第八話『天才少女氷乃ちゃんの下準備』
「プリナーフェイトと、フォースを」
「そう。勝てないのなら、味方に引き入れてしまえばいい」
残る二人の魔法少女も、悪に堕とす。
「忘れているようだけれど。あんた達ヒキニートーはたった一度、プリナーズに勝利しているのよ」
蒼い子猫姿の蒼河 氷乃……プリナージーニアスが自嘲するように。
「私を捕らえ、悪に堕とした。理想的な無力化でしょう」
確かに。
強敵を無力化した上、自陣営の強化ができる。
二人を無駄に傷つけずに済むし、俺は世界征服の大きな手助けが出来て万々歳。
……ただ、なぁ。
「難しいですよね」
「難しいわね」
プリナーズは正義の魔法少女だ。
妖精ハロワ―に、その素質を認められた者だけが変身できる。
心愛、円力華。そして氷乃は、働くという正義の心を持つ少女達。それは誰かの役に立ちたいとか、お父さんのように立派な人になりたいとか。
天才である自身の能力を、遺憾なく発揮したいとか。
そんな、純粋な少女の願いを胸に彼女達はプリナーズになった。
「私の時は連れ攫われてすぐ、あんたが入ってきたから墜ちたわけだけれど」
めちゃくちゃ睨んでくる氷乃。はいすみませんでした。
「そもそも、どうやって捕まったんですか?」
連れ攫われた、ということはプリナージーニアスは拘束などで無力化されているはずだ。
直接的な戦闘力においては最弱の彼女であろうと、それでも魔法少女。
俺が前世から今の身体となった時には、捕らえられた後だったのでその経緯を知らなかった。
「珍しく幹部二人が同時出撃してきたの」
怠惰を是とする悪の組織、その出撃率は低い。
プリナーズが揃っていた頃でも何時も現れるのはムノー様くらいで。
稀に遊びに来た、みたいなノリでサボリーナ様が現れるくらいだ。
その上、この幹部二人は仲が悪い。
忠誠心に溢れやる気勢のムノー様と、正しく怠惰の悪を体現するサボリーナ様は水と油だ。
「その上、新たな怪人まで出してきた」
怪人とは、もう一人の幹部が生産する戦闘用魔法生物……戦闘員ハタラカーンの上位版だ。
幹部クラスまでとはいかないが、ハタラカーンとは比べ物にならない程の力を持つ。
ただその生産は非常に遅く、サボリーナ様の出現と同じくらいレアだ。
「連携は出来ていなかったから、本当に偶然だったのだと思うわ」
偶然、出撃が被っただけ。
その計算外でプリナージーニアスは悪の手に墜ちた。
「そして、奇跡のような偶然だろうと一度起こったのなら」
もう一度起こせる。ドヤ顔の蒼い子猫、氷乃はその詳細を説明する。
まずムノー様の出撃、これは何時ものことなので問題ない。
「あんた、サボリーナを誘惑してきなさい」
「は?」
素で返してしまった。あの女、クソレズロリコンだぞ?
「……ふ、不本意だけれど!」
猫の姿の癖に顔を赤らめるという、器用な真似をしながら声を荒げる氷乃。
先ほどの風呂での出来事から、サボリーナ様は俺……ブラックジーニアスに執着している。
有体に言えばワンチャン狙っている。怖い。
「誑かして、一緒に出撃するよう頼むのよ! あ、でも手を繋ぐまでしか許さないからね!!」
清い交際しか認めない親かお前は。実際この身体は氷乃のものなのだから、その主張は正しいのだが。
……叫んだあと、小声でちゅーとかそれ以上は心愛の為にとっておくんだから。
そんな言葉が聞こえた気がするが、俺は聞かなかったことにした。
年相応に初心な女の子、俺はいいと思うよ。プリナーフェイト、桃空 心愛がやたら重いと思ったらそういう。
「わ、私はラボの方に行って、怪人の生産を何とかするわ」
落ち着きを取り戻すように、こほんと息を整えた氷乃。
ラボ、そこは怪人生産施設でもう一人の幹部が管理している。生産性の悪い怪人を、天才の彼女の手によって改善しようと言うのだ。
「――怪人、あんた達の魔法生物にも興味があるしね。ふふ、私は未知なんて許さないんだから……!」
マッドにやばい感じで笑う氷乃。
こんなのと同居して影響受けた俺は、大丈夫なのか……。
「ほら、あんたはさっさとサボリーナの部屋に行ってきなさい!」
AもBもCも許さないからね! と付け加えて俺の部屋から俺を追い出す氷乃。古い言葉知ってるな。
しかし、その言葉を守れるだろうか……マジで迫られたら無理かもしれない。
浴場では逃げられたが上司の権力を振りかざされた場合、社畜の本能として従う他ない。
花散っちゃったらごめん。
大切なモノを失う恐怖を抱きながら、俺はサボリーナ様の部屋へ向かった。
◇
「……本当に、大丈夫なのかしら」
独り、自身の身を案じる。
ぱたぱたと悪魔の羽で空中を飛び、ラボに向かいながら。
私……魔法生物の猫の姿で、蒼河 氷乃はあの凡人に不安ばかりを抱いていた。
「あんな凡人の男に、任せるなんて」
墜ちたものだ。不本意を極める。
天才中学生であるこの私が、過労死してしまうようなアホを信じて大切な身体を任せることになるとは。
――私は、ずっと見ていた。
奪われた身体の中で、その戦いを。
全て、敗北で終わった。
直接の戦闘能力では劣るブラックジーニアス。いくら非常識な小汚い手を使ったとはいえ、天才の私を欠いて勝てるはずがない。
『私』の影響でいくらか頭の巡りが良くなろうが、ジーニアスの力は半分奪われているに等しい。
「戦い勝とうとするのは、雄の本性だろうけれど」
ああ汚らわしい。これだから男は。
勝てない戦いに挑むのは、アホの証明だ。天才の私は呆れっぱなしだったが。
「でも」
あいつは、私の親友達を救うことになると信じて戦った。
敗北を重ねても、足りない頭を必死に働かせて挑み続けた。
「……墜ちたものね」
蒼河 氷乃は天才少女だった。
周囲の大人達、親ですらもその才能を認めた。未知を憎む程に勉学に励み、同世代を猿としか思えない程の天才。
その才は私を孤独にした。
心愛と円力華。
周囲を拒絶し孤独に浸っていた私を、救ってくれた二人。
正義の魔法少女、プリナージーニアスが悪の組織に手を貸すなどあってはいけないことだ。
ハロワーへの疑念が確信と至った今でも、あいつらを許しているわけではない。
それでも、二人を救う為ならば。
「ここね」
地下施設でもより深部。
ラボに辿り着く。広大な空間に、みっしりと巨大な機構が詰まっている。
……あれは発電機、薬品の生成器、あっちの水槽の中身は成長促進剤のようね。
未知の機構であろうと、大体の機構はすぐに理解できる。自負する天才の頭脳は、伊達じゃない。
「ふふふ……!」
ラボの主、もう一人の幹部は不在のようだ。
勝手に施設を使うことに良心が一瞬痛んだが、私は正義の魔法少女。悪党の損害になるなら、むしろ推奨。
というわけで、未知の存在に小躍りしながら好き勝手弄りまくる。
「なるほど、こっちが重力発生装置でこれはクローン製造機」
科学力では現在の人類の、遥か先を行っている。私も知っている既知の理論が、いくつも覆されるような技術が完成しているようだ。
それらをすぐに理解し利用方法まで把握。
「ただ……」
どうにも、安全装置が多過ぎる。それに加えて、効率を求める為に効率を落としている。
つまりは無駄が多い。怪人の生産が遅かったのは、これが理由のようだった。
「生産開始」
無駄を削ぎ落し、最低限の工程で怪人の生産を始める。
「流石天ッ才の私……! 未知を踏み荒らす快感は最高ね」
独り、恍惚に浸る。すごい、私すごい。
「さて、戦力の手配はこれでよし。後は作戦ね」
◇
「……大丈夫だったの?」
再び、自室。
そこで私とブラックジーニアスは互いの進捗を報告し合う。
「………………………はい」
「なんなのよその間はァーッ!?」
正座で私から目を逸らし、小さく返事するブラックジーニアス。かたかた小さく震えて、心なしか顔も赤い。
待ちなさいよ!? 何があったの何をされたの私の身体ー!?
「さ、最後の一線は守りましたから。ちゃんと、協力してくれるそうです」
信じて任せた私の身体は、ちょっと汚れて帰ってきてしまった。
サボリーナを誘惑してこいと命じたのは私だが、予想以上にあの幹部は危険だったようだ。おのれ悪の組織。
あああ……ごめん心愛……私汚されちゃった……。
「と、とりあえずこれで戦力は良いとして、作戦はどうするんですか?」
「……敬語じゃなくていいわよ、自分にへり下られると気持ち悪い」
「わかりまし……わ、わかった」
こいつは私に罪悪感諸々を感じ、態度がへりくだっていたようだが。一回り近く年上になる癖に、悪の手先の癖にそんな態度を取られたらやり辛い。
「プリナーフォースを拉致するわ」
「未成年者略取じゃん!?」
「今更でしょう!? 悪の手先でしょうがあんた!!」
全くこいつは。
非常識な手段でプリナーズを追い詰めつつも、最後には大人としての常識でいつも詰め切らない。
今までも非常識に加え、非情に徹すれば勝てていたはずなのに。
……しかし、だからこそ私はこいつを信じた訳だが。
「その為の戦力増強よ。二人同時に捕まえるのは難しいから、まずはフォース……円力華から」
本当は二人揃って、といきたいがまだそこまでの戦力は整えられない。
だが悪に堕とし……円力華が陥落すれば、戦力比のバランスは一気に崩れ残る。
残った心愛を堕とすのは簡単になるはずだ。
「拉致した後、私が説得する」
意識の分離に成功した今、私は私として彼女達に接触できる。
拉致をせずに接触することも考えたが……こちらの環境に連れ込む必要があった。
「……できるのか?」
アホ面で、いや私の顔でそんな間抜けな顔をするな。
円力華を先に選んだのは、あの子の方が堕としやすいからだ。
「当然。円力華は、私が守ってあげないといけないくらい残念な子だから」




