8.もう少しだけ…。
フォルテナ家での生活にもすっかり馴染み、アスター様とも仲良くなれたと思う。
屋敷のホルドさんやステラ、使用人達も優しくて、いつも良くしてくれている。
元々が甘え下手で内気な性格の私が、唯一甘えられる相手といえば母だけだったが、両親を亡くしてからは、一人でも頑張って生きていかなければと、常に気を張っていた。
しかし最近では、ほんの少しだけ、ステラに甘えられるようになったと思う。
毎日、自分のために世話を焼いてくれて、本当に愛されているような気持ちになってしまうのだ。
お母さんというのは失礼でも、本当の姉のようだと感じていた。
私がフォルテナ伯爵家に引き取られてすぐ、サプライズで行われた豪華でステキな誕生会に感激していたのが、昨日の事のように思い出される。
だが、時の流れは速いもので、今は既に二度目の誕生日も終えていた。
気付けば、更に次の誕生日が近づいている。
現在16歳の私は、すぐそこまで迫りくる三度目の誕生日を迎えたら、17歳になってしまう。
学校での授業は、孤児院での熱心な勉強の成果もあり、遅れが少なかった為、普通クラスに移った後も順調だった。
このまま進めば、18歳できちんと卒業できるだろう。
一応、現人神養成学校は5年生で卒業資格が得られ、6年目は予備期間が一年設けられている。
予備期間終了後は、完全に一人前・人間でいう社会人扱いになるのだ。
予備期間の間は、学校へ行っても就職活動の相談やそれに必要な学習や練習をするだけだ。
引き続き担任の先生は面倒を看てくれるが、それぞれ個人の活動になるので、授業等は行われない。
予備期間中に仕事が決まれば、学校に来る必要もないし、何か勤務中に困ったことができた時にだけ登校して、教師の指示を仰ぐのもいい。
既に仕事を持っている者や家の使命などがあるなら、5年で卒業後、予備期間に登校する必要はない。
また、予備期間に婚活することもできる。
これらを利用するか利用しないかは全く自由だ。
神様の社会において、卒業生が好きな道を歩むために、将来を考えるための時期を設けているのだろう。
そのアドバイスや斡旋もしてくれるとは、素晴らしいシステムだ。
ただそれは通常の場合。
完全に引き取られた先の家で、養女になっていれば、何も問題はないが私の場合、アスター様に後見人としての契約をしてもらっただけだ。
独身の後見人(里親)の場合、引き取られる際にする契約書の欄に、『お互いの合意があれば、里子と婚約・結婚することを可能とする』という内容がある。
一般的には、この欄にチェックを入れてから子供を引き取るのが常識だ。
これは後々、何か間違いが起きでもした場合、『子供のうちに手を出した』などと文句をいわれることの無いように、最初から婚約者だった、そういう契約だったと主張できるようにする為である。
つまり、後見人を守る法律だ。
上記契約を結んでいない独身の養い親は、子供が成人するまでしか、保護者の権利を持つ事ができない。
それは、18歳になった時点で、子供と法律上の縁が切れるということだ。
そして、里子は養い親の家を離れなければならない。
勿論個人的に遊びに来ることは、本人同士の合意でできるが、暮らすことはできない。
現人神の社会では18歳になると結婚が認められる。
そして女性が少ないことを理由に、女神や女性の役割を果たせる天使等の『絶対的結婚』を義務付けている。
18歳から60歳までの間に、必ず一度は結婚しなければならないのだ。
男神があぶれているため、成人するとすぐに狙われ始めるが、保護者権利を失った独身者の元後見人は、里子にアプローチしてくる神々の社会に籍を持つ者の邪魔をしては、ならないという法律もある。
こういった婚姻可能の契約をしなかった元保護者が、後から引き取った子供をやはり手元に置きたいと思っても、一度成人して、自立した子供には最低、二年間、親側からの異性としてのアプローチが禁止されており、三年間は巣立った子供と距離を置かないとならない。
これは子供側を、はっきりと親から自立させるための法律だ。
特例で元保護者が里子を好きになってしまった場合、二人が一緒になる可能性はこれらの理由で限りなく低いという。
他に守ってくれる家族も、それに代わって頼れるほどの相手もいない独り身の女性現人神は、自立後、職場や私生活において、すぐに独身者の嫁候補として標的にされる。
大体が、親として権利を失った二年の間に、誰かに掻っ攫われてしまうのだ。
だから、万が一を考えて、別に配偶者として望まない相手でも、引き取る際には必ず里子と、この契約を結ぶのが当たり前なのだ。
…そうすれば、すぐに巣立つ必要もないのだし。
現人神養成学校の保護期間を利用し、就職してから、里親の家を出て行くこともできる。
それなのに、アスター様と私はこの契約を結んでいない。
つまり話を戻すと、あと一年ちょっとで、この居心地の良かった屋敷を私が巣立って行かなければならないのだ…。
寂しい…。
アスター様は優しいし誠意のある方だから、屋敷にいる間は里親として最大限の事をしてくれた。
けれど…。
初めて出会った時は、どうであっただろうか?
引き取られた日の施設でのやり取りを思い出す。
本当はアスター様は、私を屋敷に連れて行きたくなかったのだ。
アスター様が面倒を看たいと思っていたのは、お母さまに似た金髪の可憐で可愛い天使のような女の子だ。
ハルは引き取られた後に、アスターから、どんなに彼が自分の母親を愛していたか、崇拝していたかというような内容の話を度々、聞かされていた。
そう…、孤児院にいた頃から、そういった可愛い子供は人気で入ってきたかと思うと、瞬く間にどこかにもらわれて行ってしまった。
私が一人、施設に残り続けている間に、何人もの可愛い女の子が養い親を見つけ、そしてまた自分だけが取り残されるという日々を繰り返していたのだ。
アスター様も、シルヴァスさんから聞いていて想像していたのは、私みたいなのではなく、すぐにもらわれて行ってしまったような女の子達だったのだろう。
…だから、私とは契約を結ばなかったのだ。
『いつまでも、夢を見ているわけにはいかない。』
自分に言い聞かせる。
このままの生活は続かない。
そろそろお嬢様気分を卒業し、目を覚まさなければ!
私が自立しなければいけない歳は、卒業と同時。
学校の予備期間より前なのだ。
だから自立に向けて、予備期間を当てには、できない。
その期間より先に仕事が見つかっていなければ、生活ができない。
もしかしたら、当面の生活費と住む場所位はアスター様が餞別代りに用意して下さるかもしれないが、期待はできない。
伯爵邸を出て、自分で生きていくために、卒業後に住む家と仕事が必要だ!
そう、私のような立場の者は予備期間を待たずに就職活動を始めねばならない。
一般的に考えれば17歳になってから、すぐに始めなければならないだろう。
オグマ先生は私の事情を知っている筈だから、次の誕生日を迎えたら相談に行こう。
でも少しだけ…。
それまでの間、ほんの少しだけ…。
もう少しだけ、このまま楽しい時を過ごしていたい。
誕生日が過ぎたら、きっと気持ちを切り替えるから…。
このフォルテナ家での日々を、大切な思い出にするから。