第九話『負ける為に負けられない』
「……始めるわよ、いい加減切り替えなさい」
全ての準備を終え。
ヒキニートー本拠地で、氷乃とその時を待っていた。俺は体育座りのまま、ごろんと横になりながら。
身を挺して得たはずの成果が得られないことは、とても悲しいことだ。
「……」
すぐ傍には破り捨てられた置手紙。
『やっぱやる気出ないからサボるわ! byブラックジーニアスちゃん愛しのサボリーナ様』
「ちくしょー! 食われ損じゃねーか!?」
「私だって腹立ってるわよあのクソ女ー!!」
作戦開始間際、サボリーナ様はこの書置きを残してドタキャンした。
すでに動き出している為、作戦を中止してあのクソレズロリコン女を締め上げることもできない。
氷乃も努めて冷静を装っていたが、自身の身体が汚された恨みは忘れていない。
……あとで必ず締めよう。俺と氷乃は、静かに涙しながら誓った。
「――来た!」
その反応に氷乃が声をあげる。
中空に浮かんだ、モニター二つ。そこにはそれぞれ戦闘員ハタラカーンに襲われる街が映っている。
内一つに、プリナーフェイト。
内一つに、プリナーフォース。
「まずは、釣り出せたわ」
「ムノー様に連絡するぞ」
プリナーフォース誘拐作戦。その前段として、戦闘員を離れた二か所の街に出現させる。
フェイトとフォースを分断させる為だ。
戦闘員で稼げる時間は知れているので、フェイト側にはムノー様とそれに率いられた怪人が出撃。俺と氷乃がフォースを攫うまでの時間を稼いでもらう。
……本当なら、サボリーナには予備戦力として待機してもらうはずだったのだが。
「さ、行くわよ。必ず言ったようにしなさい」
「大丈夫なのか、本当に」
俺のポーチの中に身を潜り込ませる氷乃に問いかける。
氷乃の発案……不安しかないそれに失敗すれば、戦闘になる。前のように、プリナーエナジードリンクを使われずとも負ける気しかしない。
「大丈夫」
不安はともかく、もう始まっている。
俺もフォースの元へ出撃する。
「私の円力華よ?」
「……ジーニアス」
大きな交差点、その中央でプリナーフォースと対峙する。既に戦闘員は全滅した後だ。
周囲の人は全て避難したらしく、俺を呼ぶその声は妙に大きく聞こえた。
「……っ」
ぐ、と身構えるフォースの前で、生唾を呑み込む。
本当に大丈夫なんだろうな……くそ、知らねーぞ!
「っ!?」
変身解除。
ただでさえ実力差のある魔法少女相手に、俺はただの少女……蒼河 氷乃の姿で迎える。
「どういう、つもり!?」
「……円力華」
俺は出撃してから、声を発していない。口パクだ。
「おいで?」
この声は、蒼い猫型の魔法生物に意識を移した氷乃のものだ。
「氷乃ちゃん……」
事前に言われた通り、フォースに向けて両腕を伸ばし……迎え入れるように、微笑む。
「おいで、円力華」
「氷乃ちゃん……氷乃ちゃぁぁぁああんっ!!」
ふらふらと、構えを解いて。ゆっくりと歩み寄ってきたフォース……黄山 円力華は。
「ぐ、ぇ」
「氷乃ちゃぁぁぁああん、寂しかったよぉぉおおおっ!!」
突然ダッシュで駆け寄って俺を押し倒した。生身の女子中学生に、力に特化した魔法少女のタックルが突き刺さる。
内臓が破裂するかと思ったが、何とか堪える。
「ううう、氷乃ちゃんのばかぁ……! えりか、寂しかったんだよぉっ!?」
「よ、よしよし……」
円力華の涙と鼻水で服がぐっしょりと濡れるが、指示通り構わず頭を撫でる。
……。
「ごめんね円力華。これには深い訳があって……一緒に来てくれるかしら?」
「えっえっ、でも」
「心愛の方は終わったみたいだし、後で来てもらうから」
美味しいお菓子とお茶も用意してあるから、お話を聞いてくれるかしら?
そんな幼児を誘うような文句で。
「……うん」
正義の魔法少女プリナーフォース、黄山 円力華は悪の組織に拉致された。
◇
「チョロ過ぎない?」
「素直で可愛いと言いなさい」
悪の組織ヒキニートー、その本拠地。俺達はこっそりと自室に円力華を連れ込んでいた。
円力華は、変身解除して出した茶と菓子を暢気に食べている。
その姿に愛らしさと同時に、これでいいのか十三歳と思いながら氷乃とこそこそ話し込んでいた。
「……何が難しいだよ、楽勝だったじゃねーか」
「円力華だけならね」
氷乃が言うには、プリナーフェイト……心愛が一番の問題だったらしい。
三人のプリナーズだった頃から、氷乃が円力華に甘くすると激しく嫉妬し何故か氷乃が詰められる。
円力華を誘い込むには、心愛と分断する必要がある。
しかし俺……ブラックジーニアスの出現に、彼女は異常なほど反応する。
その近くに一人フォース、円力華がいるとなれば死に物狂いで追ってくるだろう。
だから戦力が必要だったのだ。ムノー様と怪人使っても、ぎりぎりだったけど。怪人は爆散、ムノー様は無事敗退した。一歩間違えば、ご破算になっていたかもしれない。
サボリーナがいれば、より確実という計算だったようだ……実際にはドタキャンされて危ない橋になったが。
「さ、円力華。事情を説明するけれど……」
「猫さんが喋ったー!? なんで!? 氷乃ちゃんの声!?」
俺の隣にいた氷乃……猫の姿の彼女が、話し始めて混乱する円力華を落ち着かせつつ。
氷乃は理路整然と、俺が聞いても非常に分かりやすく噛み砕いた経緯を語り始める。
「――ということなの」
「えっと、つまり氷乃ちゃんが増えた?」
「ちっがーう!!」
……しかし円力華は分かっていなかった!
「私が氷乃! こっちのは私の身体を乗っ取った凡人のおっさん!!」
「えー、でもこっちも氷乃ちゃんだよー?」
「誰がおっさんだ! 俺はまだ二十代だ!!」
「あんたは黙ってなさい!!」
断固抗議する。俺はおっさんじゃない。
「……とにかく! このままハロワーに従ってれば!!」
円力華のお父さんは、殺されるかもしれないのよ。
「えっ、嘘……」
「奴の目指す世界はそういう所よ。限界までの効率化。そこに加減や、愛情は残らない」
氷乃の言葉に、円力華が涙を浮かべる。
限界までに効率化された労働。それによって成果を得ることのみを目指した世界。
その経過で削ぎ落される物。
仕事が終わり、家族の待つ家に帰る。夕食を共にし、何でもないような今日あったことを話し合う。良かったことや、良くなかったこと。それらを吐き出し共有して。
家族がいない者であっても、自分の時間を楽しむ。食事やお酒をゆっくり楽しんだり、趣味に興じたり。
そんな当たり前で、幸せな時間をハロワーは否定する。
氷乃は既に、奴のやろうとしている事に気づき始めていた。
「その先に待っているのは。皆が成果の為だけに生きて、死ぬ世界」
「……やだよ。パパは、いつもお仕事大変そうだったけど」
私の前では、何時も笑ってくれていた。
男手一人で苦労させないように稼ぎながら。毎日の食事を作り、掃除や洗濯といった家事をこなす。
それは、大変な苦労だろう。それでも、娘の前では笑顔を絶やさなかった。
それが出来たのは……いや、自然に笑顔になれたのは娘への愛情あったこそだ。
「私に、笑ってくれないパパはやだよぅ……私の、憧れたパパは」
働いて、笑っていられるパパ。
――前世で、孤独に過労死した俺に突き刺さる。俺にも、家族がいればあの環境でも笑っていられただろうか?
「円力華。私達に、力を貸してちょうだい」
「……うん。私も、パパを。皆を助けたい」
涙を拭って。
応える円力華の顔は、とても力強かった。
◇
「「ぶえー」」
俺と円力華は、だらけ切っていた。
お揃いのジャージ姿。揃って自室で、ごろごろしている。
やることがなかった。
『仕上げの準備に時間がかかるわ。その間、あんたは円力華を甘やかしてなさい』
氷乃はそう言って、ここ数日ラボに籠りっきりだ。彼女が言うには、ちょっと残念な円力華が暴走して心愛の元へ向かわない為の措置らしい。
現状、隠れていた心愛の欲求……戦う為の力を与えられた彼女はハロワーを妄信している。
それに加え円力華を連れ去り行方不明の氷乃が、説得しようとしても上手くいく可能性は低い。
狙うべきはハロワー。つまり、決戦になる。
自称正義の妖精ハロワーを打倒する手段はない。
向こうから危害を与えることもできないが、こちらの魔法も通用しない理知外の相手だ。それを攻略する為の手段を用意するとのことだったが。
「ねー、ブラックちゃーん」
「んー?」
「耳かきしてー」
その間、俺達に出来ることはなかった。
「はいはーい」
「ブラックちゃん大好きー……」
耳掻き棒を手元に引き寄せる、俺の膝に頭を擦り付ける円力華。氷乃の言う通り、円力華を甘やかし続けて数日。
すっかり懐いた。既にブラックちゃん呼ばわりだ。当初おじさんか身体の方の氷乃ちゃんと、どっちが良いか聞かれたがブラックジーニアスのブラックの方を採用してもらった。
「きもちいー」
「ほら、動いちゃ駄目だからねー」
膝枕される円力華の耳を丁寧に掃除する。彼女は甘え上手だ。
氷乃の意識による影響もあるだろうが……それにしても可愛い。妹がいたらこんな感じだったのかなぁ……。
「ねぇ、ブラックちゃん」
「んー?」
「なんで、戦うの?」
耳掃除を終えて。
膝の上にあった円力華が、真っすぐ俺を見上げる。
「……俺は、働きたくなかった」
生きる為には働かなくちゃならない。そうでない選択肢もあったはずだが、俺には思い浮かばなかった。
だから、ただ働き続けて。限界を超えて、俺は終わった。
そんな世の中への、復讐心だったかもしれない。
「給料だとか、社会的立場とかさ。そういうモノの為に働いてきて」
俺は、何を得たんだろう。いや。
「死んだんだ。俺は、何も得られなかった」
だから俺は悪の手先になった。ムショック様が体現しようとする、不労の世界を願った。
「そっか」
「……円力華」
気づけば、身を起こした円力華に抱き締められていた。
その暖かさに、凝り固まった心が溶かされる。
「ハロワーに勝とう。その後、私達がちゃんとブラックちゃんを連れ戻してあげる」
労働の正義、それを胸に抱く魔法少女。
笑顔で働いて、笑顔で帰ってこれる世界を願う彼女達だから。
「……負けないぞ?」
「あはは、ブラックちゃん諦め悪いもんねー」
敗北に敗北を重ね続けた、悪の魔法少女。
だが俺は、今度こそ絶対に負けられない。
彼女達に負ける為に、ハロワーに負ける訳にはいけない。
「勝つぞ」
「うん」




