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男装少女は言い出せない  作者: 和奏
男装少女は言い出せない
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男装の少女 1


 昼下がりの街中、綺麗に舗装され整えられた石畳の広い道。

 馬車の行き交う大通りの両脇には沢山の洒落た店が立ち並び、様々な目的をもって行きかう人々で賑わい、喧噪に満ちていた。


「すみません……! 通して!」

 人波をかき分け、肩で息をする小柄な少女が町中を走り抜ける。人とぶつかりそうになり、時折迷惑そうな眼差しを向けられながら、それでも少女は人通りの多い道を選んで走り続けた。

 自分を追う複数の足音が、徐々に近づいてきていることに、少女は気づく。

 首を巡らせた少女の淡い翠の瞳が、ちらりと後方を確認する。

 長いスカートの裾が足に絡みついて、もたついた。

 このままでは追い付かれてしまうと、少女は焦燥感を募らせる。

 人混みの中で自分の姿を見失ってくれたらいいのに、と。祈る思いで、少女は助けてくれそうな人はいないか、逃げ込めそうな場所はないかと、視線を彷徨わせて探す。

 だがしかし、人々は皆、自分の進む方向だけを見ていて、少女に声を掛けるどころか目もくれない。


 人通りの途切れた、ほんの刹那。

 道角(みちかど)にある大きな建物の壁の向こう――、少女の膝ほどの高さで、小さな白い手がおいでおいでと手招きをする。

 小さな手に招かれるまま、少女は藁にも縋る思いで角を曲がる。すぐ脇にある路地裏に飛び込み、しばらくの間、走り続けた。


 やがて、少女は足を止め、肩で息をしながら腰を折り、膝に両手を付いて恐る恐る後ろを振り返る。

「はぁっ……、はぁ……っ!」

 雑然とした大通りとは打って変わって人影もなく、辺りには少女の荒い息の他に、音はない。

 珠のような汗が額から噴き出し、頬を伝う。背まで伸びた緩い癖を持つ淡い亜麻色の髪が視界に掛かり、頬に張り付く。

 走って来た道を見据えたまま、少女は掻き上げた髪を無造作に払い、耳を澄ませた。

 ――逃げ切れただろうか。


 路地の建物に反響する足音が聞こえ、それは徐々に大きくなる。

 ――近づいてくる!

 身を翻すのと同時に、少女は再び走り出す。

「いたぞっ! そこだ!」

「捕まえろ!」

 男たちの怒声が飛んだ。


「しつこい……!」

 足を止めるわけにはいかない。

 男たちに捕まったら、娼館に売られてしまう。

 町で仕事を探しているところを、親し気に声を掛けられ、仕事をくれると誘われてついて行ってしまった。

 だが、男たちは人攫いだった。

 あちこちで仕事を探す少女たちに声を掛けて騙しては攫い、攫った少女たちに値を付けて、娼館にいくらで売るだの売っただのと話しているのを小耳に挟んだのだ。

 男たちの口振りから、自分が人としてではなく商品として扱われることがわかり、怖くなった少女は隙を見て逃げ出した。


 走りながら、少女は細い路地に立ち並ぶ家の裏口に目を走らせる。

 大通りと違って、辺りに人影はない。

「誰か……!」

 助けを求める声が、細く零れた。

 がた、がたん……っ!

 後方から、何か大きなものが転がるような騒がしい音がした。

 男たちの慌てふためく声が後ろに遠ざかっていく。しかし、何が起きたのか振り返って確認する余裕はない。


 少女が、今まさに家の扉の中に入ろうとしている一人の老婆を見つけた。

 その姿に、亡くなったばかりの祖母の姿を重ねる。

 ――ばあちゃん……!

「待って!」

 泣きそうになるのを堪えて嗚咽を呑み込み、少女は声を上げる。

 家に入ろうとしていた老婆に駆け寄った。

「あの……っ! すみません。追われているんです! 少しだけ隠してもらえませんか? すぐに、すぐに出て行くので……」

 老婆は、汗だくになり息を切らせて懇願する少女を驚いたように見つめ、何も言わずに小さく頷くと、少女の背を押して家の中へと招き入れた。


 老婆の家に通された少女は、すぐに小さな戸棚の中に隠され、息を潜めて男たちをやり過ごした。

 男たちの声や足音が遠のいてしばらくすると、老婆は、少女を戸棚から出して水と少しの食べ物を振舞った。

「ごめんね、このくらいしかしてあげられないけれど。まだ小さいわよね。あなた、いくつなの?」

「助けてくださって、ありがとうございます。シルヴィと言います。十三です。あの……、ご馳走になった上に図々しいお願いですが、もしも男物の服で私が着られるようなものがあったら、今着ている服と交換して頂けないでしょうか。それと……」


 ――明るかった空が、夕陽に赤く染まる頃。

 大きな町の細い路地裏で、一軒の家の裏口の扉がそろりと開いた。

 周囲の様子を注意深く窺いながら出て来た小柄な少年が、襟足で短く切りそろえられた亜麻色の髪を隠すように深く帽子を被り直す。

 長い髪をばっさりと切り落として男装したシルヴィだった。

 シルヴィは、自分を見送るために裏口に立った老婆に、何度も深く頭を下げて礼を述べた。


目に留めて読んで下さった方、ブックマークや評価を入れて下さった方、ありがとうございます。

とても励みになります。

拙い文章ですが、少しでもわかりやすく伝わるといいなと思っています。誤字や言い回しなど気を付けていますが、おかしいところがあれば随時直しています。


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