悪の魔法少女、配信者になってみる。
『ユーチュ〇バーになろうと思う』
「死ねば?」
就寝前。
ベッドに寝転び、手に入れたばかりの猫の写真集を眺めながら。
スマホから発せられたばかの声に、端的に勧める。ばかは死ななきゃ治らないらしいから。
あ、一回死んでたか。
『いや良く聞け』
ばか……私の身体を奪い、今は分離して。
悪の猫耳魔法少女として敵対している阿久野 黒乃が言うには。
勤労を願う世界を、怠惰に堕とす。
その為に、より多くの人々に対する広報が必要になる。
世界の比重を怠惰に傾け、ムショック復活へ加速させる。
だからインターネットを使い、人々に怠惰を願わせる為に影響力の強い……流行りのユーチュ〇バーとなって、世界侵略をしようというのだ。このばかは。
負け続けて、より頭が悪くなったらしい。
「いや私、正義の魔法少女だし。あんたに手を貸す理由なくない?」
『撮影とか投稿とかよくわからないんだよ』
前世でアラサー社畜として、過労死した黒乃。
余暇が存在しなかったこいつは、その手の知識がないらしい。仲間の技術担当チコークでは、あまりにも仕事が遅いので私に泣きついたようだ。
……技術的な問題については、私が手を貸せば簡単に片付く。
しかし何故、悪の手先に乞われて助けると思ったのか。
『たのむよー。天ッ才の氷乃ちゃんならぱぱっとやれるだろぉー?』
「おだてたって無駄よ。もう切るから」
『ブラックジーニアス時代の、エロ自撮りをバラ撒く』
は?
ブラックジーニアス……私の身体を、黒乃が乗っ取っていた時の名。
何時の間に撮ってたの?
『俺の時の、お前の写真たっぷり撮ってたからなー! 正義の魔法少女、青の戦士のアレやコレいっぱいバズるだろうなー!!』
「殺す」
『ちょ待っ……いや、ちょっと教えてくれればいいから!?』
端的に告げた言葉に、慌てたようなあいつの声。
はぁ……慣れない脅迫なんてするから。
基本的に小心で、善良な悪党は本気でバラ撒くつもりはないだろう。そもそもそんな写真が存在するかどうか。
しかし、写真が在る可能性は否定できない。法的なモノ含め、それらを凍結や放棄させる手段を策定して。
「ま、配信方法なんて調べればすぐ分かるものだし」
『教えてくれるのか!?』
「どーせ、大して影響ないでしょうしね」
この時。
私は、天ッ才の私は人類を甘く見ていた。
人類は……人々は、思ったより働きたくなかった。
◇
「――第27回の生配信っ、今日もムショック様ばんざーい!!」
【ムショック様万歳!!】
【ムショック様ばんざーい!!】
【待ってたぜ!! ムショック様ばんざーい!!!!】
配信開始。
戦闘員、ハタラカーンにハンディカメラで撮影させつつ生配信を開始する。
すっかり慣れた俺は黒の魔法少女、プリナーブラックの姿で両手を上げて地球侵略を宣言。
これが配信開始の、いつものやりとり。
高めのテンションだが、氷乃の勧めに従ってこのスタイルだ。何だかんだ言って氷乃は配信方法や、そのスタイルについて教授してくれた。教えたがりなんだあの天才は。
「今夜はブラ〇ク企業大賞三位の会社を襲っちゃうぞ☆」
カメラに向かってピース。背後には、夜闇にありながら灯りに照らされる工場。
都市郊外にあるそこ。
結構な規模だが、体育会系の思想でサービス残業当たり前。
その過酷な仕事で心身を深く傷つけられた元社員が訴訟したが、自慢の弁護士軍団によって敗訴。
法で裁けぬ巨悪だった。
人気のない出入口に立ち、カメラでその社名を晒させる。ちなみに一位と二位は襲撃済だ。
【あー……ネットニュースで炎上してた所か】
【ちょwww俺の職場wwwwww今日非番だったのにwwwwwwww】
【身近に社畜】
【悪堕ち猫耳魔法少女に襲撃されなかったお前は泣いていい、泣いていいんだ】
「働く皆に安寧を! プリナーブラック!!」
黒のペンを天に掲げ。
夜空に、怠惰の波動が拡散する。
こんな時間まで勤労に励み続ける工場、その灯りが呑み込まれて次々と消えていった。
怠惰の悪が、勤労の正義を侵略していく。
【何時ものヤツキターーーー(゜∀゜)ーーーー!!】
【 や っ た ぜ 】
【T部長見てるー? 怠惰しちゃいなよyou!!】
……それにしても、思った以上に効果的だった。
ほぼ思いつきで始めたユーチュ〇バー生配信。
怠惰を是とする悪の魔法少女、プリナーブラックによるブラック企業襲撃。
それを配信し始めて早27回目。チャンネル『悪墜ち魔法少女の地球ホワイト化生配信』は登録300万人を超えていた。
皆疲れているかもしれん。
天才氷乃の助けによって、リアルタイム全言語翻訳やら最高効率の告知がされているとは言え……コメント欄が光速で駆けあがり続けている。
投げ銭もたくさん頂いてしまっている。収益は全て、悪の組織の活動資金に当てられます。ありがとうございます。
【うちにもきてお願い】
【弊社も悪の魔法少女を心からお待ちしております】
「襲撃リクはメールでよろしく! 出来るだけ証拠を添えてね!」
視聴者からのリクエストも募集している。
激務に耐えながら怠惰を願う人が多いブラック企業は、襲撃で得られるエネルギーも多い。リクエストで得た情報は、俺にとって有益になった。
……襲撃しきれない程、数が多いのは嬉しい悲鳴と言っていいのか悩むが。ブラック企業死すべし。
「さぁて、それではまた次回! ムショック様ばんざーい……と、言いたかったけれど」
「――そこまでよ! プリナーブラック!!」
カメラに向かって手を振ろうとした所で。
背後、空中に現れた三人が待てをかけてくる。
【あっ】
【オワタ】
【 知 っ て た 】
【振り返れば奴らがいた】
「頑張るみんなに祝福を! プリナーフェイト!!」
「頑張るみんなに英知を! プリナージーニアス!!」
「頑張るみんなに力を! プリナーフォース!!」
「「「働く未来に白く輝け! プリナーズ!!!!」」」
はい何時もの奴ら。
桃、青、黄の正義の魔法少女達が上空に立っていた。
何故毎回名乗るのかとか、疑問に思っちゃいけないお約束。カメラでばっちり撮らせておく。コメント欄が、一層加速していく。
【はいはい何時もの奴何時もの奴】
【逃げてブラックちゃん逃げて】
【カメラさんもうちょっと下から、もうちょい下から!】
おい、カメラアングル調整しても彼女達のスカートの中は見えないからな?
27回に渡る生配信。インターネットで誰でも気軽に、多くの人に訴えることが出来る利点はあったのだが。
それはつまり誰にでも、正義の魔法少女達にすらその活動が即バレるという欠点を抱えていた。
襲撃生配信27回目、敗退26回目。
「……おのれプリナーズ! 今日こそ怠惰に堕としてくれる!!」
俺は芝居がかった台詞と共に、諦めと撤退を促すコメントを振り切る。
撮れ高大事。なんなら襲撃より俺と彼女達の戦いの方が、受けがいいので撤退より負ける戦いを選んでいた。
「ジーニアス・ブリザード!」
「フォース・ライトニングっ!」
青の吹雪と、黄の雷光が襲う。単身の俺に降りかかる暴風。
面による制圧。数の暴力で、押し潰そうという腹だろう。
だが。
「プリナーブラックシールド!!」
ペンから発せられる防壁によって防ぎ切る。
回避運動をしながら、少しでも弾幕の薄い場所を選び被弾は最小限に。
数々の敗退を重ね、俺は戦闘経験を得ていた。
「捕まえ――嘘っ!?」
「おらぁッ!!」
プリナーフェイトが、死角から突き刺してきた拳にカウンターの黒の砲撃を叩き込む。
【お?】
【今日こそやれるんじゃない?】
「――働きたくない皆が、俺には付いてきてくれているんだッッッ!!」
「きゃっ!?」
「くっ……強くなっているというの!?」
薙ぐようにペンを振るう。黒い波がジーニアスとフォースを襲い、地に墜とす。
怠惰を願う視聴者達、万単位の人々が俺に力をくれる。
――俺達は、働きたくないんだ!!
【プリナーズがんばえー】
【がんばえー】
【いや悪の魔法少女が勝っちゃ駄目でしょ】
【劣勢から逆転がテンプレですしおすし】
【俺達はブラックちゃんが負けるのが視たいんだ】
「ちょ」
いや待てやお前ら。
「皆の応援が聞こえる……!」
「怠惰を許さない、正義を願う声が……!」
「いくよ!!」
何かプリナーズが白い光に包まれてる。
ちょ、ま。
「「「プリナー・トリプル・ストラーイクッッッ!!!!」」」
桃、青、黄の三色が混じって極光となった砲撃が俺に直撃する。
悪を焼き尽くす正義の光。
……俺は、27回目の敗退を無事迎えた。
◇
「「あっ」」
平日昼間の猫カフェ。
猫との触れ合いを売りにした、そこで私はまた居合わせてしまった。
阿久野 黒乃。女子力の欠片もない適当なコーディネートで猫と戯れていたそいつは、入店した私……蒼河 氷乃と間抜けな声を合わせた。
「……『悪墜ち魔法少女の地球ホワイト化生配信』のチャンネル、削除されてたんだけど」
「当然でしょ。あんな危険な配信、二度とさせないから」
こんな素人の、大した影響はないと断じてさせてしまった配信。しかし想定以上に悪影響を齎してしまった。
野放しにしていた結果、彼女に力を与えてしまう程の人気を得た。
もう看過できないので私は機材をハッキングし、チャンネルを削除して再開も出来ないように細工した。
「あーあ、イけそうだったのになー」
「いい加減、諦めなさいよ」
怠惰の悪、その手先らしく未練たらたらに呟く黒乃。
二人、揃って分厚いふわふわのカーペットに寝転んで。店内に客は私達だけだ。
私はお腹に白猫を載せて。あいつは黒猫を顔面に載せている。喫猫とか言いながら。猫が迷惑そうだから、止めて差し上げなさい。
「……いい大人が、だらしない」
まったく。
今の黒乃は十代半ばの少女の姿だが、前世ではアラサーのいい大人だ。なのにこうしてだらだらしている。
――私は、偶の休暇なのでいい。クラス委員長として範を示す立場だが、天ッ才の私は少しくらい休んでも問題ない。決して猫分が不足したからこうして猫カフェに駆け込んだ訳ではない。
「ね、私の所で働きなさいなあんた」
「ぶえ?」
猫を顔面に載せながら、間抜けな声を上げる黑乃を勧誘する。
心愛達と出逢う前、私はお金稼ぎという遊びに夢中になっていた。それで立ち上げた会社を、いくつか所有している。
黒乃が憎むようなブラック企業ではない。手前味噌だが、この国のどこよりもホワイトだと自負している。
……それに見合う、それを支え得る有能な人材だけを採用しているから。
散々、私達を苦しめた黒乃にはその資格がある。
私の元に、欲しかった。
「あんたは、私達に勝てないっていい加減分かったでしょ?」
負け続けた、黒乃。
悪の魔法少女は、正義の魔法少女には勝てない。その勝利は許されない。
たった一度の勝利は私達を救う為の、一度だけだ。
「……そうだな」
いい加減、心が折れてくれたのだろうか。
隣に寝転ぶ黑乃は溜息と共に。
「お前の所で、永久就職しちまうのもいいかもしれない」
「えッ……何言ってるのよ破廉恥よ私に永久就職だなんて!?」
えいきゅうしゅうしょく。
つまりそれって私のお嫁さんに駄目私には心愛という幼馴染のお嫁さんが。
「……? いや、お前の所、そこで働く部下って超エリートじゃん。嫁入りしたら楽かなーって」
やはりこいつは悪だ。
悪い奴だ。
ぶん殴られて、混乱している黒乃を尻目に店から出る。
不労の世界を願う、悪に堕ちた魔法少女。
やはり黒乃は、私の敵だ。




