12 人妻も実妹も。偽装娘もその幼妹も。①
春馬越ノノは僕の妹だが、しっかり者すぎて正直ウザイんだ。
異世界エフェソスでも相変わらずオニイ呼びだ。「魔王さまなんだから陛下でいいぞ」と遠回しに指摘したら、「じゃあオニイも自分を朕って言うのね?」と切り返された。
朕呼びはどうしても受け入れられないので交換取引き不成立となった。
夏休みも中盤に差し掛かった頃か。
僕はまだ、魔王バイトを続けていた。
今日も朝から魔王城で魔王面している。
廊下をブラブラしてると、ノノに出くわした。
大量のカップ焼きそばを持ち込みやがった。
ダンボール入りで30箱はある。
納涼大会の屋台でもするんかい?
台車の取っ手に尻を乗せ、フーフーハーハー喘いでるのは、先日の初七日で会ったドワーフの技術開発員だ。よく運んだな。……っと。そこは段差だ、コケるなよ。
「ノノお前。まだ商売してんのか? 魔術開発はどうした?」
「オニイみたいに魔王さま面してるだけじゃ、オマンマにありつけないの。資金調達!」
そう睨むなよ。僕だって色々人の見てないところで苦労してんだぞ?
先日だって暗殺者? っての? に襲われたし。夜の生活だって。
――おっと。
話が脇道に逸れるが言い足そう。
最近ちょっぴり、ほんのちょっぴりだけ、第4夫人のカーラさんと親しくなってるんだ。僕の趣味のゲームに彼女がハマってくれたためだ。
元々出不精で引っ込み思案、陰キャ気味の彼女はコワモテの魔王さまを極度に怖がり、何かと理由をつけて部屋に引きこもっていた。
そんなヒンヤリ陰鬱な彼女を少しずつ氷解させた。
以前から気にかけていたツェツィーリアが僕に相談したことがキッカケだった。
自己を顧みるに、引きこもり体質のキャラにはインドア趣味がウケがいい。
(これはキメツケである)
そこでこれ。持参のゲーム機PFP。サブカル娯楽機器のお出ましだ。
なかなかの旧式とは言え、まだじゅうぶん遊べる。
これで天の岩戸にアタックし、心の戸を開いたというわけだ。
「エイッ、ヤーッ。コノオーッ! やーんッ、この中ボスつよーい!」
小人族の彼女はベットの上でオカッパヘアをフリフリし、ミニマムな身体のクセに割とある……を大きく揺さぶる。ゲームプレイ中は姫さまとしての気品や慎ましさはそっちのけ。夢中でコントローラーを操作する。
「ラスボス魔王はもっと強いよ」
「へえー」
……まぁ楽しそうだし、イキイキしてくれて何よりデスネ。
そして頃合いを見てこう提案する。
「カーラさん。久しぶりに出掛けてみませんか? 街に」
「うん? 街ぃ?」
額に汗の粒を浮かべて息をつき、上気したカオを向けた彼女は何だか健康的で非常に愛らしい。
とうに成人しているらしいが、君のそのロリフェイス! ロリボディ! はとても輝いてて魔王的にはドストライクだよ、マイハニー。
思えばここまで苦労した。
ようやく部屋の扉を開いてくれた時には飛び上がりそうに嬉しかった。
ここはバッチリ決めて、おデートのひとつやふたつ、付き合ってくれてもいいんじゃないの?
――だが。
「……ってアレ? まだそこにいらしてたんですか? わたくしそろそろ一人で続きを楽しみたいのですが」
「はひ?」
な、なんですと?!
ラスボス戦を前に魔王さまは用済みだと? 出て行けと? ジャマだと?
くっ。
「――陛下」
「は、はいぃ?」
「充電器は置いといて下さいまし」
……承知しました。
んでから。
意気消沈したままトボトボと長い廊下を歩いてて、件のノノと鉢合わせしたのだ。
「――ダレが守銭奴だって?」
「んなコト誰も言ってないし。儲かってるみたいだな」
「稼ぎなんて知れてる。あたしたちの世界とこっちの世界を往復して、その手間賃程度よ。……奢らないからね!」
「失礼なやっちゃな。ちなみにオイヤルホストのステーキセットくらいは良いだろう?」
「氏ネ!」
ノノは中学2年生ながら前世での経験を存分に発揮し、やり手ババア……もとい、商才あふれた新進気鋭の商売人として成功している。
城下はおろか、帝国領内中の話題をさらっている。
今やノノは南蛮渡来(こっちの世界で南蛮とは、遠い異国という意味で宣伝)の貴重品、珍品、絶品の品々を広範にバラまく、魔族界のエコノミックアニマール! と囁かれている。
例えば袋麺に始まり、レトルトカレー、菓子パン、スナック菓子、即席スープ、そして今日の仕入れ品のカップ焼きソバ他、カップ麺などの簡易即席食品。
ペットボトルのお茶、水、ジュースなど飲料水。
鍋、フライパン、包丁、プラスチック食器など台所器具。
はたまたスポンジ、洗剤、ティッシュ、ハブラシ、歯磨き粉、頭痛薬、胃腸薬、シップ、絆創膏、目薬などの日常品や常備薬。その他化粧品やメガネ、ウイッグ、整髪料、制汗スプレーなんかも。
自室のタンスの引き出しを通るモノなら思い付く品物、何でも異世界に持ち込んだ。とにかく資金の続く限り。売れれば売れるだけそれを仕入れ資金に回して更に買い付けて、異世界に運び込む。
コイツほど笑いの止まらない中学生は他にいないだろう。
「お前の後ろにいる男、魔術の研究員なんだろ?」
「ええ。そうだけど?」
それが何か? みたいな面ヤメロ。僕は魔王さまだぞ? 咳払いしたらピクンと眉を吊り上げやがった。例え部下でも過度にこき使うな、体裁ってもんがあるだろと言いたかったんだが、単にキレる寸前になっただけだった。
「リヴィたんに断ったのかよ? あの子が正当な上司なんだろ?」
「ああ、彼女? 最早主従逆転してるもん。とっくに手なずけたたって。弱肉強食の世界なんだよ、お・兄・ちゃん」
ニカリと野球帽を後ろ被りする。
「な、なんだと?! あのリヴィたんを?!」
「ええ。あの娘はコレ」
「……マシュマロ?」
「そうマシュマロ。もうコレのトリコね。コレのためだったら何でもするかもね」
そんな中毒患者みたいな言い方すんな。
「サシャもあたしの実力を認めているわ。バンクさんもね。――ね? あなたもね?」
開発員は「ウーイー」と返事した。
彼はドワーフ。ほぼゴブリンで占める城で珍しい存在だ。それは僕らもだが。ノノと同様、白衣を着用してるのは気持ちから入るためか、否か。
これは余談だがこのドワーフの父親はかつて魔王陛下とバディだった者で、ノノの元上司だったそうだ。何とも縁の巡り会わせだな。
あと、メンバーはもう一人いるが、ソイツはバンパイア。夜勤専門(笑)なのでこの時間は暗室で睡眠中との事。
ドワーフとバンパイアは2交代制の24時間体制でノノとリヴィたんの指揮下で勤労している。
「商売もいいが、スーパー転移魔術の実用化実験は進んでるんだろうな?」
「急ピッチで進めてるわよ」
「……勇者ってホントに来るのかな」
平穏無事な毎日が送れているおかげで平和ボケになっているのは否めない。
考えたことがあるんだが、ノノが構築した異世界間のゲートからいっそ魔王一家を逃がせばいいんでないの? と。
それはアンナさんやツェツィーリアに提案し即拒否られた。
城と仲間を捨てて行けるワケない――と。
ちょっと考えたら当たり前の事なのにと、僕は反省した。
肌色や姿かたちが僕ら人間と全く異なるグリーンゴブリンたちをどうするのかって問題もあるし、だいたい城ごとなんて、とてもじゃないが異世界ゲートのタンスはくぐれない。
大掛かりな転移魔術を発動させるしか手は無い。
かつて魔炎王タルゲリアはエフェソス城市全体をこの地に転移させるつもりだった。だが実際に跳躍させることが出来たのはごく一部。夏炎城エフェソスだけ。
魔王の全精力を注いでもそれが限界だったのだ。
「あーあ。どうするかなぁ……」
考え事をしていると何気に普段利用した事の無い建物に行き着いた。全ての建物は渡り廊下で繋がっているからいつの間にか辿り着いてしまったのだ。完全に迷子だ。
あらためて見渡すと左側は窓、右側に大きな部屋がポツンポツンと並んでいる。
扉の造りは夫人たちの私室と似ていた。
城の職員たちの寮部屋か? にしては豪華すぎる。
さりとて魔王さまの係累でもあるまい。だって他の建屋からずいぶん離れている。
ツェツィーリアからは何も教わっていないし、アンナさんも説明してくれてないエリアだ。
ん?
幾つかの部屋のうち、ひとつだけ奇妙な紋様が描かれているものがあった。
ちょうちょ……アゲハ蝶か?
好奇心が勝った僕は静かにその扉を開け、中を覗いた。
――入り口直ぐは狭い空間で、コンソールデスクが設置されていた。机上に宿帳のようなものが置いてあるが特に怪しい点は無い。ひょっとするとここはVIP専用の客間じゃないか?
コンソールデスクの上部に絵が掛かってあった。2枚ある。
右が風景画。何処かの田舎だろうが、自然にあふれ、山や木や清流が描かれていた。
左は人物画。誰なのか明らかに特定できる。魔王さまだ。彼がまるで冒険者、更に表現すれば勇者のような出で立ちで剣を掲げている。その背後には山がそびえている。
両方の絵とも朴訥かつ荘厳な奥深さを感じた。なお僕には画才が無いのであしからず。
僕は左方に次の扉を見つけ、入った。このときはもう、ためらいの心は消えていた。
魔王城の豪華客室というのがどの程度なのかが知りたくなった。野次馬根性だ。
開けて入ると広めの部屋があったが、とても暗かった。大きな窓があるにはあったが、分厚い遮光カーテンが掛かっていた。
仄暗い中にぼんやりとした明かりがともっていたので近付くとベット。キングサイズの物が据えられていたが、その大きさよりも僕は別のものに目を奪われた。
ベットの上に人が横たわっていた。仰向けで。
とびきりの美少女である。年の頃はツェツィーリア……よりも更にもう少し幼いか……?
産毛の残る額、整った眉。ツンと形の良い鼻梁、慎まし気な唇。
色白で、一見してゴブリンの種じゃないと判った。とんがり耳とやや面長の特徴からして、エルフ。この子はエルフ族だ。
趣味を訊かれれば大好物の人種だが、それよりも僕はあることで心臓が異常鼓動していた。
冷汗も止まらない。
「この子……もしかして……」
死んでいるのか? ――と。
暗い部屋でベットに寝かされ、生気が無い。まるで……。
「――まるで人形のようだ」
不安に駆られ、彼女に掛けられていた絹布の肌掛けを持ち上げる。
レースをあしらったノースリーブの、白いネグリジェが目に飛び込む。緊張を覚えつつ、その胸元付近を見詰めた。
「……息、してるな」
僅かだが上下に起伏している。口元に耳を寄せてみると確かに寝息を立てている。
そのとき、僕は「あッ」と鋭く驚き声を漏らした。
――彼女の背に、美しい、神々しささえ感じるほどの翼が生えていた。その大きさは、少し背中からはみ出す程度だったが、僕は、それの全容を確認したい衝動に襲われた。
寝返りを打たせたいと、思わず、彼女の肩に手を当てた。
「――誰?!」
怯えの混じった咎めの誰何を背後から受けた。
ビクッとした僕は触れた手を引き戻し、相手に振り返った。
「ま、魔王陛下――?!」
そこに、くりくりオメメの女の子が立っていた。




