6.学校入学は順風満帆
伯爵邸へ引き取られた次の日、朝食を終えると、私は当主のアスター様と一緒に各界からアクセス可能となっている異空間にある現人神養成学校に赴いた。
アスター様は、窓口の学校事務職員に私の今までの経緯を話し、入学を希望していることを伝えた。
すると職員は『少々お待ちください』と言って、どこかに電話をした。
(レトロな伯爵邸と違って、ここは随分と現代的だ…。)
しばらくすると、一人の教師が現れて、事務員に彼に付いて行くようにと促された。
(※教師専用のバッジをつけているので職業がわかる)
眼鏡をかけた、優しそうな教師だった。
白髪だけど人間年齢で言うと30代中盤位だろうか?
「はじめまして。私は二年生の主任を務めております、カートリルです。事の経緯は先程、電話で聞いております。」
ハルとアスターを連れて校内を案内しつつ、教師は歩きながら、そう語りかける。
続けて彼は、ハルとアスターにこう言った。
『私の方から学園長にも伝えましたので、
これから早速、学園長殿の所にお連れします。
二年近く、後れを取ってしまっていますから、
まず特別補修クラスに入り、
追いつくようならその段階で二年生に交じりましょう。
あまりにも遅れが酷ければ…
一年生からやるということもできますが、
施設でもある程度は学習されていると思いますので、
まずは、お嬢さんの現状を確認しなければ、
何とも言えませんね…。』
教師の言葉を聞いていた二人が、黙って頷いた所で、目的の場所らしいドアの前に辿り着いた。
学園長の部屋だろう。
ここまで案内をしてくれた教師・カートリルは、校長室と思われる部屋の前で、ノックをしてから、すぐにドアを開けた。
するとそこには、鏡の前で身だしなみチェックをしている…美形(人間界の流行り風に言うならばイケメン)がいた。イケメンはそのままの姿勢で数秒、固まっていたかと思うと、口を開いた。
「カートリル…、いつもいっつも言っているだろうが!ドアをノックして、中から入っていいと返事を聞くまでは、開けるなと!!お前、それでも教師か?!」
イケメンは、小刻みに震えていた。
カートリル先生は青い顔をしている。インテリ眼鏡ではなく、眼鏡ドジっ子担当だったようだ。
気まずい雰囲気の中、アスター様が沈黙を破って咳払いをする。
「コホン。」
鏡の前の男はハッとして、気を取り直したように私たちの方を向くと、何事も無かったように、にこやかな表情を浮かべた。その変わり身の早さには舌を巻く。
「やあ、待っていましたよ!私はここの学園長を務めるガブリエル・リリューです。我が校は新たな生徒を歓迎します。さてこれから私が我が校の事を説明しちゃいましょう。そして宜しければ、そのまま入学書類をここで書いていってしまいなさい!明日からだって通えますから。」
学園長と名乗ったイケメンが、部屋のセンターにある立派な机を指さす。
若く(見え?)て、ロングの髪は銀の巻き毛になっていて、美形を絵にかいたような中性的物腰の学校長先生は、すごく明るくて、すごく軽い人くて、オーバーリアクションな方だった。
話をしているうちに彼は、
「ハルさん!大変だったのですね。」
と同情しながら、抱きつこうとするし…。
伯爵であるアスター様が透かさず間に入るのだが…。
「ハルリンド!可愛いお名前ですね。あれあれ~、名字は無記名なのですね。」
一々、記入したことに反応したりするので、保護者として書類を仕上げているアスター様が、ペンを
止めては煩わしそうに、『今度は何か?』というような視線を送っていたが。
本人は全く気にせず(気付いていない…?)、どこ吹く風である。
ようやく、アスター様が最期の必要書類にサインを終えると、学園長は盛大に両手を広げて、
「おめでとう!夜雲ハル=ハルリンドちゃん。今日から、君はここの生徒だよ~。」
と叫んだ…。
ハルリンドちゃん?
「途中入学になって不安だろうけど、安心してね。うちの学校の子は、みーんな良い子で、君みたいな子もいっぱいいるよ。それに何と、特別補修クラスの担当はこの僕が直々に担当してるからね!」
「・・・・・。」(伯爵・ハル)
「保護者さんも大船に乗ったつもりでお任せ下さい!何、すぐに普通学級の同学年の子に追いついちゃいますよ。僕、教えるのうまいですから。ハハ!おいカートリル、何ボサ~ッと突っ立ってる?お茶でも淹れてこい。」
眼鏡教師の方に一瞬、険しい顔で振り向くと学校長先生はすぐにこちらに向き直して、ニコニコとした顔を見せた。二重人格かというような変わり身だ。真の教育者は、生徒のみならず部下の教育にも余念がないようだ。
その後、大至急カートリル先生が持ってきた紅茶を飲みながら、学校での規則や学生生活についての説明を受けた。
その際も、カートリル先生がソーサーにお茶がこぼれているとブチブチ言われていた。
仕事をするって大変なんだな…とカートリル先生を見ながら、ハルは思っていた。
流石は現人神の学校。
人間用の学校と違って、先生も個性派揃いなんだろう。
きっと、生徒も違っているのかもしれない。
学校は男女完全別学で男子生徒は卒業生全員が騎士になるように教育を受け、成績ごとに卒業生はS~Cクラスまでの階級の騎士としての称号を受けるそうだ。
それが卒業証書のようなものらしい。
女子は当然、淑女教育を受けるが戦闘技術なども種の特性に合わせて盛り込まれているそうだ。
クラス分けには個々の能力の特性を考慮しているそうで、一クラスは少人数制の最大15名となっている。
高級女神の中でも特別クラスは、更に少なくて、5~6名のクラスになると学園長は説明していたが…。
私が入るとするなら、最大15名の方のクラスだが、ここでも大体階級別で分かれていて、下の方のクラスは妖怪や妖精の類の系統の子か人間の血が強い生徒が多いとのことだった。
また現人神養成学校で授業を受ける時は生徒たちの大半が人間界に体を置いてきているそうだ。
私の体も既に、冥界の孤児院に移される時、現世の現人神中央総括センター内にある巨大なパズル型・肉体保存装置に棺のような大きさのカプセルに入れられて安置された。
生身の肉体は冥界には入れないので、今も保存中で、その技術は現人神独自のものであり、人間達の科学技術の遥か先を往ったものである。
完全・人間界勤務用に任務を受けていたり、創造された一部の現人神は肉体を瞬時に各界に合わせて作り変えられるらしいが、一般的には肉体を持っている現人神は私のようなパターンがほとんどだ。
他にも、女子部の教師が全て男性で、Aクラス以上の騎士認定を受け、教師資格を有する優秀な者だけで成りたっているということなどを聞いて、驚いたりもした…。
また担任は『永久担任制』で、クラスは生涯に一クラスしか持たず、生徒の卒業後は暇な時間は副担任や学校内の補佐などの仕事をしつつ、卒業生を定期的に家庭訪問し何か問題に当たっていないかや能力の確認、学習の復讐と確認を行いケアをして回るのだということを聞いてハルは目を丸くする…。
人間界の学校とは違う、手厚い指導と対応には、本当に驚いたものだ。
「さて、足りない物は、すぐに揃わなくても構いませんので、是非明日から登校して下さい。何かわからないことがあったら、電話してくれてもいいので聞いて下さい。それでは、ハルリンドちゃん、補修クラスで待ってるから!」
学園長先生は最後にそう言うと、ウィンクして見せた。
何だか『シルヴァスに似た人だな』とフォルテナ伯爵とハルは思っていた。
無事に入学許可も出た所で、ハルは『明日から、早く普通クラスになれるよう頑張るので、宜しくお願いします』と、学園長&二年生の学年主任・カートリル先生に向かって、頭を下げる。
カートリル先生は優しく微笑んでいたが、リリュー学園長の方は、『えらい!何て真面目で頼もしい生徒なんだ。ああ、でもすぐに普通クラスに移っちゃうのも、先生、ちょっと寂しい…』とか何とか、呟きながら一人で頭を抱えて唸っていた。学園長先生の呟きに終結が見られないうちに、アスター様は透かさず、それでは宜しく頼むと言い残して、私を連れて足早に部屋を後にしてしまった。
この後、お仕事があるといっていたから急いでいるのね…。
アスター様は学園長様のことを、決して面倒くさいと思ったわけではないと、自分に言い聞かせておく。
帰りの際、授業中の様子を廊下から覗きながら歩いていると、アスター様は『懐かしいな』と言って小さく笑った。
男子部ではあるが、アスター様もここの卒業生でシルヴァスさんとは、現人神養成学校で知り合ったのだそうだ。
アスター様のお母さまは天使だったけど、天国ではなく人間界で仕事をする現人神として人間に交じって人を正しい道に導きながら、たまに出張で冥界などにも訪れて、浄化が進み天界に対応できる魂の人間をスカウトに来たりもしたそうで、そこでアスター様のお父様に見初められたのだそうだ。
当時は、天使が冥界入りするのは珍しかったとか…。
今では冥界での天使系・女性は人気だけど、アスター様のお母さまのように、混じり気のない天使は珍しく、冥界で暮らす天使や精霊系はアスター様のように冥界人との混血で、たまたま見た目が天使っぽかったりするだけなんだそうだ。
何かよく違いが判らないけど、使える能力が違うってことなのかな?
まあ、これから学校で知識を増やしていけばわかるのかもしれないなと、深く考えずに聞き流すことにする。
アスター様は、『だから自分も冥界人としての暮らしを選んではいるが、現人神としての資格も持っている、地上のセンターで私の肉体も保管されているので、いつか一緒に君と人間界に遊びに行こうか』と言ってくれた。
勿論、『もっとこちらの暮らしに馴染んで、学校も落ち着いてからな!』と念を押して。
明日から学校に行くことが、楽しみになってきた。
アスター様はその後、仕事に向かわれ、私は屋敷へ戻り、ステラと明日の準備や買い物をしに行った…。
☆ ☆ ☆
次の日はすぐにやってきた!
思った通り個性的な生徒たちとの触れ合いは楽しく、自分が孤児であることは、忘れるような日々に変わった。
ハルは、勉強の方も施設で真面目もやっていたので、シルヴァスが言った通り、学校での遅れは特に感じられない位だった。
ただ実地や特別授業の類のものは、やはり孤児院での授業では行うことができなかったので、それらを中心に必死で学んだ。
しかし、どの授業も楽しく、学園長先生は自分で言う通り、教えるのがうまかった。
そして、あっという間に補修クラスの生徒の心を一つに纏めてしまう。
それにどんな疑問や質問も先生は答えてくれる!
…ものすごく博識な教師だった。
ハルは毎日、夢中で過ごしていた。
そのお陰か…一か月程経つと、ついに彼女は普通クラスに移るようにと言い渡されたのだ。
異例なくらい早い移動だと教師陣は褒めてくれた。
…が、ガブリエル・リリュー先生は泣いていた。
「ああ、私のハルリンドちゃんが普通クラスに取られてしまう~。飛ばして教えすぎちゃったよぅ。熱心な子だからつい嬉しくなっちゃったんだよぅ。」
変な後悔を漏らしながらも、最後には普通クラスに行っても、出来の悪い担任に当たっても、今の調子で頑張ってね、と言ってくれた。
『あ、担任が阿保だったら、質問は内緒で校長室に持ってきていいから…』とも付け加えて、それがリリュー先生らしくて、思わず笑ってしまった。
それを眺めながら先生は、『おや、ハルリンドちゃんがカワイイ』と満足そうにしていた。
ハルが普通クラスに移動する知らせを伯爵邸ですると、アスター様や屋敷の皆は喜んでくれた。
ステラから、来週、久しぶりにシルヴァスさんが来ると聞いたので、その際には彼にも報告をしなければ!
両親の死後、学校へ通い始めてから、ハルは少しづつ自分らしさを取り戻していった。
学園での生活と先生の褒め殺しかというような、自分への評価の連続が原因かもしれない。
分析の結果、やはりもしかすると、リリュー先生はすごい教師だったのかもしれないと、ちょっとだけ思った。