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Congratulations!

 今日は朝から、ラナンクル侯爵は(せわ)しなかった。



それはその筈、本日たった一人の孫娘であるハルリンドが、冥界優良貴族の1人でもあるフォルテナ伯爵に嫁ぐのである。



「ハル…これは、ラズベルの若い頃、使っていた耳飾りだよ。」


薄いブルーのガラスのような透き通る天然石でできた小さな花を模した耳飾りを見せると、ラナンクル侯爵は最愛の孫娘の耳にそっとそれをつけた。


「思った通り、ラズベルの目の色に合わせてあるから…君にもピッタリだ!探し出しといて良かったよ。」


「カワイイ!お爺様、ありがとうございます。」


幸せなるジンクスとして、花嫁に何か青い物をつけるのは、地上の花嫁のルールの一つだ。


侯爵と伯爵であり夫になるアスターは、ハルの為にせめて、人間界の結婚式を少しでも再現しようと、今日の日の為に二人で色々、画策していたようだった。


そんな二人の気持ちが、おかしくて、嬉しくて、既に式をあげる前から、ハルは幸せな気持ちでいた。


「フフ、お爺様ったら、こんなに色々、頑張って下さらなくても良かったのに…。」


「何を言うんだ!ハル、僕は君を誰よりも幸せで美しい花嫁として送り出すと決めていたんだからね?今更、祖父の楽しみを奪わないでくれよ。」


「まあ、フフフ。」


と、口元を隠しながら笑みをつくるハルリンドの美しい花嫁姿に、祖父である侯爵も目を細める。


我ながら、実に美しく仕上げることができた!


「元々、うちの孫娘は美しいが…僕のセレクトは本当に完璧だな!…うん。」


独り言のように、自画自賛を呟く侯爵が何を言っているのか、よく聞き取れない今日の主役のハルは、


「でも不思議ね…感情というものは…。嬉しいのに、お爺様の元を離れるのは…とても寂しいのですもの。お爺様、アスター様と結婚しても遊びに来て下さる?それに私もまた、ちょくちょくとお屋敷に遊びに来てもいい?」


と、祖父に上目遣いで囁いた。


それを聞いた侯爵は『勿論だ!』とばかりに破顔して、言った。


「当たり前じゃないか!結婚したって、君はラナンクル侯爵家の娘であることには変わりないんだから!将来は僕の跡継ぎだし、その跡継ぎも君の子供で…ただちょっと、一緒にいる時間がアスター君の方が増えたってだけで…今までと同じように、君はうちに帰って来て良いんだよ。というか帰って来てくれないと、僕が寂しくて死んでしまう…年寄りを孤独死させないでくれ!」


「お爺様ったら!」


今度は目にうっすら涙を浮かべたハルリンドが侯爵に抱きついた。


「お爺様、今まで本当にありがとうございました。私はお爺様と会ってから、ずっと幸せだったわ…今日からは、ちょっとだけフォルテナ領にいる時間が長くなるけれど…これからも、宜しくお願いします。お爺様、大好きよ!」


「ああ、勿論だよ。ハル、いつだって甘えにおいで。君は僕の大切な娘であり、孫だ。僕の方こそ、君に幸せにしてもらっているよ。君は僕の生きる力なんだ…。」


二人はしばし抱き合った。

そして、少しすると侯爵が、名残惜しそうにハルの体から身を離す。


「さあ、もう時間みたいだ。せっかく綺麗なのに、お化粧が取れてしまうよ…もう泣いてはダメだ。」


そう言って、侯爵は自分のハンカチーフでハルの瞳を軽く拭った。


二人の感動的なやり取りも、そろそろ時間という事で、ハルが侯爵の差し出した手を握る。

祖父のエスコートで、彼女は地上の結婚式さながらにバージンロードを歩いた。


冥界には、死後の人間でも、こちらの世界で結婚式を挙げたいとのニーズに応える為、教会が存在している。

だが、自分達の場合は、冥界神や招待した友人の人間界にいる現人神達を前にして、一体何の神に誓いを述べればいいものか…と、複雑な状態である。

いや、そもそも、神様だらけの中で特定の神様に誓うと言うのも変な話なので、教会の中で、『招待客に誓う』という形式になった。

まあ、ある意味、本当の神前式だが…。



 こうして、ウエディングマーチとともに祖父と二人で会場に登場したハルリンドは、誰が見ても幸せな花嫁である。


やがて終着点のアスターの元でラナンクル侯爵がハルを引き渡すと、アスターは彼女を熱っぽく見詰めている。


これまた、誰が見ても、花嫁にメロメロの姿のフォルテナ伯爵の姿に会場の者は、微笑ましく思った。


勿論、ラナンクル侯爵だけは、『こんなにも美しい孫娘をあの武骨で男臭そうなフォルテナ伯爵に嫁がせるのは、何となく面白くない…。』と思ってはいたが、それを人前で(さら)すことはない。


皆の前での誓いの言葉と、二人が軽くキスをすると同時に、そこにいる全員の耳には、冥界中の鐘が鳴り響いているように感じられた。


その後は『おめでとう!』という出席者達の祝福の嵐が降る。


その刹那、ハルの耳には、いない筈の両親の声が聞こえた。


「ハル、いつまでも見守っているから、幸せに!」


不意に『お父さん、お母さん!』とあたりに視線を彷徨わせるが、二人の姿は無い…。


だが、確かにハルは二人の声を聞いたのだ…。


きっと、消滅した訳ではない二人は、地上の風になり水になり、そして冥界の光にも花にもなれるのかもしれない…そして、いつも、いつまでも、自分を思ってくれているのだ…。


ハルは感動の涙を浮かべ、全ての人(神)へ、今までで一番の笑顔を心掛けた。


式の後は、二人だけの初夜へと旅立つため、教会の外にはアスターの愛馬(こと)ビースタがおめかしをされた状態で待っている…。

実際はフォルテナ伯爵邸に戻るだけなのだが…初夜を過ごして二日後は、新婚旅行に旅立つ予定だ。

アスターの提案で新婚旅行先は人間界のとある島へ行くことになっている…。


「いつか、また人間界に遊びに来よう…と言っただろう?」


と、アスターがハルとの約束を守ったのだ。



 そのビースタの元に向かうまでの途中の道を、招待客の皆が私達に向かって、バラの花びらを投げかける。

フラワーシャワーである。


その時々に会う皆の顔を見ながら、ハルは一人一人に必ず声を掛けた。


「ありがとう!」

「お陰様で!」

「落ち着いたら、またね!」


その中に会う人の中でも、特に嬉しい人がいる。


「シルヴァスさん!!」


ハルが大きな声を上げると、ふわふわした金髪交じりの茶色い髪をなびかせた優しい笑顔のシルヴァスが心の底から祝福しているという風に『おめでとう!』の声を掛けてくれた。


ハルが冥界での暮らしを選択したことで、異界で養育を受ける現人神の担当者として、定期訪問をする義務もなくなり、こちらに簡単には来れなくなったシルヴァスとは、あれから会う機会が無かった。


「おい、シルヴァス…今日は来ないのではないかと心配したぞ?数年ぶりだな…。どうだ?私の美しい花嫁を前に、悔し涙が浮かんだか?」


アスターが親友に向かって、憎まれ口を叩く。

今更、彼の傷口を広げようという物ではない。

長年の付き合いの二人の間では、会う事は無くとも、お互いが一人の女性を取り合った事で引きずる事は無く…シルヴァスが、とっくにハルへの思いを吹っ切ったと、一目会った時に、親友のアスターには、わかったからこそ言える言葉だった。


「あれから何年も経ってるんだぞ?いい加減、僕がハルにしつこく執着してると思うのやめてくれる?とっくに立ち直ったよ!冥界のストーカーとかと、一緒にすんなよ!腹が立つ奴だ。」


シルヴァスはそう言って新郎のアスターの横腹に軽くパンチを一発撃ちこんだ。


「うっ!」


と、低い声を出すアスター。


「そんな大男の癖して、大して痛くも無いのに痛がるフリとか、止めてくれるぅ?」


そう言って、アスターを冷ややかな視線で見るシルヴァス…。


「ハル、コイツに同情しなくてもいいからね!これ、全然痛くないのに、君に大丈夫~?とか、言ってもらいたいだけなんだからさ!!こんな奴だから、嫌になったらいつでも、僕の所に来て良いよ?」


シルヴァスがハルにウインクしながらそう言うと、アスターが大げさにハルを自分の元に引き寄せた。


「何を言う⁉ハルが私を嫌になるなんてわけないだろう?変な事言うな!シッシッ。」


アスターが追い払うようなしぐさをすると、ハルとシルヴァスの横にいたカヤノが笑った。


『ウフフ』と笑んだカヤノちゃんがハルの先程、投げた花束を持って口を開く。


「おめでとうございます!今日はシルヴァスさんに連れてきてもらったんですが、本当にお綺麗で、私、感動しちゃった…それに、見て下さい!ハルさんのブーケトス…絶対無理だと思ってたのに、私、取っちゃったの!!」


大人しいイメージのカヤノが少し興奮気味にハルに言った。

余程、ブーケをキャッチできたことが嬉しいのだろう。

ハルは『カワイイな』と思い、カヤノに声を掛ける。


「それは良かったわ…カヤノちゃんが結婚することになったら、絶対に呼んでちょうだいね!」


そんな自分の言葉に、パッと顔を赤らめるカヤノがカワイイ!!

とハルは思っていた。


「そ、そんな…でも、まだ、そんな相手…いないし。」


途切れ途切れで顔を染めて話す初々しいカヤノを前にハルは、優しく言った。


「じゃあ、きっと、これから現れるのね!カヤノちゃんの王子様が!!」


「気付いていないだけで、もう現れているかもしれんしな!」


ハルの言葉にアスターが付け加える。

朴念仁にしては良いことを言う。


しかし、今日、彼女を連れてきたシルヴァスは、何となく面白くなさそうに口を尖らした。


「おい、ハルの次はカヤノちゃん?ちょっと、待ってよ…皆どんどん、いなくならないでー⁉」


そんなシルヴァスに一同は笑い声を上げた。


皆の笑顔の中、ハルとアスターが再びフラワーシャワーを浴びながら歩くと、最後の所にいたオグマ先生と号泣するリリュー先生が見えた。


「ハルリンドちゃん!結婚しちゃうんだね⁉先生より先に何て…悲しい!!皆、先生を置いて結婚しちゃうんだ~~!!でも、おめでとう~~幸せになるんだようぅ~?」


と、学園長のリリュー先生が泣き笑いをした。


『あれ、先生に招待状を贈ったっけ?』と一瞬、気になったが、細かい事を考えるのはやめる…。


「ありがとうございます。リリュー先生、まさか、学園長様に来ていただけるなんて…嬉しいです。」


「勿論さ!君に初めて授業を受け持ったのは、何を隠そうこのガブリエル・リリューなのだからね!」


胸を張るリリュー先生。

そこにオグマ先生が、口を挟む。


「全く…すまんな、ハルリンド。この人、最近、図々しくてさ…俺のテリトリーに入って来るんだ。お前も俺の生徒だってのに…こんな所まで来やがって!!」


「どあって~、学園長はクラス受け持てないんだもん!!つまんない~。」


「うっせ!アンタだってかつて受け持ちの生徒がいたんだろーが⁈」


「昔すぎて、ほとんど寿命で死んじゃったりして、数減ってるから…それに君の所と比べて、元の受け持ちクラスが6人しかいなかったんだよぅ。一年かけて、家庭訪問しても時間が余っちゃうんだー、だから学園長にされちゃったんだけど…トップって暇!」


「だからって、俺と俺の生徒に構うな!他、行けよ⁈」


「いいだろう?オグマ君と、オグマ君のクラスの子が気に入ってるんだから。」


「うえっ⁉勘弁してくれ!つうーかっ、教育委員会にチクるぞ?」


学園長と元・担任先生の押し問答にアスターと二人でハルは苦笑しながらも、相変わらずだな…と和やかな気持ちになる。


そんな所に存在感の無い副担任が声を発した。


「在学中は僕は大したことが出来ず、いてもいなくても同じだったような副担任ですが…こうして、招待してくれてありがとう…嬉しかったです。ハルリンドさん、どうぞお幸せに…フォルテナ伯爵、どうぞハルリンドさんを大事にしてあげて下さいね。」


顔も思い出せなかった副担任の先生だけど、何だかんだ言っても、すかさず色んなことをサポートしてくれている(知らない間にだったけど)…そんな先生だったと思う。


「そんな事ないです!確かに先生は目立たなかったけど、いつも、見逃しがちなことでも、よく見ていてくれて、いい先生でした。オグマ先生と副担任先生のクラスで本当に良かったです!」


副担任は照れて顔を赤くしたが、横にいたアスターとオグマや学園長は思った…。


『あ、やっぱり今でも()()()とだけで、名前は出てこないのね…』と。


そして最後に、アレステル・オグマがハルに大きな声を掛ける。


「それじゃ、ハルリンド!幸せになれよ?もし、人生(神生)で何かに迷ったら冥界からでもいいから、すぐ会いに来い…来れないなら連絡しろ!俺が出向く。先生はいつまでも、お前の担任だからな。」


「先生、ありがとうございます。」


ハルは少しだけ、涙を浮かべた。

勿論、幸せの色をした涙である。


それから、オグマはアスターに顔を近付けて、こっそりと凄むように耳打ちした。


「フォルテナ伯爵…あんた、18歳で自立させるとか、ホラ吹きやがって…大概にしろよ?いいか…ハルの体力考えろ…お前の体のサイズ考えろよ?じゃねーと承知しねぇからな?次の家庭訪問でハルがベッドから起き上がれないという事は無しだからな…。」


アスターもオグマも、お互いに、すごぉく嫌な顔をしながら数秒間、見合っている。


そうこう話しながら、ハルとアスターはビースタの所まで辿り着いた。



 アスターがハルをビースタに乗せ、花嫁は皆に手を振ると、手綱を握る新郎の合図で一気にビースタが空へと舞い上がった!


地面がどんどんと遠ざかる中、皆がハルに手を振りながら、声を掛けた。


「お幸せに!」

「新婚旅行行ってらっしゃい!」

「戻ったら土産持って来いよ⁈」


などと…。


それらに笑いかけながら、ハルとアスターはフォルテナ伯爵邸へと向かった。

ハルにとっては久しぶりの帰還でもある。




 ハルとアスターが結婚式会場である教会を後にすると、ラナンクル侯爵が後を取りまとめ始めた。


「皆様、本日は我が孫娘のハルリンドと婿でもあるフォルテナ伯爵の為にお集まり下さり、ありがとうございました。本人達の希望で…というか、主にアスター君の希望で…ですね、アスター君の僅か二年ばかりの我慢が溜まりに溜まってしまったせいで、本日はこれから、ささやかながら新郎新婦不在とういう!異例の披露宴を…まあ、お披露目する二人がいないので会食になるのかな?…を行いたいと思います。」



侯爵の心の中は『披露宴に出席しないで初夜に突入ってどういう事だよ⁉』とアスターに対して、不満タラタラであったが、二年間は少なくとも『待て』をしたあげくにハルとの間を邪魔しまくってやった自覚も、自分の中に多少はあったので、『仕方ないか』…と、己を落ち着かせるように言い聞かす。



そこで、コホンと咳払いして、ラナンクル侯爵は、言い辛そうに話を続ける。


「ええと、二人抜きの結婚式後の会食はラナンクル邸で行う予定ですので、皆様、移動の際はこれから手配しました東洋の(あま)宙船(そらふね)で参りたいと思います。何分、大人数ゆえ、船が巨大ですので、空の交通事情により、もう少々、お待ち下さいませ。」


そう言いながら、ドリンクを客に勧めるラナンクル侯爵。

娘の時には、出来なかった大忙しに、てんてこ舞いだ。


「ふう、これは絶対に早く曾孫の顔を見せてもらわないと…合わないな。」


そう呟くデュラント・シルバ・ラナンクル侯爵であった。




 さて、結婚式会場である教会を後にしたハルとアスターはビースタに乗って、あっという間にフォルテナ伯爵邸へと到着した。


扉を開けると、執事のホルドを始め、ステラや料理人に至るまでの屋敷の全使用人が邸内に並び、声を揃えて、挨拶をする。


「お帰りなさいませ!奥様!!」


始めて呼ばれる『奥様』の言葉に、ハルは目を丸くしながらも、自分がフォルテナ伯爵夫人になったのだという事を強く意識した。


ハルは最初、戸惑ったが、一拍おくと胸を張り、屋敷へと足を一歩、踏み入れる。


「ただいま、皆…今日からは、新たに…この家の女主人になるけど…宜しくお願いします。」


ハルの声に屋敷中が歓喜の声を上げた。


そして、ホルドがすぐにハルに歩み寄って言った。


「ハルリンド様…よくぞ、アスター様の元に来て下さいました!本当に…ホルド…こんなに嬉しい事はございません!!ハル様が嫁いで下さるなんて…この朴念仁のアスター様に…夢のようです…この女心のわからない…アスター様に…。」


「ホルド…しつこいぞ…。」


アスターが眉間にシワを寄せる。

間髪(かんはつ)入れず、ステラも近寄ってきて、大袈裟に花嫁衣裳のハルを抱きしめると、言った。


「ああ、ハル様!何て、お可愛らしいのでしょう⁉無礼を承知で抱きついてしまいますわ!!それにしても、よくアスター様の愛を受け入れて下さいました…ようございました…本当に…全然、アスター様ったらご自分の気持ちにお気づきにならずにいて、私、正直、こんな素晴らしい日が来るとは予想しておりませんでしたの!おめでたいですわぁ。アスター様のあんぽんたんと、思っていたけど…でかしましたわ!!」


「私をあんぽんたんと思っていたのか…ステラ。」


アスターが額に影を落として呟く。



その後も、使用人達は、最初こそ礼儀正しく整列していたのにも関わらず、ひっきりなしにハルの元へやって来た。



「おめでとうございます、アスター様、ハル様!」

「ハル様…よくお戻りになられました!!」

「我々、一同、精一杯、奥様にお仕えいたしたいと思います!!」



その声に苦笑するアスターが一言。


「おい、私には精一杯じゃないのか…?」


「アスター様には、今まで通りお仕え致しますから、ご安心を。」


使用人達が口を揃えて回答した。


「…今まで通り?」


不服な顔の当主である伯爵に笑みをこぼして、ハルは声を掛ける。


「アスター様、そんな顔なさらないで…アスター様には、これからは、私が精一杯、お仕えしますから!いっぱいご奉仕しますので、安心して下さい!夫の面倒は妻が見るから大丈夫です。」


無邪気に笑うハルの顔を凝視して、アスターは止まった…。


その言葉に大きな意味はない…ハルはただ純粋にそう思っただけだ。



しかし、彼女の放つ言葉に使用人達も一瞬、言葉を(つぐ)む。



そして誰かが、ゴクリと息を呑んだ。



ハルを除く一同は、アスターの方をゆっくりと、首を動かし…恐る恐る見やる。



すると、アスターの瞳の色が変わった。


美しい済んだ緑に赤い熱の色が(はら)んでいるように見える。


そして伯爵が、朴念仁と揶揄されているとは思えない、妖艶なまでの笑みを浮かべた。



いきなり訪れた静寂に、ハルはどうしたのかと可愛く首を傾げて、今日、夫になったばかりのアスターを見詰めると、いきなり彼に横抱きにされてしまった!



「へ⁉アスター様?どうしたのですか???」


「ハル…君が私に仕えてくれるのだろう?楽しみだな…では、お言葉に甘えて…いっぱい妻に面倒を見てもらおうかな?…っていうか、今すぐ、奉仕してくれ!!」


「は?今ですか…お夕食は?」


「ステラ、食事は後で私が取りに行く…使用人は不要だ!部屋でとるから、用意だけ頼む!」



そう言うと、アスターはハルを抱え、ドスドスと階段を登って行き、そのまま、新しく用意されていた夫婦の部屋へと消えて行った。



その後をポカンと見守っていた使用人達はステラの声にハッとなる。


「ハル様…嫁がれて早々…ラナンクル侯爵邸に戻ってしまったりしないわよね…?」


一同は、ハルを『どうやったらフォルテナ伯爵邸に縛り付けておけるか?』…という事を各自で考え始めながら、持ち場へと散っていった。




 部屋に入ったアスターはハルをベッドに降ろすと、未だ熱い視線を送って、小さく彼女の耳元で言った。



「ハル…大丈夫だ、()()ソフトSだから…。」


アスターの一人称はいつの間にか『俺』になっていた。


「ソ、ソフト…?」


「つまり…奉仕は、怪我をしない範囲だから!」



何のことかわからない可哀想なハルリンド…。


ニッコリ微笑むアステリオス・シザンザス・フォルテナ伯爵がゆっくりとハルの唇に己の唇を重ねる。

それっきり、彼女の言葉は封じられた。





 その後、フォルテナ伯爵邸の夫婦の部屋からは、ハルの悲鳴に似た叫び声が幾度となく、響き渡る事になる。

その叫び声は三日三晩続き…新婚旅行は延期となった。



実家に帰ると言い出さないか、使用人達はハルに対して不安を抱えていたが、一体、どう調教されたのやら…二人は、後々、社交界一のおしどり夫婦と噂されることになる…。



 フォルテナ伯爵家に嫁に来てくれたのが、のんびりしているハルリンドで本当に良かったとホルドは、その日も思うのであった。



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