第七話『俺 / 私』
「ぶえー……」
天才女子中学生。魔法少女。悪の手先。
それらにあるまじき意味のない声を上げながら、俺はだらけ切っていた。
悪の組織、ヒキニートー本拠地。
その地下に在る福利厚生施設。
快適な環境が整えられた休憩所で、いわゆる人を駄目にするクッションに身を沈めて。
着ているのも、何時もの黒と青の魔法少女衣装ではなくジャージ。以前失って、またファッションセンターし〇むらで買い直したやつ。
俺は、だらけ切っていた。
「あんなん反則じゃん……勝てるわけないじゃん……」
宣戦布告、キリッとかやっておいて惨敗だった。
考えつく全ての手を使い挑んだ、プリナーフェイトとの決戦。
しかし最大威力の砲撃で仕留めきれず……彼女は『運良く』拾ったプリナーエナジードリンクで回復。
ぼっこぼこにされた。
……撤退魔法が間に合って、本当に良かった。ムショック様ありがとうございます。
とにかく、プリナーズ二人はその後遺症でダウン。
俺も魔法を消耗し過ぎた為動けない。どうせ動けたとしても、ドリンクの前借り分を回復し切るまで二人には手が出せない。
せめて、その間に人を襲うべきだ。
プリナーズが動けない今、エネルギーは集め放題。そう提案した。
『不在の隙を狙うなど、卑怯だろう』
三幹部の一人、ムノー様はそう言い切り出撃を拒否した。悪の組織とは一体。
他もやる気がないとか、準備が間に合わないとか言って出撃しない。
千載一遇のチャンスはこうして過ぎ去った。
「……ムノー様、がんばえー」
クッションに身を沈めながら、虚ろな目で傍のモニターに向かって声援を送る。
そこでは復活したプリナーズの二人と、戦闘員を率いたムノー様が対峙していた。
フォースの雷撃で戦闘員が吹っ飛び、フェイトの緻密な格闘でムノー様が追い込まれる。
後は二人の合体攻撃で止め。
三日ぶり七回目のムノー様敗北だった。
「あー……」
やっぱ駄目だった。
ムノー様、弱くはないんだけれどな……このパターン七回目なんだからいい加減考えてくれよ。
しかしムノー様は諦めない。俺の仇をとってやるとのことらしい。
ありがたいことなのだが……最近ちょっと俺に対する言動が気持ち悪いんだよな。
察しがつかないこともないのだが、中身は俺なので筋骨隆々のマッチョマンは丁重にお断りしたい。
「もう無理」
手を尽くした戦いは、けれども届かなかった。
あれで勝てなきゃもう無理だ。
正面からの戦い……正々堂々ではない戦いをしても、勝てない。
俺の心は、正直言うと折れてしまっていた。
言い訳だけが頭を巡る。
俺が無理に世界侵略を進めれば、二人は必死になって止めようとする。追い詰めきれない俺が出張れば、二人を苦しめるだけではないのか。
実際、俺が出撃しない日々は平穏だ。
出撃と敗北、回復をワルツのように繰り返すムノー様。
プリナーズの二人が苦戦することはないが、少しずつエネルギー集めは進んでいる。
こうして俺も、怠惰に浸りエネルギーを捧げているし。
「はぁ……極楽……」
そして。
俺は前世で就職して以来、初めての長期休暇に浸っていた。
朝は寝たいだけ寝る。
食べたい物を食べたいだけ食べて。読書も映画鑑賞も、屋内プールで泳いだりだってできる。
たまにこっそり、蒼河 氷乃の姿でショッピングや観光に興じる。
……何故かプリナーフェイトに見つかって、大抵すぐ逃げることになるが。
休暇ってこんなに素晴らしいものだったのか……。
前世で社畜として、僅かな休日は過労の身体を癒す以外できなかった俺は。
悪の組織で、学生時代以来となる長期休暇の素晴らしさを思い出していた。
「さて、ムノー様も無事に負けたし風呂入るか」
ムノー様とプリナーズの対決を、一応見守ってからだらだらと風呂へ。
地下に広がる、悪の組織自慢の福利厚生施設。
そこには当然のように、温泉も用意されている。
怠慢を是としながら、世界征服を成すのに働く僅かな部下を労わる為に。
疲労回復に効能のある天然温泉をはじめ、マッサージに特化した戦闘員や理髪に特化した戦闘員が揃っている。戦闘員の定義が壊れているが。
たくさんの種類の風呂が用意されたそこは、大体いつも貸し切りだ。三幹部と俺しか使わないからな。
ムノー様は戦闘後で救護室行き、もう一人は自室の簡易な風呂しか使わない。
「あら」
「……サボリーナ様」
暖簾を抜け、無駄に広い更衣室。そこにいたのは残る三幹部の一人、サボリーナ様だった。
成人女性の姿に、額から延びる小さな二本の角。艶やかさがあるというか、色っぽい感じ。
「今日もサボり? いいことね」
にっこり笑顔で俺の頭を撫でるサボリーナ様。そこに、嫌味の色は全くない。
怠惰を是とする悪の組織、その幹部として彼女の方が正しい。プリナーズの二人の為に必死に働く俺や、やたらやる気のあるムノー様の方が異例なのだ。
実力ではムノー様より頭が回り、戦闘能力も高い彼女は『私』だった頃強敵だったが。
その性質故、本当に気が向いた時しか出撃してこない。その名の如くサボる。
「や、やめて下さい……子供じゃありません」
「もー、可愛いわねーブラックジーニアスちゃんはー!」
これだ。
サボリーナ様は、俺が出撃せず休むようになってからこうして構うようになっていた。
必死に働いていた頃は興味がなさそうで、関わることもなかったのに。
だらだらするようになった俺を、妹分のように思っているのかもしれない。でも実際子供じゃないからな? いい年した大人だからな中身。
「本当に可愛い……」
おっとそれ以上いけない。
やばい雰囲気になってきたので、浴場へ逃げる。逃げ足に定評のある悪の魔法少女だからな。
「待ちなさいな、背中流してあげるから」
しかしまわりこまれてしまった!
相手は上司、社畜の俺には絶対神のような存在を断れるはずがない。
結局されるがまま、背を流すだけでなく髪まで洗ってもらっている。
「はぁ……やっぱり若い子の髪はいいわぁ」
「そ、そうですか……」
丁寧に髪を洗われながら、困惑する。
男の頃だったら綺麗なお姉さんにこうして洗ってもらうなんて、夢のような話だが。
ブラックジーニアス、蒼河 氷乃の身体は十三歳の女の子。
ロリコンではない俺は貧相な女児、自身の身体に興味はなかった。
失くしてしまった我が息子に喪失感を覚えたが、それだけだ。
そういう意味では、サボリーナ様の豊満な身体の方が好みなのだが……興奮しようにもモノがない。
「せっかく綺麗な髪なのだから、ちゃんとお手入れしなきゃ駄目よ?」
諭されるような言葉に、素直に頷く。
興味がないとはいえ、他人の身体を奪っているようなものだ。どうやってこの身体に意識が移ったのかは分からないが、粗末にして良いわけがない。
そういえば、本当の蒼河 氷乃はどうなったのだろうか。たまに『私』としての意識が、俺の意識に強く影響しているのは感じているのだが。
「はぁ……はぁ……肌もっちもち……」
「あの、ちょっと?」
思考に耽っていると、サボリーナ様の手の動きが怪しい。
前世でパワハラには慣れてましたが、セクハラは初めてですよ? 同性とはいえ超不快ですよ?
「ね、ねぇ。後で私の部屋に来ない?」
「断固お断りさせて頂きます! お先に失礼します!!」
今度は逃げられた。怠惰系ロリコンレズおねーさんとか業が深すぎる。やっぱ悪だよあの人!
畜生、風呂入り損ねた。仕方ない、自室の風呂使おう……。
◇
そして、自室に命からがら逃げ帰ると。
「にゃあ」
猫だ。
最低限の家具しか置いていない、殺風景な自室。
社畜らしいそこは、休暇によって少しずつ雑誌やコーヒーメイカーなどの物が増えてはきていたのだが。
飼っていないはずの猫。動物セラピーを目的とした、ふれあい喫茶から逃げ出してきたのだろうか。
しかしこの猫、だいぶおかしい。
まずサイズが小さい。子猫というのを超えて手乗りサイズ。
毛色は蒼い。青い猫というとグレーを差すらしいのだが、マジ蒼い。
その上、その背中には小さな蝙蝠のような悪魔の羽が生えている。
……なんかあのクソ犬と対照的だな。天使の羽が生えた柴犬姿のアレが、不意に頭を過る。
「どうしたの、迷い込んじゃったのかな?」
だが俺は猫派だ。
猫がいたら愛でるのは人類の義務だ。
いつか部屋で飼ってしまおうかと考え始めていた昨今。これは運命の出会いなのかもしれない。
近づいて、かがむ。
伸ばした手は。
「ふしゃーッッッ!!」
普通に噛みつかれた。痛い、だがそれがいい。猫との触れ合いとはそういうことだ。
「いだだだ」
痛み自体はそう大したことはない。小さな身体で必死に噛みついて、足蹴りまでしてくるが可愛い抵抗だ。
ほのぼのと理不尽なお猫様の暴虐に耐えていると、諦めたのか離れていった。
「フゥゥゥ……!」
「仲良くしようよー。ね、ごはん食べる?」
「にゃ……ふに、ふにゃ」
怒り心頭といった様子で、毛を逆立てる猫に優しく声をかける。
何か言いたそうな感じで鳴く猫は。
「ふざけんなァー!!」
「猫がしゃべったァー!?」
◇
「……えーと、それでは……君が、蒼河 氷乃ということなのでしょうか」
お猫様……自身を蒼河 氷乃と主張する変な猫を前に、正座の俺。
「そうよ! ようやく意識の分離に成功したの! 天ッ才の私がそれにどれだけ苦労したか……!!」
変な猫改め、氷乃? は饒舌にその苦労を語る。
なんとか理論だのなんとかの方式で説明してくれるのだが、平均程度の学しかない俺には一ミリも理解できなかった。
「あ、あの方法について俺には良く分からないんですが」
つまりは、こうだ。
悪の組織に囚われたプリナージーニアス。本拠地に運び込まれて目覚めた時に、既に身体を俺に乗っ取られていた。
氷乃自身の意思はずっと身体に残ったまま。
それで時折俺は『私』に意識や感情が引っ張られていた、らしい。
天ッ才……の氷乃はこの状況を観測し続け、ついに影響をより強く与えるに至った。
俺と『私』の、意識の分離。
蒼河 氷乃を俺から引き剥がし、魔法生物を創り定着させる。
……本当は俺の方をそっちに定着させたかったようだが、意識の支配率がどうたらこうたらで出来なかったらしい。
もしかしたら猫になってたかもしれん俺。
「分かった!? 分かったならさっさと私の身体を返しなさいよ!!」
「お、お怒りはごもっともです、はい」
彼女としばらく意識が同居していたせいか、彼女が出て行ってからもその影響は残っているらしい。
『私』の部分がその怒りに同意する。
「しかしお返しする手段は……」
「……それは、分かったら教える」
前代未聞なこの状況、天才の彼女にも未だ解明しきれていないらしい。
身体を返すことについては……その場合、俺がどうなるのかわからないので非常に怖いが反意はない。
偶然とはいえ、子供の身体を奪ってしまったのだから返せるのなら返すのが筋だろう。悪の手先に墜ちた俺だが、そこら辺の良識まで捨てきれていない。
「その、まずは色々とすみませんでした」
とりあえず土下座。
今まで目を背けてはいたが、色々俺はやらかしている。
プリナーズを裏切り、彼女の親友を傷つけたこと。仲良し三人組を、引き裂いてしまった。
「ふん。ずっと、私はあんたの中で見てた」
悪の組織、ヒキニートーと正義の妖精ハロワ―に導かれたプリナーズ。
その裏側を。
「あんた達の怠惰を是とする世界。私はそんなもの、やっぱり認めない」
頭脳に優れ十三歳という若さで将来を約束された彼女にとって、俺達の野望は認められるものではない。
「でも、心愛と円力華を苦しめるハロワ―はもっと認めない」
悪に墜ちる前。
プリナージーニアスだった頃から、聡明な彼女はハロワ―に疑念を抱いていた。
あのプリナーエナジードリンク。心愛が以前使用し、その後遺症に苦しんだ時から。
「だから今は、手を貸してあげるわ」
ハロワ―を何とかしたら、次はあんた達だけど。
そう付け加え、不敵に笑う氷乃。
彼女の恐ろしさと、今は味方である頼もしさを感じながら。
「しかし、どうやって?」
「堕とすのよ。全員、悪の魔法少女に」




