41.アスターがキレた…。
タナティスが呪文を唱えると…。
途端にハルの腕輪についている小さな宝石から光が放たれた!
そして彼女の動きが石になったように止まってしまった…。
動かそうとしても手足の自由が利かないのだ。
「これは、従属のリングと呼ばれている物だ…ハル。君は僕に逆らえない。」
タナティスが耳元で囁いて、宙に何かを描く。
数式タイプの魔法陣のようだ。
「さあ、君を収容したら、ここには用がない。」
魔法陣から、異空間に繋がる出入り口の扉が浮かび、タナティスがハルを連れてそこに飛び込もうとした瞬間だった。
肩にハルを担ぎ上げたことで、空間が開いたタナティスの腰を目がけて、後方から何者かが飛び掛かかり、タックルするように両手で拘束をした!
タナティスが後ろを向き、踵を返した一瞬の隙だった…。
驚くタナティスが片手を振り上げて、その男性を殴ろうと振り返る!
だが、拘束されている為に、うまく振り返ることが出来ずに、男性の姿を確認できないタナティスは自分を拘束する相手の腕をこぶしで、叩きはじめた。
相手の男性は、頑丈にできているのか、拘束を緩めず、タナティスにしがみつく!
たまらず、ハルが眼に涙を浮かべて、自由になる口を懸命に開き、叫んだ。
「やめて、タナティスさん!!乱暴しないで!」
その現状を見て、白雨と緑の側近の男性が続く。
白雨がハルをタナティスから剥がし取り、側近の男性が流れるように鮮やかに、タナティスのこぶしを拘束した。
そして、更なるハルの安全確保の為、ホールにいた男性の使用人達が加勢しようと、駆けつけ始める。
そこに、いつの間にか、そっと部屋を出て、外に助けを呼びに出たカヤノが、アスターとシルヴァスを伴って戻ってきた。
アスターとシルヴァスが広間の扉を蹴り開けた!
その後に警備隊らしき人達が続く…。
暴走して暴れまくるタナティスを目の当たりにしたアスターは、ハルの姿と揉み合う男達を視界に入れるや否や、カッと目を見開いて轟くような声を出して叫んだ!
「人の家で何をしてくれるのだ、貴様!!今すぐ、殺してやろうか⁈」
あまりの怒気に周りの者は言葉も出ない…。
屋敷中が揺れるほどの大声と神気(瘴気?)を放って、アスターが近付いてきた。
アスターがやってくると、誰もが、潮が引くように後退していって、人波を行く彼の後には、一本の道ができている。
ここはフォルテナ伯爵の領土であり、屋敷…。
その能力が最も高まるテリトリーだ。
ああ、もはや、伯爵の母親が天使系の現人神だったなど…誰も信じないだろう。
ずんずんと体を揺らして、タナティスの元に近付いて来る伯爵様は、地獄の鬼か何かにしか見えない。
放つオーラは魔神さながらで、普段は綺麗な緑色の瞳も、怒りに変色して暗く青みがかっている。
近付くフォルテナ伯爵を眼中に入れたタナティスは、更にヤケクソになって、暴れだした。
恐らく、無意識に恐怖を感じ取ったのだろう…。
伯爵到着が目前になると、タナティスは往生際悪く、また呪文を唱え始めた。
するとハルに付けられた腕輪が光を放ちだす…その時だった。
「グゥワシュッ!!」
いきなりアステリオスが、片手でタナティスのこめかみから額と前頭部にかけてを握り潰すように、つかみこんだ!
『イヤな音がした…。』一同は、固唾を呑んで、そう思った。
タナティスの体は、片手で持ちあげられそうな勢いである。
だって、両足がつま先立ちになっているのだ…。
タナティス拘束の為に、束になって止めに入っていた男性陣が、少しずつ後ろに下がり始め、タナティスと伯爵から離れた。
タナティスの唱えていた呪文は止んでいた。
彼はそれを途中までしか唱えることが出来なかった…伯爵のつかんでいる指は、彼の頭とこめかみに減り込んでいて、変形しつつある。
口を開けたタナティスは、多分、痛みのあまりだろう…ヒクヒクとして、釣られた魚のようになっている。
ハルの腕輪の鈍い光が消えると、そのままアステリオスはタナティスをつかんだまま、男性陣が下がって、空いた空間を目掛け、勢いづけながら、床に打ち付けた。
「ギャアッ!」
…という短いが、凄まじい痛みを連想させる声を放ったタナティスに、アステリオスは、二度ほど力の限りと思われる蹴りを入れる。
床に転がっていたタナティスの体は、一度蹴り上げられるごとに、更に10メートル程、吹っ飛んで、また転がった。
見ている者達は、簡単に大の男を吹っ飛ばす伯爵の姿に、口を開けて、『もうギャグか?』と思わずにはいられなかった。
だが、アスターの修羅のような面持ちに、至近距離にいたハルは怖くて固まり、さすがに見ていられなくなる…。
アスターの左腕に飛びついた彼女は、必死に伯爵を止めに入ったのだ。
「ま、待って、アスター様、タナティスさんが死んでしまうかも…。もう動けないわ、もうやめてあげて下さい…。」
どこで堰を切ったのか、ハルの涙は止めどなく流れていた。
それでもアスターの怒りは収まらなかったのか、ハルを左腕に巻き付けた状態で、最後にタナティスを踏みつけた。
しかし、ハルの震える姿に、さすがにアスターはヒートした怒りと駄々洩れた神力を抑え、何とか冷静さを取り戻して、後を警備隊に任せる。
アスターの合図で、シルヴァスと警備隊がササッとやって来て、転がるタナティスを収容するようにフォルテナ伯爵邸から連れ出していった。
シルヴァスは途中、チラリとハルの方を見たが、同時に息を上げ、まだ獣のような瞳で瘴気のようなオーラを漏らしているアスターを見やり、黙って部屋を出ると、後を追って来たカヤノにだけ、『また戻って来るから』と、言伝をした。
誕生日会場は、シンと静まり返り、残された招待客が我に返ると、アスターも普段の顔に戻り、後始末に奔走を始めた。
割れた窓などの被害を見るにつけ、気分的にも、もはや誕生日パーティ続行の状態では無くなっていた。
そこで伯爵は、壇上で客に深く今回の事を詫び、この埋め合わせは必ずさせて欲しいと付け加えた。
最後に、ハルの為に集まってくれたことに関して、お礼の言葉を述べると、パーティをお開きにした。
いつもだったら、お土産をハルやアスターから招待客に渡したり、ケーキを配ったりするが、今回はそれどころでは無くなり、ホルドやステラが指示し、使用人達がそれぞれ、お土産を配った。
また客には『見送りが出来ずに申し訳ない』と謝って、アスターはハルを連れて広間を出た。
招待客である同級生達も気を利かせて、放心するハルの方に立ち寄ることもなく、近くにいた者だけ、彼女を案じた言葉をかけ、皆、早々に会場から立ち去って行った。
ハルの記念すべき17歳の誕生日パーティは、こうして散々な結果で幕を閉じる。
パーティ会場を出たフォルテナ伯爵は、涙でいっぱいのハルを横抱きにして、招待客の休憩用に開放していた部屋の一つに彼女を連れて行った。
部屋のソファに彼女を降ろすと伯爵・アスターは、メイドにホットミルクを持ってくるように言いつけた。
そのまま、自分は暖かいタオルを用意してきて、ハルの眼もとを中心とした顔に、少しあててから、涙を拭ってやる。
ハルが少し落ち着いたように見えた所で、ホットミルクを持ったメイドが現れた。
「ハル、大声を出したので、喉が痛いだろう?暖かいものを飲んだ方がいい。」
アスターは殊の外、優しい声を出してハルにミルクを勧めた。
無言で頷くハルは、大人しくカップを手に取ってミルクを飲んだ…。
暖かい飲み物が、体内を巡ると、不思議と気持ちが和らいでいく。
「美味しい…。」
ようやく、彼女の体から力が抜けたような気がする。
アスターはそう思い、優しく彼女の髪を撫でた。
「ハル、今日は大変な一日になってしまって申し訳ない…私のせいだ。」
緑の瞳を悲し気に細め、アスターが弱々しく囁いたのを聞き、ハルは首を横に振った。
「何を言うんですか?アスター様、誰のせいでもないです…むしろ、あんな人をこの屋敷に関わらせてしまったのは、私が原因でしょう?私こそ、どう謝ったら良いのか…。」
ハルは悲痛に顔を歪めた。
せっかく、落ち込んでいた所を立ち直りかけていたのに!…と、アスターはタナティスに対し、再び、沸々と怒りが湧いてきた。
だが、ハルの前なので、それは押し隠し、ただ慈悲深く、優し気な表情だけを作って、彼女に見せる。
そして、甘い声を出した。
「君は何も悪くない…。詳しい事は警備隊が調べてくれるよ。シルヴァスも向こうに行っているみたいだしな?どちらにしろ謝ったりする必要なんて無いんだ。私はいつだって君の味方だから。」
「アスター様…。」
彼の温かい言葉に、ハルは再び、涙を滲ませた。
「ああ、ハル、もう泣くんじゃない…。眼が溶けたらどうするんだ?」
「眼は溶けたりなんかしませんよ…?」
優しいアスターの言葉とジョークに、ハルは少しだけ、クスリと笑う。
「いや、わからないぞ?涙は塩分が入っているからな。何でも塩をかけると縮むじゃないか。」
ついにクスクスとハルが完全な笑顔を浮かべた所で、すかさず、アスターはハルの手を取った。
「?」
何だろうとハルが自分の手に視線を向けると、アスターは先程、タナティスに誕生日プレゼントだと言って、付けられていた腕輪を指さして、ニコリと笑う。
「服従のリングだな、これは…。古い魔道具の一つだが、冥界神ともあろう者(冥界神だからかもしれんが)が、このような物を使うとは、許せないな!完全に発動していなくて良かった。」
「は、はい…一度は呪文を唱えられると全く体が動かなくなってしまい、皆さんやアスター様が助けてくれなかったら、どうなっていたかと思うと…怖いです。本当に何と、お礼を言っていいか。」
そう言えば、最初にタナティスさんの動きを止めに入ってくれた男性はどうしただろうか?
結局、正体を知らずじまいでいたことに気付き、アスター様に今更ながら確認してみる。
すると、アスター様は『ああ、それなら…今、彼も大事がないか、別室で確認してもらっているから、後で会えるよ』と軽くあしらわれてしまった。
そして、伯爵は『それよりこっちが先だ』と、再び私の腕に視線を戻した。
「この忌々しい腕輪を取るのが先だよ、ハル。憎ったらしいことに君の眼に模したような色の宝石を付けているよ?粉々に砕いてしまいたいな…。だが、そうすると君の手が傷つくよな。」
心なしかアスター様の眼の色が一瞬、また青味がかったような気がして、ハルの体がビクリと揺れる。
だが、すぐにアスターは優しい笑顔に戻って言葉を続けた。
「大丈夫だ。これは呪術の類だが、あらゆる戦闘に関わってきた我がフォルテナ家の代々の知識において解除呪文を知っている。トゥオネル子爵家の若造の使った旧式魔道具など、私にはおもちゃにしか見えん。」
優しい笑顔と力強い言葉を聞いて、ハルは少しホッとした。
『良かった…一瞬、アスター様が恐い眼をしたと思ったけど、いつもの顔に戻ったみたい』と…。
続けて言うアスターの言葉も、特に変わった所など見られない。
「じゃあ、取ろうか。少し顔を遠ざけてくれるか?解除の際、石が発光すると眩しいからな。」
「ハイ、お願いします。」
ハルも言われた通り、顔を自分の腕から出来るだけ放して、腕を伸ばし、用意した。
フォルテナ伯爵=アスターが呪文を唱える。
解除の呪文だ…。
アスターの言った通り、石が一瞬ピカッと光って、ハメる時に感じたような感覚で、今度は『カシャッ』と、ロックが外れる音がしたような気がした。
すぐさま、呪文を唱え終わったアスターが、腕輪を外そうと試みる。
腕輪は普通に外れてくれた!
ハルが『外れたわ!』と思って嬉しそうな笑顔を浮かべた瞬間…。
「グシャッ!」
という音がして、見ると、アスターが外したばかりの腕輪を握り潰していた。
『ええ⁉』
とハルは思った!
一体、どれだけ握力が強いのかと!!
『だって、これ一応金属よね?』
石は小さめで控えめだったが、タナティスの用意した腕輪は、結構な太さがあったのだ…。
握り潰した腕輪を、アスターは更にすりつぶすように片手で粉々にして、床に落としている。
思わず、ジイィッとアスターを凝視するハルに、アスターは爽やかすぎる良い笑顔を向けた。
「汚い金属片が付いてしまった場所を消毒しような?ハル、バイ菌が入ったら大変だ!」
「バ?バイ菌⁈」
腕輪のついていた手首には、特にケガをしていないが…?
彼女が疑問に思っている隙に、アスターが貴婦人の手にキスするような姿勢で、ハルの手首を取った。
そして、伯爵はキスをするのではなく、彼女の手首を…舐めたのだ。
ギクリとして、ハルは体を強張らせた!
すぐに腕を引いたが、力の強いアスターの手はビクともせず、ハルの手を離さない。
黙って、彼女の手首にはめられていた、腕輪周辺を舐めていく謎の行動に、ハルは怖くなって声を出した。
「なっ、やっ、やめて下さい!アスター様、汚いです。アスター様こそ、バイ菌が入りますよ⁈」
けれど、何も聞こえないのか、アスターは、なまめかしくハルの手首に舌を這わせていく…。
「ヒッ!」
とハルが不意に声を出した。
アスターが彼女の手首にいきなり吸い付いたからだ。
それから、何を言ってもアスターは無視をして、彼女の手を時折、貪るように吸い付いたりして舐め続け、ついにハルが大人しく座るだけになるのを確認すると、ようやく口を開いた。
「よし、消毒はこのくらいでいいな?金属の味がしなくなった。後はベルセ嬢に突き飛ばされた所が、気になるな…。何ともなっていないか見せて見ろ。」
アスター=フォルテナ伯爵の眼は、熱が帯びているように見える。
ハルはハッと気付くのだ。
ベルセにぶつかられた肩を見せるには、服を少し脱がなくてはならない…。
抵抗する気力も萎えていたハルだったが、慌ててアスターを止めようと口を開きかけた!
そんな彼女の表情を見て、アスターは人差し指を立てて、彼女の口元に持っていき、シーッと口を塞いでしまう。
ハルが目を丸くしている隙に、アスターは手探りで彼女のボタンを外し、素早く服をずらしてしまった!
あっという間に、彼女の白い首筋と肩が、あらわになった…。
それだけでなく、胸の割れ目が覗いているのに気付いたハルが、両手で前を隠すと、両手のふさがったのをいいことに、アスターがハルのうなじに口付けた。
彼女の体がまた震えた。
そのまま両手を胸の位置に固定して、抵抗できないで戸惑っている彼女のうなじから肩にかけて、唇を這わせ、イヤらしくその白い肩を、粘着質にベロリと舐めた。
胸こそ触らないが、アスターがハルの体を愛撫し始める。
「あん!」
ハルから声が漏れた…。
今まで出したこともない自分の声に戸惑い、真っ赤になってハルは眼に涙を滲ませる。
もう何が何だかわからない!!
彼女は気が動転していた。
「ア、アスター様、お願い、触らないで!もう大丈夫でしょ?確認されましたよね⁈」
ハルの願いを無視して、しれっとした顔をしたアスターは、とぼけたように言う。
「さあ?大丈夫かどうかは、もっとよく確認しないとならないな。可愛い声も、もっと聞きたい。」
「ええっ⁉」
「それにほら、自分では見えないか?肩の所、あの女め…内出血しているじゃないか!許せないな…痛々しい。私が舐めて治りを早くしてやろう…。」
舐めたら、傷が早く言えるのだろうか?そんな原始的な…。それにそういうのは切り傷ではないだろうか?打撲のような内出血にとても有効だとは、ハルには到底思えない。
「やっ!待って下さい、アスター様!!」
部屋の外には聞こえないように、叫びに似たヒソヒソ声を出して、ハルが逃げようと足に力を入れる。
勿論、アスターはハルを逃がさない。
ハルがバランスを崩した所に片手を入れて、軽く拘束し、自分の膝に乗せてしまった。
驚きのあまり、アスターを見上げると、彼の普段とは違う色気を放ったハンサムな顔が、間近に迫っており、ハルは焦った!
だって、これ…キスされる⁉
…そんな風に彼女が思考した瞬間だった!!
「コンコンコン!」
部屋のドアを何者かがノックしたのだ。
アスターは、歯ぎしりをしながら、心の中で『チッ!』と舌打ちをしていた。
部屋の外は人払いをしていたのに!!
それでもやって来る者など!
心当たりは二人ほどしかいない…。
シルヴァスか?あるいは、もう一人は…?
アスターは、手早くハルの服を整えてやり、呆然とした彼女に耳元で『消毒は終わりだ』と告げて、ドアの方に向かったのだった。
眉間にしわを寄せながら…。




