3.引き取られる先が決まりました!
シルヴァス(さん)が、やってきた!
ハルの居る、施設の面談室に。
<ハルの視点>
シルヴァスさんは、いつも通りの人好きのする笑顔で、『君に大事な話があるよ』と、私を椅子に座らせた。
「こんにちは、シルヴァスさん。お仕事があるのに、いつも会いにきてくれて、ありがとう。」
私は軽く挨拶をする。
シルヴァスさんには感謝している。
最初に保護してくれたというだけなのに、時々様子を見に来てくれて、困ったことがないかと、いつも気にかけてくれた。
施設内に慣れてくると話を聞いてくれたり、孤児院のみんなにお土産を持ってきてくれたりもした。
それに、施設の子が次々に引き取られていって、最初から残っているのが私だけになってしまっても、彼は常に『大丈夫だよ』と明るく励ましてくれたのだ。
落ち込んでいる時は、『君だけ特別だよ』と、私だけに別のお土産をくれることもあった。
それでも己の現状を考えると、どうしても暗い顔しかできない自分に、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「今日は、どんなお話があるの?」
大事な話があると言ったシルヴァスに、ハルは真面目な顔を向ける。
「実は僕の古い友人で、ここ冥界に住んでいる奴がいてね。少々、問題のある男だけど、君を引き取る条件を備えているんだ。」
『僕としたことが、全然気付かなかったんだけどぉ~』と頭を掻きながら、彼は続ける。
「約束事がいくつかあって、君にとってさ、不本意なことも色々とあるかもしれないんだけど…このままだと学校へ行くのが、遅れちゃうからさ…とりあえず、引き取られてみない?」
ハルは目を見張った。
保護者ができれば、母が行かせたいと望んでいた現人神養成学校に入れるのだ。
この二年間、自分がいかに引き取る価値のない、望まれない子供なのかということを思い知った。
現人神は人間よりも養子を取るという話は本当で、後から入ってきた子供も日々、孤児院から養い親の元へ巣立って行った。冥界の孤児院も孤児は現人神社会より少ないが、似たようなものだった。
その中で自分だけが、残り続けている…。
今更どんな不本意な条件があろうとも、どんな人が養い親になってくれようとも、自分をここから出してくれるだけで、ありがたいことなのではないかと思う。
学校にさえ通わせて、もらえるのなら!!
ハルは椅子から立ちあがって思わずシルヴァスの手を取る。
「シルヴァスさん、ありがとう!本当にありがとう!是非、是非、よろしくお願いします。」
目に少し涙を浮かべてまで、喜んでいるハルの姿にシルヴァスは頷いて優しい眼差しを向けた。
その頬は気付かない程に、ほんの少しだけピンク色になっていた。
シルヴァスは、自分が彼女を保護した日から、こんなに喜ぶ顔を見たのは、初めてだった。
<シルヴァス視点>
だから、本当に頭にきたのだ。
フォルテナ伯爵の心無い言葉や態度には…。
(まあ、確かに自分が半分騙したような…無理やり引き取らせてしまった節はあったのだが。)
ハルに心からの感謝をされてから二日後。
僕はフォルテナ伯爵とハルを引き取るため、再び孤児院に訪れていた。
孤児院の自室から荷物をまとめさせてハルを呼び、養子縁組の手続きを済ませるため、初めて二人は顔を合わせる。
フォルテナ伯爵は、背の高いがっしりした体形で髪の色は漆黒、目は冥界貴族では珍しい、新緑を思わせるようなグリーンで、顔は精悍なハンサム枠に入るが、良く言えば男らしい…悪く言えば、威圧感があって不愛想な見た目をしている。
最初ハルは、体の大きな伯爵を見上げて驚いたような顔をしていたが、すぐにフォルテナ伯=アスターの奴が睨んだように彼女を見たために、たじろいでしまった。
そして奴は早速、朴念仁っぷりを発揮しやがった。
「何だ、これは?!全然話と違うではないか。」
(伯爵)
ハルはボーッと突っ立っている。
「違うとはなんだ?僕はとっても良い子なのに気の毒な境遇故、里親が見つからず、学校に通うことのできない少女を助けるのに、協力してくれと言ったのだが?」
(シルヴァス)
「ああ⁈」(伯爵)
「アスター、君は、冥界紳士として『そのように困っている少女がいるのなら、自立の年になるまで援助してもいい』と言ってくれたじゃないか。」
(シルヴァス)
「た、確かに言ったが…お前の言っていた少女とは違う!」
(伯爵)
「僕の言っていた少女?それはどんな少女だ?僕は彼女のことを言っていたけど…何か勘違いしたのでは?まさか君、伯爵様の癖に他の独身野郎みたいな下心があるわけじゃないよね?」
(シルヴァス)
「い、いや…下心なんてあるわけないだろ⁉だが、お前は確か、弱っていて可憐な少女で…俺の母に似ている少女だと言っていた!!」(
伯爵)
…ああコレ、下心あったな。
(シルヴァス・心の声)
それを聞いたハルが『ははぁ~』と思う。
自分の容姿は、小さくは無いがやや釣り目の瞳に黒髪、顔だちも可憐な女の子というより、キリッとしたタイプだと言われていた。
きっと、この人が想像していたタイプとは、違うのね…。
つまり、私は好ましくないタイプなんだわ。
もしかしたら、引き取ってはもらえないかもしれない。
(ハルの心の声)
とても、悲しい気持ちになったがハルは無表情で二人を見ながら、立っていた。
ここで泣き崩れたりすれば、少しはカワイイ女の子に見えたのかもしれない…。
けれど可愛げのない自分には、そんな事はできなかった。
すると、シルヴァスが『大丈夫』と目配せしてきて『自分に任せて』とでも言うように、ウィンクをした。
「その通りだよ、アスター。ハルは二年もこんな処で放置されていて、学校にも通えず、本当に弱っていたんだ。わずか13歳で一人ぼっちになったのに、健気にも弱音を吐かず、一生懸命悲しみに耐える姿は、本当に可憐だった…。君のお母さんも、可憐な姿形とは裏腹にとても忍耐強くて、気高かった!正にそんな内面がハルと重なったんだ。そっくりだよ!」(シルヴァス)
「内面…。」(伯爵)
フォルテナ伯が小声でなんか言ったようだ…。
「さあ、どちらにしろ困っている女性を助けるのは、お貴族様の務めだろ?下心がないなら、君の助けを必要としている少女を放り出したりしないよね?それとも、フォルテナ伯爵は平気で友達を裏切り、助けられる少女を見捨てるのかい?」(シルヴァス)
「ぐぬぬぬ。シルヴァス貴様、謀ったな…。」(伯爵)
フォルテナ伯爵は、苦虫を押し潰したような顔をしていたが、
「わかった。俺は約束を破らない。18歳の自立が認められるまで我が家で面倒を見よう。」
と言ってくれた。そして、
「だが、シルヴァス。貴様はいつか、覚えてろよ。」
と、付け加えた。
私は、自分がこんな風に押し付けられるようにしなければ、引き取ってもらえないのだと思うと、情けなくて、涙が出そうで、それを知られたくなくて、顔が見えないようにずっと下を向いていた。
傍からは、たいそう暗い少女に見えたに違いない…。
そしていざ、養子縁組の契約時、伯爵様はいくつかの条件をシルヴァスと担当の職員の前で、何度も私に確認させた。
それはもう、二人が呆れるほどに。
「良いか?我が家と君の縁があるのは、君が18歳で自立をするまでだ!責任をもって教育と養育をするが、正式に養子にして、伯爵家の籍に入れるわけではないから、あくまで私は君の自立に手を貸すだけだ。」
伯爵は口を尖らせて、口角泡を飛ばす勢いでその後も言葉を連ねる…。
「君はまだ子供だから、心配することは無いと思うが、お互い独身で誤解を招くことになると困る。必要以上に馴れ馴れしくはしないように!」
「おいアスター、お前…。」
シルヴァスが何か言いかけたのを、上から覆いかぶさる様に伯爵が続けた。
「それと、周りがそろそろ私に結婚しろとうるさいが、君の養育中は婚活などしないから安心したまえ。コブツキでは、花嫁を見つけるのに支障がでる…いや、何、あと三年ほどだから気にするな。」
それから、伯爵はちょっと考えたように目を上にやってから、『コホン』と一つ咳払いをして見せる。
「だが、私もこれで、しばらく大手を振って、独身暮らしを続けられると思うと…これは、かえってありがたいな。うん…。」
伯爵のこの一言には、ハルも流石に呆気にとられた。
担当職員は終始、口を開けっ放しである。
更に続けられる伯爵の言葉も、何というか…とてもよそよそしいし、温かみを感じられるものではなかった。
「最後に勿論だが、将来『お互いの同意があった場合に婚約対象として認めるか』という部分だが、『認めない』にチェックを入れるから、私の嫁になるかも…などという心配はしなくて大丈夫だ!」
これは、里親側が一方的に取り決める事ができる部分だ。
別に彼の花嫁になりたい訳ではないが、こうも念を押す様に言われると気持ちのいいものではない。
自分の中にある少女としての何かが、パリンと音を立てて壊れたような気がした。
『何もこの人に期待してはいけない。』
わかってはいるけど、保護者ができても、家族を持てたわけではないという事実は想像以上にハルの心の中を冷たくさせた。
皆が冷えた目で伯爵を見守る中、契約書が無事に提出され、ハルは後見人を得るという形で戸籍を取得することができた。
☆ ☆ ☆
その後、ハルは伯爵の屋敷に連れられていく…。
彼女は、貴族の家など見たこともなかったので、大きな屋敷に目を丸くした。
その様子は少女としては可愛いものだったのだが、伯爵は一々、お前の家ではないと強調するように、紹介した執事や召使達に、
「今日から、約三年間面倒を見ることになった娘だ。お前たち、嫁候補ではないから誤解するなよ?情が移るのも困るので馴れ馴れしくしすぎないように…かといって、滞在中はできるだけのことは、してやってくれ。」
という、何だかなぁというような難しい注文をしていた。
そして伯爵はようやく、ハルと顔を合わせてから、初めて自己紹介をしたのだった。
「申し遅れたが、私はアステリオス・シザンザス・フォルテナ伯爵だ。親しいものや家の者はアスターと呼んでいる。君も『アスター』で構わない。何か困ったことや聞きたいことがあれば、執事のホルドに言いなさい。」
彼女はコクリと首を縦に振って、自分も自己紹介をした。
それから、屋敷の召使たちにも挨拶し、『よろしくお願いします』と一人一人に言って回った。
ハルが部屋に入るまで、心配して着いてきてくれていたシルヴァスが、別れ際に申し訳なさそうに口を開いた。
「ハル、ごめんね。アスターは悪気はないんだけどデリカシーがなくて。君を傷つけてしまうかもしれないけど、学校に通って自立する為だと割り切り、頑張ってくれないだろうか?僕が君を引き取れたら、どんなにいいかしれないけど…色々難しくて。」
「シルヴァスさんには、良くしてもらってばかりだわ。伯爵様は遠慮のない人みたいだけど、私は大丈夫!私みたいに、地味で可愛げのない子を引き取ってくれるだけで…ありがたいわ。」
ハルは心の中で、『私が彼の立場だったら、きっと同じ風だったかもしれないわ。』と思った。
ハルの自信のない言葉と表情を見て取ったシルヴァスは、眼を三角にした。
「ハル!そんな風に自分の事、言ったらダメ。ここ(冥界)の連中のブームがたまたま今エンジェル系なだけだから!君は可愛いし、絶対美人になる!学校を卒業したら冥界から出て、現世で仕事をしなよ。自分の魅力がすぐにわかるさ。」
「シルヴァスさんったら…。」
「それに大人になれば冥界人だって、すぐに君の魅力に気付くと思うよ~?もし、何かアスターに、嫌なことや意地悪されたら僕に言って?何とかするからね。」
シルヴァスがあんまり親身に言ってくれるものだから、ハルは嬉しくなって、今日初めて、こっそり笑んだのだった。
シルヴァスの方はアスターに対して、いくら何でも15歳になるかならないかの女の子に、あの態度は無いと再び思い返していた。
自分が『無理に押し付けた』と言われても、ハルは傷心で両親を亡くした女の子なのだ。
朴念仁に再度の腹を立てながら、一方でアスターがハルを気に入らなくて良かったという気持ちも、実はあった。
この二年間で、シルヴァスはハルをすっかり気に入っていたのだ。
契約の時、自分はアスターに何度か、先のことはどうなるかわからないんだから、一応娶れるように契約しとけと言っておいたのだが…。
アステリオスは無視をした。
本当は二人が、お似合いだと思ったのだ。
アスターの好みが、結婚するまで地上で活躍していたエンジェル系・現人神の彼自身の母親だったとしても(マザコン)。
確かにハルの見た目はアスターの好みとは違うが、凛とした雰囲気といい、冥界の貴族として二人なら、うまく助け合えるような関係になれると精霊系の己の血が、直感したのだ。
(※春風の精霊の血が強いシルヴァスは恋を運ぶのも得意)
アスターは、言い回しはキツイし、誤解されやすいが、本来はいい奴だ。
何だかんだ言ったって結局ハルを引き取ってくれて、自立するまでは面倒を見てくれると言った。
下心無しなら、更に立派だと思う…。
だから、橋渡しになれればと考えたのだが。
『アスターがハルに全く興味がないなら、それはそれでいいや』とシルヴァスはニヤリと笑った。
そうして、ハルが案内された部屋に入り、メイドに色々説明を受けているのを確認し、シルヴァスはアスターに、くれぐれも彼女の事をよろしく頼むと念を押して、帰路に就く。
「またしばらくしたら、様子見に来るから。」
と言い残して。