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60.恋人候補

 アスターとシルヴァスの熾烈(しれつ)な恋愛戦は火蓋(ひぶた)を切っていた!



「やあ、ハル、今日も可愛いね。そういえば最近、現世に行ってる?良かったら明日は、久しぶりに人間界に遊びに来ない?」



冥界のラナンクル侯爵邸に現人神統括センターの児童専門機関から、シルヴァスは、今日もハルに会いに来ていた。


彼は普段、現人神の孤児を専門に保護しているが、過去に担当してきたことを考慮されて、今も彼女の元に通っているのだ。

人間界以外に身を置いている現人神の権利を持つ特殊な例の少女に、定期的な訪問が必要であるという規則を利用したのである。



「いらっしゃい、シルヴァスさん!人間界に遊びにって?」



その『特殊な例の少女』であるハルは、シルヴァスに問い返していた。



「この所、君はアルバイトもしていないし…冥界ばかりに(こも)っているじゃない?ストレス()まらない?だって君、元々人間界育ちだからさ!」



眩しい笑顔を浮かべ、シルヴァスが言う!

今日も彼の笑顔は、地上の光を思わせるほど、キラキラしている。

相変わらず、金色交じりの少し緩やかなカールのかかった茶色い髪も相まって、ふわりとした柔らかい印象だ。


彼は、風の精霊に近い系列の現人神だというから、情報も早くてフットワークが軽い。

同じ風でも、シルヴァスは春に吹く暖かくて優しい風のイメージだ。

アスター様によれば、時には春の嵐の暴風のように激しい面も持っているし、怒らせると怖いのだと言うが、シルヴァスが本気で怒ったことなど、ハルは一度も見たことがなかった。


しかし、今までは、優しいお兄さんのように思っていたから気付かなかったが、一昨日(おととい)、自分に告白をしてくれてからというもの、すっかり甘~い男性の一面を見せて来る。



彼は、どちらかというと男性的で、その両手に囲われたら逃げられないような野性味を感じさせるアスターとは対照的な()()()でだったが、どちらにしろ、二人とも自分には勿体ない…というか釣り合わないような『美形』だとハルは思っている。



ハルはシルヴァスの誘いに返事をするべく口を開いた。



「そうですね…この所、しばらく人間界に行ってないです。カヤノちゃんとも会いたいし…。地上でどこへ行くとか予定はありますか?」



情報通のシルヴァスの事だから、どこか自分を連れて行きたい場所があるのだろう。

何か、最新情報をゲットしての誘いに違いないとハルは考えた。



「うん、実は美味しいアイスクリーム屋さんを見付けちゃったんだ!人間用の雑誌とかにもまだ載っていないんだけど、近々、絶対注目されると思うよ。」



シルヴァスは、自分の立てたその日の計画について、事細かに教えてくれた。


彼によると、午前中に美術館に行って、今話題の作家の作品を見た後に食事をして、丁度、地上が薔薇(バラ)の季節なので近くの薔薇(バラ)園を散歩してアイスを食べに行くというものだった。



「そのあと、店のアイスをお土産に買って、カヤノちゃんの顔を見に行くのはどう?」



それはハルにとって、完璧な…とても嬉しい計画だった。

アイスクリームは好物だし、美術品には興味がある。

薔薇を嫌いな女性なんていないし、カヤノの顔も見れる。



やっぱり、シルヴァスさんて、本当に気が()いてる!

それにいつも、人のことを良く見て、知っているわ…。

絶対、この人(現人神)はモテる人だわ!!



私は、強く手にこぶしを作り、そのことを実感しながら思っていた。



「素晴らしい計画です!!是非、行きたいです。」



アイスの魅力に夢現(ゆめうつつ)の心地でシルヴァスさんに返事をする私。


そんな現金な私を見て、シルヴァスさんは『ふふ』と笑った。

その笑顔も優しくて、くすぐったい。


彼が告白をしてくれた時から、こうして私との時間を作ってくれて、自分の事を知ってほしいと言ってくれたのだ。



シルヴァスと正式に恋人同士になった女性の未来は、幸福な姿でしか想像できない。


ハルは一瞬、恋人になったシルヴァスとの自分の姿を思い描いて、ポウッとした。



 しかし、そんな彼女とシルヴァスとの会話に割って入ってきた者がいる。



「ほう、それは楽しそうだな…。私も混ぜてくれないか?」



アステリオス・シザンザス・フォルテナ伯爵だ!



「アスター様⁈まあ、いつの間にいらしたの?」



ハルは驚いて、少し高い声を上げる。



「一昨日、この友人にして危険な男が、君に告白などと血迷ったことをしたと聞いてから、居ても立っても居られなくてね、さっさと仕事を切り上げて、ラナンクル侯爵邸にやってきた。」



『血迷った事』とまで言ったアスターの言葉に、ハルは押し黙った。

そして、そのままアスターが会話を続ける。



「案の定、ちょっと私がいない隙にシルヴァス…お前、抜け駆けだぞ!!」



伯爵様の荒げた語気に悪びれすることも無く、不敵に笑う親友の男、シルヴァス。



「アスター、何を言っているんだい?僕はハルとお互いを深く知り合おうって約束したんだ。二人で出かけるくらいは当然さ。そこに混ざりたいなんて図々しすぎるよ。この屋敷で会っても、君や侯爵には邪魔されそうだし…ねえ、ハル…この屋敷は僕の敵ばかりだ。」



そう言って、シルヴァスは甘えるような視線をハルに向けた。



「そ、そうかもしれません…敵とかは、私はよくわかりませんが。シルヴァスさんと二人でお出かけした方が色々なことがわかりそうです。」



彼の甘い視線の先に立つハルは、その熱い瞳に狼狽(うろた)えて、少したどたどしく言葉を紡ぐ…。



「ふふ、ほらね、アスター。ハルだってそう言っている!明日は二人で出かけるから、君は()()()来ないでよね。」


「フン!だったら明後日(あさって)は私と出かけよう、ハル。」



負けずにアスターがハルを誘う。



「え?ええっ⁉」



話の流れからの急な誘いだった為、一瞬、ハルは戸惑った。


彼女の態度に、アスターは片目を瞑って、やや面白くなさそうな顔をして見せる。



「またいつか、一緒に地上に来ようと約束しただろう?」



アスターの言葉を聞いて、ハルは学校の実地試験の前日を思い出した。

あの時は本当にまた、そんな日が来るかどうか、わからないという気持ちもあったのだ。



「は、はい…。」


「何だ、忘れていたのか?」


「い、いえ…あの時は、その社交辞令かと…。」


「はあ?私は君と過ごしたあの日が、本当にとても楽しかったのだぞ。大体、俺は社交辞令など、親しい者には言わない!」



アスターから『()()()()』と聞いて、ハルは思わず、頬を薄っすら染めた。

それから、アスターが自分の事を『俺』呼びしているのに気付いて、多少、自分の事で動揺してくれているのかもしれないと思い、少し嬉しいような、むず痒い気分になる。



「何だい、ソレ…。アスター、自覚は無いのかもしれないけど、言っとくけど、君の方が()()()()だからね!」



シルヴァスが小さく叫んだ。



「はあぁっ⁉俺のどこが抜け駆けだというんだ!抜け駆け野郎は、お前だろうが!!この、プレイボーイの女好き!」



素のしゃべり方なのだろうか。

アスターがいつもの三倍マシの庶民のような言語でシルヴァスを(ののし)った。

『俺』呼びまで出てるし…。


勿論、シルヴァスも黙ってはいない。

狂暴な暴風のごとく、アスターに切り返す。



「女好きとは聞き捨てならないな!僕は一途な男だ。君のような朴念仁と違って、女性に優しいから頼られるだけだよ。女心のわからないような筋肉バカの君に、明後日、ハルを任せるなんて…ああ、心配!僕こそ、明後日はついて行きたいよ。」


「な、何だと⁉」


「何だよ!」



二人は、すっかりケンカ腰になっている。


それをどこから見ていたのか、不意にラナンクル侯爵が現れて、ハルの横に立ち、彼女に耳打ちした。



「あはは。ハル、面白くなってきたねぇ~。しばらく、止めないで見てようか?」


「お、お爺様⁉」


「ん?」


「いつから、いらっしゃったのですか⁈」


「あー、わりと、さっきから?」



そう言って侯爵は入り口の方を指さした。

どうやらドアの陰で隠れてこちらを見ていたらしい。



もう、お爺様ったら、イヤらしいんだから!!



ハルは少し中っ腹で祖父に物申す。



「そんな事を言ってはダメです!!お二人は友達なんですよ?ケンカしていいわけないじゃないですか。止めて下さい!」


「ええ~?」



仲裁に乗り気じゃない侯爵が、駄々をこねる子供のような声を出したので、ハルはピシャリと言った。



「そんな言い方!侯爵家の当主とは思えませんよ⁈もういいです!私が止めます。」



そう言って、ハルはアスターとシルヴァスの言い合いを止めた。


『いい加減にして下さい!!』と。



「もう、仲良くして下さらないなら、お二人とも出て行って下さい!それに明日以降、どちらとも出かけませんよ!」



ハルの一喝で、男二人はピタリと口を閉じる。


そして、数秒置いてから弱々しく二人そろって、再び口を開いた。



「ハイ…スミマセン。仲良くします。」(アスター&シルヴァスの声)


「宜しいですわ!」



ハルは(あご)を少し上に向けて言った。



そんな、一連の流れを傍観しながら、ラナンクル侯爵は少しだけ、目に涙を(にじ)ませている。


先程のハルの言葉を頭の中で反芻(はんすう)しながら…。



『そんな言い方!侯爵家の当主とは思えませんよ⁈』



その言葉に、聞き覚えがあったのだ…。



過去、そんなことを自分に言っていた者を思い出し、『声の調子もよく似ていた…』と目頭を熱くさせる。



『ディアナ!』かつて、自分の愛した最愛の女性…もう同じ世界で会うことができない…女神。



誰にも自分の瞳に滲む熱い何かを悟られないように…と、グッと堪えながら、デュラントは若い三人を見守った。



特にデュラントが、ハルから眼を離せないでいるのは、言うまでもない…。



『孫娘は、本当に彼女によく似ている!』



そう思いながら…。


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