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61.お出かけはシルヴァスと。

 アスターとシルヴァスの二人の魅力は、どちらを選べば正解というものではない。


二人とも十二分に、素敵なのだ。


それに二人は正反対なタイプで、どちらも抗いがたい魅力を持っている…。


最初ハルは、強引なアプローチのアスターに心惹かれ始めていたが、急なシルヴァスの告白においても、その胸を高鳴らせていた。


『浮気者のような自分の心がイヤだ…』と思うのだが、胸がときめいてしまうのは、どうしようもない…。


二人の男性の間で、あっちもいい、こっちもいい…と思っているのは、何だか自分が悪い女になった気がする。


人生初のモテ期は嬉しい反面、心労が絶えなかった。


どちらに迫られても、突っぱねる自信がないのだ…。


自分がいかに優柔不断かを、思い知らされた気がする。



 ☆   ☆   ☆



 ハルはその日、約束通り、シルヴァスと人間界・デートに出かけた。



そして、当初の計画通り、午前中は注目作家の作品を見に行き、作品について二人で語り合った。


シルヴァスは、結構な情報通だが、骨董の他、絵画や立体作品についても詳しくて、ちょっとしたハルの質問にも答えてくれるし、彼女の感想についても、親身に耳を傾けてくれた。

聞き上手のシルヴァスといると、自分がいつもより、おしゃべりになってしまうのがわかる。


そのまま、王子様みたいなエスコートで彼は、ランチに連れて行ってくれた。


レストランは美術館にもあったのだが、シルヴァスは予約してあるからと、そこから少し歩いた坂の上にあるお店にハルを案内した。

途中車道を遠ざけて歩いてくれたり、終始、優しく気遣ってくれたシルヴァスは、坂を上り切ると見えてきたお店の前にある噴水に、自分のハンカチを引いて、ハルを座らせる。


そして『ちょっと待ってて』と言って、その場所を離れると、お店に一度入り、何かを持って戻ってきた。



「ごめんごめん!少し早めについたからさ…店に確認して来たんだ。もう少しで用意できるらしいから、それまで、ちょっとだけ待ってくれるかな?」



そう言って、持ってきた何かをハルに差し出す。



「待っている間、向こうに魚のいる池があるから、餌をやりにいかない?」



シルヴァスが差し出した物は紙ナプキンで、中にお店からもらってきたであろうパンが入っていた。

元より動物は好きな方だし、魚の餌やりも面白そうだと、ハルは笑顔で応じた。



「ここは、とても見晴らしのいい場所ね!その池はどこ?…お店の敷地は、向こうまで続いているの?是非、餌やりをしたいわ。」



ハルがそう言うと、シルヴァスはニッコリ笑って、彼女の手を取った。



「こっちだよ。店の裏側にあるんだ。向こう側に行くと下の景色は見えないけど、お店の窓から庭が見えるんだ…そちら側もなかなかいいよ。さあ、おいで。」



シルヴァスの子供扱いのような、淑女扱いのような、微妙なニュアンスとスマートな態度に、ハルは軽く頬をピンク色にしながら、彼に手を取られ、そちらの方向に歩いて行く。

そのまま池の前につくと、赤や橙、白の綺麗な色をした魚が泳いでいた。

それにどこからかとんできたのか、水鳥も一緒になって泳いでいる。



「ハル、パンを少し貸して。」



シルヴァスはハルが持っていた小さなパンをちぎり、更に粉々にするように、細かくしてそれを手に平に乗せて見せる。



「ハイ、これであげやすいでしょ?」


「あ、ありがとうございます。シルヴァスさん!」



こんな事まで、気を使ってくれるとは、さすがである。

ハルは更に顔を熱くさせて、彼の手のひらに乗っているパンくずを一摘まみして、魚のいる池にそれを投げ入れた。

その途端に魚が、パンくずの落ちた場所に集中する。

大群の魚の群れが、一斉にパンくずを口に入れる為、押し寄せて、水面に口を向けると、パクパクしているではないか。

面白いけどすごい迫力だ…。



「うわあぁ、魚って結構、凄いのね…。」



ハルが目を丸くしている、シルヴァスが眉を八の字にして言った。



「まあ、綺麗な色をしていても、意外と魚類は獰猛(どうもう)だからねぇ。これ、大昔の大和皇国の全身の国が、かけ合わせて作ったらしい魚なんだけど、ニシキ鯉って言うんだよ。」


「へえぇっ、そうなんですか?シルヴァスさんて、本当に物知りなんですね。」



ハルはシルヴァスに尊敬の念を抱く。



「そんな事ないよ。僕ら現人神の寿命は体現方法によって色々だろ?僕は神界の命令が下ってから、地上生活用に頑丈な体を創って派遣された一代目で、後任と交代するまで寿命が尽きない。冥界神と一緒で若作りで長生きだ。」



その後、言いたくなさそう~な顔をして、シルヴァスは遠くを見てから、ハルに一言付け加える。



「つまり…君より、うんと年上なだけさ。」


「そ、そうなんですか?ええと、シルヴァスさんて、どのくらい年上なんですか?」


「あは、内緒。そういうわけで、年上だから君より色々な事を知っているのは当たり前だよ。」


「ズルいです!教えて下さいよ。」


「うーん、年寄とか思わない?じゃあ、ヒントだけあげるね…ハルは忘れているみたいだけど、僕はアスターと同い年だよ。まあ、要するにアイツも君から見たらジジイだ!」


「え?ええ⁉」



ハルは、自分の過去の記憶を掘り起こして考えた。


そしてその結果、シルヴァスが軽く100歳など超えているという事実を知る…。

はるか年上の彼から見たら、今年、18歳になるかならないかの自分のエスコートなど、子供といっても、乳幼児のお守にしか思えないのではないだろうか?

顔を大いに引きつらせたハルは、小さな声でシルヴァスに言う。



「さ、詐欺ですよ…シルヴァスさん。そんな若々しいなんて!」



肩をすくめたようなしぐさをしたシルヴァスは、大袈裟に困ったようなフリをして見せる。



「詐欺だなんて…酷いなぁ。神様基準で考えたら、老人じゃないからね?現人神は個人差があるけど、僕みたいなタイプの場合、若手の方の部類なんだ…ねぇ、きっと君と釣り合うと思うよ?」


「ど、どこがですか⁈私は多分、現人神として活動できる寿命は…人の寿命よりちょっと多い位だと思います!」



ハルがそう言うなり、急に真面目な顔をして、シルヴァスが彼女の背の高さに体をかがめて、至近距離に顔を近付けてきた。



「そんな悲しいこと言わないで。ちょっと年が離れているかもしれないけど、このくらいの歳の差、僕らの世界じゃ普通だよ?君が、ずっと人間として育ってたから、感覚がそっちよりなだけだ。」



普段は温和なシルヴァスだったが、今のシルヴァスは、ちょっと怖いような気がするとハルは思った。


だって、目の奥に炎のような色が浮かんでいるのだ。



「シルヴァスさん…あの。」



近すぎる距離に、圧迫感を感じ、離れてほしくて、声を掛けた。

しかし、ハルの声をシルヴァスが遮る。



「僕くらい歳が離れていた方が、包容力もあるよ?それに婚姻を結めば、寿命が離れすぎていた場合の処置として、相手の寿命に合わせて肉体を改造したり…君の場合なら、冥界の寿命を人間界の寿命に変更することできる筈だ。」


「そ、そんなことが可能なんですか?」


「勿論、正式な婚姻を結んで、しかるべき手続きをすることが、条件だけどね!」


「そうなんですか…やはり、地上での婚姻というのは、重要なことなんですね…。」



一瞬、ハルの脳裏には、正式な婚姻を結ぶことが出来なかった両親の姿がチラついた。



「完全に夫婦そろって逝く事は、さすがにできないけどね。ある程度なら寿命を近付けられるということさ。両親を早くに亡くした君は知らなかっただろうけど、そういうわけで、寿命のことはあまり心配しないでいい。」



そう言いながら、熱っぽい眼でシルヴァスはハルの顔を見詰めながら、不意に耳元に唇を寄せて、爽やかな吐息と共に(ささや)いた。



「だから…ねえ。ハル…僕を選んでよ。僕だったら、たっぷり君を甘やかしてあげる…。」



囁いた後のシルヴァスが耳から離れて、元の体勢に戻るのかと思っていると、彼はそのまま自分の唇をハルのほっぺに移動させて『チュッ』とリップ音を立ててキスをした!


途端に真っ赤になって、体を後ろに引き、ハルは顔を上げてやや瞳に涙を(にじ)ませながら、たどたどしく抗議の声を上げる。



「な、な、何するんですかぁー⁉シルヴァスさんてば…い、いきなり!キ、キ、キス、なんて…。」



ハルの狼狽(うろた)えぶりに、一瞬、ポカンとした彼は、次の瞬間、破顔する。



「あははは!何、それ…ハルってばカワイイ~。もう、本当、やっぱり、僕にしときなよ、初心(うぶ)なんだから!!」


「ちょ!どういう意味ですか⁉もう!!シルヴァスさん何か、知らない!」


「いやいやいや、本気で、カワイイよぉ。でも、アスターみたいな冥界神相手だと、やっぱり君には敷居が高いと思うな?ちょっと…もう、そんなに警戒しないでよ。()()()もう、何もしないからさ。」



()()()』?わざわざ『今日は』ってつける辺りが、信用ならない…。

それに、アスター様は、私には敷居が高いって…?



シルヴァスさんの言葉で、タナティスの一件の後、私に対して行ったアスター様の行動を思い出してしまう。



その瞬間、また顔が『ボボン!』と、火を吹いた!



それを見たシルヴァスが、



「今、何を想像したの?アスターのことじゃないよね?だったら、焼けちゃうな…。」



と言いながら、残りのパンをほぐして、今度は鳥の方に投げた。



水鳥は上手にシルヴァスの投げたパンくずを池からすくって食べた。


それから、ハルに残りのほぐしたパンくずを差し出して言った。



()()はもう、()()()()()って、僕は約束したからね…。」



ハルはまだ赤い顔をしながらも、動揺を隠そうと、シルヴァスの差し出したパンくずを手に取り、魚や水鳥に向けて餌やりをした。


 丁度、パンくずが全て無くなった頃に、店から店員が出てきて『用意ができたから』と言って、席に案内してくれた。


その後ハルとシルヴァスは、ランチに舌鼓を打ちつつ、のんびりとした時を過ごしながら、店を出る頃には、いつも通りの雰囲気に戻っていた。


ただ、薔薇園の後に訪れたアイスクリーム屋さんで、ハルが喜んでアイスを頬張る姿にシルヴァスがニヤニヤとしていたが…。



「シルヴァスさん、どうしたの?アイス、私の口についてる?」



あまりにハルの口元をジッと見ているので、一度、問いただした位である。

だが、シルヴァスは頭を振って、ニコニコしながら、



「別に…。」



と言うだけだった。



ハルは『変なシルヴァスさん』と首を傾げながら、またアイスクリームを食べ始めた。


 アイスクリームを舐めるハルの舌を見ながら、シルヴァスが舌なめずりをしたことは、食べることに夢中になる彼女には気付かなかったようだ。




 その日は、そのまま、二人でカヤノに会って、夕飯の時刻にラナンクル侯爵邸に到着した。


シルヴァスは、ハルが夕食に誘うのを断り、また邪魔者がいない時に誘ってほしいと言って、なぜか自分の家では無いのに我が家のように居座っているアスターと侯爵の方を一瞥(いちべつ)して帰って行った。



 窓の外を見ると、シルヴァスがこちらに向かって手を挙げているのが見えた。



ハルは急いで窓を開けて、手を大きく振ると、身振りでわかるように、シルヴァスが彼女に向かって、投げキッスをした…。


途端にまた、ハルの顔が赤く染まる…。


それを黙って横目で見ていた、アスターとラナンクル侯爵の二人は、顔を見合わせたのだった。



 明日は、アステリオスがハルリンドと出かける番である…。

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