73.プロポーズは永遠に。
「…そういうわけで、アスター様が純粋に私なんて愛してくれるわけないし、自分が冥界貴族の血を引いていて、出自が明らかになったから『好きだ』と言ってくれたのではないかと思ったのです。」
ハルは勇気を出して、今までのアスターへの不信感と自分が臆病だったことを包み隠さずに話した。
自分の言ったことでハルを不安にさせた張本人のシルヴァスは、アスターに一瞥され、気まずい顔で黙っていたが…侯爵とアスターには、シルヴァスの言うことなど、ありえないとわかっている。
わかってはいるが、そこは二人とも否定せずに、ハルの話だけに耳を傾けていた。
真摯な瞳を向けて話を終えたハルにアスターは言う。
「つまり君は…私が君自身に魅力を感じたわけではないと思ったのだな?」
「はい、私は冥界では流行らない容姿だと聞いていましたし…アスター様も本来は18歳になったら、早々と自分と縁を切りたがっていると思っていたので。」
「…それに関しては、何度も言った通り、私が愚かだった。私はただ、自分の花嫁にしようなどと言う不純な動機で少女を引き取ったと思われたくなかったのだ…。しかし結局、君の魅力にやられて虜になったけどな…。」
アスターは大きな肩をつぼめて見せた。
男性らしく太い形の良い眉が八の字になっている。
「だが、信じて欲しい。私は君が何も持っていなくても本当に愛している…。君の気持ちをずっと聞きたいと思っていたが、ハル…もう言わなくてもいい!」
「はい?」
ハルは一瞬、焦った。
アスターはもう、自分の事はどうでも良くなったのかと…。
しかしアスターの気持ちはこうだった。
「だって、君の話を聞くと…君は俺に自分自身を愛して欲しかったというのだろう?何よりも誰よりも…自分を思ってほしいと言っているように聞こえたのだが…?ならば今の話で、答えをもらったようなものだ。」
ニッと笑みを作る伯爵の分析に、耳までハルは赤くする。
「えっ?あっ…そう言うことに…⁈」
自分の説明だと、確かにそう言う事になる。
ハルは今更、自分がアスターの一番になりたいと嫉妬めいた告白をしたことに気付いた。
「ハル、俺は元々、君自身を愛しているし俺の唯一は君しかいないのだが、君が望むなら、それを示そう…。」
いつの間にか、また自分を『俺』と呼ぶアスターの言葉にハルは、萌えすぎて居たたまれない。
そんな二人を温い眼で侯爵とシルヴァスが見ている…。
シルヴァスは、荒かった呼吸もとっくに元に戻っていたが、二人のやり取りを見ながら馬鹿馬鹿しくて、何も行動できずに固まっていた。
侯爵に至っては、忠犬〇チ公の銅像のように更に凝り固まっていて、身動きもせずに両目を瞑っていた…。
そんな取り込み中の四人の間に、冥王の使者がやって来て声を掛ける。
彼はとても慌てた様子で額に汗を浮かべていた。
「ラナンクル侯爵様!ハルリンド様!!こんな所にいたのですか…。すぐ来てください!」
使者はあちこち探し回ってくれていたのだろう。
随分と急ぎの様子で、息を切らしている。
使者の薄くなっている髪が、額に束になってバーコード状に張り付いているのを見ると『何だか、とても気の毒だ…』とハルは思った。
息を思いっきり絶え絶えにしているにも関わらず、使者は私達に冥王様の伝言を告げる。
「冥王様がお呼びです。広間で、ハル様を正式にラナンクル侯爵家の令嬢であると認める儀式をして、ご来場の皆様に紹介したいとの事です!!」
『ああ、そうだ。その儀式があったのだ!』と、ラナンクル侯爵は急いで、ハルの腕を取った。
「アスター君、悪いけど僕らは行くので、続きはまたね!シルヴァス君、失礼するが…君は、地上で可愛い子見付けた方がいいよ?個人的には僕、君を気に入っているから気を落さないでね…まあ、うちの孫は望み無いけどさ。」
後に残していく二人を振り返って、侯爵はそう言いながら、ハルの手を引いて、いそいそと使者の案内する方向に消えて行ってしまった。
後には、ポカンと口を開けるフォルテナ伯爵とその親友・シルヴァスが再び置いてけぼりをくらって残っているだけである…。
それから、ハルと侯爵が広間の舞踏会会場に戻ると、二人を呼びに来た使者に連れられて、冥王の座っている付近で待機させられる。
冥王は二人が会場に入ったのを視止めると、数分、間をおいて、案内や進行を務める者に目で合図を送った。
「会場にお集まりの皆様、お楽しみの所ですが、ここで冥王様より皆様にお知らせがございます!」
進行役の者が会場全体に届くように声を上げると、その場に居合わせた招待客達が最初、ざわざわと注目しだした。
だが、冥王がスッと立ち上がって手を挙げると、一同は一斉に口を結び、黙ってその言葉を待つため、静寂が訪れる。
そこで、冥王が口を開いた。
「皆の者今宵は、よく集まってくれた。楽しんでくれているようで何より。そこで、そろそろ盛り上がっている所だろうから、今日は我々、冥界貴族社会の新しい仲間を紹介しようと思う。」
冥王様がそこまでしゃべると、私達の方に目配せをする。
すぐに先程、祖父と自分を呼びに来てくれた使者が声を掛けた。
「さあ、侯爵、ハルリンド様、こちらへ…。」
使者に促されるまま、私達は場を移動し、更に冥王様の近くに移動した。
「先日、ラナンクル侯爵の令嬢ラズベルに娘がいる事が判明し、侯爵はこの娘を自らの孫娘であることを認知した。よって、我が冥界を支える一族の一員として、この冥王も娘を認めよう!おいで、ハルリンド。」
冥王様に呼ばれて、ハルは一人で一段高い檀上の上にいる彼女の前へと出る。
壇上の横に侯爵は立ち、その様子を見守った。
「ハルリンド…我はこの世界を統べる冥王として、お前をこの世界の一員であり、ラナンクル侯爵家の令嬢であり、後継であることを認める。」
王の証である杖を高く掲げ、冥王が頭を垂れるハルに頭上にそっと振り下ろす。
ハルは内心、こんな風に冥王様に冥界の一員であると認可されてしまって、『本当に地上にも戻れるものなのか?』と不思議に思ったが、祖父は自分の孫だと認めてもらうだけで、無理に侯爵家を継ぐ必要はないと言っていた…。
だから、それは又、何らかの手続きを踏めば何とかなるのだろう…。
(実際はもう、どうにもならないのだが…地上育ちの純粋なハルはそう信じていた。)
儀式中、彼女がそんな雑念に囚われていると、冥王の振り下ろしている杖がショートしたように、一瞬、金色にハルの頭上で輝いた。
杖は元にされ、彼女は王の許しを得てから、頭をあげる。
会場からハルとラナンクル侯爵に向けて、一斉に拍手が巻き起こった。
「皆の者、ハルリンドを宜しく頼むよ?さあ舞踏会の続きを始めようか。」
冥王様がおどけたように笑って、ハルの肩に手を乗せながら、そう声を掛けた瞬間…。
どこからともなく、いきなり不躾な声が響いた。
「冥王様!ちょっと宜しいですか⁉」
会場中の視線が、その声の主に集中する。
その瞬間、ハルとラナンクル侯爵が目を丸くした!
大きなよく通るその声の持ち主は、アステリオス・シザンザス・フォルテナ伯爵だったのである!
和やかな杖の認める貴族の仲間入りの儀式は、普通は冥界貴族社会に正式な貴族として、デビューする際に行われる。
だが、その最中や終了後すぐに、誰かが冥王に向けて声を掛けるなどと言うことは今までに無かった。
…というか、ありえない。
アスターは皆の注目する中、冥王とハルの方へズンズンと突き進んだ。
そして壇上の前、ラナンクル侯爵と同じ位置に立つと、冥王に向けて再び口を開き始める。
「冥王様!不躾なのを承知でお聞きください。そこにいるハルリンドは現人神希望なのです。」
「何?」
いきなり何を言い出すかと思えば、冥王に向かって、確かに不躾な内容をフォルテナ伯爵が言い出した。
会場を見守る貴族達がザワザワと騒ぎ出す。
ラナンクル侯爵は、凍り付いたように目を見開いたまま、硬直した。
そして刹那、思った!
会場の一同に溶け込んでいるシルヴァスと共に…同じことを!
「あんのぉ!朴念仁!!何てことをし始めやがる⁈」
(シルヴァス&侯爵、心の声・合唱)
二人の動揺する心の声をよそに、アスターは言葉を続ける。
「そして、私はそのハルリンドを愛しています!よって、それを示したい。冥王様、私はハルと一緒に地上で生きる選択をします。フォルテナ伯爵家の爵位を返上させて下さい。できれば、屋敷の使用人達のこともありますし、私の後の伯爵は弟を推薦しますが冥王様に一存致します。」
会場が白けたように静まり返る中、アスターは冥王に深く頭を下げた。
「このような勝手、前代未聞かもしれませんが、どうぞ許可をお願い致します。」
全冥界貴族等を前にしての『爵位返上宣言』に、目の前のハルは驚きのあまり、青ざめて微動だに出来ないほど凍り付き、そして、アスターの顔を凝視する。
…というか、そこにいる全員が度肝を抜かれた。
客席でそちらを見守っていたシルヴァスは、顔を青くして白目を剝いている。
口から泡を吹くスレスレの状態に陥っているのだ。
当然だ…自分がハルを翻弄するようなデタラメの思惑を、アスターが持っていると彼女に勘違いさせ、その彼女の信頼を得るために、アスターがこんなありえないバカな行動をとっているのだから。
宣言を受けた冥王でさえ、次の言葉が出ずに、己の頭の中を整理するべく動きを止めていた。
シーンとした静かさが保たれる中、フォルテナ伯爵だけが何事も無いような顔をしている。
そして、驚きのあまりと自体の重さを考え、青ざめ固まっていた体を一転させて、震え始めたハルの方に伯爵は近寄って、その手を取った。
彼はじっと彼女の青紫の瞳に視線を合わせると、目が逸らせないような真っすぐで邪気など欠片もないような美しい自分の緑色の眼を優しく細めて、悔いなどまるでないような満面の笑みを作る。
「ハル、屋敷のことは心配しないで良い。万が一の事を考えて、ホルドにはこうなるかもしれない事を話してある…家の者達も納得している筈だ。」
「い、いけません…アスター様、私なんかの為に爵位を返上するなんて!」
「だが、そうすれば、私が伯爵家よりも何よりも君が大切だと…わかってもらえるだろう?他にも何か捨てろというならば…君の愛が得られるために何でも手放すよ?現人神になれなくても、ただの地上の人間になったって構わない。だから、ハル…。」
言いかけたアスターの言葉にハルはギクリとする。
「だから、ハル…。どうか私の愛を受け入れてほしい!結婚してくれ…君以外は何もいらない。愛している。」
アスターの言葉にハルの大きく見開かれた瞳に涙が浮かんだ。
伯爵はそれを愛おしそうに眺め、跪いて彼女の答えを待った。
次の瞬間、ハルはその涙を拭いながら、儚い花が咲いたように一生懸命笑顔を作った。
その涙は嬉し涙で、それを我慢するように一生懸命笑顔を作ったのだ…。
「アスター様、ハイ…受け入れます。私の方こそ、あなたが好きです。」
その瞬間、会場から『ワアアアァァァッ』という歓声が巻き起こり、握手が嵐のように鳴り響く。
ハルは赤い顔をしたが、すぐに元の顔色に戻すと、冥王に向かって膝をついた。
「冥王様…フォルテナ伯爵様は爵位を返上と申しましたが、私は冥界で生きていく所存です。伯爵がこのような無礼を働いたのは、全て私が臆病で愚かだったことが原因です。私はどんな罰でも受けますので、爵位の返上は無かったことにして下さい。」
「ハル!何を言うんだ。冥界に残りたくなったというなら、私も残るが別に君が罰を受ける必要はない!私は爵位など手放したって構わないんだ!!冥王様、それでも罰をご希望なら私が受けます。勝手に無礼を働いたのは、私の一存ですから。」
ギリリと睨みつけるように、アスターは冥王を見た。
会場の誰もが青ざめながらながら思う!
「爵位無しで冥界に住むって言ったら、一般庶民としての冥界人になるつもりか?」
「こんな強力な冥界神の能力を持って、強そうな一般冥界人なんて嫌だ!!」
「っつーか、こんな怖そうな領主より強力そうな庶民など…うちの領土に来てほしくない!!」
会場の冥界領地の管理を行っている貴族達はすっかり慌てる様子を隠しながら、脂汗を流し始めた。
そこで、今まで時が止まったように押し黙っていた冥王がフッと笑う。
更に『クックック』と笑いだしそうになるのを我慢しながら、二人に令した。
「落ち着け!二人とも…私は罰など与えない。冥界神(男)が、恋に狂ってありえないことをするのは、もはや冥界の伝統のようなものだからな…今更、前代未聞の行動をフォルテナ伯爵がしたって、冥界の者ならば正常なのだろう?」
『クッ』とそこで、冥王は又一息、笑いを噛み殺して続ける。
「まあ、犯罪めいたことをしたら、処罰しなければならないが…お前達のしたことは大したことではない…結局は。」
「冥王様!」
ハルリンドは縋るように手を前に組んで冥王の先の言葉を待った。
「結局は、公開プロポーズをしただけだからな。アステリオスの爵位返上は、ハルリンドにその気がないとのことで、聞かなかったことにしておいてやる。フフフ…。」
「冥王様、心の広い対処に深く御礼申し上げます。」
傍にいたラナンクル侯爵が深く頭を垂れた。
「良い、デュラント…それより、せっかくできた孫娘の婿が早々に決まって良かったな。これで、ラナンクル領とフォルテナ伯爵領は、しばらく安泰だ…冥王として、喜ばしき事!アステリオス、ハルリンド末永く、頼むぞ。二人を祝福しよう!」
再び王の証である杖を高らかに揚げて、冥王が宣言すると、会場から大きな拍手と『おめでとう!』という無数の言葉が、ハルとアスターに向けて降り注がれた。
本日二度目の公開プロポーズは、会場出席者全員と冥王の前でのド派手なものとなったが、その分、誰よりも多くの祝福を浴びながら、二人は一層の幸福を感じることになった。
後々、二人のこの公開プロポーズは、冥界貴族の間でロマンティックなロマンスストーリーとして末永く語り継がれる事になるのである。
ようやく、ここまでこぎつけました!
次回、完結になる予定です。
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また、番外編など、少し間を空けて更新するやもしれませんが、どうぞよろしくお願い致します。




