69.冥界貴族青年に囲まれて
舞踏会会場に戻ったハルは、祖父である侯爵の知り合いという貴族に次々と紹介された。
どの王侯貴族も皆、感じの良い素敵な方ばかりで、誰しもがハルを褒めたたえ、歓迎してくれる。
一通り、自分の知人を紹介して歩き、少し休憩をしようと、祖父が飲み物を取りにハルの元を離れた瞬間だった。
すぐに、ハルは若い青年貴族たちに囲まれてしまう。
「こんばんは。ラナンクル侯爵のお孫様だと伺いましたが、あなたのお名前をお聞きしても宜しいでしょうか?」
「先程からあなたの神気にあてられたようです。勝手ながら、私達は相性が良いのではないかと思います。是非、お見知りおきを…。」
「失礼、あなたにダンスを申し込みたいのですが…。」
祖父が消えたと見るや否や、次々と男性陣から掛けられる言葉に、眼を回しそうになるハルだったが、姿勢を正し、何とか声を振り絞って、今は祖父を待っているのだという事を告げる。
「私はハルリンドです。片親が現人神なので名字は現世で夜雲と名乗っています。冥界の方ではハッキリしたことが、まだ言えません。神気の相性などはよくわかりませんが…祖父を今、待っているので動けないんです。けれど、ダンスには誘って下さってありがとうございました。」
男性陣の待ったなしの声掛けに、全て一瞬で対応する機転を見せると、ハルよりずっと年上であろう寄ってきた独身青年達は一層、彼女のことを気に入り始める。
中には、昔のアスターのように天使のような明るい毛色の女性を好む者もいたが、比較的女神の方が少ない神々の世界では、冥界貴族社会だって例外ではなく、独身の若い女性というだけでも自分を見知ってもらおうと彼らは寄って来るのだ。
直接、その女性が好みでなくとも、親しくしていれば、彼女の友人などでステキな女性を紹介してもらえるかもしれないという下心からの行動である。
しかしそんな男達でも、近くで見るハルの表情やしぐさの可愛らしさと相反する透明感のある気高い雰囲気に、心を鷲掴みにされたようにボーッとなっている者が大半だった。
自分の好みとは別だとしても、良い物はやはり良いのである。
そもそも独身の若いハルのような令嬢は数えるほどしかいない。
ハルは今回、初登場の令嬢な上に、ラナンクル侯爵という高位の貴族の孫娘なのだ。
金髪娘のような派手さは無いが、やはり目立っていた…。
毛色は地味でも、ハルの容姿は凛としていて冥界神らしく、しっとりとした美しさを持っているし、そのシックな髪だって紫がかっていて、とても珍しい。
その紫の髪を侯爵の勧めで、本日は纏めて、うなじを晒しているが、男達はそのうなじを熱に浮かされたような眼でハルにわからないように盗み見ていた。
耳の横に少しだけ、垂れ下げてクルクルと巻いた髪が可愛らしくも色っぽい。
髪の所々にドレスに合わせたラメを光らせるようにしており、ハルの髪は所々に朝露が光っているみたいに見えた。
上の方で髪を纏めるために使っている見事な装飾の銀色のピンと小さなティアラを連想させる真珠のカチューシャが上品に主張せず使われているのも、よく似合っている。
今日のハルの出で立ちは、社交界でも結婚する前は、伊達男で大変な洒落者だったラナンクル侯爵の見立てである。
彼女のドレスは白が基調だが、銀糸のラメ入りの生地に所々青銀の金粉をちらし、全体的にゴテゴテと飾りすぎずシンプルに仕上げたものだった。
胸の部分は開きすぎず、程よく開いており、揃いの生地でチョーカーが付属している。
更に小さいけれど上等な一粒ダイヤのネックレスを、これまたシンプルに胸の谷間の上に飾る。
腰のあたりには、ワンポイントとして印象的にドレスの生地同様の薔薇の花を模した飾りがついており、その花の部分から服にドレープを作るように絞るデザインになっている。
更にこのドレスは、胸はさほど開いていないのだが、背中の方は随分と見えるデザインになっていて、ハルの華奢で柔らかそうな素肌は晒されていた。
その肌から、本人は知らないが若い娘の花のような良い香りが微かに香るようで、すれ違ったり至近距離にいる男性は、たまらずクラリとしてしまうのだ。
まさに、侯爵が計算したであろうあざとい身なりとハル本人の純真さが、相乗効果を醸し出し、完全にハルの魅力を引き立てている。
ハルはうまく青年貴族達をあしらいながら、祖父を待っていたが、恐れしらずな若者(見た目)が、突然ハルの腕を取り、『一曲だけですから!』と強引にダンスに連れ出してしまった。
「一曲終わってから、戻れば大丈夫ですよ。こういう所だと、次々と誰かに話しかけられてしまい、思ったよりも、すぐに戻って来れないものです…侯爵閣下もすぐに戻られないと思いますから!」
そう言って、その男性はダンスフロアに躍り出ると、ハルの腰に手を回した。
「強引に連れ出してスミマセン。でも、ずっとあの中にいたら、あなたは僕の事を見て下さらないでしょう?それに話も出来ませんので…もっと、あなたのことを教えてほしいな。」
咄嗟の事で、ハルは強引なその男に一言も言い返すことが出来なかった。
二人は始まったばかりの曲に途中から加わって、クルクルとスピード感を付けつつも華麗に舞う。
どうやら、強引にダンスに誘ってくるだけあって、彼はダンスがうまいらしい。
ハルもなかなかの踊り手だったので、いつの間にかフロア内の二人は、とても目立っていた。
自分の腕には自信があったが、まさか誘った相手の女性のダンスがこれほどだったとは想定外だった男性側は、目を丸くして嬉しそうな表情になる。
「あなたは素敵なだけでなく、ダンスもお上手ですね!僕も体を動かすのが好きなんです。やはり、あなたとは息が合いそうだと思ったんですよ…どうでしょう?僕と正式にお付き合いなどして頂けないでしょうか?」
彼が踊りながら、彼女に交際を申し込んでいた時だった。
自分の後方から、ハルは『ストップ!』との声を聞く。
足を止めて、踊る二人がそちらを振り向くと、そこにはシルヴァスとアスターが立っていた。
「ハル、君はちょっと眼を離した隙に、また冥界神に眼を付けられているんだね…申し訳ないけどそちらの色男には退出願います。既にその子の争奪戦は始まっていてね…立候補者はもう締め切っているよ?一足、遅かったね!」
シルヴァスが憎々し気に、ハルのダンスの相手を視線で射抜きながらそう言い放つ。
続いて、アスターも黙ってはいない。
こういう所は親友だけあって、本当に息がピッタリのアスターとシルヴァスだった…。
「ラナンクル侯爵はどうされた?君はハルをダンスに誘うにあたり、祖父でありエスコート役の侯爵に断ったのか?よもや、勝手に彼女を連れ出しのではあるまいな?彼女と交際をしたいなら、まずは侯爵に許しを得るのが筋だ。」
「そのつもりだったのですが…傍にいらっしゃらなかったので、戻ったら、お許しを得ようと私は…。」
男がふてぶてしく言い返そうとすると、アスターの緑色の瞳の色が一瞬、変わったように見えた。
その刹那、男は硬直したように口を結んで動かなくなる。
追って、アスターは口を開いた。
「だったら、さっさとラナンクル侯爵の元に行って来い!侯爵が君の申し出を受け入れてくれるかは謎だがな。私は侯爵から既に彼女とダンスをする許可を頂いていて…口説いている最中だ。新参者には…悪いが…今すぐ、消・え・ろ。」
男性より頭一つ以上も大きなアスターが、凄むように近付いて来ると、彼はハルから手を離して早々に立ち去って行った。
「し、失礼しました…フォルテナ伯爵。」
ハルは立ち去る男の姿を申し訳なさそうに見ていたが、すぐにアスターに手を取られて、視線を元に向けさせられる…。
アスターとハルの眼が合った。
フォルテナ伯爵は貴族らしく礼服を着こなして、髪をセットしている…真摯な瞳の色は既にいつもの綺麗な緑色に戻っていた。
こうして、いつもより数段、男っぷりの上がっているアスターにまじまじと見詰められると、ハルは恥ずかしくて目を逸らしたい衝動にかられる。
しかし、ハルがそうする前に、アスターが彼女に声を掛けた。
「綺麗だな…ハル。ラナンクル侯爵が君の衣装をプロデュースしたのか?さすが侯爵だ…。今言った通り、既に君のお爺様にダンスの許可は取ってあるんだ…だから、一曲、私とこのまま踊ってくれないか?」
アスターが丁寧に紳士らしいお辞儀をして見せた。
相変わらずだが、どうしたって、アスターは物語の王子様には見えないが、姫君を守る屈強な騎士のようには見える。
当然、かっこいい騎士に誘われて、嫌な気がする女性なんていないだろう。
ハルはお決まりのごとく、頬を染めて、お辞儀の為に一度離れたアスターの手を取ろうと、自分の手を差し出した…。
「パシッ。」
その時…例のごとく横からシルヴァスの手が出てきて、ハルの手を取った!
(どこかで見たシーンだとハルは思った。)
そのまま、シルヴァスはハルの腕を自分の方に力強く引いた。
ヨロリとよろけるハルの体に手を回して支え、颯爽とダンスのリズムを体に刻むと、始まった次のダンスの小節の最初から勢いよくステップを踏み込み、そのままたくさんのダンスペアの波に呑まれるように、ハルと二人で、その中に加わってしまう。
踊りながら、アスターに投げ捨てるような言葉を残して…。
「以前は、君にハルとのダンスを先こされたからね!今日はお返しに僕がファーストダンスを頂くよ?侯爵がハルを探しているかもしれないから、君はハルが無事だって伝えに行きなよ。じゃあね!」
ニヤリと不敵に笑うシルヴァスの顔…。
アスターよりはスレンダーで一回り小さいが、ハルに比べればずっと長身の彼の表情は、ぴったり寄り添うように体を重ねる彼女からは、まるで見えない。
アスターは歯ぎしりをしたが、確かに侯爵が心配しているかもしれないと思い、ダンスフロアから離れて歩き出した…。
シルヴァスは風のように早く舞い、フロアをハルと二人で駆け巡る。
「ファーストダンスは僕のもの…最後もきっと、君を掠め取れればいい。」
心の中で、そう口ずさみながら、シルヴァスはハルをリフティングして見せた。
今日の彼女は、恐ろしく輝いている…綺麗だ。
あのラナンクルのジーサンは、大した貴族だ…男としてもセンスがいい。
朴念仁のアスターと違って、彼女の魅力を最大限に引き出している。
ハルを一人にしたのも、もしかしたらちょっとした粋な計らいを演出したのかもしれないな。
まあ、その計らいは100%、僕の為ではないことは、わかっているが…。
さあ、僕はハルを奪われないように、今から警戒しなくてはならない。
いつまた、アスターが戻ってきて、ハルを連れ出そうとするかわからないからな…。
プロポーズをすると宣言までしたんだ…くれぐれもハルとアスターを二人きりにしないようにしなくっちゃ。
いつも僕がついていたら、プロポーズなんてさすがにやりづらい筈だ。
バカなアスターだ…わざわざライバルに宣言なんてしてさ…。
妨害するってわかっているのに、どこかそう言う所がアイツには、あるんだよな…。
ダンスに乗じて、ハルの体をしっかりと抱きしめながら、シルヴァスは実に複雑な表情をしていた。




