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49.タナティスの黒い糸

 タナティスは、冥王が特殊編制した直属部隊に連れて行かれた。


関わったとされる事件が、人間界にも及ぶないような内容だっただけに、地上の神々や現人神へのアピールの為にも、事を重要視しなければならないのだ。


連行先は死後、冥界に来た人間の魂が通過する、取り調べ施設のワンフロアに設置されていた『真実の泉』である。


そこで、人間の魂同様、自分の本当の気持ちを映し出したりしながら、緊急の取り調べを受けさせられる。


その結果、本人の供述が正しく、また正式に『黒』だと、罪状が判明した時点で、冥界の果ての罪人一時収容所に送られるのだ。


一時収容所では、更に詳しく、今度は完全に罪人としての取り調べを受けながら、裁判結果を待つ…。


裁判官の判決が下ると、最終的には冥王に報告が行き、判決内容を確認後、書類に判を押し、容認してもらうことで刑が執行される。



 今回、シルヴァスが同行したのは、この『真実の泉』の段階である。



シルヴァス(いわ)く、それでもわずかな時間で『かなりの情報がわかった』と言っていたが、一体、どのようなことがわかったというのか?


フォルテナ伯爵邸の一室で、集まっている一同はシルヴァスの話に注目していた。



「まず、最初に言っておくけど、パーティでタナティスがハルを(さら)おうとした件だけでなく、そこに至るまでの彼の罪は更に重く、もしかすると君達に衝撃を与えるものかもしれない。」



そう話すシルヴァスの声に、ハルは乗り出すように前かがみで、ソファに座りながらゴクリと唾を飲み込んだ。

それを、心配そうに見詰めてシルヴァスは言った。



「特にハル…もし『何も知らない』という選択をしたければ、今なら可能だよ?」                


シルヴァスは、自分の心配そうな視線をよそに、前に乗り出して聞く姿勢に入っている彼女に対して本題を語り始める前に、再確認を行う。

そして彼女の様子を注意深く(うかが)った。


フォルテナ伯爵=アスターとラナンクル侯爵も、シルヴァスの前置きに彼女の方に視線をやり、やや心配げな表情を浮かべている。


それに対して、彼女は薄く笑むと、シルヴァスを真っすぐ見ながら返答をした。



「タナティスさんは、ずっと私や母を見ていたと言っていました…。マッド・チルドレンの名称も彼の口から出ていましたよね。全て、教えて下さい…知りたいです。」



ハルの返答を聞いて、シルヴァスは真摯に頷くと、再び会話をスタートさせた。



「それでは話すけど…その前にハル、君に一つ、謝っておく。君の誕生会にカヤノちゃんを連れて来ただろう?それは、純粋に君とカヤノちゃんを喜ばせたくて連れて来たのも事実だけど、もう一つの理由がある…。」                                                                                     

ハルは首を傾げながら、オウムのように聞き返した。



「もう一つの理由…ですか?」


「うん、実はカヤノちゃんにタナティスの顔を見てもらったんだ。アイツが君に好意を抱いていたのは、僕もアスターもいけ好かなく思…いや、感じてたからさ。きっとベルセを招待したら、アイツも理由をつけて、会場の中に入って来ると思ったんだ…君に会いにね?」



シルヴァスがそこまで話すと、アスターが付け加えるように、口を挟んできた。



「前に冥界から人間界に漏れ出した瘴気について、マッド・チルドレン達が冥界の瘴気の濃い位置と人間界でそこに丁度、重なる場所を、まるで知っているようだと言われていたのを覚えているか?」                               

「ハイ…。」



ハルが小さく返事をするのを確認すると、アスターは続きを話し始める。

ラナンクル侯爵は、聞くことに徹していて、特に質問もせずに腕を組んで黙っていた。



「そして、冥界の者の誰かがマッド・チルドレンどもに、情報を流しているのではないかと(ささや)かれていたよな?」



再び、ハルが頷いて見せると、アスターは次にハルが驚くことを口にした。



「そこで、冥界の瘴気の仕事に関わっている冥界貴族を数人、冥王が調査機関に命じ、リストを作成させたのだが…その中に、トゥオネル子爵家のタナティスの名もあったんだ。」 


「タナテティスさんの名前が⁉」


「前に、奴が仕事で都に行く際、うちに立ち寄ったことがあっただろう?冥王がそれらの仕事に関わっている者を呼び出し、仕事状況を確認するのを装って、彼らを密かに調べたんだ。」

                                             

それからアスターは、タナティスの実家の家業である宝石の売買を行っている地区は、瘴気が多く彼が元々、瘴気に対する知識が豊富だったことと、それの少ない利用方法に長けていたことを話した。


それでいて、トゥオネル子爵が現役な為、タナティスはまだ、子爵家の当主としての仕事をしなくてもいい分、冥王の統べる行政機関に働きに出ているのだと話した。



「貴族の跡継ぎでも若い冥界神は、冥王の元で仕事に携わっている者が多い。人間で言うサラリーマンのようなものだな。そこで、タナティスは瘴気発生地区の調査の仕事に携わっているんだ…。」



そこまで、アスターが話した所で、初めてラナンクル侯爵が口を開いた。



「冥界の瘴気の多発地点及び、濃度の高い場所の特定だな?」



侯爵の問いにアスターとシルヴァスが頷き、アスターがその言葉に同意を示す。



「その通りですよ、侯爵殿。その仕事に携わっているのは奴を入れて三人…カロン子爵の甥っ子で優秀と呼ばれている騎士のモルスとケールズ男爵です。彼ら三人は冥界を三つに分けて担当し、ここ数十年単位で調査を行っているのです。」



ハルは眉を(ひそ)めながら、



「三人だけ…。」



と呟いた。



アスターは、その呟きを肯定して、ハルに言う。



「地上で起きた事件の場所と冥界の瘴気の漏れ出た位置が一致し、更にその漏れ出した地上の瘴気の地点が冥界でタナティスが調査した場所と一致している。」


「そんな…。」


「…それで、奴が密かに怪しまれていたんだ。」



そこで、シルヴァスがアスターに代わって、再び話を再開した。



「マッド・チルドレンに接触したであろう冥界の者は、異界と一時的に空間を繋げる禁忌を犯して、人間界に訪れていることもわかってね。」


「人間界にもですか?そんな危険なことを?」


「それは、前にカヤノちゃんの告発で取り締まったマッド・チルドレンの記憶から情報を得たんだ。そいつらにタナティスの顔を見せて、確認させても良かったんだけど…。」



シルヴァスがそこで言葉を切ると、今度はアスターが続きを語る。

実にいいコンビプレイの語りだ。



「まだ、奴が犯人だと決まっていないのに、身柄を拘束されているマッド・チルドレン達に会わせるのも不自然だろう?本人が疑いを抱かれていると気付き、逃亡されても面倒だ。」


「そうですね…そんなことをすれば、タナティスさんも不審に思いますよね…。」


「だから、全くこちらが疑いを抱いていないと見せかけた状態で接し、何とか奴がマッド・チルドレンと関りを持っていることを確認したかったわけだ。」



交互に語る息の合ったアスターとシルヴァスは、また入れ代わりながら会話を続けていく。



「そこで、カヤノちゃんに、マッド・チルドレン達が接触した冥界神について、何か知っていないかと…事の経緯を話したんだ。」



カヤノの話を思い出したのか、シルヴァスが少し辛そうな顔をしながら続ける。



「すると、彼女は例の酷い闘技場の観客を見ているし、閉じ込められてた時にも、奴らが魔神や外国神に接触するのを何度も目撃していたんだ…。」



最初、彼女は酷く怯えていたが、もしかすると、その中の一人がハルに好意を持っている可能性があると伝えると勇気を振り絞って協力してくれたのだと、シルヴァスはハルに教えてくれた。



「それで、万が一、見た顔かもしれないから、確認してはもらえないかと、君の誕生日パーティの会場で、招待客に交じり、距離を取りながらタナティスを見てもらったのさ。」



シルヴァスは、『結果は御覧の通り!』と言い、両手のひらを上に向けて肩の横にやって見せた。



「あろうことかカヤノちゃんは、奴を闘技場で見ていたんだ。それも、攫ったカクレ現人神を確認して『これじゃない』とマッド・チルドレンの一人に怒鳴ったらしい。」


「タナティスさんが…怒鳴るなんて。」



そんな風な人には見えなかったと、ハルは思った。

外見からではわからないものだと、今更ながら、ブルリとハルの体が一瞬、震えたが、周りに心配をさせまいと、再び、気丈な姿を装った。



「それで、彼女の印象に強く残っていたようだ。そして、君が彼女を助け出した日、現人神養成学校の生徒達が突入する前にも、閉じ込められた部屋に奴は現れたと言っていた…。」



とにかく、マッドチルドレンを通じ、地上の誰かを探していたようだったと、カヤノは言っていたらしい。


フードを被っていたが、何度かその姿を確認したカヤノは、ハルの誕生会で、タナティスが人間界で一時的にマッドチルドレンと接した異界の神だと確信したのであり、その事をシルヴァスとアスターに伝え、二人は密かに会場を抜けて、冥王の特別警備隊に連絡を入れ、彼らが到着するまで、ベルセと別室に帰りの馬車を呼ぶと足止めをした。


警備隊が到着した後、待たせていた迎えの馬車にベルセだけ放り込み家に帰して、タナティスを拘束するつもりが禁忌を重ね、恋をこじらせて狂ったタナティスが邪神化した力を使い、逃亡。


捜索していると、愚かな男は大胆にもパーティ会場に戻り、ハルを攫おうとしたのだと言う。


これが、事件の結末だ…。



 それで話は終わりかと思われたが、ラナンクル侯爵の方に視線を向けたシルヴァスは、『あいつは…』と、更に何かを言い出した。



「警備隊に連行された奴は、真実の泉を前にラズベルさんについて、昔話を始めました…。彼女とハルの父君を別れさせたいラナンクル家が、次々と年頃の貴族を娘に接触させていると聞き、元々、舞踏会や慈善活動で彼女に、ずっと憧れていた奴も立候補したそうです。」



シルヴァスの告白に侯爵の顔は引きつった。

ハルは涙を我慢したような表情で、黙って耳だけ傾け続けていた。


二人の様子を確認した後、一つ息を吐くと、シルヴァスは更にタナティスの話したことを侯爵に向けて語っていくのだった。



 しかし、侯爵の娘であるラズベルには相手にもされず、諦めきれないタナティスはストーカーのように、人間界に逃亡した彼女を見続けていた…。


実を言うと、彼女を人間界に行くアルバイトに誘ったのはタナティスであった。


ラズベルと、自らの志願でお見合いをする前に、既に彼女を狙っていたタナティスは、ラズベルの参加する慈善活動や集まりを調べては、自分も偶然を装って参加し、彼女と顔見知り程度にはなっていたのだ。


ある日、ラズベルともっとお近づきになりたいタナティスは、彼女と共通の友人を使って、地上のアルバイトに参加するように勧めさせた。


冥界では侯爵家の守りが強かったので、異界に彼女を追いやり、自分もボランティアで仕事に駆り出されたのを装って、接触を試みたのだ。


その甲斐あって、ラズベルは一時の人間界の仕事を請け負い、途中まではタナティスの策略通りにいっていたのだが…自分が散々彼女にアプローチを繰り返しているのにも関わらず、あろうことか、ラズベルは人間に近い現人神と恋に落ちてしまった。


良かれと思ってしたことが、最悪の事態を引き起こし、タナティスは失意のうちに冥界に戻り、ボランティア活動を抜ける手続きを取り、冥王の直属の仕事に戻った。

その後、冥界の瘴気調査チームへ配属され、現在に至る。


瘴気の扱いに長けていた奴は引き続き、それでもラズベルを諦めきれず、冥界から監視して彼女を攫う隙を伺い続けた。10年以上にも及ぶストーカーと化したタナティスは、まずは夜雲の尊(ハルの父親)の排除を試みたが、冥界に戻ってしまったことで人間界に長時間体現することは難しく、野望は実を結ぶことは無かった。


そして、苦肉の策としてタナティスは、マッド・チルドレンを利用することを考え付いたのだと言う。


マッド・チルドレンの術者の邪神の呼び出しに、魔法陣越しに現れてやり、冥界瘴気の事を教えてやると、タナティスは彼らに条件をつけた。


自分が彼らに色々、協力してやる代わりに、ある現人神の娘と母親を攫えというものだ。


当時のタナティスは、ラズベルを手に入れれば、娘の方は魔神にくれてやるのも良し、引き取って、娘を人質に、彼女を言いなりにするのも良しと思っていたのだと言う。現人神の夫は出来るなら殺しても良いと指示していた。


長い時間がかかったが、マッド・チルドレンを巧みに使い、タナティスは、あのハルを孤児にした電車事故を偶然を装って、引き起こすことに成功した。


そこで、順調に行けばハルの父親は命を落とし、ハルとラズベルを攫ってこさせる筈だった。


ラズベルが上級女神なのは知っていたが、体が仮の人間としてのボディであることも熟知していたという奴は、そう大それた力を彼女が使わないと高を(くく)っていたのだが、結果、ラズベルはタナティスの考えとは裏腹に、人間を見捨てることも、ハルを奪われる事も決して許さず、自らの消滅を選んだのだ。


タナティスは大きな衝撃を受けた。


二度とラズベルを手に入れることが出来ない…それどころかもう彼女と会うことも出来ないのだ。


しばらく、彼はショックのあまり自宅に引きこもりトゥオネル子爵邸から、出なくなった…。


そんなある日、ラズベルの娘について気になったタナティスは、人間界を違法に覗き、ハルが冥界の孤児院に引き取られたことを知る。



「冥界ならば自由に手が届くぞ。」



と考えた奴は、ハルを冥界から監視し始めた。



やがてラズベルとは違うが、彼女を見ているうちに情が湧き、すっかり手元に置きたくなって孤児院から連れ帰ろうと手続きをしに行ったが、何度行っても許可が下りなかった。


冥界なら自由に自分の手が届くと思われていたハルだが、思いのほか冥界の法律は彼女を守り、タナティスをはじいたのだ。


仕方なく、両親に妹が欲しいと持ち掛け、母がもう一人、子供が欲しいと言っていたことをあげ、孤児院の子供をもらったらどうかと提案した。


人の好い両親は一人っ子だったタナティスの話に耳を良く傾け、彼に甘いこともあり、早速、冥界孤児院に行って、ハルをもらうように申請をしたのだが、やはりどうしても許可が下りなかった。


純粋に息子は妹が欲しいだけだと、思っている夫妻は見た目に自分の息子によく似たベルセを気に入り、彼女を引き取ってしまう。


悔しさに歯ぎしりしながら、ハルへの監視を続け、冥界デビューを機に接触を狙う。


 そして、同じ孤児院にいたベルセをうまく利用し、今に至るのだと言う…。



「多少、厳しいと思ったけど…ハルに対して里親希望者の基準を妥協しないようにと、僕から冥界側に圧力をかけていたんだ。いざとなれば、アスターが適任だって思ってたからさ…アスターには悪いけど…。」



タナティスの長い供述を話し終え、シルヴァスは今だから…と過去の自分のしたことも明かした。



「ハルに悲しい思いをさせたくはなかったけど、妥協はしたくなかった。アスター以上の適任貴族が現れればと待っていたが…大したことの無い後見希望者が多くて、君に会わせる前に排除してたんだ…。」



そう言ったシルヴァスは、立ち上がってハルに向かって、

『結局アスターしかいなくなって…勝手にごめん』

と深く頭を下げ続けていた…。



「おい、シルヴァス!()()()とは、どういう意味だ?私()()…とは⁈」



 頭を下げるシルヴァスの横で、室内にはアスターの声が響き渡っていた…。

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