第四話『雷神』
「はぁ……」
悪の組織ヒキニートー本拠地、世界の狭間。
暗闇と荒地しかないそこで、俺はため息をつく。
「俺も、プリナーズのはず……」
プリナーフェイトとプリナーフォース。それぞれと一対一で、全く勝てない。
連敗に心が沈んでいた。
剛運と戦闘センスを持つフェイト。
王者の如く暴力を振るうフォース。
二人に比べ、戦闘能力という点では劣っているのは確かだ。三人チームだった頃のプリナーズで『私』は頭脳担当。
主な戦い方はフォースが雑魚戦闘員を一掃して、フェイトが強敵と相対。
それで稼いだ時間で『私』ジーニアスが、状況打開の一手を探す。
「スピードだけならなぁ」
速さにおいてはプリナーズ随一。
しかし二人に比べ非力な為、攻撃は通じない。
逃げ足があるからこそ、これまで致命は避けられたが……いかん、悪い方に思考が沈んでいく。
あー駄目な子だなー俺ー。逃げるのと小狡いくらいしか取り得ないとかないわー。
無駄に頭脳明晰なこの身体、どんどん悪い方に沈んで死にたくなってきた。
「死にたい」
あー、嫌になってきた。
彼女達を救うという誓いはどこへやら、何もかも投げ出したくなってきた所に。
「……ブラックジーニアスよ」
「ム、ムショック様……」
いつのまにか、巨山のような黒い影。悪の組織ヒキニートー統領、ムショック様がお声をかけてくれる。
「疲れておるようだな。貴様の働きは目覚ましい、たまには休め」
あっ、泣きそう。泣いた。
完璧なタイミングで、疲れた部下を労わってくれるムショック様。前世でも、こんな上司がいてくれたら俺は死なずに済んだだろうに。
「貴様は働き過ぎだ、我が組織の福利厚生もたまには利用してくれ」
悪の組織、ヒキニートー。
だがしかし、そこでの待遇は破格だ。
暗闇と荒地しかないその地下には、天然温泉施設や映画館、図書館に運動施設とありとあらゆる娯楽が詰まっている。
食事も和洋中、世界中の美食が取り揃えられている。
構成員は全て無料でいつでも利用可能。
活動も各員の裁量に任されている。全く活動に参加しなくても、クビになることはない。
何故なら怠惰を是とする組織だから。
構成員がサボりにサボり、遊び惚けていてもそれはそれで怠惰によってムショック様にエネルギーを捧げることができる。
最高かよ。ホワイト過ぎて目が焼けそうだ。最高過ぎて、活力的に動くメンバーがほぼ皆無ということは難点だが。
「……いえ、一日でも早いムショック様の復活の為に働きます」
だが、俺もそれに倣うわけにはいかない。
ムショック様のお言葉に癒され、俺は誓いを思い出す。
心愛と、円力華をあのままにはしておけない。
あのクソ犬に唆されて、勤労という正義に囚われた彼女達を救い出すまでは。
戦い続けなければならない。
「そうか。嬉しい言葉だが、くれぐれも無理はするな」
あー、ムショック様万歳。頑張ろう。
「プリナーズのいる街に執着せず、柔軟にエネルギー集めをするという発想……あやつにも見習って欲しいものだが」
忠誠を新たにしていると。
「――ムショック様! 俺様もやれます!!」
背後から、野太い声。
あやつ……ヒキニートー幹部、ムノー様だ。
「こんな細っこい新入りより、俺様の方がお役に立てます!!」
「む……うむ、貴様にも期待しておるぞ、ムノーよ」
俺を押しのけて、膝を突き頭を垂れるムノー様。筋骨隆々といった巨躯、禍々しく伸びた二本の角。
ヒキニートー、三幹部の一人。
尊大ながらもムショック様への忠誠心は幹部随一。その見た目通り、圧倒的な筋力はプリナーフォースすら上回る。数少ないやる気勢。
ただちょっとアホだった。
猪突猛進を絵に描いたようなアホだったので『私』だった頃は一番楽な相手だったが。
「そうだ、ムノーよ。ブラックジーニアスはまだここでの日が浅い。貴様が手を貸してやれ」
ムショック様の采配は正しい。
根を詰めていた俺に、配下を付ける。オーバーワークを監視させる為に。
自尊心にひびが入りかけたムノー様の為に、敢えて功績を上げ始めた新入りを下に置く。
デキる上司だ。もうマジ、ムショック様万歳。
その采配の意図を察した俺に、さり気なく目配せするムショック様へ密かに頷く。
実力こそあるが、アホのムノー様を使えと。いや、手助けしてやれとおっしゃっているのだ。
「ははーッ! 必ずや、プリナーズを叩き潰してみせます!!」
「頼んだぞ、ムノー」
ムショック様のお姿が霧と消える。
「――ふん。おい新入り、足を引っ張るなよ」
「はい、ムノー様。お力添え、ありがとうございます」
俺に向き直り、尊大にかけられたムノーの声に営業スマイルで応える。
媚びへつらうのは前世からの得意だ。
「……それでいい。しっかり付いてこい新入り!」
心なしか顔が赤くなったムノー様の後に付いていって、地球へ出撃する。
さて、幹部との初めての出撃になるが。
他の幹部二人と比べ、まだムノー様は御しやすい。行動が読みやすいが故、扱いやすいが。
どう戦うべきか。
否、プリナーズとの戦いを望まない俺の目標はエネルギー集め。
うん、これでいこう。
◇
「がーはっはっはっ! どうしたプリナーズ!! さっさと来いッッッ!!」
プリナーズの生活拠点である街。
勤労意欲というエネルギーに満ちたビル街で、ムノー様が挑発するように叫ぶ。
いや、来たら困るんだけどな。
ムノー様の活動開始に先駆けて、俺は世界各地に戦闘員をバラ撒いていた。
戦闘員……ハタラカーンはエネルギーによって作られる自立型人形だ。その作成コストは安いが、人々を襲い怠惰に堕とすことができる。
性能は低いが悪の戦闘員、必ずプリナーズに察知される。
戦いは数だって偉い人も言ってた。
たった二人になったプリナーズ、少数であれ世界中に散った戦闘員ハタラカーンを虱潰しにするには時間がかかるだろう。
それで稼いだ時間で、本命のここでエネルギー集めを行う。
「来ないのか、プリナーズ! どうしたどうしたァ!!」
ムノー様はヒートアップしているが、実際二人はまだ来ない。
狙い通りだが、嬉しい誤算もある。
幹部であるムノー様が吸い上げるエネルギーは段違い、必要経費である撤退魔法に要するそれを既に大きく超えている。
俺一人で出撃するよりも、効率が高い。
これは方針を変え、ムノー様をもっと利用すべきか。
考え始めた時。
「ムノー! ああ、街の皆が……!」
「や、やっと片付いた……ふえぇ……」
ついに、ようやくと言うべきかプリナーフェイトとプリナーフォースがやってきた。
世界中に散らしたハタラカーンは殲滅されたようだ。
「待っていたぞ、プリナーズ。今日こそ貴様らを叩き潰し、ムショック様にその首を捧げてくれるわ!!」
待ちに待った二人に、意気揚々と相対するムノー様。
俺は……周囲を囲むように展開する戦闘員、ハタラカーンの中に身を潜めていた。
ハタカーンは『無職』と墨で縦書きされた白の覆面にジャージ姿。ファッションセンターし〇むらで、五千円もあれば揃うコスチュームだ。
俺はそれに身を包んで、戦闘員たちに紛れ込んでいた。
ムノー様に不審がられたが、俺が姿を晒せば二人は鬼のように迫ってくるだろう。
特にプリナーフェイト、心愛が怖い。何度も相対しては逃げを繰り返し、その執着心は狂気に足を踏み入れている。
「プリナーフェイト――ストラーイクッ!!」
桃色の閃光。
フェイトが放ったその光は、戦闘員ばかりを引き連れた最大脅威であるムノー様を無視して。
戦闘員に紛れ込んだ俺を真っすぐに打ち貫いた。
「ぐえー!?」
うっそだろお前。
無数にいる戦闘員、一筋の光で正確に俺がいる所だけが射貫かれた。
「やっぱりいた! ひのちゃぁぁぁあんっ!!」
フェイトによる砲撃。その余波だけで消し去られた戦闘員の群れ、そこに唯一残った俺。魔法の防御でなんとか無事だが、五千円の戦闘員コスは消し墨と消え去った。
いつもの黒と青の衣装を晒した俺に、一直線に迫る心愛。
仕方なく、プリナーフェイトを迎撃する。
「ひのちゃんッひのちゃんッひのちゃんッ!」
「何故バレた!?」
「匂いで分かるよッ!!」
怖い。幼馴染が怖い。
その言葉にも震えるが……俺の変身解除を狙い、連撃を繰り返すのも怖い。
我武者羅な連撃と思わせながらも、正確に致命傷を狙ってくる拳。
フェイントも混じらせて、必殺の威力が俺に土砂降りの如く雪崩れ込む。
……しかし、わざと俺に反撃の隙を作っている。連撃に焦ってそこを突けば、空振りさせられ一撃で破壊される。
桃空 心愛。自称どこにでもいる女子中学生の、プリナーフェイトは生粋の戦士。
格闘技に覚えもなければ、運動神経も悪いはずの彼女は戦いの天才だ。
そんな彼女が躊躇なく敵を……俺を壊すことだけを考えている。
魔法少女は変身中、身体を損傷することはない。
だからいくらダメージがあっても、危険はないが。
「――目潰しはやめろ!?」
チョキの形で突き出された二本の指をぎりぎりで避ける。
不味い不味い不味い。
変身解除となれば、この猛攻は止むだろうが……負けるわけにはいかない。さっさと撤退してしまいたいが。
「助けてムノー様ぁ!?」
今回は俺一人ではない。下手に撤退するわけにはいかないので、助けを求めてみるが。
「やるなプリナーフォース!!」
「……っ」
ムノー様はがっつり、フォースと組み合っていた。
掌と掌を組みあっての押し合い。互いに力自慢、大柄と小柄が拮抗して周囲の建造物が溢れ出た衝撃に破壊されている。
あー、ムノー様たのしそーだなー。
他人事のように、けれども必死にフェイトの猛攻を捌きながら涙する。もうあいつほっといて逃げようかな。
「邪魔を、しないで……っ」
「何ッ!?」
雷光が瞬く。
プリナーフォースが放った雷の魔法で、ムノー様が吹き飛ばされ。
「氷乃ちゃんを、取り戻すの。邪魔を、しないで――!!」
フォースが、円力華がポーチから茶色の小瓶を取り出す。
俺と。
相対するフェイトすらも。
その様子に固まる。
「邪魔なんて、させない。もっと、力を」
「やめなさい! フォースッ!!」
『私』が、制止の叫びをあげる。
――こくり。
しかし、間に合わない。
フォースが傾けた、片手に収まる程の小瓶。そこに満たされた液体は、彼女の喉に落ちてしまった。
瞬間。
雷神が現出した。




