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44.侯爵の長い後悔と心情

誤字報告、感謝です!

 伯爵が僕の書いた書類のサインに目を通し始めてから、数分後に手際よく執事がお茶を運んできた。


計ったように丁度良い時間に、お茶を運んでくるあたり、なかなか気の()く良くできた男だ。


感心しながら、カップを口にやり、ラナンクル侯爵は一息ついた。




 本日は、ラズベルの子ではないかと思われる娘の誕生会だと聞いてやってきた。



僕の知らぬところで、我が侯爵家の家令シャンディル・ビーノスがフォルテナ伯爵と連絡を取り合っていて、知ったのだ。



そして、是非、パーティに来ないかと、伯爵の方から声を掛けてくれたのだと言う。



今更、そんなイベントの日に自分が訪れても良いものかと迷ったが、僕は先日の振舞いを一刻も早

く、あの娘に謝りたかった…。



結果、この日の誘いは、恐らく自分の思った通りに事を運ばそうとする、フォルテナ伯爵の僕に対する()()()()に違いなかったのだが…。




 ラナンクル侯爵領を出た僕は、既に伯爵邸に向かう馬車の中でも、激しく後悔していた。



一体、何と言って、孫娘かもしれない彼女に会えばいいのか。

今更何しに来たのかと、彼女に問われるかもしれない。

そう都合よく、自分を祖父だと認めて欲しいと言えるほど、侯爵は図々しくなかった。



 僕の正式名称はデュラント・シルバ・ラナンクル侯爵。



前日からフォルテナ伯爵領の宿屋に滞在していた為、程なくして会場であるフォルテナ伯爵邸に到着したが、屋敷の前に馬車を止めさせた僕は、しばらく外に出れないでいた…。


緊張して、体が動かない。

そもそも、まともに先日の娘と話ができる自信もなかった。


だが、いい加減、そろそろ出て行ってほしいと、馬車の御者に思われているのがわかる。



しかたなく、馬車を下りて、伯爵邸の前で行ったり来たりしながら、僕は緊張をほぐしながら、使用人達からハルリンドと呼ばれていた娘と話す会話の内容を考えていた…。



そして、先日、彼女に言ってしまった自分の失言を考えながら、その後、シャンディル・ビーノスに色々と(さと)され、その娘の調査報告や話を聞き、家宝の一つでもある真実を映す『時を(つな)ぐ鏡』で、娘の過去を(のぞ)いた事を思出した。


この鏡は、あらゆる者のあらゆる時間を映し出すことが出来るものだが、我が家の全てを知り尽くしていたラズベルは、鏡に自分の姿を映し出させない結界術を知っていた。


ラズベルは長年に渡り、その結界を張っていたようで、我々が出て行った彼女の姿を探そうとしても、弾かれてしまい、鏡を使った捜索が出来なかった…。


そのまま、ラズベルは最後の時を迎えたのだが、まさか、娘に子供がいると思いつかなかった我々は、無論、鏡を使って孫娘の存在を映し出すには、至らなかったのである。


しかし、先日、ハルリンドという娘の存在を知り、家令から色々、聞いた私は、彼女とラズベルの過去が気になり、シャンディルの提案もあって『時を繋ぐ鏡』を使うことにしたのだ。


もう、結界を張るラズベルがいないので、鏡はハルリンドの過去を通して、ラズベルの姿も映してくれるに違いないと思われたのだ。


一番映し出したかった最愛の娘を失くしたことで、この鏡を活用できるようになるとは…因果な物だ。



早速、家令と共に鏡を用意して、家宝の封印を解き放ち、過去を映し出させる呪文を唱えると、家令と私の前にハルリンドなる娘の過去が映し出された!



 そこには、小さかった頃の孫娘を抱くラズベルやその夫であった現人神の男も映っていた。


仲睦まじい夫婦の姿に、幸せそのものの孫娘の過去…。


夜雲という現人神の男は、実に穏やかで優し気な男だったようだ。


確かに頑固で積極性があり、朗らかだったラズベルが、こういう男に惹かれたというのは理解ができた。

自分も若い頃、この男の雰囲気に少し似た妻、ディアナに運命の恋をしたのだ。

ラズベルは自分とよく似た気性を持っていた…。

娘はこの男と添い遂げて、幸せだったに違いない。


しかし、時折、映る映像にはラズベルが好きなザクロジュースに、一生懸命工夫をして、地上の物を冥界の物に似せて飲んでいる姿などもあり、見ていた僕とシャンディルは涙ぐんだ。


それに孫娘に、冥界の色々な作法や魔法陣を教えている姿にもだ。


娘の最後となった電車事故の件は、ハルリンドの母親との最後の記憶が再生されたのであろう、画面が真っ黒になって終わっていた…。


僕の心は、悲しみでいっぱいになったが、唯一の救いはそこに至るまでのラズベルがいつも、幸せそうに微笑んでいた事だ。


最後の時も、自分の大切な娘を守って、立派な死だった…。

誇りにこそ思え、孫娘に『お前さえいなければ!』などという言葉を投げつた私は愚かしい。


ラズベルを褒めたたえ、孫娘には、よくぞ、生きていたと声を掛けるべきだったのだ…。



そう思うのは、これから先に映し出されたハルリンドの過去が、侯爵が見ていて酷く辛いものだったからである。



幸せに育ってきた孫娘は、突然に両親を失い、天涯孤独となって、現人神の施設に収容された。



誰もいない所で、一人で声を押し殺して泣いている孫娘の姿。


彼女の両親が僕達から身を隠していたことで、親の形見も、住んでいた家も残してもらえなかった身一つの少女が、気丈に振舞う姿。


検査の結果、冥界の遺伝子が強く、慣れ親しんだ人間界の施設から移されて、冥界の孤児院に連れてこられた孫娘。


そこでの生存競争の激しさに、一人ポカンとなって、何事にも貰いそびれたり、他の子供と闘うことのできないおっとりした姿の可哀想な孫娘。


冥界貴族の血を引いていた為、里親が決まらず、いつも寂しい思いをしながら、養父母希望者の中でポツンと並ばされていた姿。


後見人希望の者の誰にも、話しかけてもらえず、辛そうにその時間を過ごす孫娘を嘲笑う金髪の少女…。

孫娘はいつも、この少女に嫌がらせをされていた…。


次第に、不幸せそうな表情になった孫に、ようやく表れた後見人のフォルテナ伯爵。


しかし喜んだのも束の間で、フォルテナ伯爵の求めた養い子が自分とは違うタイプだと知り、苦しむ孫娘は不憫でならなかった。



おのれ!フォルテナめ、『何がハルリンドを自分に寄こすようサインをしろ!だ』と、頭にきたものだ。



しかし、自分は孫娘に何もしておらず、おまけに酷い事を言ったのだと思い出して、踏みとどまる。



それに比べたらフォルテナ伯爵は、やはり孫娘の恩人なのだ。

本人も感謝している…。

どうやら、ハルリンドと言う冥界名を付けたのも、フォルテナ伯爵だったようだ。


フォルテナ伯爵邸に来てから、孫娘が明るさを取り戻していく様子や、周りの者達にも大事にされているのも見て取れた。


だが、伯爵は孫娘を正規に養女にすることもなく、成人後18歳で屋敷を出す契約を結んでいた。


傷つくハルリンド…しかし、それに不平不満を言う事もなく、孫娘は自立を目指し、現人神養成学校でしっかりと学び、良い友人たちに囲まれ、その頭角を現していった。



そしてワガママや誰にも甘えることなく、それでいて、周りに優しく心根の美しい娘に成長する。



ここまで見て、両親を失った孫娘が常に前を向き、頑張っていた姿を見て、僕は自分が恥ずかしくなったのだ。


自分は妻が亡くなった後もラズベルがこの世界から消えてしまった後も、悲しみに囚われ、やるべきこともせずに長い時間を無駄にした。


それは、孫娘の生き様を見れば、自分がいかに愚かで周りに甘えていたかがよくわかる。


自分の歳の1/10にすら到底満たないハルリンドは、たった一人で頑張っていた…。


しかし私は周りにシャンディル・ビーノスやラズベルがいたにも関わらず、いつまでも妻の死を乗り越えられず、やがて娘すらも失ってしまった。


そして、その後も失った者に報いることもなく、くさくさと部屋に(こも)っていたのだ。



 最後の方に映された鏡の映像には、自分が孫娘と初めて出会った日が映し出され、自分自身の愚かな登場を直視し、見ていられない気持ちになった。



『なんと、みっともないんだ…。』



その事で彼女がフォルテナ伯爵邸に戻って、泣き暮らしている姿が映り、僕の心は罪悪感と辛さでいっぱいになった。


せっかく、明るくなっていた彼女に、自分は再び影を落とし、打撃を与えてしまった。



くどいようだが、酷い言葉を吐いてしまった。



己を恥じても遅かった。



こんな自分が祖父だなんて今更、名乗れる筈もない。



この鏡に映し出された内容で、はっきりと彼女が自分の孫娘であることが証明されたが、冥界の法律においては、自分との関係性を示す際に、やはり書類提出が必要なのだ。


『秘宝や魔道具関連の道具での証明は証人がいても不可!』と頭の固い規定がある…。


結局、彼女と僕が親族であることを証明するためには、検査結果の書類をそろえる他にはない。

その為には、フォルテナ伯爵の協力が、どうしても不可欠だ。


そもそも、その検査を彼女が受けてくれるかはわからない…。

ここは一つ、僕の孫娘を色々言いくるめてもらうよう、伯爵に頑張ってもらわねばならない。



とにかく僕は、そうまでしても彼女にもう一度会いたかった。



そう、前にも思ったが…会って、謝って、抱きしめて、自分自身に素直になりたかった。



僕の言ったことは、間違いであったと彼女の中で書き換えをしてほしかったのだ。

『君が生きていたことが嬉しいと!君を守った娘が誇らしいと!君に会えたことが奇跡だと!』



それに、我が家の実力を持ってすれば、これからは彼女に、もっと色々と手助けをしてやれるだろうし、後ろ盾になれるかもしれないのだ。


ただのボランティアから始めた後見人などとは違う。

身内のいる安定感を、実感してほしい。



 更に本音を白状すると、鏡に映ったアルバイト中のハルリンドが、本人が全く気付いていないのが、おかしいくらに、現人神の男神にアピールされているのを目の当たりにしてしまい、そんな権利などないのに引き剥がしてやりたい気持ちになってしまうのだ。


人間界に孫娘を取られたくない気持ちと、フォルテナ伯爵に彼女をやるのは面白くないが、このまま冥界から孫が出て行ってしまうということが、ラズベルの姿と重なってしまい、本当に自分勝手だとはわかっているのだが、何とか阻止できないものかと考えてしまう…。


ハルリンドが、ハッキリとラズベルのように現人神と恋をしたというのなら、同じ間違いを犯そうと思わないが、まだ彼女には地上に、意中の男がいるわけではないのだ。


何もわざわざ、人間界の現人神と結ばれて欲しいなどと、僕が率先して思うわけが無い…。


できることなら、自分の手元に置いておきたいが、いきなり、そこまで求めるのは欲張りだというものだろう…せめて、目の届く冥界で誰かと結ばれてもらいたいものだと考えてしまう。


その為なら、フォルテナ伯爵と婚約を結ぶことも(いと)えないのだと…自分勝手で執着の深い冥界神の気質が彼女を孫だと認めたことで、発動してしまったのだ。



 僕はわかっているんだ…。



まだ孫娘が自分を祖父だと認めていない事も。

もしかしたら、永遠にそう思ってもらえないかもしれない事も。

傷つけてしまった自分を、孫娘はむしろ憎んでいるかもしれない…。



考えてみれば、僕は彼女にとって、両親を引き裂こうとした悪い祖父なのだ。



自分の手元に…目の届く冥界に置いておきたいなどと、虫がいいのにも程がある…。



だから、僕から、そういった事を彼女にお願いすることなどできる筈もない。

僕に唯一出来る事と言ったら、彼女に謝ることだけなんだから…。




 そういうこともあって、面白くないのを承知で、僕はフォルテナ伯爵の言いなりになることにした。



今日のあの周到ぶりと、計算高さからも痛感したが、彼は孫娘に本気であり、そして、申し分なく冥界神の血が濃く、有能な上によく切れる…合格だ。


絶対に奴なら、彼女を手放すことなく、両想いになるまで諦めず、その後もしつこいくらいに愛し抜くだろう。



利用できるものなら、利用する。

欲しい物の為なら手段を選ばない。

愛着や愛情を持ったら大変深いのが、上位にいくほど激しいのが冥界貴族。



自分では、(つな)ぎとめることができなさそうな孫娘を、あいつに代わりに繋ぎ止めさせよう!


今から適任貴族を探すより、ハルリンドの心に深く入り込んでいるこの男の方が、手っ取り早い。

幸いコイツなら、婿候補でも許せるレベルの爵位を有している。


そして、自分は弱々しい老人に徹し、周りの同情心を引いて、いずれ曾孫で我が家の血を濃く受け継いだ者を見極め後継ぎに据えるのだ…。



引き籠って、死にぞこなっていたとは言え、元は有能で冥王の信頼も厚かったラナンクル侯爵。


利害の一致から、元より自らフォルテナ伯爵の罠に、はまったフリをして、今日はこの男を見定めようと試しにやって来たのである。

ラナンクル侯爵は、自分の上がりそうな口角を出されたお茶のカップで自然に隠すと…。



まあ、今更ながらに思う。



自分も認めてしまったからには、その辺の死者である人間達の思考と全く変わらない…。

孫に嫌われたくない『じいじ』と同じなのだなと…。



正直、単純な自分に笑えて来る。



だが、彼女の存在を知る前の死にぞこないだった自分からは、想像もできないような力が、湧いてくるのがわかる。

目的と娘の忘れ形見を認識したこと。

孫を冥界に置いておきたい執着が相まって、僕に力を与えてくれるのだ…。



 馬車を降りてから、しばらく伯爵邸の前で時間を潰し、パーティ会場に足を運んで、思いがけない事件後、ようやく侯爵はフォルテナ伯爵と契約を交わすに至り、今までを反芻していると伯爵から声が聞こえてきた。



「結構です。」



 フォルテナ伯爵が書類と僕のサインを再確認し終えた頃、丁度、僕もお茶を飲み終えていた。



彼は、僕の方を確認すると、椅子から立ち上がって眼を細めて微笑んだ。


そして、言った。



「侯爵殿、今日はようこそ!早速、ハルリンドに紹介させて下さい。さあ、彼女の元に行きましょう。今日はゆっくりされていって下さいね!何なら泊っていって下さっても構いませんよ?もう、あなたは身内のようなものです…()()()。」



「誰が、お爺様だ⁉」



それだけは頂けない…初めて、自分の人生(神生)で『お爺様』と呼ばれたのが、こんな可愛くないむさ苦しい男なんて!!

 

こちらも僕の思惑に気付いているのかもしれないな…全く、冥界神(男)はジメジメして嫌になる。


自分を棚に上げて、デュラント・シルバ・ラナンクル侯爵はそう思い、フォルテナ伯爵に続いて椅子から立ち上がった。


並んで歩く背丈の近い二人の後姿には、密かに漏れ出す瘴気に似た神気のオーラが、競うように放たれていた。


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