第五話『俺と私の宣戦布告』
プリナーフォース……黄山 円力華が、飲み下したのは茶色の小瓶。
その名をプリナーエナジードリンク。
魔法少女が用いる、強化アイテムである。
音が、鼓膜を突き破る。
光が、網膜を焦がす。
「邪魔を、しないで。邪魔を、するなァ――aAAAHHHHH!!」
雷の神に支配された空。暗雲が覆う空に、爆音と閃光が轟き続ける。
天災に、襲われた世界。
その下で。
不定形の極光が。プリナーフォースだったそれ。
……雷神が、ムノー様を襲う。
単純な、正拳。
「バカな……っ」
『細胞が分解し尽くされる前』に、ムショック様の撤退魔法でムノー様が逃避を完了する。
この場に残されたのは、雷神と俺。そしてプリナーフェイトだけだ。
フェイト、心愛はアレを使ってしまった雷神に呆然としている。
俺と心愛の相対、そこへ参戦することを妨害するムノー様。
――もどかしい。はやく、親友の元にたどりつきたいのに。
彼女は、それで暴発してしまった。使うべきではない力、求めてはいけない力を使ってしまった。
「じょnpcjtyaSち<1!#」
プリナーフォースは。黄山 円力華は既に、人の形を保っていない。
漆黒の影に浮かんだ鮮血の色に染まった眼。雷光で、その不定形を縁取るように形作っている。
発する声も、すでにヒトのそれではない。
彼女が飲み下した、茶色の小瓶。プリナーズの切り札。
正義の妖精、ハロワ―が与えたそれは。
劇薬だ。
「たDU+TらtQ――」
「ブラックアイスウォールッ、マックスッッッ!!」
極寒に鍛えられた氷壁。全魔力で以って、それを幾重に。十重に、百重に重ねる。
魔力を使い切った、保身を捨てた防壁。矛盾するようだが、雷神に身を堕としたこの子を止める為に『私』は全力全開の防壁を構築する。
ムノー様が引いて、次の標的を俺に求めた雷神。
すでに理性を残していない。
愚直に、再び振り落とされた正拳が俺の全開を一撃で霧散する。雷神の槌。
神話の域に達した威力で、多重に重ねた氷壁は塵と消えた。
「円力華っ……!」
「UsFちAaaAAAAAA」
両の腕を広げ、俺に襲い掛かる異形の雷神。
思わずその名を叫び、身を竦む。もう、ダメだ。『神がかり』の彼女からは、逃れられない。
「逃げて、ジーニアスッ!!」
そのはずなのに。
桃色の鎖が走る。
四方八方に。多重に駆け巡った魔法の鎖が、雷神を捕らえ間一髪で俺に至るのを阻止する。
本能的に『私』を守ろうとしたのだろう。
「はやくッ!」
暴走するフォースを抑えながら、俺を促す彼女に急かされるように。
ぶちぶちと、引き千切られていく鎖。
――ムショック様の撤退魔法に身を委ねる。
「……ばか」
それは、誰の呟きだっただろうか。誰に対する呟きだっただろうか。
転移の隙間、残された円力華は標的を失い停止した。
ぐったりと意識を失い、倒れている彼女にプリナーフェイトが寄り添う。
強化アイテム、プリナーエナジードリンクは一時的に魔法少女を『神がかり』と呼ばれる状態に至らせ魔法力を一気に格上げさせる。
戦闘力を上げる為に理性を削ぎ落させ、戦うことのみに集中させる。
ただし、『私』達プリナーズは一度フェイトが使用して以降使ったことがなかった。
あれは、ただの前借りなのだ。
魔法力を格上げする、そんな奇跡がタダで許されるはずがない。
フェイトが使った時は一週間近く、苦しみながら寝込むことになった。魔法の才能があるフォースも、免れないだろう。
「……糞」
円力華にそんなモノを使わせたのは、俺だ。
後悔が心に染み渡る。
あんないい子を『神がかり』という化け物に堕として。俺が、戦い続ける必要があるのか?
『私』を取り戻したいだけの彼女達を、戦わせ続ける必要があるのか?
答えは出ない。ただ、円力華の身だけが心配だった。
◇
「――突然、すみません」
「い、いや……あ、あああ、ありがとう」
高級マンションの最上階、俺はその一室を訪れていた。
ブラックジーニアスとしての姿ではなく、変身解除した蒼河 氷乃として。
出迎えてくれたのは円力華の父親だ。母を亡くし、男手一人で彼女を育てる彼。
手土産の菓子折りを、芋虫みたいな太くて短い指が受け取る。
……見た目は、凌辱系エロゲーに出てくる親父系竿役だ。
デブでハゲで脂ぎってて、オークみたいな性欲してそうなおっさん。
『私』だった頃、初めて会った時その場で児童相談所に電話した。
いや俺……かつての氷乃は悪くない。
先立たれた妻そっくりの美少女。
その上、小学七年生にあるまじきロリ巨乳なんだ円力華は。どう考えてもR-18でよくあるアレだ。
「円力華も喜ぶよ。ゆっくりしていってね」
しかし、超人格者だった。
住居からも察せられる通り、経済力に優れ……つまり超仕事できる。なのに娘の不調、その介護の為なら躊躇なく投げ打つことができる程に家族思い。
外見はアレだけれど、それでもモテるはずだろうに妻一筋。
円力華の純粋で、優しい気質はこの人に貰ったのだろう。
「でも、平日だけど学校は……?」
「サボっちゃいました」
「……ほ、程ほどに、ね」
俺は悪の手先だからな。
というのは、半分冗談で『私』だった頃からちょくちょく学校はサボっていた。
――頭脳に優れた『私』は海外の大学を飛び級で卒業し、義務教育の中学校へはあまり通わなかった。
それよりお金集めという遊びに夢中だったし、同年代は猿くらいにしか思えなかった『私』に学校という場は苦痛でしかなかったのだ。
故に、孤独だった。
それで構わないと思っていた。
無視し続けていた傷を癒してくれたのは、二人の親友。
学校で浮いていた『私』に何の下心も打算もなく、近づいてきた。
猿の中にあって飛び切りの、ばか二人だった。
最初に出会った心愛。あまりにもばかなので、つい世話を焼いてしまった。気づけば、親友になってしまった。
それまで居る必要のなかった場所に、行きたくなってしまうようになってしまった。
気づけば、クラス委員長を任されて。
転校生の円力華と出会う。心愛よりばかな奴がいるとは思わなかった。いじめられて、避けられても笑っていられる円力華。人の悪意を信じない強さ。
……そんなの、天才の『私』が守ってあげなきゃいけないじゃない。
「じゃ、じゃあ僕はちょっと買い物に行ってくるから。戻りは待たなくていいからね」
お茶を出してくれてから、気を使ってくれたのだろう。そう言って出かけていく彼に頭を下げる。
本当に出来た大人だ……見た目さえイケメンなら、完璧超人だったろうに……。
それはそれとして、円力華の見舞いだ。お茶を頂いて、彼女の寝室へ。ノックをしてみたが返事はなく、眠っているようだ。
「円力華……」
ベッドに臥せっている円力華。はぁ、はぁと小さく苦し気な吐息。
氷嚢の下、顔は熱く紅潮している。極度の疲労によって、熱暴走を起こしている。
とても苦しそうな姿に、心が締め付けられる。
俺の、せいで。
手を握ってあげたい。その頭を、撫でてあげたい。
だが、俺にその資格はない。見舞いという名目で、ここを訪れながらも……もちろん、その名目も理由の一つではあるのだが。
「……あった」
苦しむ円力華の、枕元。そこに、プリナーズの変身アイテム。黄のプリナータイムカードがあった。
これさえ、処分すれば。
もう、彼女が戦うことはできなくなる。戦う必要が、なくなる。
卑怯? 上等だ、俺は世界侵略を狙う悪の手先だ。
円力華に恨まれる? ……ちょっと、だいぶ嫌だがそれでも彼女が苦しみ続けるよりは良い。
手を伸ばした時。
「困るなぁ」
「……いつから、いやがった」
俺の背後から声をかけたのは、正義の妖精。
手乗りサイズの柴犬が、小さな羽で宙に浮いている。
「そりゃあ、いい。ハロワ―、お前を困らせるのが俺の仕事だからな」
「僕に君の行動を阻止する力はないから、止められないけれど」
それを奪えば、円力華は死ぬよ。
「仕方がない、新しい魔法少女を探すことにするよ」
何を、言っている。
ハロワ―は既に諦めたように言い放つが、説明を求める。
「円力華は魔法の力を前借りしている状態だ。こうして、休んでさえいれば回復するだろうけれど」
今、魔法少女でなくなってしまえば。借りた魔法の力を、返すことができなくなる。
その帳尻は、円力華の命で支払われることになるらしい。
「……」
「円力華の命が惜しければ、と言いたい所だけれど君は悪の手先だし仕方ないよね。さ、僕は新しい魔法少女を探しに行くから」
――ブラック・デス・アイスニードル。
去ろうとするハロワ―に、漆黒の氷針が突き刺さる。
一瞬でブラックジーニアスに変身した俺が、必殺で放った毒針に貫かれながら。
「……行動を阻止する力はないと言ったけど、僕を無力化できるとは言ってないよ」
糞が。
妖精という物理法則の埒外にある存在を、潰すことは不可能だった。
勤労を正義とする世界からやってきた妖精ハロワ―。
その行動原理は労働を是として、最高効率によってもたらされる成果を人々に与えるというモノだ。
最高の働きで、最高の報酬を。
大人である俺はその考えに、一定の理解は出来る。
進化を止めてしまった生き物は、死んでいるも同じだ。常に最善を選び、限界を目指し続ける。それは正しい。
だから、その為に犠牲が零れ落ちるのは許容すべきだ。
『私』が否定する。
天才である蒼河 氷乃ともあろう者が、感情のままに叫んでいる。
円力華を捨てる世界なんて要らない。
「ああ。俺も、そう思うよ」
「誰に、話しているんだい?」
効率化の権化であるこいつには、分からないだろう。首を傾げるハロワ―を無視して、部屋を後にする。
「カードを処分しないの? 僕は助かるけれど」
「宣戦布告だ」
告げる。
俺と『私』が。
「まずフェイトを潰す。回復したらフォースも潰す」
そうして。
「お前の魔法少女は全て潰す」
今まで、子供を手にかけることに躊躇していた俺と決別する。
俺と『私』は全ての魔法少女を潰し……自称正義の妖精が、望む世界を潰す。
ムショック様が復活し、怠惰に墜ちた世界では魔法少女のエネルギーは欠乏する。例え僅かに集めたとしても、今のように脅威にはならない。
その日まで。
潰して、潰して、潰し続ける。
「困るなぁ」
「それが俺『私』の仕事だ」




