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35.侯爵邸のランチ

 その日の午後、侯爵家で用意してもらった昼食を目の前に、ハルは眼を輝かせていた!


神力を何の用意もなく、瞬時に大量放出したので、回復するまで少し体がガクガクしているハルだったが、この食事を頂いて、一休みすれば、彼女は自分がすぐに回復できるだろうと思っていた。



なぜなら、侯爵家のランチはハルの好物ばかりだったからだ!



大好きなリンゴ(冥界リンゴは少し風味が変わってしまって残念だが)のパイに、外は硬めで仲がフワッとした歯ごたえのある冥界ブレッド!甘めのソースのかかったお肉に、フライドオニオンたっぷりのサラダ。

サンドウィッチには、卵とキュウリとハムの組み合わせがはずせない…いえ、サーモンもなかなか、甲乙つけがたい。


それに、冥界野菜の付け合わせはコンソメで良く煮込んであって美味しい。

何より味付けがとても懐かしいのだ。


どれも人間界の食材とは少し異なる物がほとんどだが、これらは昔、母が好んでよく挑戦していた料理だ。

簡単な物もあるが、そうでないものもある。



 だが、もっともハルが感激したのは、味付けが母親の料理によく似ていたからだ。


味付けというのは人間界でもその地方で独特の特徴があったりするものだ。

もしかしたら自分の母は、侯爵様の親戚なのかもしれないと思い始めていたが…本当にこの領地の出身者かもしれないな…。


しかも、比較的素朴な料理が好きな私と母の好みは良く似ていたが、この屋敷にきて、こんなにも両親の家に過ごしていた頃の定番ランチに出会えるとは思わなかった。

母好みのサンドウィッチの具の組み合わせまで、ぴったり同じ物ばかり出てくるので恐れ入った。



すごい、偶然!と、ハルは思う。



侯爵家では、人の心の中を移す秘宝の鏡でも使って、客に食事を振舞うのではないかと疑うほどだ。




 ハルが感動しながら、食事をスゴイ勢いで食べていると、アスターがクスリと笑いながら、話しかけてきた。



「君は好き嫌いの無い方だとは思っていたが、今日みたいにうまそうに食べるのは、初めて見たな…。もしかして、昼食に大好物でも混じっていたのかな?」



アスターの提案で、一時的に神力不足でふらつく彼女を食堂まで移動するより早いと、同室に用意されている丸い小さなダイニングセットに食事を用意してもらうように執事に取り計らってもらい、そのままハルは、アスターにベッドから椅子へと、移動させてもらって座っている。


そして、食事開始と同時に、今の状態に至る。


向かいに座るアスターを見ながら、己ががっついた事を恥じつつ、少し頬を染めてハルは笑顔を作った。



「そうなんです!アスター様、ここにある食事って、全部、私の好物ばかりなんです!!それに味付けも、母の料理に似ている気がして…思わず懐かしくて飛びついちゃいました。…はしたなくして、ごめんなさい。」



ハルはこの屋敷の昼食の内容が、サンドウィッチの具のマッチングから始め、どのように自分の好みなのかをアスターに話していた。


側で立っていた執事が、ハルの話を聞いていて思わず、目頭を熱くした。

やや潤みがちになった眼で執事がハルに飲み物を勧める。


「それは、大変光栄でございます。お嬢様…ザクロジュースは、いかがでしょうか。宜しければ、お()ぎ致します。当家のお嬢様がとても好物だったんです…。」



執事の勧めにハルは手を叩いて喜んだ。


「まあ!侯爵家のお嬢様とは気が合いそうね、私も大好きよ!実は私の母も好きだったの…今はもう母は亡くなってしまったけど。」



ハルの話を聞いて使用人達がハッとする…。



「人間界にいた頃、購入していたの。あちらでは高価だから本当にたまにだけどね?ザクロジュースが地上のオレンジジュース並みに飲めるようになったのが冥界に来て良かったことの一つだわ。」



そう言いながら、ハルが執事に向けて片目を閉じて見せる。


その姿が、ラズベルに重なってしまい、執事は堪え切れず、両目に腕を当てたと思うと、『スミマセン!ちょっと失礼いたします。』と、部屋の外に出て行った。


その姿を見たハルが心配そうな顔をして、アスターの方を覗き込む。



「執事さん、どうしたのかしら。アスター様、私、何か気に障ることを言ってしまったのかしら?」


「いや、特に…彼も色々、あるのかもな…。しかし、ハルの好みのサンドウィッチが偶然、出てくるとはスゴイな。どれ、覚えておいて、フォルテナ家でも作るように料理長に頼もうか?」



アスターの親切な申し出に、少し慌てたハルが両手を上げて止めにかかった。



「ア、アスター様、嬉しいんですが、料理長さんにそんな事を言っちゃうと、毎日大量に同じものが出てきそうな気がします!!」



ハルの困った顔を見て、アスターは思わず噴き出した。



「それもそうだな!アイツはちょっと、過剰だからな。」


「もう、アスター様ってば、何で笑っているんですか⁉私は本気で心配してるんですよ?毎日サンドウィッチが出てきたら、アスター様だって食べなきゃならないんですからね!」


「おお!確かにそれは困る!!」



アスターは大袈裟に手を広げて、わざとらしくハルに困った顔をして見せた。



「もう!!本当に本当に、困るんですからね?アスター様ってば、ふざけないで下さい!!」



赤い顔をしてムキになったハルに、密かに嗜虐心を刺激されるアスターであったが、そろそろ悪ふざけを辞めにして、笑うだけに(とど)めることにした。


その一部始終を微笑ましく見守りながら、古参らしいメイドがハルに先程、執事が勧めたザクロジュースを彼の代わりにグラスに注いでくれた。



「あ、どうもありがとう!」



すぐに、ハルが声をかけると、彼女は嬉しそうに笑んだ。



「ハルリンド様、ラナンクル領はザクロの名産地なんですよ。これは搾りたてのジュースですから、冥界でもそう簡単には味わえません。是非、たくさん召し上がって下さいね。」



そして、メイドは実に愛おしそうにハルを見詰める。


ハルを囲む食事風景は実に和やかな時が流れるようであった。

ラナンクル侯爵邸に外部の人間が訪れる事は、もう久しく無かったが、ハルのいるその空間はまるで、ラズベルやディアナが生きていた頃が甦ったかのように、明るい雰囲気に包まれている。


少しして、執事が『先程は失礼しました』と言って、部屋に戻ってきた。


ハルが心配そうな視線を向けると執事は、『本当に、申し訳ございません。この年になると目の調子が悪くて…ゴミが入ってしまうと涙が止まらなくなるのです。』と説明した。



「そうなんだ…良かった。私、何か変な事を言っちゃったかと思ったから。あ、執事さん、ザクロジュース、頂きましたよ!本当に美味しいですね!!もっと、好きになっちゃったかも…。」



ハルが執事に気さくにそう話しかけると、今度はあろうことか、その声と表情にディアナが重なってしまい、再び彼の心に熱いものがこみ上げてきた!



「うっ!!」



と、再び声を漏らしたかというと、執事はまた『スミマセン!!本当に目が!ちょっと失礼します。』、そう言いながら、部屋を出て行ってしまった…。


一体何事かと、今度はアスターもハルと同様に怪訝な顔をして、執事の後姿を見守った。



「執事さん、本当に平気かしら?お医者様に診てもらった方が良いのではないかしら…。」


「あまり関係のない者が差し出がましい事を言うのは気が引けるが、彼は大丈夫なのか?」



ハルもアスターも同時に、心配顔を作って、先程のメイドに問いかける。


メイドは『ホホホ』と嘘くさく笑うと、汚れた皿を下げながら、新しいの物と交換して何事もないかのように(しゃべ)った。



「少し休めば平気ですわ。いつもは、彼もあんなじゃないんですけど…今日は嬉しすぎる事があったものですから。調子の悪い眼が、余計に誤作動してるだけですよ…気になさらないで下さい。」


「?」



意味深なメイドの言葉にアスターもハルもそれ以上、深くは聞かず食事の方に集中することにした。



 それから、しばらく楽しい食事タイムを過ごしていると、神力の欠乏の為か、突然ハルは激しい眠気に襲われた。(まぶた)が閉じそうになり、フラフラとし始めた彼女を見止めてアスターが少しベッドを借りて休むように促した。


ハルは眠気に耐えきれず、大人しくアスターの言葉に(うなず)いて、今度は抵抗なく横抱きにされて運ばれていく。


可愛く胸元に(すが)りついてくるハルの小さな手を感じながら、フォルテナ伯爵は胸をいささか、キュンキュンさせた。


ハルをベッドに入れて、しばらくその綺麗な顔を眺めながら、口元を緩ませていると、先程の執事がアスターに声を掛けてきた。



「フォルテナ伯爵様。」



アスターは振り向いて、老執事の姿を目にすると口を開いた。



「目…。」


「ハイ?」



執事は答える。



「目は大丈夫なのか⁈」


「・・・・・。」



アスターの問いにしばらく沈黙する老執事は、眼を泳がせながら、再び答えた。


「大丈夫です…。あの、その件も絡みました、お話がありまして…宜しければ、お部屋の外に出ては頂けないでしょうか?すぐに家令を呼んで参ります。」



フォルテナ伯爵・アステリオスは首をかしげながら、黙って執事に従うべく部屋の扉の方に体を向けた。



「わかった…。何だか知らんが、私もなぜこちらの領地に適応する魔法陣をうちのハルリンドが使えるのか疑問に思っていたんだ。話を聞こう。」



打って変わって鋭い瞳を向ける青年貴族に、執事は思わず見惚れながら、部屋の外へと案内を始める。



『なかなか良さそうな(青年貴族)ですね…』と、内心執事はアスターについて思っていた。


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