悪の魔法少女、スローライフなその一日。
悪に堕ちた魔法少女、その朝は遅い。
「ぶえー……」
ヒキニートー本拠地、時空の狭間。そこに用意された自室で、だらけ切った声と共に起床。
傍らの時計に目をやると、朝というより昼だった。
のそのそとベッドから出て、部屋に据え付けられた浴室へ。
構成員に与えられる個室は風呂トイレ付、簡易な台所も用意されている。ジャージと下着を緩慢な動作で洗濯籠に放り込んで、温めのシャワーを浴びる。
「あー……」
寝起きに降りかかる温水が心地よい。
シャワー前の姿見に映り込んだ姿は、十台半ばの少女の姿。
俺がかつて身体を借りていた蒼河 氷乃に似ているが、彼女の青みがかった黒髪と違い漆黒のそれを腰辺りまで伸ばしている。
吊り上がった彼女の目と違い、のんびりしている印象を与える垂れ目。その奥からは濁った光の無い瞳が覗く。
「ふぅー」
すっかり慣れた自身の容姿を眺めながら、シャワーを終えて部屋に戻る。
新しいジャージに着替えて、コーヒーメイカーにスイッチを入れつつ。
「わんっ」
「おー、よしよし」
駆け寄ってきた幼い柴犬……元ハロワーを撫でてやる。
あのクソ犬がムショック様により、ただの犬に堕ちて。
行き場のないこいつは、結局俺が飼うことになった。猫派の俺だが、ただの子犬に恨みをぶつけるほど子供じゃない。
「さて、俺も朝飯にするか……」
皿に餌を出してやりながら、俺も朝食を摂るべく食堂へ向かう。
前世、社畜だった頃では考えられないスローライフだった。
「和定食で」
カウンター越しに調理担当の戦闘員に注文する。
ここ食堂は、和洋中世界中の美食を無料で楽しめる福利厚生施設の一部だ。エネルギーで生成された戦闘員、ハタラカーンによって運営される全ての設備は利用し放題。
最初は、高いモノや珍しいモノを食い漁りまくったが……結局、こういうのが一番ありがたい。
白飯に豆腐とワカメの味噌汁、鯵の干物に納豆と漬物。卵焼きに、お浸しと水菓子まで添えられている。
朝飯抜きが当たり前だった前世からすると、朝からあり得ない品数だ。もう昼だが。
「おはよーうー……」
「おはよ。もう昼だけどな」
トレーを手に、先客の隣へ。
先客……悪の三幹部が一人チコークは、牛乳に浸されたグラノーラをゆっくり口に運んでいた。
「いただきます、と」
スプーンを口に運び、まにまにと幸せそうに咀嚼するチコークを傍目に。俺もゆっくり朝食を愉しむ。
チコークは、黒一色に染め上げられた白衣を身に纏う小柄だ。
他の幹部たちと同じく、小さな角を額に二本伸ばしているが性別不明。子供のような容姿だが、俺達ヒキニートーの頭脳として日々研究に励んでいる。
「あー……あれー、できたよー」
「やっと出来たか!」
その言葉に歓喜する。
頼んだのは三か月前だ。オーダーを考えれば、それは十分早いはずなのだが……。
チコークは、慎重だ。いや、不安症と言っていい。ムショック様に忠誠を誓い、サボリーナのように怠惰ではないのだがあまりにも慎重が過ぎる。
なので氷乃と比肩する明晰な頭脳を持ちながら、その仕事はあまりにも遅かった。
「部屋にー、届けさせておくからー」
「ありがとな、チコーク!」
新たな装備の完成に喜び、チコークの頭を撫でてしまう。
悪の組織、その新入りである俺からすれば幹部のチコークは上司と言ってもいいのだが……そのゆるやかな口調やら、幼い姿にいつの間にかこういう扱いになっていた。
「えへへー」
チコークもそんな扱いに、満更でもないようなので構わないだろう。
しばらく褒めちぎりながら朝食を食べ。
新装備の到着を心待ちにしながら、自室へ戻った。
「お。あの映画今日からか」
自室に戻り、出来上がったコーヒーを啜りながら。
俺はスマホで新作映画の情報を確認していた。
怠惰を是とする悪の組織、その福利厚生施設には映画館も在るのだが上映できるのはディスク化した物だけだ。
悪の組織のはずが順法精神に満ち溢れて、ディスク化前の作品を私的に鑑賞することはできない。
だから早く観たい新作は、地球で観るしかないのだ。
そのままスマホで席を予約。
「いくか」
椅子から立ち上がり、一応ジャージから適当に選んだ私服に身を包む。
財布とスマホだけ持って悪の手先である俺は、地球に向け出撃した。
阿久野 黒乃。
それが俺の名前だ。戸籍と住所もちゃんと用意されている。
孤児院産まれで中卒の、十六歳。本拠地の自室で暮らす為ほとんど使用されない、ボロアパートの一室を住所としている。
全て、地球での活動をし易くするためにムショック様から与えられた物だ。
「時間までちょっとあるし、本屋でも覗くかな」
明らかに未成年の姿の俺だが、そういった配慮により平日に街中をうろついていても補導されることはない。
お金も給料として毎月振り込まれている。その額もブラック企業に勤めていた頃に比べて、手取りは三倍くらい。悪の組織はホワイトだった。
「お」
本も図書館にはあるのだが、やはり本屋の雰囲気やレイアウトも楽しいものだ。
たまたま目に入った、猫の写真集に手を伸ばす。最後の一冊だった。
「「あ」」
伸ばした手と手が重なる。
正義の魔法少女、蒼河 氷乃だった。
「……なんで悪の手先が本屋にいるのよ!?」
「うるせー! 悪堕ち魔法少女が本買っちゃいけないのかよ!?」
写真集を互いに掴みながら、叫び合う。
おめー中学生だろ!? 平日昼間に本屋にいるお前の方が悪じゃねーか!!
飛び級で大学を卒業している天才のこいつには、中学校なんてサボっても構わないのかもしれないが。
「――お静かに」
「「あっはい」」
店員さんに怒られた。二人揃って頭を下げる。
大人な俺は、写真集を結局氷乃に譲った。
「んふー」
「ご機嫌だな。猫、そんな好きだったと思わなかったが」
本屋を出て、楽しそうに写真集が入った紙袋を胸に抱く氷乃に尋ねる。
俺とこいつはほんの少し前まで、一緒だった。
前世で死んで、こいつの身体を借りて。
俺は、蒼河 氷乃だった。だから、こいつのことは大抵知っているはずだったが。
「……誰かさんのせいよ」
「?」
まぁ猫好きの同志が増えることは良いことだ。
目を逸らし、心なしか耳を火照らせた氷乃と共に歩く。
「ちょっと、付いてこないでよ」
「いや、俺もこっちだし」
行く道は、一緒だった。
ぐぬぬ、と俺を睨む氷乃。だが気づけば、そこに着いていた。
映画館。
……どうやら、目的は一緒だったらしい。
「最高だったな……」
「最高だったわね……」
映画鑑賞が終わり、俺と氷乃はその熱が冷めないままカフェに入っていた。
公開初日、たまたま同じ上映時間を取っていた俺達は語り合いたいという欲求のまま手近な知り合いとお茶をすることにしたのだ。
もう悪と正義であろうと関係ないくらい、その欲求は激しかった。
「燃えたな……例の裏路地に未来から介入するとか、その発想はなかったわ」
俺達が観たのはアメコミ物、蝙蝠モチーフのダークヒーローが活躍するアクション映画だ。
最近その悪役が主役の映画が好評だったことから、今作も話題となっていた。
「VSスー〇ーマンでのスーツをより強化した装備や車両も、今の現実に在り得る最新技術を詰め込んだ超強化で分かってたわね監督……」
早口に装備に用いられた最新技術、その説明をする氷乃。凡人の俺には、天才の彼女がする説明の十分の一も理解出来ていなかったが。
いやまぁ、ただの人間という前提で戦う大金持ち。彼が最新技術で敵と戦う姿には痺れる俺だが。
やはり、俺の知っている彼女とは違うように思う。
「お前さ。あんまり映画とか観なかったと思うんだけど」
「……」
目を逸らし、なんとかフラペチーノを啜る氷乃。
俺の知っている氷乃は、研究だのにしか興味がなかったはずだが……?
「ま、好きなことが増えるってのはいいことだよ」
「……何よ、大人ぶっちゃって。ばかの癖に……」
はいはい、ばかですよ。
固くなな氷乃に肩をすくませると、窓の外はすっかり夕暮れ。語り合っていたら、もうこんな時間か。
俺はともかく、そろそろ帰らせないとな。
そう外に目を向けていると。
「――ひのちゃん?」
夜叉がいた。
◇
「ちが、ちがうの!!」
「偶然! 偶然たまたま一緒だっただけだ!!」
夕暮れ時、学校帰りの幼馴染。桃天 心愛に目撃されてしまった。
私と黒乃は揃ってその勘違いを否定する。
「ふーん」
怖い。
どこにでもいる普通の中学生を自称する心愛は、夫の不在に逢引する妻と間男を見る目で私達を見ている。
浮かれすぎてしまった。
こんな所、もし心愛に見つかればどうなるか天才の私は分かっていたはずなのに。
あれから。あいつが、私の身体を奪い取り戻してから。
妙に嗜好が引っ張られている。
……天才の私が、猫だの映画だのそんなものにかまけている時間なんてないのに。
この英知で人々を導くのが、天才たる私の務めだ。
だからそんな無駄な時間、使っている暇はないはずなのに。
楽しかった。
未知を踏み荒らす快感を超えるほどに、無邪気に楽しい時間。全てを知り尽くす私が、知らなかった時間。
悔しいけれど、その時間をくれたのはあのばかなのだろう。
「あいつが誘ってきたんだ!」
……。
悪の手先らしく、私を売りやがったばか。
「誘ってない!?」
「うん、ひのちゃん。私の家でいっぱいお話しようね」
黒乃に否定しながら、心愛に引きずられる。お話はいやだお話はいやだお話はいやだァー!!
「くろのちゃん」
「あっはい」
「くろのちゃんとも、またいっぱいお話しようね」
ざまぁみろ。
心愛に死刑宣告を告げられ、冷や汗を滝のように流す黒乃に。
私は笑っていた。
……でも、やっぱりお話はいやだなぁ。
◇
「さて、今夜も悪を働きますか」
深夜のオフィス街。その一角にある、一際高いビルの屋上。そこで俺は、呟いていた。
身に纏うのは黒の魔法少女服。頭には黒の猫耳、腰からは黒の尻尾。
高層に吹く強い風に、新装備の黒マントを棚引かせていた。
「働くみんなに安寧を」
黒のペンを、夜闇に掲げる。
「プリナーブラック。地球よ、怠惰に染まれ!」
オフィス街に僅かに灯る光。その全てが、俺の言葉と共に放たれた闇の波動で消えていく。
『ああ、はたらかなくていいんだー』
『かえろう』
『ねよう』
こんな夜中まで働き続けていた人々が、怠惰の悪に眠る。
悪の組織、ヒキニートーの手先。
怠惰に堕ちた世界を願う、悪の魔法少女。
プリナーブラック。
俺は、変わらず世界侵略を狙っている。
ハロワーにより、利用されていた正義の魔法少女プリナーズ。彼女達をその枷から解き放ちながらも、俺の戦いは終わらない。
あのクソ犬ほどではないが、人々を搾取し労働で殺してしまう社会はそのままだ。
――前世で、過労死に終わった俺は。
戦いを止める訳にはいかない。全てを怠惰に染め上げるまでは。
しかし、あの決戦で無双したプリナーブラックの性能はブラックジーニアスだった頃と同じように高くない。
チートかよと思う強さだったあの時は、ハロワーによってもたらされた状況で得た物だ。
過剰に引き上げられた、世界中の人々を怠惰に堕とすことで得られたエネルギー。働きたくない、そんな心の叫びを力に変えるプリナーブラックだからこそ得た超常の力。
しかし今、そこまで過剰なエネルギーは存在しない。
「よしよし」
だから強くない俺は、またこそこそとエネルギー集めに奔走する。
深夜、こんな時間まで働かなくてはならないブラック企業を狙い撃ちにして襲撃する。働きたくないと願う意思こそがエネルギーになるので、襲うべきはそういう場所だ。
……最近、俺が襲った会社には翌日労基が駆け込んで潰している。ブラック企業が潰れるのは、怠惰の悪にとってはいいことなんだが。
戦ってもプリナーズには勝てないので身を隠す。
今朝完成したばかりの新装備、この黒いマントもその為の物。
完全な隠密を可能とする、チコーク謹製のこの装備。人の目はおろか、全ての観測装置を欺瞞し隠蔽する。
見つかりさえしなければ、エネルギーは回収し放題。
これならば、ムショック様の復活も近いだろう。
――その、はずなのに。
「見つけた」
「ひ」
背後にピンク色のあいつ。
桃色の魔法少女、プリナーフェイトが立っていた。
「……ど、どうして?」
「なんとなく、ここかなって」
『運良く』見つけたらしい。うっそだろお前。
自称運がいいだけの、どこにでもいる中学生はこの時間。この場所を突き止めたらしい。不可視の俺を、見つけ出したらしい。
「さ、いっぱいお話しよっか☆」
「やってやるよチクショー!!!!」
ぼっこぼこにされた。




