第十話『勤労と不労、決戦の始まり』
「……何の、用?」
夜も更けた、街外れの小丘。
公園になっているそこには人気がなく、ぽつぽつと照明が寂しげに照らしている。
そこに呼び出された私は。桃空 心愛は、ハロワーに問いかけた。
ここ数日、ロクに寝ていない。
――ひのちゃんに続いてえりかちゃんまで。
後悔ばかりが、心にずきずきする痛みを残している。
魔法少女になって、誰かの助けになれる喜びを噛み締めて。戦い、勝ち続けてきた。
その油断で、私は二人を失った。
黒と青の衣装に身を包み、私達プリナーズと敵対するようになったプリナージーニアス。改め、ブラックジーニアス。
『あの人』はひのちゃんじゃない。だから、取り戻そうと必死に戦った。
けれども、何時も届かなくて。
えりかちゃんまで私の元から、いなくなってしまった。
あの時、各個撃破なんて選ばずにずっと一緒にいれば。
二人で素早い殲滅を目指して、片方ずつハタラカーンを潰していけば良かったのだ。
……前の、ハロワーの言葉。罪もない人々が襲われているのを、見過ごすわけにはいかない。
だから各個撃破を選んでしまった。えりかちゃんの傍から、離れてしまった。
「お疲れ様。君に、最後の仕事を頼みたいと思ってね」
「最後?」
私の前に座るハロワー……小さな柴犬の姿に、天使の羽を背負った姿。
魔法少女プリナーズに力を与えてくれた妖精は、何でもないように言った。
「頼みたいのは運用試験なんだけれど」
「ね、ねぇ……最後って、最後って、どういう意味なの……?」
「ああ、君達はもう必要ないから」
そう言い放つハロワーの後ろから。
夜闇から突然、白い人型が現れた。
「量産型魔法少女、プリナーハーケンだよ」
白の魔法少女。
私達プリナーズと同じ、フリルとリボンで飾られた衣装。しかし桃や青や黄もない、純白。
腰まで伸びた白髪に、白磁のようなのっぺらぼうの仮面を付けている。
これは、人形だ。
「君たちの働きと、彼らの研究によって完成したんだ」
ハロワーはその成果物を背に、どこか誇らしげに語る。
私達プリナーズは、この人形の為に力を与えられた。
魔法少女という人類支配・運用の為のツール。その、試し書きの為に。
「最初は人類をそのまま、監視者として運用しようと思って力を与えてみたんだけれど」
未熟で、雑念だらけのこの世界の人類……その最大効率の労働を成す為には、監視者が必要となる。
効率良く、同じ人類から監視者を選出しようとした。
「しかし、君たちはあまりにも無駄が多かった」
だから、無駄のないモノを。
魔法によって無から生み出した白の魔法少女を作ることにした。
「本当に無駄だらけだよ、君たちは。あの時。フォースは、ブラックジーニアスを撃破できたはずなのに」
あの時……プリナーエナジードリンクによって『神がかり』になったフォース。
ハロワーの采配によって、逃げ回ってばかりのあの人を追い詰めて打倒できてはずだった。
けれど、私は。
ひのちゃんを守りたくて、その逃亡を手助けしてしまった。ただ変身解除されるだけだ、と頭で分かっていても身体が勝手に動いた。
傷つく彼女を見たくなかった。
「理解できないね。心や愛なんて、進歩の邪魔になるだけだよ」
……ねぇ、ハロワー。なにを、言っているの?
「でも君たちは良くやってくれたよ! おかげで、ハーケンは完成した!!」
プリナーハーケン。私達という試し書きを元に作られた、完成形の魔法少女。人類の新たなる守護者/監視者。
ジーニアスの知能と速度、フォースの力と魔法力。
そして私、フェイトの戦闘能力。
全てを兼ね揃えた、最強の魔法少女。
心も愛も知らない人形の魔法少女。
「もうプリナーズは必要ない。最後に一つだけ、ハーケンのテストに付き合ってくれればいいよ」
――君は、クビだ。
無駄な心に縛られて、やるべきことを成せない私は必要ない。
「……嘘、だよね、ハロワー……?」
「ああ、本当に使えないなぁ、君は。いいよもう」
その言葉を皮切りに、白の拳が迫る。
プリナーハーケンの一撃をぎりぎりで受け止める。本能的に私は、プリナーフェイトに変身していた。
既に疑問が許される時ではない。戦いの時だと、頭より先に身体が理解していた。
受け止めた拳が重い。その上、速い。フォースの力が乗った、ジーニアスの速さ。
まるで私の傍にいない二人が敵襲しているようだ。
「基本性能は十分なようだね。ハーケン、始めてよ」
ハロワーに従い、プリナーハーケンがその身から白銀の粒子を放出する。
「何!? この、光は……!!」
「これは彼らのシステムに発想を得たのだけれど」
彼ら……悪の組織、ヒキニートー。
不労を願う彼らがそれを成し得る巨頭、ムショック復活の為に行うエネルギー集め。
「人類を怠惰に堕とすことでエネルギーを集める。それなら」
逆も、出来るんじゃないか?
「……?」
夜闇に浸り、休んでいた街に灯りが次々と灯る。
街の異変。
魔法少女の力……遠くを視て、僅かな声を拾う耳で以って人々の異常を知る。
「はたらかなきゃ」
「べんきょうしなきゃ」
「はたらかなきゃ」
「べんきょうしなきゃ」
大人も、子供も。
既に心と身体を休める為の時間を忘れたように、家から出ていく。
職場や学校へ。亡者の行進のように、歩んでいく。
「……こんなの、まともじゃない」
心も、愛も忘れ。
最大効率で学び働き続ける人の群れ。最大成果を得る為だけに人類を運用する。
プリナーハーケンから発せられる光は、その為のモノだ、
「人類を勤労に励ます為にエネルギーを散布する。その装置が、プリナーハーケンなんだ」
最強の魔法少女、監視者であり人々を最大効率の労働へ導く装置。
「私は」
「ん?」
受け止めた、プリナーハーケンの拳にヒビが走る。
「私は、こんなモノの為に! 魔法少女になったんじゃない!!」
砕く。
陶磁のように砕けた人形の拳、それでふらついた態勢を刺すように蹴りを脇腹に叩き込む。
止めの手刀が、無防備な身体を引き裂く。
「……驚いた。総合性能では君たちを遥かに上回っているはずなのに」
「こんな玩具に、私は負けない」
そうだ、私はこんなモノを許すわけにはいかない。
私達プリナーズは、中学一年生の私達は。
働く未来に、誰かの為に働きたいと夢見た魔法少女だ。
「こんな未来を、私は認めない!!」
亡者のように、ただ最高効率を求めて働き続ける未来。
ハロワーの望む未来を、私は否定する。
ちょっと傲慢で、けれども誰かの為にその英知を役立てようとしたひのちゃん。
お父さんが大好きで、そんな立派な人のようになりたいと願ったえりかちゃん。
「私は。どこにでもいる、普通の子だけれど……!」
二人のように特別じゃない。
頭も特別良くなければ、特別な容姿もしていない。
「私は魔法少女! 頑張る皆に祝福を願うプリナーフェイトだから!!」
人々に努力することを強制するなんて、魔法少女じゃない。
辛くて、諦めたいと思っても頑張る皆を応援する。
それが『正義の魔法少女のあるべき姿』だ。
「――量産型だと、言ったはずだよ?」
力を失い、砕けて消えるプリナーハーケン。
それを目前にしながら、平素な声で告げるハロワー。
「……」
絶望に心が染まりかける。
ハロワーの背後、暗闇から無数の白が浮かび上がってくる。
倒したはずのプリナーハーケン。
白の仮面に顔を覆った、白衣の人形達。プリナーズと同等以上の性能を持つそれら。
「予定を早めよう」
ハロワーは、世界の終わりを告げた。
◇
「うはー……やっべぇ……」
世界の終わり。僕はその間際を、悪の組織本拠地……その奥深くにあるラボでモニター越しに眺めていた。
悪の三幹部、チコーク。僕はこのラボ管理者であり、ムショック様に忠誠を誓う科学者。
『……チコーク。決戦の時が来たようだ』
暗闇から響く、そのお声。
我らが総帥ムショック様の声に、何時もように緩慢に跪く。
『ムノーとサボリーナも出撃させた。貴様にも力を貸して欲しい』
世界中の様子を知らせるモニター群。
そこでは昼も夜も関係なく、人々が亡者のように働き続けている。
――プリナーフェイトが相対している無数の人形は、極一部に過ぎない。
地球中に出現したプリナーハーケンは、人類全てに勤労を強制している。
ムノーとサボリーナがその勤労意欲を吸い上げ、怠惰に堕として平常に均衡させてはいるが。
それでも、そう長くは持たない。
戦力差は絶望的だ。
ラボを預かり、組織の頭脳を担当する僕は既に諦めかけていた。
「も、もう無理ですようー。間に合いませんー……」
『貴様の冷静な判断、余裕を持つ為の頭脳。我はそれを高く評価している』
怠惰を是とする悪の組織。ムノー程ではないが、それでも怠惰の為にこの頭脳を働かせてきた。
働きたくないから、より少ない労力で必要を満たす。
想定外で働きたくないから、ラボの施設は安全装置でがちがちに固めてきた。どこかの誰かによって、それは外されてしまったが。
『今。この時の為に、その余裕を使って欲しい』
そうして稼ぎ続けた、安寧の為の余白。
怠惰に浸りたいが為に作り続けたその余白。
「ムショック様、万歳」
『……ありがとう』
僕は、全ての余白を吐き出して怪人を大量に出撃させる。世界各地に現れたプリナーハーケンを迎撃させ、過剰に労働意欲に囚われた人々を怠惰に堕とす為に。
「……ああ、めんどうくせー……」
どこかの誰かによって外された多重の安全装置。
効率化の為に効率化した、怪人生産設備が無駄なく……無駄ではないと僕は信じているが、それらが唸りを上げて怪人を生産し出撃させる。
「こんな面倒、さっさと終わらせろよー……!」
僕が。ムノーが、サボリーナが。
ムショック様が世界の終わりを止めている内に。
――新人、ブラックジーニアスが元凶にの元へ向かっている。こそこそ連れ込んだ、黄の魔法少女と一緒に。
「僕も、僕たちも働きたくない」
だから、こんな頑張りは最後にしたい。
勤労の白に染まりつつある地球を、怠惰の黒で塗り返す。
「地球を怠惰に染め上げるのだー」
ムショック様のお言葉を真似て、怪人を生産し続けるラボで声を上げる。
僕達は悪の組織。
不労の世界を願う仲間だ。




