、あの連中は勇者一行だったのか?」
「自分の見立てでは恐らく。ただ実際に過去に勇者連中と剣を交えたことのあるのは第二将軍ですので、あくまで勝手な憶測の範疇ですが」
その、魔王直属軍の第二将軍。二つ名、猛突の黄獄は――。
――彼は旧都エフェソスを死守しようとしたが、攻め込んだ勇者パーティに一刀を浴び、左腕を落とされた。意識朦朧する中、部下たちが決死の覚悟で救出して魔王城に生還したという。
後にも先にも第二将軍が敵に背を晒したのは、そのとき一度きりである。
配下のほとんどを死なせてしまい、神聖なる帝都も奪われた。
自分だけが生き残ってしまったと失意した第二将軍は自死を願い出たが、魔王さまに一言「お前の死に時は今ではない」と諌められたという。
第一将軍のラットマンはそのときの魔王と同僚の遣り取りを、まるで見ていたかのように語った。
ま、それはいい。
……で何でオマエはそんな話を得意げに話す?
しかもその話、もう5回は聞かされてるぞ。本人でなく、オマエからな。
それでもラットマン将軍は熱っぽく続ける。
「わたくしは『尖兵の白套』。第二将軍に比べれば見劣りしているように思えましょうが、わたくしはわたくしでその名に恥じぬ勲功を樹てたいと切願しておりますれば、必ずや……」
「誰も第二将軍と貴殿を比べたりはしてないって」
「しかしながら」
「ええいクドイな。だったらさぁ……」
僕はラットマンの肩に腕を回した。
護衛の部下たちから距離を取ってから「そう言うお前はどうなんだ? ニセモノの僕を実際どう思ってんだ?」 と単刀直入にこっちが肚に抱いているモヤモヤをぶつけてやった。
そしたら、
「……何言ってんだ、ダンナ。アンナさまがダンナを魔王さまだと宣言なさったんだ。だったらダンナは、魔王さまじゃねーか。オリゃ、ダンナに、そして魔王城に全身全霊で尽くす。それが信念ってもんさね」
急に丁寧語を止めやがったが。
大真面目に、きっぱりと言い切りやがった。
ウーン。そーかそーか。
「……ラットマン。オマエ、いいヤツだなぁ。感動した!」
「……ふふふ」
ふふふ……?
えーと。
マジ感動した。感謝もしてる。
でもそのドヤ顔は何故かキライだ。死んでも受け入れたくない気分だ。
「ところで、ここは何処だ? 僕たちはいったいどういう状況に置かれている? 何故勇者一行があんな所に突然あらわれた?」
「そういっぺんに申されますな。少しだけ時間を下され。偵察し状況を掴んできます」
「……済まんな。くれぐれも無茶はするな。頼むぞ」
「ご心配・一切無用! 尖兵の白套、行ってきまーす! ひよおおぉぉーッ!」
――そこがな。
見どころのある、いいヤツなんだがな。
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不安に駆られた時間を過ごしたが、半日もしないうちにラットマン将軍が帰って来た。
「いやぁ。この近くの民家にめちゃくちゃぷりちーなゴブリン娘がいましてな。茶を一杯頂きました」
「……貴殿は曲がりなりにも魔王軍直下の将軍さんだ。チャラい言動は慎めい」
「てーかぁ。チャラい、とは?」
「そーゆー態度の事だ、バカモノ。僕はチャラいのと酔っぱらいは大嫌いなんだ。ドヤ顔の次にな」
「はぁ。キライだらけですなぁ」
あれこれ漫才を見せてしまったが、ラットマン将軍は基本優秀な男だ。
幹部自ら短時間の偵察を行なった事であらゆることが掴めた。
状況を整理するとこうだった。
「この先のクレドブワ城砦は落城寸前です。守備隊長のラウルが討ち取られ、彼の首が城門に掲げられていました」
「な……クソッ」
僕は激しく動揺したが、周囲の護衛どもは顔色一つ変えない。
感情が無いのではなく押し殺している。
「守備隊50名は籠城中。勇者一行は城下の人間族に早々と勝利宣言をしていました」
こめかみあたりに汗が垂れた。
顔から首にかけヒンヤリする。
――もともと僕らはホビット族領、リオン王国を訪ねる予定だった。
リオン王国とは。
我らエフェソス帝国の服属国。
この国は帝国領の西南部と接する割合小さな国なんだが、昔から魔王とこの国の先代王の気が合い、頻繁にお互い行き来したという。
今回、メイド執事サシャの肝煎りで、彼の国の王女を貰い受ける話が降ってわいた。
実現すれば、何と魔王さまの7番目のヨメとなる……んだが。
アイツはバカなのか。何度も言わせんな、僕はニセモノだっての!
ニセモノの魔王がホンモノの姫さまを娶ってどーすんだ!
メイド執事なりの苦肉の国防策――なんだそうだが、かと言って受けるわけにはいかんし。
ここは僕自らが表敬訪問し、直接丁重にお断りしよう、そんでもって友好関係を穏便に保たねば……と覚悟したんである。
ただ、まっすぐ目的地に向かえば、上下定分の理に背くとか何とかで(知ったこっちゃ無いんだが、ノノにやかましく言われて、)結局、帝国領各地を巡幸すると称し、そのついでにその方向にたまたまあるリオン王国に『お忍びで』立ち寄るという七面倒くさい手間をかけるハメになった。
そしてリオン王国領まであと少しとなったとき、帝国の重要拠点のひとつ、一地方都市で騒動に巻き込まれた。
それが先述のクレドブワ城砦(とその城市)だ。
発端は勇者パーティを名乗る一行が街の入り口を通行許可証もなく突破。取り押さえようとした帝国軍所属のゴブリンウォーリアの門兵4人を殺りくした。
一行はそのまま城に殴り込みをかけて騒ぎを聞きつけた守備兵士5人も討ち倒した。
そこへ、ぼちぼちリオン王国へ進路変更しつつのお忍び体制の僕らが、のこのこと参上したのだ。
お忍びっても僕ぁ魔王さまだし、覆面の護衛を合わせりゃ20名は下らないのだが。
しかも陣頭には無論、第一将軍ラットマンの姿もありーのだけども。
しかしこの修羅場に出くわした指揮官の彼は、意外な行動に出た。
僕の乗った馬車をすぐさまUターンさせ、テキパキと部下に指示と分担を与えて敵前逃亡を図ったんだった。
自慢じゃないがこう見えても僕は好戦家じゃないし、勇気のある人間でもない。
だがだ。
護衛らが僕の盾になって勇者パーティの前に立ち塞がり、果敢に立ち向かっていく姿には痛くジレンマと負い目を感じた。
「お、オイッ戦わんのか!」
「冷静に判断しました。勝てる相手ではありませんので」
何だと?!
僕は思わず馬車の窓から顔を出した。
あまつさえ、車外に出ようとした。
そのときの昂揚した僕は恐らくこんな風だったと思う。
勇者パーティ? どんなヤツらなんだ、ケンカ上等だぜ。
この際やってやろうじゃねぇか。
――ビチャ!
興奮して乗り出した横面に、黄土色の血が掛かった。
目前で僕の壁になってくれていた護衛の一人が、首のあたりを押さえて死の呻きに悶えていた。
彼の血は流れる、ではなくて噴射していた。
それが僕の顔に注いでたんだ。
そのすぐ後ろで、八重歯を見せたうら若い娘が半笑いで短剣を振り回していた。
不必要な殺生を悦び、糧にならん獲物を死に追いやる、異常な目だった。
ゾッとした。




