4.アステリオスの心情<シルヴァスはいつも春の嵐>
本日『ハル』という小娘を連れて戻り、ようやく部屋で一息ついたアステリオス・シザンザス・フォルテナ伯爵=アスターは、一日を振り返っていた。
思えば、朝から屋敷に若い娘を迎えるということで、執事を含む使用人達は妙に色めいていた。
私も愛する母に似ているという不憫な娘の話をシルヴァスから聞いて、全く期待していなかったわけではない。
母は私にとって理想の女性であり、最愛の母であり、その中身も美しい金の髪も私と同じ緑の瞳も、正に天使そのものであった。
私は常日頃から、妻にするなら母のような女性をと思っていたので、ハルという少女が母に本当に似ているのなら、『もしかして』という気持ちもあったのだ。
(シルヴァスから下心があったのかと聞かれた時は勿論、否定したが…。)
そういう訳で、気分が少々高揚気味であったことは否めない。
使用人達も主人の心情を多少は察していただろう。
小娘を連れて帰った私が一々、『情が云々…馴れ馴れしくしすぎないように』などと、おかしな言動を繰り広げていても、皆、黙って静観していた。
(普段だったら、執事のホルドが私をたしなめていた筈だ。)
似ているというからには、勝手に母のような、天使のような少女を想像していたのだ。
私は『シルヴァスに騙された!まんまと小娘を押し付けられた!』と感じ、激しく動揺していた。
だがハルという黒髪の少女にしてみれば、身に覚えのない仕打ちだったに違いない。
現人神だろうと、地上で活動しない神、精霊の類だろうと、養子を迎える家庭や後見人をする者は、養い子を本当に可愛がるものだ。神々は総じて愛情が深い。
こんな私に引き取られた段階で、あの子は多分、可哀そうなのだろう。
自分でも、あの対応は無かったと反省している。
少なくとも明日からは、もっと普通に…そう、期間限定の妹ができたつもりで接してやろうと考えていた。
思えば私にとって、『シルヴァスはいつも春の嵐』だったことを忘れていたのが悪いのだ。
現人神養成学校時代からの知り合いだった奴は、いい友人であると共に、厄介ごとを持ってきたり、無理やり私を知らない世界へと導いたりと、とにかく思いもよらない斬新な経験の源として、毎度のこと私を翻弄していたのだ。
あれだけ毎回、かき回されていたにも関わらず、そのことで悪い方に転じたことがないのが不思議で仕方ないのだが…。
今回もそれと、同じ延長なのだろう。
初めて出会った時、凝視した子供の姿を思い浮かべる。
(シルヴァスに指摘されたが、別に睨んでいたわけではない…元々の目付きだ。失礼な奴だ。)
黒い髪は少し紫色を帯びていたように見え、地味だが不思議な色で、青紫の瞳には驚いた。孤児になるような娘には、あるまじき色だ。
成程、これは里親が中々決まらないだろうな…とぼんやり思う。
全体的に張り詰めた弓のような緊張感と澄みきった冬の湖のような空気感を纏った、妙に品のある娘だった。
姿勢も美しく、綺麗な顔立ちをしている。
つい目を離せず凝視してしまったのだが、小娘が怯えたように見えて、我に返った。
『心に描いていた少女の見た目とは違う』と…。
それから私は終始、誤作動を起こしていたように思う。
何はともあれ、明日は朝食の席で子供(ハルという小娘)と普通に会話し、
『後は執事や召使に任せるか』と予定を立てる。
それから、学校に通う手配も整えなければ。
「今日は少し疲れたな。」
アスターはいつの間にか、目を瞑っていた。