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男装少女は言い出せない  作者: 和奏
男装少女は言い出せない
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寂れた教会 4


 買い物袋を両手に抱えたシモンが教会に戻ると、礼拝堂の前に一台の馬車が停まっていた。

 見慣れない馬車を訝しみ、首を傾げる。

「珍しい。……お客さんかな?」

 町の人が、この寂れた教会を訪れることは、ない。

 シモンが教会に世話になってから、誰かが訪ねてくるのは初めてのことだった。

 物珍しさから馬車を眺めつつ、住居部分の裏口から家の中へと入った。


「遅かったわねぇ、シモン。あなた、またパン屋で油を売っていたんでしょ」

 荷物をキッチンに置くシモンの背に掛けられた、冷ややかな声。

 ぎくりとして身を竦ませたシモンは、ぱっと勢いよく振り返った。

「シェリー、違う」

 目を泳がせて、一瞬言葉に詰まる。

 掃除も済ませてから出掛けたし、昼食も夕食もお金を少し浮かすことができた。何も疚しいことはしていないはず……、とわずかな間逡巡(しゅんじゅん)して。シモンの目線と同じ高さにある、シェリーの紫水晶のような瞳をまっすぐに見つめる。

「町の人と、交流を深めていたんだよ」

 だから、少し町にいる時間が長かっただけ。 


 シモンの目の前に立つのは、妖精猫のシェリーが人間の少女を模った姿だ。

 すらりとした少女の華奢な身体つきは、彼女本来の妖精猫の姿と違和感なく重なる。漆黒のシンプルなワンピースを着こなすシェリーは、細くしなやかな白腕を腰に当ててシモンを()めつける。

「交流? ……どうだか」

 小首を傾げると、癖のない細く柔らかな銀糸の髪が、さらりと肩を滑る。

 ちりん……と、左手首に結わえられた銀の鈴を鳴らし、シェリーは細く滑らかな指先で、頬にかかる長い髪を耳に掛けた。

 仕草一つとっても、たおやかに優美に見えて、シモンが見惚れる。

 すれ違えば、思わず振り返って二度見するであろう目鼻顔立ちの整った可憐な少女に、シモンは感嘆の溜め息を洩らした。


 シェリーは、花の蕾のようにふっくらとした唇を、小さく尖らせて文句を言う。

「どうせ無駄な話に乗っかって、パンを安く譲ってもらうタイミングでも計っていたんでしょう?」

「や、やめてよ。そこまで腹黒くないから!」

 そう言いつつも、全く後ろめたいところがないとは言い切れない。

 痛い所を突かれて動揺しつつシェリーの顔を見ると、まだ何か言いたそうな顔をしている。黙っていたらもう二言も三言も口撃されそうだった。

 慌てたシモンは、別の話題を探す。


「シェリーはどうして人の姿なの? あ、そうだ! 馬車が停まっていたけれど、先生に誰かお客さんが来ているの?」

 あからさまに話題を逸らされて面白くない顔をしたシェリーだったが、すぐにつんと取り澄ます。

「そうよ。それで、セオに呼ばれたの。猫の姿のまま、お客の前で話をするわけにはいかないじゃない。『戻ったら礼拝堂に来るように』って、セオからあなたに伝言よ」

 その場の流れでシモンに用件を伝えると、物知り顔のシェリーは口許に小さな笑みを浮かべて、くるんと踵を返す。

 腰まである銀糸の髪が衣のようにふわりと広がり、きらめいた。

 ――刹那、少女の姿は銀色の靄となり、宙にほどけて消える。代わりに銀色の妖精猫がシモンに背を向けて、ちょこんと床に腰を下ろしていた。

 シェリーは、わずかに首を巡らせて、紫の瞳をちらりと覗かせる。

「精々、頑張りなさい。……くれぐれもセオの足を引っ張らないでね」

 軽く揶揄する声音の中に、真摯な響きを混在させて言い放ったシェリーは、扉の隙間からするりと出て行った。

 

「……なんだろう?」

 セオバルドに呼ばれた理由も、シェリーの残した言葉の意味も分からずに、シモンは小首を傾げた。


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