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伝説その2【初期ステータスを鑑定してもらったよ】②

「じゃーん。ここが勇者協会リセルタ支部、通称ギルドです。勇者協会が運営する正式なギルドは基本的に一つの街に一つだけあるんですよ。その他、民間で運営してる施設もいくつかあります。なーんて偉そうに紹介しましたが、わたしも来たの2回目なんですけどね。勇者として登録しておくと年会費が発生するので、今まで野良やってたんですよ」


木造2階建てのその建築は、多種な屋台で賑わう広場から放射状に延びる大通りの一本。3分程歩いた突き当りに面していた。塗装や外装を極力排したあくまで実に徹する厳しい館構えに加から、建物の大きさに比して幾倍かの威圧を感じさせる。盾の前に剣と斧が交錯した紋章が正面高く取り付けられていて、装飾と呼べるものは見る限りそれくらいだ。

と思って、こちらも相応な緊張感を携えて近づいてみると、両開きの重々しい扉の上にやたらほんわかな字体の看板が取って付けたように取り付けられていた。【ようこそ(爆笑)!ゆうしゃぎるどへ(号泣)】


「やっぱり一般の市民は近付きにくいですからね。若い人の意見を取り入れて、親しみやすさを演出しているらしいです」


なんとも場違いな看板に拍子抜けした僕を見て、すかさずエリスが説明を入れてくれた。

親しみとは別の効果を上げているような気もするけど、そんなもんなのかな。あと急に笑ったり泣いたり面倒くさい人っぽいぞ。

さらに近づいてみると、入口横にはカラフルな色彩のポスター。5歳くらいのSD女の子が剣を高々と振り上げている。幼さと真っ赤なドレスがミスマッチだ。「まものなんてやっつけちゃうよ!」

一匹たりともやっつけられなそう。


「勇者協会公認のマスコットキャラ『ゆりしぃ』です。一族郎党を野武士に惨殺され自らも死地を彷徨ったところを創造神と対をなす邪悪な破壊神との契約により、食べかけのイチゴ大福との引換により禁断の魔力を手に入れたのですが、そういった過去とは一切関係なしに生来のひん曲がった性格から、世界を破滅に導くために『お遊戯』と称して遊び半分の力試しに罪のない魔物を手当り次第殺戮して回ってるという設定のかわいい幼稚園児です」


「全然かわいくない園児だよ!本物の魔物なんかよりよっぽど魔物の名に似つかわしいじゃん。あと破壊神もイチゴ大福でよく納得したな。しかも食べかけので」


「甘党で有名ですからね。イチゴも残ってましたし。ちなみにゆりしぃのドレスが赤いのは全て返り血です。断末魔の悲鳴と鮮血をこよなく愛します。破壊神も若干引いていた程」


そりゃ引くだろうさ!

大丈夫か勇者協会。この世界に来て30分の僕でさえ迷走を確信できるぞ。なんか急激に心配になってきた。


入口すぐ左手にカウンター。総合受付のような感じだろうか、綺麗なお姉さんが窓口に立っている。その脇から奥へと続いているが、扉が閉まっているため中の様子は窺えない。右手の広いスペースは飯屋になっているらしく、多くの冒険者たちが飲食を楽しんでいる。その向こうの壁には掲示板があり、大量の紙が重なり合うように貼られている。クエストだろうか。こちらに背を向けて並んだ冒険者が何やら相談中だ。

割とまともな感じで良かった。

僕たちは正面12時から反時計回り9時あたりまで並ぶ窓口から空いている一つを選んだ。窓口にはゆりしぃのフィギアがちょこんと置いてある。かわいい。見た目はね。


「勇者協会リセルタ支部へようこそ。御用件をお伺いいたします」


お姉さんの高く盛り上がった胸には【レーニャ】という名札が付いていた。


「未来の伝説の勇者☆エリス・アッドセイアです(ぴきーん)」


「...御用件をお伺いいたします」


クラス【接客業】の固有スキル「受流し」が発動した。

ビジネススマイルを完璧にキープしたレーニャさんの華麗なスルーだ。エリスは、テンションが1段階下がった。

新規登録のキャンペーン期間が終わったために入会金が無料ではないことでもう1段階テンションを下げたエリスだったが、念願の勇者登録を済ませて、その身分証を受取るとすぐさま元気が出てきた。


「これが勇者カードですかー。ようやく、本物の勇者になれたってことですね、わたし。ここから本当の伝説が始まりますよー」


ちなみにこの勇者カード、勇者協会加盟店で買い物するとき、ポイントが貯まる点も見逃せない。しかも誕生月はポイント10倍だ!


さて、いよいよ今日の本題、ステータス鑑定。

料金はエリスが500G。僕が20000G。


「え、何で僕だけそんな高いんですか?」


「エリスちゃんの鑑定は保険適用内なんですけど、召喚ユニットさんは全額負担になっちゃうんです。それに今回の鑑定は初めてということで、素質とかスキルとか細かいとこまで鑑定するから高くついちゃうの。次からは現時点での数値を測定だけなので、基本的に無料でいたしますよ」


にしてもだ、この世界でのお金の価値はまだ把握してないんだけど、20000Gというのが結構な金額だということは容易に想像がつく。勇者協会の年会費が2000Gだったし。その10倍もするのだ。


不安な表情を浮かべる僕に、エリスが優しく語り掛ける。


「大丈夫ですよ。返済は給料からの天引きにしますから」


「僕が払うの!?というか僕って給料制なの?」


「利子はトイチです。きっちり返してもらうまで異世界の果てまで追いかけます」


異世界の帝王か!勇者のすることじゃないよ。

そういえば、勝手に召喚されて以降、自分の境遇などロクに考えないままノコノコここまで付いてきたが、今後エリスに従うなんて承諾していないぞ。というか僕に拒否権はあるのか。せめて契約条件の交渉だけはしなくては。


こんな場所で口論しても仕方ないので、とりあえずお金のことは棚上げにして、料金はエリスに立替えてもらい大人しくステータス鑑定を受けることにした(トイチだけは断固として拒否した)。

レーニャさんが机の下から黒く鈍い輝きを放つ水晶を取り出す。


「ステータス鑑定用クリスタルです」


そにはプロロキヌス社のロゴマークが!エリスが一瞬だけ鬼の形相を浮かべた。気がしたけど、気のせいかな。ははっ。


まずはエリスから。

水晶に右手をかざしたエリスの全身が七色の輝きを纏う。水晶もまた鮮やかな点滅を繰り返す。ゆりしぃの目が怪しく輝く。ひいぃ、怖い。ステータスが表示されるという石板に段々と朧げな像が映し出される。プロロキヌス社のCMだ!待ち時間に広告が流れるシステムだ。エリスの抑えていた怒りがぶり返す。異世界の帝王な表情に!

やがてエリスと水晶を包んでいた光が収まる。プロロキヌス社のCMも終わる。


「はい、おしまいです。お疲れ様。こちら無料サービスの飴ちゃんです」


クラス:伝説の勇者(笑)


Lv:1

HP:8(F)

MP:13(D)

攻撃力:4(E)

魔力:6(C)

精神力:3(F)

特殊攻撃:4(F)

防御力:3(E)

魔法防御:6(D)

すばやさ:5(E)

器用さ:3(E)

賢さ:1(G)

運:1(G)


第一スキル:伝説の勇者(笑)

極稀にスーバーなプレイを放ち観る者を魅了する


もらった飴を口の中で転がしながら、エリスは不満げな表情を作る。


「ぶー。なんかグラフが超小さいんですけど!EとかFとかばっかでさー。ていうか、なに笑ってんのよ!(笑)とか付いたら、せっかくの『伝説の勇者』ってのも冗談みたいになっちゃうし!スキルもクラスと同じでさ、やっつけ仕事かよ!ちゃんと設定しろよ!」


各ステータスを示す十二角形のグラフが確かに小さい。米粒程しかない。


「みなさん、こんなもんですよ。そもそも魔物と戦う能力を有する人が少ないですから。こうやってステータスが表示されるだけで特別なんです。そのなかでも魔力の素質がCというのは極めて優秀と言えます。上位10%くらいの狭き門ですよ」


レーニャさんのアビリティ【ナイスフォロー】が炸裂した。

賢さ1(G)と運1(G)には触れていない。グラフの下に小さく「各ステータスの素質はF~SSSです」と書かれているのに!


「それに」とレーニャさんが続ける。


「伝説の勇者(笑)というクラスとスキルは私も初めて聞きました。もしかしたら、とても稀有な能力かもしれませんね。本当に伝説になってしまうかも」


そう言って穏やかに微笑む。

それを聞いて、エリスも有頂天だ。


「そうかなぁ。そうだですよね!(笑)っていうのもきっとみんなを笑顔にするって意味ですよね。うんうん」


というわけでエリスが機嫌を直してくれたところで、僕の番が来た。

スキル説明の「スーバー」という誤植にエリスが気付かないうちに早く!


先程のエリスと同じように水晶に手をかざす。

今まで16年生きてきて初めての感覚。頭から爪先までの全身が熱く、または冷たく、あるいは怠く、やっぱりくすぐったい。そんな鋭敏なあれこれが血流と共に駆け巡る。


レアリティ:common


クラス:構成作家


Lv:1

HP:10(E)

MP:0(-)

攻撃力:6(E)

魔力:0(-)

精神力:4(E)

特殊攻撃:7(D)

防御力:4(E)

魔法防御:0(-)

すばやさ:6(E)

器用さ:5(D)

賢さ:3(F)

運:1(F)


第一スキル:パシリ

これといった能力はない。

そのため、周囲の人間は気兼ねすることなくぞんざいに扱える


使命:使役者の伝説を持ち帰り、元の世界へと伝えること


PS.当社のクリスタルで召喚されたユニットのようなので、ちょっと能力盛りました(プロロキヌス社営業部)


何、構成作家って!およそファンタジーの世界の職業に似つかわしくないよ!あと、勝手に盛らないでよ。鑑定なんだから正確にやらないと意味ないでしょ!せめてやるんだったら黙ってやってよ。


「あら、これも初めましてのクラスですね。なんか面白い勇者様だこと。それと飴ちゃんです」


「ありがとうございます。でもパシリってのも酷くないですか?」


「いえ、ありふれてます」


ありふれてるんだ。なんと世知辛い異世界。

面白くないのはエリスだ。隣でぶーたれている。怒る気力もないって感じ。

やっぱ僕、commonでした。ごめーんね。


「こもんー?」


レーニャさん、ここは【ナイスフォロー】お願いします!


「まあまあ、とても珍しいクラスですから、何か特別な能力があるかもしれないですよ。勇者と構成作家、良い組み合わせじゃないですか」


どこがだよ!刺身とチョコレート、アニメオタクとキャリアウーマンくらいミスマッチだよ!混ぜたところで何の化学変化も起こらないやつ。


「んー。でも確かに、動画配信には役立つかもですね。気兼ねなくパシリにできるって書いてあるし」


そう言われるとそんな気もしてくる。良いのかそれで。異世界でクラス構成作家って。実体はパシリらしいけど。


「それより気になるのは、使命についてです」レーニャさんが急に真顔になる。三人の間に緊張が生まれる。


「異世界から召喚されたユニットは、この世界の物質、記憶、そういった一切を持ち帰ることができない。それが召喚の鉄則と言われています」


「それって」と小さな声で僕。「使命は絶対に達成できないってこと?」とエリスが後を引き継ぐ。


「はい」。レーニャさんは真っ直ぐに僕の目を見つめ、一言だけ、決意に満ちた口調で答えた。その場の緊張度が一段と高まる。


「もし使命を達成できないと僕は、エリスはどうなるんですか?」


「エリスちゃんはどうもなりません。あなたは消滅します。この世界から、ではなく、元の世界からも。それは『死』と表現しても良いでしょう」


呼吸が止まる。その一文字に、心臓を激しく掴まれる。

異世界に転移して、何か人生の奥底から遊離したような、まぎれもなく自分のことなのに、自分の人生のことなのに、むしろそれの不自由さから解き放たれたような気持ちを無邪気にも抱いていた。

たった一文字で、引き戻される。「現実」に。

今までの人生がそれほど楽しいものではなかったとしても、朽ちるのはさすがに嫌だ。


「使命を放棄して元の世界に帰還することもできません。それは使命の失敗と同義なようです」確かめようとした一縷の望みは、問う前に断たれた。レーニャさんはゆっくりと先を続ける。


「召喚ユニットがこの世界で活動できる時間は一定ではありません。レアリティが低いから短い、高いから長いといった相関関係も認められていません。本当に個々で違います。そして恐ろしいことに、消滅する前兆も様々。何の前触れもなく突然、姿形を消してしまう方もいます。タイムリミットは何時なのか、誰にも解りません。(長い沈黙)あなたが、この世界の(ことわり)を打ち破り、笑顔で元の世界に帰っていくことを願います。そのために、これからもサポートさせてくだいね」


ギルドを出ると、相変わらずの陽光が街に人に、限りない祝福を注いでいた。広場へと真っ直ぐ続く道のように、日常の時間が一秒一秒、淡々と時を刻んでいく。

家屋の連なりを越え、神聖なる教会を、彼方にそびえる高い城を、静寂に沈む深い森をも越え、青い空がどこまでも続いていく。もしかしたら、その果ては僕が元いた世界へと繋がっているのではないか。「僕の世界」、そこへと通じる道は?結ぶドアは?伸ばした手を引いてくれる人は?

二つの世界を通じる特異点は、この世界のどこかに、存在するのだろうか?


「まあ考えても仕方ないし。とりあえず、今頑張れること、自分にしかできないことに一生懸命向かっていくしかないですよ」


そう言って、エリスが励ましてくれる。同じように空を見上げながら。彼女も彼女なりに苦しいはずだ。それなのに!同じものを見ていながら、なぜそうも強い?


「戦闘でも動画配信でも必須の超便利高位魔法(ハイテク)アイテムをプレゼントしますから」


エリスの視線の先、そこに僕はこの世界の、いや全ての世界を貫く絶対なる真理を垣間見た気がして、絶望にも希望にも似た諦念を抱いた。

だって、この世界はさ、おもしろな異世界なんだもん。


英雄(eiyu)素魔法(スマホウ)。そんなふざけた看板にエリスは一歩一歩、地を踏み、蹴り上げ、力強く向かっていく。


ちなみに、素魔法の代金だけど、きっちり全額、給料から天引きされました。

それプレゼントじゃないって。詐欺だって。エリスさん...

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