第三話『私達が追う理由』
「おはよ~……」
「お、おは、おはよう、円力華」
まだ眠たい目を擦りながら、ダイニングへ。
パパは何時ものように、テーブルについた私に朝ごはんを並べてくれる。
前日から下拵えしてくれた私の好物、フレンチトースト。目玉焼きにカラフルなサラダ、オレンジジュースは生搾りの手製だ。
デザートに、ベリーとバナナが添えられたヨーグルト。
家に帰ってからも遅くまで、持ち帰った仕事をしているパパなのに。
こうして毎日、私のことを一番に考えてごはんを用意してくれている。
「いただきますっ」
「は、はい、召し上がれ」
パパと二人きり、テーブルを挟んで手を合わせる。
飲み物で口を湿らせてから、フレンチトーストにかぶりつく。じゅわり、と染み込んだ卵液とミルクが口内に広がっていく。
朝から食欲旺盛な私を、にこにこと眺めているパパに少し恥ずかしさを覚えながら。
家族のいる幸せを噛み締める。
テーブルの傍。仏壇の中で、お線香が静かに包む写真から微笑むママと。
私を心から愛してくれるパパに囲まれて。
家族の中に在るという幸せを噛み締める。
「美味しいっ」
「……よかった。いっぱい食べるんだよ」
そう、私は。黄山 円力華は、いっぱい食べて大きくなるんだ。
ちびで頭も悪い私だが、もっと大きくなって強くなるんだ。
大切な家族の為に。
大切な友達の為に。
まだ、私は力が足りない。
大切なモノを守る為に、力が足りていない。
もっと。もっと、力を。
「ごちそーさま!」
強くなりたい。
――連れ攫われ、変わってしまった彼女を取り戻せる力が欲しい。
食べ終わった食器を、流し台へ。
せめて洗い物くらいは、と挑んでみたが割った食器が十を超した辺りからパパにやんわりと止められた。
向き不向きがあるからとパパは優しく慰めてくれた。だから、私は真っすぐに得た『力』を鍛えていくことに専念した。
プリナーフォース。
心愛ちゃんと、氷乃ちゃんに続いて発現した私の魔法少女の『力』。
ハーフの転校生という異物の私を、何の躊躇もなく受け入れてくれた二人と同じ『力』。
そんな二人を助けたくて、こっそりジャパニーズ修行スタイルで鍛え続けたこの『力』で。
氷乃ちゃんを、救ってみせる。
◇
「……もどかしいな」
ムショック様のエネルギー集めの為。
人々から勤労意欲を奪う活動に、今日も精を出す俺。
目標は無力な人々を襲うことで、それを妨害するプリナーズと戦う必要はない。
無垢な女子中学生と戦いたくはないし『私』の部分が猛抗議してくるので、むしろ避けたい。
だからこそ、日曜朝にやっている魔法少女アニメの定型から外れながらも活動に勤しんでいる。
まず、プリナーズの活動域から遠い土地でエネルギー収集をしてみた。
……結果は、無意味。
世界中、どこで活動しようが連中はワープしてやってくる。時と時間を問わない、社畜の鏡のように。
「見つけたッ! ジーニアス、今日こそ――あっ、逃げるなぁ!?」
ニューヨークの金融街。路地裏のゴミ箱に身を潜めながら、こそこそとエネルギーを集めていると背にピンクのあいつ。
プリナーフェイトに見つかった瞬間、撤退用転移魔法を要請する。
ここ数日、お決まりのようなやりとり。
ムショック様のこの魔法は、撤退することにおいては完璧だ。せっかく集めたエネルギーを消費してしまうのは難点だが、必ず連中からの撤退は成功する。
俺が選んだ戦法はヒットアンドアウェイ。
できるだけだけ勤労意欲に溢れる人々のいる場所を襲い、プリナーズが来たら即撤退。
彼女達を無力化できるならば……と思うが、一対一で正面からならたぶん勝てない。
俺……ブラックジーニアスの戦闘能力は、元のプリナージーニアスとそう変わらない。
青の魔法少女は、知能に優れたスピードタイプ。
プリナーフェイトのように剛運と天武の才には恵まれていない。ストーカー地味て俺の所在を常に探っている幸愛と、正面からまともにやり合える性能を有していない。
だから、相対したなら逃げの一手だ。
「次は、広東省深セン区辺りかな」
異常なほどに俺を追い続ける、プリナーフェイトから逃れながら次の獲物を策定する。
こうして地味にエネルギーを集めて、会敵即撤退でエネルギーを消費しても収支はプラスが残る。
ムショック様の復活まで、どれだけ時間がかかるか分からないが……これが、確実で安全な方法のはずだ。俺にとっても、彼女達にとっても。
転移魔法の狭間。
プリナーフェイトの追撃から逃れ、次の獲物へと牙を向ける隙間。
――ばりんッ。
「見つけたッ!!」
混沌の闇、世界を渡るその道程。
ワープ中という、絶対安全の空間を砕く『力』。
闇を砕いて、突き出された掌に足首を掴まれて。
俺は、引きずり降ろされた。
「ジーニアス! もう、逃がさない!!」
この子が選んだのは、人気のない採掘場。
灰色に染まったその場は、仮面のバイク乗りや全身タイツの五人衆がよく戦っているそこだ。
プリニーフェイトが追い込んで、この子が埒外の力で捕らえて落とす。
「……誰の入れ知恵やら」
二人は、バカのはずだ。
俺『私』がいない今、プリナーズは頭脳担当を欠いているはずなのに。
剛運で戦いの天才であるフェイトと、目前で敵対する彼女を頭脳面で支えるプリナージーニアスを欠いた彼女達がこのように網を張れるわけがない。
――あの、クソ犬の差し金だ。
ふつふつと、青の戦士……氷の魔法に目覚めた『私』の心に苛立ちが沸く。
正義の妖精ハロワ―。
愛らしい小さな姿、天使の羽を背にした柴犬。
小賢しい、あいつの指示だろう。
「……」
「氷乃ちゃん、戻ってきて!!」
ああ、クソ。
イライラする。黄山 円力華は、純粋な子だ。
家族に愛され人の悪意を信じられない。
今では珍しくもない片親という家庭環境に加えて、ハーフという生まれで宿した白い肌と金髪。
ちびなくせに血筋からか、発育の良い身体。
転校生の円力華は、周囲から異物と排斥されながらも。
いつも、純粋だった。
傷ついて泣きながらも、家族と在る確かな幸せを胸に歩み続ける。
埒外の『力』で。
「プリナーライトニングっ」
白光。
膨大な出力から放たれる雷の奔流。
恵まれた魔法の才によって、爆裂する破壊の光。
「ぐえッ……!?」
スピードに優れる、青の魔法少女ジーニアスの力があろうと全方位の雷撃は避けようがない。
「わ、私だって」
雷撃に囚われ、びりびりと痺れた俺の身体が中空に拘束される。
プリナーフォースから発せられる、漏れ出た雷の魔法。それに引き付けられ、僅かな鉄を含んでいるだけのはずの小石が彼女の周囲で踊っている。
彼女は、フェイトのように剛運と戦闘センスに恵まれてはいない。
俺……『私』ジーニアスのように速く、頭脳に優れてはいない。
だが、誰よりも魔法の才を得て。
誰よりも『力』を持っていた。
純粋な暴力を宿していた。
「やれるんだからぁ!!」
雷撃に拘束された俺。
それに向かって、プリナーフォースの拳が振り上げられる。
単純な暴力。
ただ『力』が強いというだけ。だからこそ、強い。
圧倒的な『力』による支配。
プリナーフォース、黄山 円力華の『力』は王者のそれだ。
「――ブラックアイスウォールッ」
本能的な反応から、氷の壁を展開する。
絶対零度で鍛えられた防壁に、フォースの拳が突き刺さる。
「今度はッ」
びき。
氷壁が悲鳴をあげるように、ひびを刻む。
「私が、氷乃ちゃんを!」
特徴的な金髪と、発育に恵まれて。
転校生として私達のクラスに訪れた円力華。おどおどして、どうやって初めての外の世界に触れればいいか怯えていた彼女。
はじめは、義務感からだった。
クラス委員長として『私』は彼女の声をかけ……その天真爛漫に、惹かれていった。
家族から無償の愛を受け、純粋に育った円力華に少しの妬ましさとたくさんの憧れを抱いて。
友達になった。
憧れと、ちょっとおバカな彼女への庇護欲。気づけば幼馴染の心愛に睨まれながらも、世話を焼いていた彼女。
同じ魔法少女、プリナーズとなってより深く刻んだ絆。
「取り戻す――っ!」
それを取り戻す為に、円力華は拳を押し込む。
俺の氷壁を、冷たく拒絶する壁を侵略する。
「プリナーライトニングぅ……ストラーイクっっっ!!」
溶ける。
絶対零度の壁が、埒外の雷光。その『力』で溶解していく。
――あ。
終わった。王者の暴力。
それに晒された俺は、逆らう術なく打ち祓われる。
『て、撤退だ』
目前に迫る雷の拳。脳内に響くお声……ムショック様のお声と共に、それは空振りに終わった。
俺の身に、プリナーフォースの拳が届かない、遥か遠くに転移された。
雷撃によってあちこちが荒れ乱れた採掘場には、黄の戦士が一人残される。
「……氷乃ちゃん」
ぺたり、と腰を落として。
えぐえぐと、泣きじゃくる円力華。
「もどって、きてよぉ……」
転移魔法で、強制的に撤退しながら。
そんな円力華の姿に、後ろ髪を引かれる。
「みんな一緒じゃなきゃ、やだよぉ……」
想いは、みんな同じ。
敵対しながらも、三人の想いは同じだ。
一緒にいたい。
だがその場所は、プリナーズがいたい世界は。
あいつの望む場所であってはならない。
……正義の妖精、ハロワ―の望む場所ではない。
働くことに正義を見出し、その最大効率を求めて不効率である異端を弾き出す世界。
それがハロワ―の正義だ。
ハーフで弱気で、おバカで。
けれどとても優しい円力華は、そんな世界が完成すれば弾き出される側になる。。
俺は『私』は否定する。
泣きじゃくる円力華を背に、誓う。
あの子の居場所を。
正義の望む世界を否定し、創り上げてみせる。
――不労の悪に、世界を染め上げてみせる。