01 プロローグ 生まれ変わった春馬越ノノ①
とにかく楽しんで書けました。
最終話まで毎日連投する予定です。
「――ひっ?! イヤああああぁッ!!」
彼女は。
春馬越ノノは。
自分の知らぬ間に。
2巡目の人生を歩んでいた。
ふと今日。
悲鳴を上げた瞬間にそれを思い出したんである。
小学2年生、8歳の女児。
脱衣所の床に転がる男……そのズボンの一部――局部あたりを茶色く焦げさせ、ピリピリピリ……と放電している様を見下ろし、小さくつぶやく。
「――ああ、思い出した。……あたし、前世は魔王城勤務の……ゴブリンだ!」
「ちょっと! 今叫んだの、ノノちゃんなの? ……エエッ?! ゴンドーさんがどうして女子風呂に?!」
ノノの悲鳴を聞きつけた女性職員がやかましく騒ぐ。
「この人、お風呂から上がったときに突然あたしに抱きついてきて。胸と、その、大事な所を……!」
と、ここまで訴えて黙った。
目に留まったある物に釘付けになったためだ。
それは、観葉植物の影に隠れて怪しく光っていた。
「……あ、ううん。あたしが」
「え?」
「思い出しました、あたし。ちゃんと聞いてたんです、お風呂掃除の時間。それなのに、うっかり忘れて入っちゃっいました。ついゴンドーさん見て叫んじゃいました。なので、ゴンドーさんはまーったく悪くありません。お騒がせしました」
困惑する女性職員を尻目にちゃっちゃと服を着る。
今しがた発見したばかりの【盗撮用小型カメラ】を抜かりなくポケットにしまった。
「で、でもね。おかしいわ、わざわざこんな時間に掃除なんて。って言うか、ゴンドーさん、気を失ってるけど……」
「施設の皆さん、忙しいでしょうし、きっと別の用事が立て込んだんだと思います。居ないはずのあたしがいたんで、びっくりしてひっくり返ったときに、そこの観葉植物の鉢にでもアタマでも打ったんじゃないですか? とにかく完全にあたしのせいです。ごめんなさい」
納得しない職員がしつこく話しかけてくるのを振り切り、自室に戻った。
「やれやれ。下手に騒ぎ立てるより弱み握って脅した方がこれから何かと役立ちそうだもん。バカな男は使いようってね」
それにしても、いつからカメラを仕掛けていたのか。
今日までの色々な恥ずかしい姿を無料撮りされたオトシマエはつけなければならないが。
しかし最早、痴漢オトコの事はどうでも良かった。
ノノは別の思索にふけっていた。
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――いわゆる異世界人だった春馬越ノノは前世、魔王城の魔術技術開発室に勤務していた。
魔王城の名は、夏炎城エフェソス。豪壮堅牢の城だった。
そして城主はエフェソス帝国初代皇帝、魔炎王タルゲリア。
魔物族の頂点に立つ魔王さまだ。
ゴブリン族出身の魔王さまは他の魔物どもを制し、一統にまとめ上げた。わずか一代で。
更には人間族をも風下に立たせるに至った。
ノノはその魔王のお膝元、世界の中心でキャリアウーマンとして活躍していたのだ。
異世界に働き方改革や女性活躍社会と言ったスローガンがあったわけでじゃないが、能力を見出された彼女はエリート街道を歩んだ。
魔術技術開発室と言う部署に配属されてから僅か半年で室長代理となり、複数の部下を束ねる立場になっていた。
「そう、あたし。前世優秀だったんだよねぇ」
今日び、転生経験なぞ珍しくもない。だから前世を思い出すのもヘンじゃない。
が、しかーし。
あるときノノは、【浮遊大陸】にある魔鉱石の採掘現場を視察することになった。
最先端の転移魔術技術を結集して造った転移門の開通式を翌日に控え、転移先の浮遊大陸で最終調整をおこなうためだった。
――浮遊大陸。
その存在は古くから知られてはいたが、実際には未開の土地だった。
そこがどのようなところか、具体的に知る者はほとんどいなかったのである。
人魔史上、最初にこの地に足を踏み入れたのは、魔炎王タルゲリア。
つまり、彼女の主君である魔王さまだった。
魔王は若し頃、冒険者だったのである。
そしてこの度。
魔王城直属・魔術技術開発室は、それまで幾多の危険を冒して跳躍テストを繰り返していた魔王城と浮遊大陸間に、異空間を介する転移魔術の技術を組み込んで新たな跳躍(=転移)方法を開発、超革命的な物流システムを構築しようとする大計画を立てていた。
転移魔術技術による浮遊大陸への新規航路の開通。
これは魔王城、いや、エフェソス帝国挙げての国家プロジェクトだったのである。
かつて、魔王陛下が新天地に斬り込み、自分が道すじを拓く。
なんともロマンティックで夢のある話じゃないかと、ノノは至上の興奮を覚えた。
式典には当然ながら、魔王さまも参列するらしい。
初めてお目見えが叶う。
目立てれば更なる出世が望めるかも知れない大チャンス。
「代理。これ、素晴らしいです!」
制御室に入って来たのは痩せ型の魔導人形。
興奮した彼に一粒の【魔鉱石】をいきなり握らされた。
驚きつつハッとする。
確かにとても素晴らしく、美しい。
「魔鉱石……これは素晴らしいわ!」
小指の先ほどの大きさながら、カット面から放たれる翠碧の煌きはこれまで見たことも無いほどで、一目で希少な物だと知れた。
かなりの高純度だ。
どこで手に入れたか尋ねようとして気付く。
「……右腕! どうしたの?」
関節から先、右の前腕がもげていた。上腕も肩からだらりと垂れている。
魔導人形は人形だから痛覚が無い。
顔も能面のようなので感情が不明。
だが剥き出しになった疑似血管などが無残に覗き、彼ら特有の青い血がこぼれているのを見ると、本人よりも自分の方が痛く感じた。
「代理は他の主人たちと違って優しい。それあげます。持って逃げてください」
「逃げるたって、どうして。それに今、転移装置の調整中なのよ?」
「早く。早く逃げてく……ださい」
制御室の外で争うような物音がしたかと思ったら、乱暴にドアが開いた。
――魔導人形らだった。
人足の成りで一様に体全体が薄汚れて黒ずんでいる。
目前の事務用タイプの人形と違い、丸太のような腕と象のような足を有している。
所々肌の表皮が破損していて、中味の歯車や疑似血管が見え隠れしていた。
彼らは鉱山に出入りする、魔鉱石の採掘士たちだった。
「ちょっと。あまりに礼がなってない。下がりなさい!」
彼女とて、魔導人形が粗野で無学であることは承知している。
普段なら少々の無礼には目をつぶっている。
だが肝心の作業を邪魔されてはたまらない。怒りを込めて叱りつけた。
彼らを一渡り睨んでから、ブツブツと装置に向かった。
いつもなら、この態度を示すと連中は怖気づき引き下がる。
――だが。
今日は違った。
背後に影を感じ、振り向く……間もなく後頭部に強い衝撃を受けた。
「があッ?! あ……あぐ……」
前世の彼女はゴブリン族。
流す血は赤茶色。
床に這った彼女の周囲に赤茶の小さな血だまりが出来た。
左右の目玉が互い違いになっているのが分かる。なぜなら焦点が合わない。
シヌの? あたし? シヌノ?
自問して観念した。
そして思った。
――この魔鉱石だけは絶対に渡さないと。
決意した瞬間、彼女はそれを口に入れ――ゴクリと呑み込んだ。
繰り返すが、それは魔鉱石だ。
魔導人形の動力源となるものだ。
彼らを重労働に耐えるほど動かせる魔力エナジーを含んだ鉱石なのだ。
しかもこれは純度が異常に高い――そんな物を服用すればどうなるか――彼女は、急激な中毒症状を起こし、即死した。
転移装置を破壊する魔導人形たちを咎めることも叶わず……。