10 魔王さま、死す②
3日後。
魔炎王タルゲリアが崩御した。
ムリな転移魔術の発動によって、魔力と生命エネルギーを異常に消費し、急性免疫不全になったせいだろう。ノノはそう分析した。
一方で第2夫人らは、禁忌魔術に触れたので呪いにかかったんだと解釈している。
魔王さまは基本的には戦を好まなかった。
正確には、勝てそうにない戦を避けていた。
このままでは負け滅びると踏んだので、消される前に、一族丸ごと表舞台から退場する道を選んだんである。それが転移魔術の行使である。
過去、金と命を削りながら魔王城と城下街の一部の転移に成功した。
だが今回は上手く行かなかった。削れた命まで落とす羽目になってしまった。
ただ、それだけの事だったのに。
夫人たちは、呪い。悪行の報い。そんな風に受け取っているみたいだった。
近親者のみで執り行った葬儀は、世界に畏怖され君臨した帝王にしては余りにも寂しく質素なものだった。
「仕方ありません。我々以外、陛下が亡くなられたことを知らないのですから」
無表情のバンクさんが抑揚なく呟いた。サシャは終日顔を上げなかった。
魔王さまの遺骸は棺に納められ、城中地下の酒蔵を改装した真新しい墓地に密かに葬られた。
その後、10日ほど経った夜、ある騒動があった。
第2夫人らの暮らす奥館の玄関先でゴブリン衛士ら数人が襲われた。
幸い全員軽傷だったが、彼らのおこなった供述が夫人らを恐れ戦かせた。
「恐れながら犯人は近衛の一団です」
確かに紋章を見たと言う。
近衛団は魔王さまに直属し、身辺警護や各所への伝達係を担当している組織だ。
その近衛団は当然否定する。
弱い立場の衛士らは偽証罪に問われた数日後に証拠不十分で釈放されたが、名誉棄損を声高に叫んだ団員らによって城外追放となった。
結局のところ、事の真偽は分からない。
この事件は表向き解決したが、水面下で取り返しのつかない疑心暗鬼が生じた。
「首謀者は執事か、あのダークエルフ女だわ」
ダークエルフというのはリヴィたんだ。
事件の翌々日、第2夫人は震える第3夫人の肩を抱いてそう訴えていた。
「陛下の死を知るわたくしたちの口を封じたいんですわ!」
犯人はいったん近衛団となったが結果的に衛士らの自作自演だと片付けられ、夫人たちはいきり立ったのだった――。
だけれども。
魔王さまの死んだことによって自分の役目は終わっている。
雇い主が居ないのだから契約切れになるのは当たり前だ。
つまり自分は、もはやこの城中で何の役にも立たない存在になってる。
だけど妹はこう言った。
「ぼんくらオニイ。今こそ男を見せなさいよ!」
要は影武者を続けろと言っている。
「退職金、もう受け取っちまったよ」
影武者なんてホンモノがあってこその影武者だ。
戦場に立つ機会は結局無かったが、もしかしたらそうなってたかも知れん。
その瞬間を迎えるために我ながら勉強熱心だったと思うし、前向きに努力したと胸を張れる。
そのつもりだった。なので自分的に達成感、満足感は高い。
だからもういいじゃないか。
契約満了で、また元の生活に戻るさ。
妹はキレた。
彼女には無気力で無責任なアニキに映ったのかも知れない。
誠心誠意、思った事を口にしただけなのに、えらい剣幕で怒鳴りやがった。
そこらじゅうの物を投げつけて来やがった。
挙句の果てに泣きながら「ぼんくら! ただのヘンタイ!」を連呼しやがった。
そんな妹の野球帽後ろ被りを眺めていると、何だか気持ちが伝わったような、申し訳ないなと感じ出した。
自分がお暇したら、いったいコイツはどうするつもりなんだろうと。
まさか、ここでのバイトを続けるのか?!
勇者とやらが来たら退治されちゃうんだぞ?
人間族だって言い張ってもアイツら聞かねーぞ?
逆に人間に仇する裏切者だと、魔物たちよりももっと酷い処刑をされちまうぞ?
自分は知ってんだ。
うんと昔、魔王軍が自分の住む街に来襲したとき、その街の連中がどう対応したのか。
しかし結局、魔物たちによって、どんな目に遭わされたのか。
このへんのところを実体験に基づいて、しかし上手いコトぼやかして、かつ怒らせないように細心の注意を払いながら説明した。
懸命に説得した。要はもう潮時なんだと切に訴えた。
「オニイさ」
「……はぁ、何?」
「アンタも転生者なんでしょ? 隠してるようだけどさ。前々から気付いてたし。バレバレなのよね」
絶句。
……そ、そお?
解ってたの?




