5.
惑星ロメロン上空、大気圏外。
魚雷艇TBX-1の格納庫。
目の前に、緑のミリタリー色に塗られた箱型の浮遊車輌がある。
多目的軽装甲浮遊車輌、エムプラーヴ。
ざっくり言えば、民間の宅配会社などが使っているヴァンをひと回り大きくして、外側をグルリと(窓も含めて)装甲で覆い、増えた重量に応じて強化された浮遊ユニットを搭載した軍用車輌だ。
まあ、軍用トラックならぬ軍用ヴァン、とでも呼ぶのが相応しいだろう。
主力戦車などに比べれば小型軽量で、四角形の車体はスペース効率も高いから、TBX-1のような小さな艇に載せるには丁度良い。
装甲は窓にも及んでいて、外部環境カメラと映像投影装置を介して運転者に周囲の状況を伝える仕様だが、何らかの理由で車外を直接目視する必要がある場合には、窓部分の装甲だけを開くことも可能だ。
対地効果により地上五十センチから一メートルの高さを浮遊して移動するのは民間の浮遊自動車と同じだが、さらに加えて、車体底面には、陽電子ロケット・モーターという軍用車特有の装備が埋め込まれている。
これは対地効果の効かない川や湖を渡ったり、高い崖やビルディングを飛び越えるための物で、大量にエネルギーを消費するため長時間連続して使う事は出来ない(高度を維持して空を飛び続ける、といった目的には使えない)
屋根の上にはマシソニア陸軍標準規格の台座があり、そこに様々な武器を追加する事で、その名のとおり多目的に使える。
TBX-1の格納庫天井には何本ものロボットアームが垂れ下がっている。
アームは、人工頭脳の制御の下、その時々の作戦に応じた兵装を車輌に施したり、簡単な修理を行う目的で使用される。
格納庫に収まっている今は、エムプラーヴの屋根の上には何も取り付けられていない。
「エムプラーヴ1号車との直接回線ひらけ」左手首に巻かれた腕時計型端末に命じた。「おい、起きろジョニー。仕事だ」
直接回線が確立されたことを示すサイン。続いて「個人認証」という太い男性の人工音声。
「個人認証、マシソニア宇宙軍所属、ジョータロー・フナホシ技術中尉、確認……おはようございます、技術中尉」
エムプラーヴ1号車に搭載された人工頭脳が、省電力冬眠モードから目覚めた徴だ。
「右側面ハッチを開けろ」とジョニーに命じる。
「了解」
車体側面中央にある搭乗用ハッチが自動的に開いた。
ジョニー1……これが、エムプラーヴ1号車に搭載された人工頭脳のコール・ネームだ。
例によって『新型魚雷艇開発計画』責任者、技術少将閣下の御趣味らしい。
閣下の大好きな『ナイト・オブ・ザ・リビング何とか』いう古典娯楽の登場人物で、バーバラの兄の名前だって噂を聞いた。
一説によると、その映画における一番最初の犠牲者が他ならぬ『ジョニー』らしいが、まあ、そういう縁起の悪い事は考えないようにしている。
このTBX-1には、エムプラーヴが二輌積まれていて、それぞれの人工頭脳は『ジョニー1』『ジョニー2』と識別される。
呼びかける車輌が明らかな場合、末尾の数字は省略できる。
当然の事だが、魚雷艇に搭載されている統合制御人工頭脳に比べ、この軽装甲車輌に搭載されている人工頭脳は小さく軽く省エネルギーで、ゆえに処理能力が低い。
つまり、ジョニーは、バーバラよりも頭が悪い。
それでも、民間の浮遊車に積まれている自動運転用の人工頭脳に比べれば、このジョニーでさえ金が掛かっているぶん高性能ではあるが。
俺は軽装甲車の車内に入り、上陸前の装備品確認を始めた。
飲料水、よし。
高栄養価ビスケット、よし。
救急キット、痛み止め、抗生物質、よし。
空気マット、よし。
寝袋、よし。
排泄物結晶化剤入り携帯トイレ、よし。
陽電子パルス自動小銃、よし。陽電子マガジン、よし。
陽電子パルス短機関銃、よし。陽電子マガジン、よし。
装甲気密服、よし。
(しかし、この気密服を陸上で使うのは勘弁して欲しい)と思う。
万が一、惑星の大気が汚染されていた場合でも、この装甲気密服を着ていれば汚染物質を遮断できるし、多少の攻撃も装甲が防いでくれるのは確かだが……何しろパワー・アシスト機能が無いため、惑星重力下での作業は、重く、つらい。
加えて、定期的に酸素とエネルギーを補充する必要があり、その点からも作業効率は極端に落ちる。
地上を彷徨くゾンビどもは、油断さえしなければ、それほど手強い相手じゃない。
装甲気密服は、明らかにオーバー・スペックだ。
俺は、惑星ロメロンの大気が清浄でありますように、と心の中で祈った。
装備品の点検を終え、ジョニーに「地形図その他、惑星ロメロンの資料をバーバラから貰っておけ」と命じた。
「了解」とジョニーが答える。「惑星ロメロンに関連づけられているファイルを、TBX-1データベースよりダウンロードします」
浮遊車輌の外に出て、今度はバーバラに命じる。
「ジョニー1の屋根に、追加兵装を三つ付けてくれ。一つは、対人用の陽電子パルス機関銃、あとの二つは、情報シールド突破用の気球発射型ロケットと、その予備だ。
「了解」
バーバラの声と同時に、格納庫天井のロボット・アームが動き出した。
俺は、格納庫を出て、キャビンに戻った。
* * *
個人装備の保管室へ入り、マシソニア宇宙軍惑星降下隊の装備に着替える。
カモフラージュ・パターンの服、コンバット・ブーツ、胴と背中を守るレーザー干渉ジャケット、陽電子レーザー拳銃と予備マガジン、ナイフ、グローブ、膝当て、骨伝導マイク付きイヤフォン、ヘルメット……
宇宙軍といっても、惑星降下隊の任務は陸軍の歩兵と大して変わらない。
装備も同じだ。
再度、格納庫に戻り、ジョニー1に乗り込む。
軽装甲車輌のドアが自動で閉まり車内が気密されたのを確認して、運転席に座る。
大きく息を吸い、吐く。
緊張と、ある種の高揚感と、『二度と宇宙に上がれないまま死ぬかも知れない』という寂しさの予感が湧き上がる。
通信回線を開き、バーバラと最後の打ち合わせをする。
多くの宇宙船と同じく、このTBX-1には大気圏内飛行能力が無い。
惑星全体を包み込む〈片方向情報シールド〉を超えて地上に降下すれば、こちらからバーバラへ情報発信する機会は殆ど無くなる……正確に言えば、たった二回。気球発射型ロケットの本数と同じ、って事だ。
(まるで、母親に見送られながら家を出て、一人暮らしを始めた時みたいな気分だな)
一瞬そんな事を思い、惑星降下に意識を集中させる。
「レーザー巻上げ器始動」と、バーバラに命令。
「了解。レーザー・ウィンチ始動」
「レーザー縄発振、エムプラーヴ1号車を束縛しろ」
「了解。レーザー縄でエムプラーヴ1号車を束縛します」
外部環境カメラが、運転席のメイン・スクリーンに格納庫の様子を映し出す。
天井に設置されたレーザー巻上げ器の発振器から、光の線が装甲車輌1号へ向けて放射される。
この光の線は『レーザー縄』と呼ばれ、その名のとおり、TBX-1とエムプラーヴを結びつけ、車体を吊り下げる縄の役割を果たす。
一部の惑星では、レーザー縄の発振装置を大出力化し、宇宙船をも捕捉可能な『トラクター・ビーム』なる兵器を生み出そうと研究しているらしいが、未だ、そんなものが実用化されたという話は聞かない。
現状、レーザー縄の牽引力では、せいぜい1G下で重戦車を吊り下げるのが限界だ。
「降下開始」
「了解。床面ハッチ開きます」
格納庫の床が徐々に開いていく。
下に見えるのは、惑星ロメロンを包んで虹色に光る片方向情報シールド。
「降下始めます」
装甲車輌を吊り下げているレーザー縄が徐々に伸びていき、車体がTBX-1の格納庫外へ出て、さらに降下し続ける。
レーザー縄が伸び続け、その長さ分だけ車体の降下していく。
虹色の膜が足元に接近し、あっけなく装甲車輌はその膜を突破、さらに降下を続ける。
片方向情報シールドは、あくまで情報のみを遮断する防御兵器であり、物理的な破壊力は有していない。
俺の知る限り、物理的な攻撃を遮断でき、かつ全惑星を包み込むようなエネルギー・シールドは、この銀河に存在しない。
下方を映すカメラの映像に、俺は息を呑んだ。
シールドに隠されていた惑星の真の姿が、そこには映っていた。
一面に広がる、真っ赤な、荒涼とした砂漠。
資料にあった写真……あの青々とした海と緑豊かな森を持つ惑星の写真とは、あまりにかけ離れた姿だ。
……どういうことだ?
俺の中に、じわじわと後悔が広がる。
こんな荒涼とした砂漠の惑星に、いまだ生き残っている『正常な』人間がいるとは思えなかった。
俺は、この銀河のどこかに居るであろう正常な人間を探して旅をしているのだ。
全ての住人が死に絶えたりゾンビ化してしまったのなら、その惑星に降下する意味は無い。
一瞬だけ物思いに耽ってしまった俺を、ジョニーの声が現実へ引き戻す。
「高度一万三千メートル。対流圏に入ります」
もうすぐ地上だ。
車輌を吊り下げている『光のロープ』は伸び続ける。
「高度八千……五千……三千……」
降下速度が徐々に緩やかになる。
上空に定位するバーバラが、レーザー巻上げ器の繰り出し量を調整し始めたのだ。
「千……六百……二百……百……浮遊装置始動……五十……三十……二十……着地」
『着地』といっても、浮遊装置が働いているから実際には地面に接していない。
地上五十センチほどの高さにエムプラーヴは浮いていた。
外部環境カメラを動かし、周囲を見回す。
惑星ロメロンの首都、ハイ・ハロウェル市郊外、巨大ショッピング・モールの駐車場。
予定通りだ。
「レーザー縄消滅、束縛解除されました」と、ジョニーが報告する。
これからは、上空に定位するTBX-1の支援は受けられない。
何らかの成果を持って生きて宇宙へ戻れるか、あるいはこの地で野垂れ死ぬかは、俺と(バーバラより頭の悪い)人工頭脳の選択に掛かっているという事だ。
俺は、もう一度、周囲を見回した。
広い駐車場に車は殆ど無かった。
『全銀河ゾンビ化現象』に見舞われた時、このショッピング・モールは営業時間外だったのかも知れない。
モールの建物は確かに巨大ではあったが、何処かしら古臭くて薄汚れた印象を受ける。
駐車場の舗装面にもひび割れが目立ち、全面積の三分の一ほどは、周辺の土地から風に流されてきたと思われる赤い砂に覆われていた。
駐車場と公道の境界には、かつては青々とした芝生が敷かれていたのだろう。しかし今は赤茶けた土が露出している。
その赤土の上を、男が一人、ウロウロ歩いていた。
灰色のスーツを着てネクタイを締めている。
……が、肌が緑色だった。
男と目が合ったような気がした。(カメラ越しだから有り得ないと、理屈では分かっていたが)
「ジョニー、陽電子パルス機関銃用意。あの男を撃て。撃ち殺せ」
「了解」
屋根の上で、マシンガンの台座が回転する気配。
陽電子パルスの光が放たれ、緑色の男へ一直線に伸びる。
見事、レーザーが顔面に直撃。頭蓋骨が爆散。
頭を失った灰色スーツの男が、のけぞって芝生の上に倒れた。
無人の駐車場に、しんとした空気が戻る。
「車外環境を調査しろ」
「了解。大気成分を調査します」
しばらくの間。
「大気に有毒な成分は認められませんでした。続いて、空気中の細菌・ウィルスの量を調べます」
また、しばらくの間。
「未知の細菌・ウィルスは認められませんでした」
つまり、気密服なしで外に出られるという事だ。
俺はホルスターから拳銃を出し、浮遊車輌のドアを開けた。