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5.引き取られた先は冥界のお屋敷でした。<新しい生活>

 目を開けると…。


優しい茶色の瞳にトーンが暗めの赤茶色い髪をしたメイドの姿が見える。


人間の年齢にしたら、40代くらいだろうか。キレイなお姉さんと言った感じで、卒なく仕事をこなしそうな雰囲気の人だ。

(耳が少しとがっているけど冥界人だろうか?)



「おはようございます。昨日は良くお眠りになれましたか?」



彼女はステラ。

私付きのメイドになったらしい。

昨日、そのように説明を受けた。

今日から新生活が始まる。


 ハルは、見慣れない豪華な部屋のシャンデリアに視線を移して、頭を整理した。



「おはようございます…。ステラさん、あの、朝はあまり得意でなくて…今、何時頃ですか?寝過ごしてしまいました?」



のろのろと起き上がりながら、ハルはステラに、本日の予定を確認しようとした。



「今日は、お嬢様をゆっくり寝かす様にと主人に申し付かっておりますので…。でも、まだ7時になったばかりです。寝過ごしたというような時刻ではありませんよ。それから、昨日も申しましたが使用人に敬語は不要です。」



そう言いながら、彼女は私の着替えを準備しているようだった。



「あっ、敬語なんですけど…私はお世話になる身分で、自立できる歳にはここを出て行く予定ですし、ここのお嬢様扱いという訳にはいかないというか…できれば部屋も、もう少し粗末でも良いのですが。」



控えめに言ってみたのだが、ステラはキッと私を見た。



「それはいけません!当家の主人からは、ここにおられる間はお嬢様には良くするよう、仰せつかっております。」


「・・・・・。」


「それに伯爵様が養女として、籍をお入れにならなくとも『後見』を申し出た段階で、お嬢様は貴族

令嬢として恥ずかしくないように教育が施されることになるのです。」

 


 若く見えるが、ステラはアスターが子供の頃から伯爵家に居る古い使用人である。

アスターの性格は、よくわかっている。

責任感の強い主人の事だ。

ハルを養女として伯爵家に引き取るつもりもないし、自分の妻にする可能性もないが、後見を買ったからには、彼女の手助けはしたいと思っているのだろう。


恐らく、自立の年までしか面倒を看ないようなことを言ってはいたが、多少の金を出してやって、自分の紹介できる冥界貴族に嫁入り先を世話してもいいと、考えている筈だ。

それが証拠に、冥界令嬢の必要とする服装や靴の手配、教育の手配、その他諸々の手配は少女に出会う前通りに進めるようにと昨晩、指示を受けたのだ。


そもそもステラをハルにつける段階で令嬢教育をする予定だということがわかる。


ステラは元々、アスターの今は亡き母の侍女だったのだ。



 最もそんなことを知らないハルは、



「そうですか。では、完全には無理かもしれませんが、今からできるだけ敬語無しで話しますね。本当にお言葉に甘えますよ?で、その…今、あなたが持っている服は…まさか…私が着る物じゃありませんよね?」



と、恐る恐る聞く。

ステラが持っている服は、ハルから見ると物凄く豪華なドレスだった。



「ああ、申し訳ありません。まだお会いする前でしたので、とりあえず揃えた物です。すぐにお嬢様がお好みの服を用意しましょうね。でも、それまでは事前に用意した物で我慢して下さいな。」



何と、恐ろしいことを言う。ハルは現世では庶民育ちで、冥界では孤児院にいたのだ。



「いえいえいえいえ!私、施設から持ってきた服がありますから。ワンピース位が私には似合っていると思います!!」


「それは困ります。今までの服を処分しろとは言いませんが、当家にいらっしゃるお嬢様が、見るからに旦那様と不釣り合いな生活をされますと、当家がハル様に酷い扱いをしていると思われてしまいます!」


「ええっ⁉」


「ハル様がステキなご令嬢になって下さることが、私を初めとするこの屋敷の者達にとって喜ばしいことなのです!」



そこまで言われてしまっては、もう何も言えない。

確かに人間界では、継子いじめなどは話によく聞く。

天界の神や冥界ではよく知らないが、世間体は悪いのかもしれない。

流石、やり手風・大人の女性、ステラさんだ…。



「…わかりました。私、頑張ってお嬢様っ()()見えるようにします。ここにいるのは、3年位?になると思うけど、改めて色々教えて下さい。」



素直に頭を下げるハルに、ステラは破顔した。

『カワイイ!!』と…。




 伯爵家ではアスターの母が亡くなった後、追うように前伯爵も逝ってしまい、冥界での寿命が終わると二人そろって、天上にある天国満喫コースへ霊体のまま移動した。


しばらくそこで過ごし、次回の『神様としての輪廻』をグレートソウルに示されるまで任務待ちの形になっており、その間はのんびり浄化されるのだ。次回は冥界での仕事をするか、わからない。


 二人の死後以降、アステリオスが伯爵になり、この広い洋風の屋敷に一人で過ごしている。


今年で120歳になるのだから、そろそろ結婚してもいいのではないかと使用人一同、思っているが主人は朴念仁な上に恋愛事にも疎いようで、マイペースだ。


独り身の主人しかいなければ、当然、客人を招くパーティをすることもないし、世話をする人間も一人しかいないので張り合いがない。


食事の支度においてもコックは自慢の腕を宝の持ち腐れ状態にしている。


人が必要ないので最小限の使用人で屋敷が運営されているが、この屋敷、とにかく無駄に歴史が古く、広いのだ。大昔の神話、確かハーデスという神がまだ健在だった時代からの流れを組んでいる。


こんな屋敷の少人数運営は、とてつもなく覇気が欠如していた。



だから今回、若い女の子のお世話ができるのは、ステラにとって大歓迎だった。



主人の『さっさと数年後には出て行けよ!』というような、昨日の態度にムカついた位だ。


神族や現人神、勿論冥界においても、女性は少ない。


単純に神々の種類を見ても、女神の方が男神より少ないので、必然的にそうなるのだろう。


庶民籍の娘だって、冥界では貴族の妻になることは良くあることだし、地上の現人神の世界でもそうだ。


ましてや、ハルのような娘ならば当家で面倒を看るのに相応しい。

今の冥界で流行りのタイプの娘ではないが、何と言っても、美しい青紫色の瞳を持っている。

そういう血筋の貴族家系以外、冥界では余程能力の高い者にしか不思議と表れない色だ。



 それに少女が一人、屋敷にいるだけで、既にアスター一人の世話をするよりも使用人たちにとって、明らかにやりがいになる。


まずは、お茶のカップの可愛らしい模様に始まり、お嬢様のために用意する品々の選定や出入り業者の増加。


少女のためにと、屋敷の者全体に覇気が出てきたように感じる。


料理人なども、朝から夕食のデザートやおやつをどんなものにしようか、若い娘に人気のあるものを楽しそうに試行錯誤しながら試作していたし、執事のホルドもハルが来る前の部屋を張り切ってコーディネートしていた。



少女が主人の好みであろうとなかろうと、屋敷全体がハルの存在を歓迎していた。



 ステラはハルの寝間着を着せ替えて、肩位まで伸びた髪を整えた。



「ハル様とても可愛らしいですよ。さあ、アスター様がお待ちですから、食堂に参りましょう。朝食をご一緒にとおっしゃっておりました。」



そう言うと、ステラはハルの手を取る。



 自室を出て、ハルは改めて屋敷の装飾などを見ながら、冥界の家は皆こんな感じの様式なのかと、ステラに尋ねた。


彼女によると…。

この辺の貴族の場合は、こうした現世で昔話に出てくる洋風の国のような屋敷が多く、移動手段も馬車などを使ったりするが、これはその家の当主のエネルギーの質により、結果的に使用人や周りの者達も似た魂の質を持ったものが集まってくるので、そうなるのだという。


 冥界は死者が一時的に現世でやり残したことを再現したり、天国や地獄に行く境地にまで到達できない者が生きていた日々に似た生活を送りながら、次の段階に進めるように待つ場所。


もしくはこんな所で生活したいというのを体験させてやり、未練を消す為の異世界感が満載の場所なため、人間の思想の数だけ色々な場所が存在しているのだそうだ。


 この屋敷の付近の領地はこんな感じの世界で一つの国のようになり、貴族と呼ばれる冥界の神(番人)とその下の神使(使用人やそれぞれの役職の者)が『人間』の冥界での活動と生活をサポートしている。


地続きで、和風世界の黄泉と呼ばれる地域もあり、そこでは皆、民族衣装のような服装しているというし、もっと現代的な暮らしの場所もあり、私の暮らしていた孤児院もそこにあったので、施設の建物は現世で暮らしていたマンションと呼ばれるような作りにもなっていて、服装もこの屋敷の人とは全く違う…(現世にいた頃と同じような普通の服だと思う)。


いずれにしても冥界の中は、テーマパークのように地続きでいくつものゾーンがあり、そこを統合して纏めるのが冥王で、現在の冥王は女王で着物と呼ばれる仙人風の衣装を身につけているのだそうだ。


冥王の姿も代によって色々らしいが…。


私のエネルギーの質は、こちらの屋敷にピッタリらしいので、母もこの辺のゾーンの貴族出身だったのかもしれない。



 食堂までの僅かな距離で、冥界について色々ステラに聞いて、本当に自分は人神の端くれではあったが、神様関係の世界の事を何も知らなかったのだと実感していた。


そうこうとステラの話を聞きながら、考えているうちに食堂に入ると、アスター様が食堂で新聞を読んでいた。



冥界新聞…当然だけど、このおうちでも取っているんだなぁ。。。



「おはようございます。」



ちょっと緊張しながら声をかけると、アスター様は新聞から目を離し、こちらを向いて少し微笑んでくれた。


ちょっと優しそうに見えるその緑の瞳に一瞬見惚れてしまった。

だって、昨日の雰囲気と少し違って見えたから…。



「おはよう。君も私もお互いを知らないので、まずは朝食を取りながら少し話をしようか。今朝はちゃんと眠れたか?」



少し柔らかい声で伯爵が声をかけてくれた。



「は、はい!よく眠れました。あ、あんな素敵なお部屋を使わせて下さってありがとうございます。それに、服とか色々…本当に感謝しています。」


「そうか、それは良かった。私も君の事は妹のように思うことにした。実は弟がいるが、結婚を先越されて妻の家に婿入りしている。あいつは早熟でな…随分、昔の事だ。」


「弟さんが…そうなのですか。それでは、いつか、私もご挨拶しないと…。」


「あいつは嫁が好きすぎるらしく、この家には元々、年に何回かしか顔を出さないから、気にしなくて大丈夫だ。妹はいないので、うまく兄貴らしく出来るといいが至らない所は勘弁してくれるか?」


「そ、そんな、恐れ多いです!あのそんな風に思っていただけるだけで私、嬉しいです。一人っ子だったし、その無理に置いてもらったっぽいのに…私みたいな…。」



 私が言おうとした言葉をさえぎると、アスター様は



「自分を悪く言うのはダメだ。悪いのは全部シルヴァスだからな?…昨日は、私も大人げない対応をしたと反省しているんだ。契約に変更は無いが…ここにいる間は遠慮なく生活してほしい。」


と信じられないことを言って下さった。



「あ、ありがとうございます!!伯爵様には、迷惑かけないようにちゃんとします。」



ハルは、アスターの前で初めて、明るい顔をした。



「おい私は、昨日、()()()()と呼ぶように言ったぞ?君に何かあれば力になると約束しよう。しかし、勉強はきちんとするのだぞ?」



アスター様は片目を瞑って見せる。



「はい、アスター様!勉強も一生懸命、頑張ります。」



再び元気よく声を響かせたハルを見て、アスターの心はほんのり温かくなった。



「よし、朝食を食べたら、早速、学校に顔を出して、途中入学の手続きをしに行くぞ!その後は、私は仕事に行くので、ステラと家の者を連れて学生生活に必要な物を買い足してこい。」


「は、はい!!」


「それから、君は神の社会での名前を持っていなかったな。この地区でも、浮かない名前があった方がいいと思うのだが…『ハルリンド』というのはどうだろうか?」


「ハイ…?」



ハルは首を傾げた。



「ハルリンドという名にしておけば、ハルと呼んでも、親しみ込めた呼び名に聞こえて、違和感ないだろう?神・社会での名前を私が決めたらダメか?学校に通うので、書類に書く名前が一つでは寂しいと思ったのだが…。」



伯爵は、そんな事まで考えてくれたのか…。

不本意で自分を引き取ったであろうに…。



ハルはアスターの寛大さに感動していた。



「…嬉しすぎて言葉もありません。」



やや目じりに涙を浮かべて、ギュッと口を結び、泣き出さないように堪えているであろう少女の姿を見て、アスターは純粋に『可愛いモノだな』と思っていた。


そんな二人のやり取りを執事とステラが微笑ましく眺めている。



「それでは、今日から君は『ハルリンド』だな。家の名前(名字)の方は…与えてやれずにすまないな。だが、いずれ君も誰かと結ばれれば、どこかの家庭に属する日が来る。焦らないでも平気だ。」



その誰かは『絶対に自分ではない』と、言われていることにハルは少し寂しく思った。



「はい…。」



と、何処か弱々しく薄く笑んだハルの顔に、アスターは何となく罪悪感を感じたような気がしたが、気付かぬように話を続けた。



「さあ、一旦ここで話はやめて、食事を食べてしまおう!料理長が君の反応を見たくて、さっきからこそこそこっちを伺ってるぞ。」



クルリと後ろを見やると、真っ赤な髪の料理人の格好をしたやや小太りの男性がこちらをドアの外から、少しだけ顔を出して除いているではないか。私は思わず、



「いただきます!」



といういや否や、フワフワのパンを口に運んでいた。



「美味しい!」



そのハルの言葉を聞いて、真っ赤な髪の男性は密かにガッツポーズをした。



『ハルリンド』として、新しい生活が始まった。

誤字報告、ありがとうございました!

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