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ニューラルネットコミュニケート

 俺たちが特殊部隊へと配属されてから既に三ヶ月が経とうしていた。

 平凡な日常、夢のある猫型ロボットの変わりに姿を現した遠隔操作型の二足歩行兵器、そして崩れて行く日常、高島という科学者が腹ポケットから作り出した兵器のせいで、俺の平凡な日常は音をたて崩れていった。

 だがこれで終わったわけではない、むしろあの出来事は始まりだったのだ。そしていつの日か来るであろう彼らのような存在に俺達は爽やかな笑顔で手を振る事ができるのだろうか?

 兵器としてではなく、友達として彼らと出会えたのならどんなに良かった事か……。


 「ニューラルネットコミュニケート」


 二人は椅子に凭れかかるようにして腰を掛けていた。

 木の質感を損なわぬよう、椅子の外彫りには繊細にニスが塗られ、オレンジ色の照明に反射する一点の輝きは太陽の閃光に似ていた。

 机の上には二つの切り子細工の施された編み目模様のガラスコップが置かれ、その高価な内容に見合わない安っぽい麦茶が彼等の喉を潤す。

「高島、そろそろ実践投入の期日が迫っているぞ」

「わかっているさマーキス、その為に一兵卒を鍛えあげているじゃないか」

「チンケな兵士だ、一兵卒にもなりわしない。やつら、自分達が戦場に出ないからって未だ学生が抜けきっていないではないか」

 またかと言わんばかりに高島は顔を背けた。

 マーキスの陰険な小言には毎回嫌気が指していたからだ。

「兵士というのはだな!、高島……」

「兵士というのは君の様なガタイをしていればいいのかね?五十歳を過ぎてもアメフト選手の様なガタイ、年相応という言葉を君は知らんのかね?」

 高島は机に置かれたコップ、深く着られた編み目の一部に自分の指を押しつけると、麦茶の入ったコップを勢い良く持ち上げて、うんざりしたような表情でマーキスを見つめた。

 マーキスのガタイは良い、それこそ黒い岩といって良いくらいだ。長い間、鍛える事を休まずに日々訓練に耐え抜いた身体は黒いスーツの上からも筋肉の膨らみがわかるくらいなのだから。

「ふん、これが理想だ!」

 高島は深く溜息を付いた。

「君の様な筋骨隆々が、洋々にサイクロプスのコクピットで操縦って、汗まみれのコクピットを清掃する当番が可哀想で泣けてくるよ」

「おまえー! 何を言うか!」

 机を叩いて、中腰でマーキスは立ち上がる。

 だが、そんな彼の行動も予想していたといった感じに高島は含み笑いを浮かべると、また喋り出した。

「時にマーキス、A大学の村上を知っているか?」

 急に出た疑問符にマーキスは風船から空気が抜ける様な、気の抜け表情を浮かべてまた椅子へと座った。

 椅子はドスッと深く鈍い音を鳴らしたが、そんな音も空虚に無音の室内へと溶けて行く。

「村上といえば、世界でも有数の人工知能、AIの権威じゃないか!」

「そうだ、君の大統領が熱望するAIだがね。そんな彼から先日メールがあったよ」

「ほう」

「ニューラルネットコミュニケートについてだそうだ」

「……?」

「おまえ、この言葉の意味を理解していないだろ……、熱望するから旧友に伝達したというのに」

 高島は無秩序に目を泳がせるマーキスの姿に、餌をねだる鯉の面影をかぶせながら、呆れ様に小さく溜息を吐いた。

「並列分散ネットワークは知っているな?」

「ああ、ああ。色々と言いようはあるが簡単に言ってしまえばインターネットの事だ」

 マーキスの戸惑い気味な口調に合わせるように、高島は椅子の肘掛けの上に肘を垂直に立てると、拳の上へ顎を乗せた

「そうだ。 その技術を応用して人工知能を作る」

「インターネットを使うのか!」

「もとはといえばインターネット自体、軍事開発の遺産だろう? ソレを応用すれば人工知能は思いの外簡単に可能なのだと、彼はそう言っていたがね」

「だがそんな事をしてしまえば、軍事機密も漏洩する危険がある。情報は軍隊の命といってもいいくらいだ……」

 眉間に皺を寄せるマーキスを見つめて高島は何かをひらめいたように、嗄れた白髪の乗っかる額を平手打ちした。

「そうか、そうだ! それなら、新しくインターネットを作ればいいじゃないか!」

「インターネットを作る?」

「ニューラルネットコミュニケートはだな。元々、それぞれの専門分野にたけたニューラルネット同士を繋いで並列分散処理させる技術なんだ。だが並列分散するためのニューラルネットの置き場所に困っていた」

「具体的に? 何処に作る? ネットワークを」

「サイクロプスのコクピットを使うのさ、軍備増強、各国への手配も考えているのだろう? スパコンが千機、一機分くらいのAIスペースは確保できるかもな」

「だが高島、なぜ君がここまで我々に強力するのだ? 君は軍人ではないし、戦争だって嫌いだったはずだろう?」

 マーキスのその言葉に高島は少し恥ずかしそうな笑みを浮かべると、考え込む暇もなく呟いた。

「ドラえもんを作りたいんだ」

 高島のその言葉に初老を過ぎた黒人は面をくらった。大きく見開いた両目は今にも顔面から転がり落ちそうなくらいだ。そんなマーキスの姿を目の当たりにして、高島はバツの悪そうに唇を噛むと、直ぐさま言葉を言い換えた。

「ドラえもんは知らなかったか、無理も無い。それならアトムではどうだ? 友達ロボットの元祖さ」

「ドラえもんだってアトムだって知ってるさーっ。青い狸は私の孫が大好きなんだ!」

「狸ではない、猫型ロボットだ。四次元という無限の空間を持つポケットには核兵器を遙かに凌ぐ地球破壊爆弾が常備されている。そして決めては憎たらしいスマイルに、僕ドラえもんですのかけ声だ。私はあんな完璧なロボットを作りたいのさ!」

「ソレが人を殺すかもしれない兵器から始まったとしても作りたいと思うのか?」

 マーキスのその言葉に高島は俯かずにはいられなかった。

 悔しそうに腰掛ける椅子の肘掛けの先端を両手で握ると。悔しそうにマーキスへと問いかける。

「何だってそうじゃなか。世の中を豊かにする技術の大半は戦争が絡んでいる。原子力を作ったアインシュタインだって、インターネットだってそうさ。だから僕も先人を見習ったまで……」

 気がつけば熱を帯びる口調。その口調を感じ取ってマーキスは椅子から勢い良く立ち上がった。

「どうした? 話しは終わってないんだぞ」

 マーキスの動作に我を取り戻した高島は間抜けた声をあげた。

「君が先人を敬愛するのは良くわかった。だか残念ながら時間切れだ、昼休みが終わってしまったからな」

 言葉の意味を確認するまでも無く習慣付けられた動作で白衣の袖を捲ると、小枝のように細い腕に巻き付いている金色の時計を高島は見つめる。

 金色だが、何処にでも売っていそうな時計は昼休みの終わり、午後の一時を指さしていた。

 少し溜息を吐いて視線を上へと戻す高島だが、既に部屋の扉へと手を掛けていたマーキスの姿に驚きをかくせなかった。

 時計の秒針を確認する数秒の間さえ彼は待つ気はなかったらしい。

「高島」

 そんな男の驚きを背中で感じ取ったマーキスは、巨木が揺れるように背中を動かすと、低い声を床一面に響かせた。

「なんだね。時間なんだろ?」

「良い事を教えてやろう」

「ほう? 君の事だ、期待はしてないさ」

「ふむ、軍隊というものが何の為にあるか知っているかね?」

「戦うためだろう?」

「違うな。軍隊とは戦争にあらず! 最大の戦争抑止力であれ。核兵器ではもう戦争抑止力にはならないのだよ、だから私達はサイクロプスが戦争根絶に向けて歩んでくれる事を強く熱望しているのだ」

「その道は茨だ、私自身痛感しているから良く分かる」

「ソレでこそ人間だ」

 マーキスは最後に一言大きく背中を動かすと、力任せに部屋の扉を開けた。

 やがて聞こえて来る扉が独りでに閉まっていく音は高島の心を深く叩いた。



 マーキスが部屋を出て行って直ぐの事である。入れ替わりに執務室の扉が開いたので机に置かれた二つのコップを片付ける暇すら高島は与えてもらえなかった。

 扉の先を残念そうに見つめる高島が目にしたのは、黒く長い髪を揺らせて部屋へと入ってくる女性の姿だ。

 自分と同じ白衣を着る女性は、分厚いファイルを三冊程抱えヨロヨロと歩いて来ると、机の中心へとファイルを置いた。

 ガタンという激しい音と共に机は揺れ茶色い麦茶は無秩序にコップからこぼれ落ちた。

「そうぞうしいな」

「僕、ドラえもんです」

「鈴木君、僕はお思うんだがね。盗み聞きは良くないよ、それにこの分厚いファイルの山はなんだね」

「ココ、三ヵ月間で作り上げた新兵達のプロファイルですよ」

「思ったよりかさ張っているな」

 鈴木はファイルを置いた時にズレたであろう半月状のメガネを押し上げた。

「ええ、中には一人で十以上ページ使っている人もいますよ。五百人、合わせて計、千五百九十九ページですぅ」

「おうっ……千……」

 高島は腹の底から濁った声を上げた

「明日の選抜試験までに全部目を通しておいてくださいね」

「君は、僕を殺す気かっ」


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