13 人妻も実妹も。偽装娘もその幼妹も。②
僕の姿を認めた彼女は右足を大きく後ろに引き、左手をひざの方に伸ばした不思議なポーズで前傾姿勢を取った。……あ、不思議じゃない、訂正する。貴人がおこなう正式な挨拶儀礼の所作だ。
でも誰だ? この子?
見たことがある気はする……が。
思いあぐねていると、彼女の頭部分にある大きめの猫耳が「ピコンピコン」と跳ねた。それで分かった。
この子はケットシー族出身のネコ娘。
第6夫人のルールーさんだ。
「陛下、お体はもう宜しいのですか? 具合が良くないとお聞きしておりましたので」
――アレ? この子、僕をホンモノとカン違いしてる?
魔王さまが死んじゃった事、知らないのかな?
……そ、そうか。この子、そう言えば葬儀のときには居なかったよな。
「僕は……」
「道理で。シュテファーニャさま、今日はなんだかとてもソワソワしてらっしゃって。嬉しそうでしたものね。陛下が見えられるのを知ってらしたのねっ」
ルールーさんの耳の動きが激しくなった気がした。ついでに言えば、尻尾も同期連動している模様。ああ激しいっ、かわいいっ。
「シュテファーニャって……ツェツィーリアの妹だね。どうしてこんな所に?」
「陛下、何をおかしな質問をなさいますか。シュテファーニャさまは【百年眠り病】に罹っておいででしょう? ご存じのクセにぃ。お冷たい方ですこと」
どうでもいいが、今にも語尾に「にゃあ」をつけそうな抑揚でしゃべるなぁ。いっそ、つけてほすいぃ。
――で? 百年眠り病?
「はい。百年眠り病です。禁忌魔術に触れてしまったのです」
転移魔術と並んで最高難度の術とされる召喚術を行使したらしい。
しかも只の召喚じゃないらしい。
「禁忌魔術?」
「禁忌魔術とは、神の慈悲の天使と言われる最上位妖精の召喚です。それもご存じでしょう?」
くっつくな、子供が見てる!
「なんでこの子は寝てるのに『嬉しそう』とか、機嫌が分かるんだい?」
「何故って……ファウツーが教えてくれますもの。ファウツーはシュテファーニャさまの護り神ですし、夢の世界に閉じ込められている彼女の言葉を教えてくれるんです」
ファウツーが? 教えてくれる?
「ファウツーというのは、デュラルムの天使の名前ですわ」
「……それって何処にいるの? 隠れてるの?」
「ふふ。陛下には見えていないだけ、ですよォ。彼女は気を許せる相手の前にしか現れません」
何、その自慢げなニヤニヤ・ファニーフェイスは。畜生カワイイな!
んで、何なのよ。とっくに僕がニセモノだって気付いてる、その優越感だだ漏れのゆとりはさ。
「ファウツー。出て来ておいで。パパさんだよー?」
せっかくなら最上位妖精たんを拝んでやりたいじゃないか。さぞや希少なお姿なんでしょう?
せやけども。だがしかし。
――ま、やっぱりと言いますか、出て来る気配はアリマセンでした。
……と思ったら。
シュテファーニャの背中の、羽根のあたりが黄金に輝いた。ほんの一瞬だけ。
「驚きです! 初対面でファウツーが顔を出すなんて!」
「へえ? カオ、出したの?」
「ええ。エヘヘ、やっぱり見えませんでしたか?」
やっぱりって何さ! ええ、見えませんでしたとも。悪かったデスネ。
「魔王さまったら、これは忠告です。ファウツーは相手の心が読めるんです。オイタな邪心は捨て去ってくださいね、ニャ?」
ニャって言った、ニャって言った!
このォ、わざとからかいやがってぇ。ネコ耳娘、かわいーじゃんか! ……うう、僕のオイタな心、めっ!
「そう言えば聞きそびれたね。キミはどうしてここにいるんだい?」
「わたくし。シュテファーニャさまの言葉を聞き取れますし、こうして毎日彼女をお世話をしてるんですわ」
「ツェツィーリアやアンナさんは……」
苦笑いするルールーさん。
「お二人はファウツーとケンカ中ですの。頭では分かってらっしゃるんですがつい……」
「ん?」
「シュテファーニャさまが呪いを受けたのはファウツーのせいだって……」
「あー……」
ルールーさんの肩のあたりが黄金色に輝いた……気がした。
「この部屋の入り口に紙束があったでございましょう? ツェツィーリアさまとの交換日記帳なんですの。あの子、毎日書き込みに来てらっしゃるのよ? わたくしはそれを枕元で読み上げてシュテファーニャさまにお伝えしますの。ファウツーを通じて」
「そう……だったんだ。さっきは気付かなかったよ」
あの宿帳と思ったのがそうか。
「ツェツィーリアはとてもいい子だ、ファウツー。何を言われたのかは知らんが、多分悪気があってじゃないぞ? キミも実は分かってるんだろう? その証拠にあの子が書いた日記を毎日シュテファーニャに伝えてるんだろう?」
……仲直りの説得をしたつもりだったが、反応は無い。
ルールーさんが僕の右手を握った。
「シュテファーニャさまが言っているそうです。『お父さまに会いたい』と。『姉さまと気持ちは同じだ』と。『とても悲しい』と」
すると。
ツ……と、シュテファーニャの頬に涙が伝った。
反応はあった。
間違いなく、反応はあったんだ。
シュテファーニャは眠っているが、しっかり意思表示をしているんだ。
「ルールーさん、通訳してくれて有難う。それにファウツー、僕の言葉をシュテファーニャに届けてくれて本当に有難う」
それでも、シュテファーニャの背中も、ルールーさんの肩も結局光ることは無かったが、ルールーさんの耳が紅潮し、トロリとデレたので、僕は好感触かなと都合よく受け止めた。
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「へー。妖精、ねぇ」
「ノノ。お前はシュテファーニャに会った事はあるのか?」
「一度だけ。前世で。もっとも彼女、生まれたばかりの赤ん坊だったけど」
ここで解説しておこう。
魔王一族だけでなくこの異世界の住人は、ファンタジー世界の定番設定であるが御多分に漏れず、例外もあるものの、だいたいが長寿生体なのである。
ちなみに人間族以外の人類を総じて亜種族という。
亜種族である彼らの寿命をざっと列記すればこんな感じ。ただしもっと細かな種族差はあるものの。
まずゴブリン系種であるが、この世界での彼らの寿命は平均的に見てもかなり長め。
ホブゴブリンで500年、グリーンゴブリンで40年だ。
次にエルフ系種。寿命は800~1000年。これはさらに長いな。
そしてドワーフ系種。寿命は500年。
ケモノ類ドラゴン種で200年~2000年。
同リザード種の寿命は60年~100年。
猫人ケットシー族、寿命は30年~50年。彼らは亜種族の中では例外的に人間並みだ。
さらに小人族。寿命は100年。
最後に巨人族。寿命は100年ある。
なおピクシーはどうも生命を超越した存在らしく(真偽は知らん)、寿命という概念が無く、守護したエルフの死とともに消失するという。
「ん? ちなみにツェツィーリアは12歳と紹介されたぞ……」
「実際は120年生きてるわよ。ゴブリン族じゃ10年で1歳って数える習慣だし」
ふ、ふ~ん……。あんな愛らしい姿かたちなのに、実は大先輩なんだな。
元々前世でも人間族だった僕には想像もつかん。
……待てよ?
――ということは。
「アンナさま? たぶん300歳くらいじゃない?」
「うげ」
そ、そりゃそうだよな、当然だよな。
美しさ、可愛さはどんな弊害だって跳ね除ける!
僕が注ぐ愛情の量も質も一向に衰えませんからね!
「……なぁ」
「何よ?」
「ノノは通算何歳なんだ?」
「あたし? 前世からの通算だと2百……」
「もういい。……でさぁ」
「何よ?」
「その、ちょっとさ。……暑すぎませんかね?」
かれこれ10分だ。流石に苦行になってきた。
何が? って。
「オニイが疲れてるって言うから連れて来てやったんじゃん。バカじゃないの? サウナは熱いもんでしょうに」
「いや、……だからさ」
何でサウナだっての。一昔前のOLかっての。
それにさ。我慢大会になってんだって。
そりゃ確かに「疲れた」って発言したよ?
だって今日はコイツに散々こき使われて、ダンボール箱をいったい何箱運ばされたか知らん。部下の
ドワーフくんも最後ぶっ倒れてたぞ。何度も言うがアイツは技術開発部員だ。肉体労働は不得意だろ。ろ。無論僕もだし。
「そのドヤ顔止めてくれよ。僕の負けでいいから。そろそろ上がらせてくれ」
「疲れ、取れたの?」
「ああ、取れた、取れた」
なおこのサウナはエフェソス城下にノノが開店したもので、まーまー繁盛しているらしい。
珍しく招待されたが、ただ自慢したかったんだろう。へんっ、この金の亡者めっ。
「このお店はね。街の人たちの憩いの場所にしたいのよ」
「うん? 憩い?」
この世界の庶民の建物では珍しい4階立ての立派な施設で、別のフロアには庶民向けのショッピングセンターがあったり市民レストランがあったり、子供たちを遊ばせておく遊具コーナーなんかもある。
かたや、このサウナのあるフロアには大浴場や露天風呂、さらにラウンジやリラクゼーション施設があり、大人が好んで立ち寄れる場所も配慮されている。
現世の施設をムリヤリ持ち込んだ妹の行動力、企画力にはつくづく脱帽するぜ。
魔王都市、新都エフェソスはノノが帰還した当初は衰え寂れていたというが、1年半ほど経って心なしか元気さを取り戻したとノノは、自分のおかげだ、とも主張しそうな勢いで、とても溌溂と、そして嬉しそうに自慢していた。
「仕方ないな。じゃあ、あそこに連れたげる」
「あそこ? 何処だ?」
引っ張られるようにして歩くこと10分。
途中でダークエルフ少女、魅惑のリヴィたんとも合流し、着いたところは街なかの空白地。所々に花や木が植えられているので一見すると公園のようにも見える。
「……ここは?」
「元々は魔王城の庭園があった場所なんだ。今は城壁も倒壊して街との境界もあやふやになってる」
ノノとリヴィたんが目配せし、リヴィたんが片膝付きになった。
な、なんだ、なんだ?
「パルマコシさま。どうかこの土地を市民に分け与えください」
「ど、どーゆーコト?」
ノノがトレードマークの野球帽を後ろ被りした。何を照れる必要があるのか、モジつきながら僕に頭を下げた。
「あたしね。この場所に病院と学校を建てたいの。今まで以上に働いて転移魔術の研究も頑張るから、……だから、前借のつもりでこの土地を報酬としてお与えください」
え? え?
言ってるコトの意味は理解できるが。
あのノノが僕に頭を下げてお願いするシチュに戸惑った。混乱し、そのことに頭を全部持ってかれて、肝心の、お願い内容に対する処理が追いつかん。
妹が、だぞ?
ムリヤリ屈服させた事はあっても向こうから自発的に、心から頭を下げたことなど只の一度もなかったし。優越感とか満足感よりも、驚きが勝ったのは勘弁してほしい。
「ど、どうなの、オニイ。……ダメなの?」
「わたしからもお願いしたい。この願い、どうか聞き届けて欲しい」
「えーと、まぁ……その」
「街の人たちが安心して働ける。子供たちが元気に学べる。そのための施設を作りたいの!」
「ダ、ダメとは言わせんぞ?」
……まぁ、何だ。
曲がりなりにもふたりは僕を、いちおー魔王認定してくれてるから。
だから、こうしてお願いしてくれてるわけだ。
それなら僕もその好意と熱意に応えなきゃならんよな。
きっと二人で構想を温めてきたんだろう。真剣なまなざしに僕は正対した。
「わ、分かったぞ。……良かろう。春馬越ノノとオリヴィア・イザベル、貴殿らのこれまでの多大な功績を認め、これに報いるために当地を遣わす。存分に差配せよ」
「ホントウ?!」
「ああ、ホントウだ」
「や、ヤッター!」
「と言うか、僕からもぜひお願いするよ。住む人が安心できる街づくり。僕も進めたいしさ。どうか手伝わしてください。よろしく頼みます」
そしたら。
……妹とダークエルフ少女が手を取り合いのキャッキャッシーン。こりゃ眼福、眼福。
無邪気なふたり、お兄ちゃんも嬉しいよ。
あー失敗した。スマホ、持ってくりゃよかったなぁ、クソッ。
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〇魔王城査定会議〇
パルマコシ改め魔炎王タルゲリアをどう思うか?
春馬越ノノ(実妹・技術研究員) ま、感謝してもいいよ。
リヴィ(ダークエルフ・内政担当) なかなか良いところもあるな。
バンク(老執事) 公務が滞っておりますぞ。
サシャ(メイド執事) テキパキ仕事しろよな。
アンナ(正妃) 色々感謝しておりますわ。
アリス(第2夫人) エフェソスもお終いですわね。
ローザ(第3夫人) 故郷に帰りたいですわ。
カーラ(第4夫人) ゲーム最高。魔王さまは怖くなかった。
セリア(第5夫人) 最低な人生かも。
ルールー(第6夫人) ニセモノさまも素敵でした。
ツェツィーリア(魔王の長女) わたし、どうすればいいかなぁ?
シュテファーニャ(魔王の二女) お父さま、死んじゃった。
リリティシュール(魔王の三女) おにーちゃん、遊んでぇ。




