表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/86

58.シルヴァスだって黙っていない!

 担任教師のアレステル・オグマと空き進路指導室に向かったハル。


シルヴァスが自分に会いに学校まで来ていると聞いて、久しぶりの顔合わせに胸が弾む。


オグマ先生に指定された部屋の前まで行くと、(はや)る気持ちでドアをノックし勢いよく開けた!


同時にハルは、その対面が嬉しくてたまらない様子で、部屋に突入して挨拶をする。



「シルヴァスさん!お待たせしてしまってごめんなさい。お久しぶりです。」



勢いよく開いたドアに、シルヴァスは少々、びっくりしたような顔をした。


だが、すぐにいつものような優しい笑顔になってくれると想像していたハルは、逆に驚くことになるのだ。



一度目を丸くしたシルヴァスが、次の瞬間、あまり見た事が無い位に険しい顔で、こちらを見てくるからである。


それが、普段とは違う何かがあったのだと悟ったハルは、嬉しい気持ちが駄々洩れてしまうような、(しま)りの無かった笑顔を封印して、真剣な表情で彼に話しかけた。



「どうしたのシルヴァスさん…?いつもと何か違う顔をしているわ。それに、わざわざ学校まで来て下さるのって初めてね。何か良くないことがあったの?」



遅れて部屋に入ってきた担任のオグマがドアを閉めて、指導室の椅子に着席する。

そして、ついでと言わんばかりに、隣の椅子を引いてハルにも座るように無言で促してきた。

オグマのその動作を見て、ハルもとりあえず、引かれた椅子に腰掛ける。



「オグマ先生、椅子、ありがとうございます。」



オグマはそのまま黙って、(うなず)いた。


シルヴァスは、相変わらず、いつもと違う愛想の欠片も無い表情で、その一連の二人の動きを見ていて、ハルが座った所でようやく口を開いた。



「本当に久しぶりだね…ハル。オグマさんも今日は急に彼女と面会させてもらって、すみませんでした。実はね、ハル…僕も君に『久しぶり』に会いたかったわけじゃないんだ。だって、僕は君に何度も会いに行っていたんだよ?」



一瞬、ハルにはシルヴァスが何を言っているのか、よくわからなかった。



「…ええと、シルヴァスさん、それって、一体どういう事でしょうか?」



ハルはシルヴァスに聞き返した。

担任のオグマは、黙っていたが『ハアッ』と溜息だけついている。



「言った通りだよ。僕はいつだって君を気にかけてきた。だから、ちゃんと会いにも行っていた。でもね…ラナンクル侯爵邸では、僕は毎回、門前払いなんだ。」


「えっ⁈」



咄嗟にハルが驚きの声を漏らすと、シルヴァスは続けて言った。



「一体、これは、どういうことかと思って…迷惑とは思ったけど、学校までこうして訪ねて来たんだよ。来てほしくないのなら、きちんとそう言って、説明してほしいからね。」



シルヴァスの発言にハルは、絶句する。



意味が分からない!

シルヴァスさんは、わざわざ私に会いに、ラナンクル邸に来てくれていたというのだ。


しかし私は、ラナンクルの屋敷でシルヴァスさんが来たという話を一度も聞いていない…。


一体なぜ、シルヴァスさんの来訪を教えてくれなかったのだろうか?



何も言えないでいるハルを横目に対面に座り、険しい顔で彼女を見据えるシルヴァスを一瞥した担任教師のアレステル・オグマが、見かねたようにハルに向けて声を掛けた。



「つまり…ラナンクル邸では、シルヴァス君をハルリンドと会わせたくないんだな。だが、彼は現人神の孤児保護担当者だから、冥界の一存で遮断するのはどうかと思うぞ?センターを通しての訪問なら特にな。」



オグマは少し顔を顰めて言った。



「身内がなまじ、見つかったので関係が難しくなるが…もしも本当にシルヴァス君の訪問が不要なら、本来は門前払いなどせずに、直接、断りを入れる必要があったのではないかな?」



シルヴァスは自分の気持ちをオグマが代弁してくれたので、彼を見て頷き言葉を続けた。


「ええ、オグマさん。僕だって彼女に対して責任があります。訪問の必要ないのであれば、連絡を頂かないと困ります。いきなり門前払いはヒドイでしょう?まあ、僕は侯爵には邪魔者なんでしょうね!」



シルヴァスの言葉にハルは目を見開いた。

そして思わず両手を出して、対面のシルヴァスの手を握った。



「ま、待って!シルヴァスさん、邪魔者だなんて。シルヴァスさんは、ずっと私を気にかけてくれたのよ?お爺様は、そんなことを思ったりしてないと思うわ。」



最初ハルは、声を大にして、そう主張したが、最後の方の言葉は確信が無く、ずっと弱々しい声になってしまう…。

そんな彼女の様子に『フッ』とシルヴァスが笑い、少しイジワルな顔で言う。



「君はそう思ってくれているんだね…でもね、ハル。いくら言っても君には伝わらないみたいだが、もう一度言うよ?確かに僕は、君の事を保護した子として心配している気持ちもあり訪問していた。」



ハルがそこで頷いたので、シルヴァスは言葉をそこで一度、切ってから続けた。



「…それは今でも同じさ。でも、それにプラスして僕は君にもう一つの気持ちを持っている。」


「もう一つの気持ち?」


「ああ、何度も言っているんだけどね。君の事が好きだって…。ねえ、今日は君にもわかるようにハッキリ言うよ。多分、アスターは、君に猛烈にアタックしている気がするからね。僕の『好き』は君に対するアスターの気持ちと同じなんだ。つまり…。」



そこまで聞いていて、オグマが気まずそうに、眼を泳がせて明後日の方向に視線をあわせる。

そんな外野の様子に気を使うこともせず、シルヴァスは、余裕の無さから言葉を続けた。



「つまり、君の事、一人の女性として愛しているんだ。子供の頃から見ていたが、僕は君の気丈な所、頑張り屋な所、大人しくて優しい控えめな性格に惹かれてる。君の全てに恋してるんだ。どうか、お願い…僕の事、そう言う風に見れなくても、この気持ちをわかってほしい。」



険しい表情だったシルヴァスの瞳が、懇願するような気弱な色を浮かべ、疲れの溜まっているような弱々しい姿に変わった。


誰も知らないが、その筈だ…。


シルヴァスは仕事の合間に何度もラナンクル侯爵邸に訪問しては門前払いを喰らっていたのだから。


だが残念ながら、彼の情熱はいつだって思い人には届かなかった。

人生(神生)の大半が、いつも人の恋の応援ばかりに回る羽目になっている…。



「ねえ、ハル…聞いて。僕は神として、貴族級の地位がある訳でも上級神でもない。ただの騎士階級程度の現人神だから君の相手としては役不足だ…それに付けて地上勤務の現人神。侯爵は君が地上の神々や現人神と結ばれて欲しくないんだ。」


「お爺様が?」


「ああ、そうさ。だって、君がそうなように…彼には、君だけが唯一の身内なんだから。」



シルヴァスの語りに眼を逸らしていたオグマが、ようやく顔を元の位置に向け、再び溜息をついて、ボソリと一言、漏らす…。



「ハアッ…厄介だな、冥界神て奴は。確か、暗くて、愛情を持つ者に対しては、しつこいのが特徴だよな?」



ハルは優しい祖父が、自分の恩人であるシルヴァスを門前払いしていたなどという事が、信じきれなかった…。



「まさか、本当に、お爺様がそんな…?」



オグマはハルの戸惑いを落ち着けるように令する。



「落ち着け、ハルリンド。厄介だが、侯爵も悪意がある訳ではないだろう。そういう事をするというのは、シルヴァス君を余程、警戒しているんだな…。」


「警戒?なぜ、シルヴァスさんを?現人神と結ばれて欲しくないとか…どういう意図なのか、わかりません。」


「気休めかもしれんが、裏を返せば、それほどまでに侯爵は、お前に傍にいてほしかったのではないか?」


「先生…お爺様は私に良くしてくれますが、多分、それは母への償いの気持ちからだと思います。」


「それもあるかもしれないが…侯爵は、君の母親を地上に取られたような気持ちになっていたんじゃないか?お前がシルヴァス君と仲良くなって、地上に戻ってしまうのが純粋に嫌だったのでは?」


「そんな…地上に行ったって、たまには冥界のお爺様に会いに行けます。今までだって、一緒に暮らしていたわけではないし…本当はお爺様は私に会いたかったのではなく、母に戻ってほしかったんですよ?」


「それは…そのまま侯爵閣下に聞いてみてはどうだ?自分の思いを相手に告げることも時には必要だ。お前の存在を知ったばかりで、たまに会うだけの存在になるのが寂しいのではないか?」


「先生…。」


「彼は娘を失くし、見た目はそう見えなくても…高齢なのだろう?人の気持ちが変わるように、神の気持ちも移りゆく…最も神は人と違って、ずっと一途だが…。会えば孫娘に愛情も湧くだろう。」



オグマを見詰めるハルにシルヴァスも声を掛けた。



「それはそうだね…ハルは自分を低く見る傾向があるけど、お母さんへの償いだけなら、純粋に君のやりたいようにさせるのではないかな?例えば、本人の意志を無視して勝手に僕を君から遠ざけたりなんてしないよね。」


「シルヴァスさん…ごめんなさい。私を訪ねて来てもらっていたのに…そんな恩知らずな仕打ちをしてしまって…知らなかったとはいえ、私からシルヴァスさんに連絡を入れるべきでした。」


「いや、恩とか…そういう風に思ってもらいたいわけじゃないから。それに、仕事なんだから、その辺は気に病まないで欲しい。僕は門前払いに腹がたっただけだよ。」


「でも、シルヴァスさんはいつも…私の様子を見に来てくれてたのに…最近はいらっしゃらないな…と、どこかシルヴァスさんに来てもらうのが当然みたいに思ってしまっていたんです。それに…。」



シルヴァスは、眼を()らす事なく真っすぐな視線を、ハルに向けてくる。

いつもの柔らかい笑顔の優しい眼をした彼とは違い、少しだけ熱を孕んだように見える男性を意識させるような瞳で…。


それで一度、言葉を切ってしまったのだが、初めて知ったシルヴァスの自分への気持ちと真摯な言葉にハルは、じわじわと彼を意識し始めていた。



どうしよう…シルヴァスさんが、私のことを女性として、あ…愛しているって…。


アスター様と言い、一体、どうしてしまったのかしら?

私なんかを好いてくれるなんて、嬉しいけれども、少しも実感がわかない。

だって、自分がそんな男性に愛されるような容姿でも、可愛い性格でもないのを知っているから…。


自分は甘え下手だし、暗いのだ…将来、それでもいいという人が現れれば、添い遂げるつもりはあったが、まさかアスター様のような貴族やシルヴァスさんのように、優しそうで甘いお兄さん系の素敵な青年に愛していると言われるほど、自分に魅力があるとは思えない。


これは何かの間違いなのではないだろうか?

例えば聞き間違いとか…。


でも、シルヴァスさんのあの瞳を見たら、間違いだなんて、そんな風には思えない…。



ハルは人生初のモテ期という奴に大いに戸惑っていた。


そして深呼吸し、ようやく少し落ち着くのを待って、話の続きを始めようとした。


担任のオグマは、その間、完全に気配を消していたので、シルヴァスの気持ちを理解した動揺もあり、担任の存在をハルはすっかり忘れている。

ずっと担任は隣に座って入るのだが、ハルの眼には全く入っていなかった。

気配を消すという作業も『出来る教師』であるからこその技である…。



「…それに、私なんかを…聞き間違えでなければ恋愛対象として好いてくれるなんて…ありがたいです。でも、私…今はどうしたら良いかわからなくて…シルヴァスさんが言うように、アスター様にも思いを告白されていまして…。」



そこまで言うと、シルヴァスの真っすぐな視線に急に恥ずかしくなって、少しづつハルは下を向き始めた。


けれど、言いたいことはハッキリ言わないといけない!



「私にとっては二人とも、とても大事な人なんです!それに、どちらも素敵すぎて…私には勿体なくて…ドキドキしてしまって…思いに応えることが出来ないんです。」


「つまり、アスターも僕もどちらも好きだけど、どちらも恋愛対象として選べないということ?」


「お兄さんのように、思っていたんです。急に言われると、その…。」


「わかったよ。今すぐ選べという訳ではないから…。でも僕の思いは、今度こそわかってくれたよね?」


「は、はい!本当に信じられないくらい驚いています。ありがとうございます。」



ハルはそう言って、頭を下げた。

シルヴァスは少し驚いたような眼をして、一瞬黙ったが、すぐにいつものように優しくフッと笑って、



「いいよ…でも、君が18歳になるその日までに答えを教えてほしい。もしそれまでに答えが出れば、その時点で、僕かアスターか、それとも、二人とも君のお相手にはなれないのかどうか…正直に教えてほしい。」



と、告げて、穏やかに彼女の手を取った。


途端にハルの白い肌は真っ赤に染め上がった。

先程までは自分から彼の手を握っても平気だったのに…彼の方から握られると、平常心ではいられない。

シルヴァスを前にして、初めての反応だった。

それを眼にしたシルヴァスも少しだけピンク色に頬を染めて、くすぐったそうに笑う。



「フフ、ハルの反応、初々しいな…。一つ、お願いがあるんだけどいいかな?」



ハルは無言でコクリと頷いた。

シルヴァスの言うには、このままだと自分は、ハルに会わせてもらいないので、アスターと比べて、フェアではないから、定期的に会う権利が欲しいというものだった。



「明日、君の学校が終了した後に、ラナンクル侯爵邸を訪問するので、侯爵様に言って屋敷に入れてくれるかな?その辺のことをお願いしたいし…君も僕と定期的に会うことを了承してくれる?現人神の孤児保護員としてではなく…これからは、僕、個人として。」



ハルは急に恥ずかしくなったのか、まだ顔を下に向けて、無言でコクリと頷いた。

その様子を見て、シルヴァスは今日初めての満面の笑みをハルにくれた。



「ありがとう!ハル、僕、君に男として好かれるように頑張るよ!」



そのまま、両手を開き、彼がハルに抱きつこうとする。


その刹那、ブルーグレイの何かがハルの視界を遮った。


オグマ先生が椅子から上半身を傾けてハルの前に、『ズズィ』と飛び出たのだ。


瞬間、シルヴァスはストップしきれずにオグマの肩に軽くタッチして小さなハグをしてしまう…。


二人は、たちまち無表情で固まった…。


シルヴァスは、取り繕うこともなく、『オエッ!』と発声した…。


オグマは言う。



「失礼な男だな。抱きついたのは君の方だろう?大体、教師の目の前で不健全性的行為しようとするとは、いい度胸だ!」


「ええ⁉おもっ(重)!不健全性…?うわぁ、この教師、イヤッ!頭硬い!!普通、この流れって邪魔しないよね。」


「ふざけんな!俺の生徒に手を出すな。あの冥界神どもにも目に余るようだったら…ハルリンド!先生に言いなさい。現人神教育委員会に訴えて何とかしてやる!!」



相変わらず、やり手教師の頼もしさと二人のやり取りに、ハルはつい笑ってしまっていた。


本当に…自分は両親は失ったが、周りの人達に恵まれていると思いながら…。



 家に帰ったら、早速、シルヴァスさんの件をお爺様に問いただしてみよう。



 内容によっては、自分はフォルテナ伯爵邸に戻った方がいいのかもしれない…。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ