ぶつ切り睡眠
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
おお? つぶらやくん、ここのところ眠れているかい?
いやいや、意識がもうろうとしているようだったから、つい。よく見ると、目のあたりにもクマができているしね。
私も、昔からあまり熟睡はできない性格だ。2時間ごとに目が覚めちゃって、そのつど寝なおすような、こまぎれ睡眠だな。
夜中に目が覚めちゃう原因は、いろいろある。ストレスかもしれないし、部屋の環境がよくないからかもしれない。また地震などの、寝ている身体に異状を感じたときもしかりだとか。
特に後者のパターンだった場合は、より厄介なケースも存在するようなんだ。かくいう私も経験がある。
聞いてみないか? 用心のネタになるかもしれないしね。
私自身、ぜんぜん記憶がないのだけど、未熟児一歩手前かつ難産だったと聞いている。
赤子の時期を乗り越えられたにしても、後遺症が残る恐れありといわれたらしくてね。両親は育児中、気が気じゃなかったらしい。
その私も、5歳を迎えるころには落ち着いてきて、ひとり部屋で眠るようになっていた。
最初は、特におかしいと思わなかった。
敷布団、掛布団もしわくちゃになるのだって、一緒に寝ていたときの両親に、「寝相が悪いときが多い」と注意されていたからね。その延長だと思っていた。
だが、何カ月もひとりで寝ていてね。ときどき冷蔵庫から取り出した、ふたのできるペットボトルを枕もとへ置いて、そのまま寝入ってしまうことがあったんだ。
このペットボトル。当時からすでにこまぎれ睡眠気味だった私が、目覚めるたびに倒れている。
寝ているときに腕を伸ばして当たったのかと、目覚めたついでに少し遠くへ置いたんだが、次に目覚めたときも同じ。
三回ほど同じ目にあって、最終的に机の上へ避難させたら、止んだのだけどね。時間ももう午前3時を回っていたけれど。
同じようなことが、日を置いて何度も起こるものだから、私は少し試してみたくなったんだよね。もしペットボトルではなく、もっと重いものを脇に置いたらどうなるのかと。
私は部屋の机を、ペットボトルを置いている位置まで、あらかじめ持ってきた。
もし手足がはみ出て張り倒しているなら、同じように机を叩いて気づくはず。位置を確かめて寝入る私。どんな夢を見ていたかは思い出せないが、不意に足へ痛みが走って飛び起きた。
目論見通りではあったが、現実は予想を大きく外れてしまう。
私はひざの横辺りで、机の脚を蹴っていた。だが、ただ布団からはみ出ていたわけではない。
いつも見ている天井とは、角度が違う。
私は実に90度前後のターンをかまし、机を蹴り飛ばしていたんだ。体だけじゃなく、布団たちも一緒にスピンさせながらね。
にわかには信じられないだろう? 私も最初は目を疑ってさ、苦労して元の位置へ戻ったけど、それから目覚めるたびに、私は同じ角度へ戻って机へキックしていたんだ。
寝ている間の回転。話ではそれくらい寝相が悪い、というかほぼ夢遊病の人もいると、後々知ることができた。
自分ももしかして、それなのだろうか?
家族に一度相談してみたことがあるが、いざ見張ってもらうときは、私の身体は回転せずにいるらしい。結局、証拠を押さえるには十数年後の、私の一人暮らしの時まで待たなくてはいけなかった。
一人暮らしを始めるころ、私は幼いころのガリガリさは影もない、ぽっちゃり気味の体型になっていた。
特に人並み外れた量の食事をしたとか、運動が不足していたとは思えなかったねえ。
いちおう、体重も測ってみたんだが、不思議なことに何度試しても、その年齢の標準程度を保っている。筋肉ではない脂肪だらけだとしても、ここまで軽くはならないはずだ。
そして相変わらず、私の身体と布団は回転を続けているらしい。それもここのところ、頻度が増しているようだ。
なぜなら、掃除をせずにほこりだらけになっていた、私の自室。その布団周り、直径2メートル強の部分だけ畳がやけにきれいなのさ。つまり、私が回っている証拠に違いあるまい。
私は当時、まだ高価だったカムコーダを、バイトして貯めた金で買い、寝ている自分を撮影してみることにしたんだ。
カメラで撮影できて、かつ私自身の睡眠を妨げないレベルに、部屋の明るさを調整するのには苦労したよ。そうして、今回は邪魔者なしの環境にしてみるため、ゴミたちは一時退避。
そしてぶつ切りの睡眠の中、目覚めるたびにビデオをチェックしてみたんだ。
家族の前では、絶対に見せなかった回転が、カメラの中ではしっかり写っていた。
シュールな光景だ。寝息を立てる私をそのままに、布団がずりずりと回っていく。もはや布団を敷いた畳そのものが回転しているかのように思える。だが、周囲にのけたゴミたちはまったく動いていない。
布団の真ん中を起点に、時計回りで回転を続ける私と布団。そして何回転かすると、ふと目覚めて、ビデオを確認しに来る私。そのような光景が、数日おきに繰り広げられていた。
ただ、奇妙なことがあってね。
それは同じアパートに住む、階下の人が亡くなられた日のこと。
その日の私の回転は、いつもに増して勢いがついていた。窓についているカーテンがなびくほどだったが、画面を凝らしてみると、畳から立ち上ってくるものがあるんだ。
ほこりとか、イグサのかけらなどではない。もっと霧状の何かで、それらは顔などの布団から出ている部分には直接に。胴体などの布団を被せられているところからは、そのすき間から中へ入り込んできているんだ。
その日、すこぶる体調が悪くて、家から一歩も出なかった私だが、目覚めるたびにぐんぐん具合がよくなってきたことを覚えている。
すでにカメラもいかれてしまって、当時の画像は見られないのだけどね。
私はあの現象を、弱い私の身体自身が、回転とともにエネルギーというか、活力みたいなものを手に入れていたんじゃないかと思うんだよ。あのときは、まだ階下にいたのかもしれない、故人の身体からね。
家族の前で姿を見せなかったのも、その回転の被害が、そばにいる家族へ及ばないようにするためじゃないのかなあ?