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30.冥界アルバイト初日の現場決定!

 オグマ先生がフォルテナ伯爵邸を後にする時。


シルヴァスさんもついでだから、一緒に人間界に戻ると言って、出て行った。



「ハルの誕生会はちゃんと打ち合わせ済みだから、安心してね!」



と、またいつものように、片目を瞑り、私に声をかけて…。




 そして次の日。



学校の授業終了後、オグマ先生は早速、冥界での仕事の計画を立てたと、私にスケジュール表を渡してきた。



『一日で作ってきたのかな?』

『もしかして、既に事前に用意してたとか?』

と思うと、相変わらずの用意周到さに頭が下がる…。



私は、すぐに『ありがとうございます』と挨拶して、スケジュール表を覗き込んだ。


しかし次の瞬間、私は驚きの声をあげることになった。



冥界での仕事(アルバイト)の初日が、明後日だったのだ!



多分、来週あたりからだろうと思っていたので、オグマ先生の顔を思わずまじまじと見てしまった。



確かに、仕事を増やしたいとは言ったが、結構な過密スケジュールに、先生のスパルタっぷりが伺え知れる…。色々な場面で、彼は生徒を鍛える気、満々の教師なのだ…。


それと確認した所、やはりアルバイトはアスター様とペアになっているとの事だった。



「その方が、お前の後見人も安心して仕事に寛大になるだろ?奴もいずれ、冥王の勅命でやらされるハメになる仕事だ…一石二鳥というものだろうが。なあ、ハルリンド、俺は優秀だろう?好きなだけ誉めていいのだぞ?誉めて…。」



そう言って迫るオグマ先生に、ハルは人間界で那岐(なぎ)に教えてもらった上司に贈る言葉を浴びせることにした。



「先生、流石です!よっ!学園一の頼れる教師!!冴えてる!キレてる!イケてる!ナンバーワン!!」



ちょっと、セリフっぽくなっちゃったかなぁ~とドキドキしたが、視線を向けた先のオグマ先生の鼻が、(非常に伸びて)高くなっていたので、これは間違えでは無かったと確証を持った。


改めて那岐はすごいな!頼れる兄貴分だと、見直すハル。



「今度、人間界でアイスを奢ってあげよう…。」



私の小さな呟きを聞いていたのか、聞いていなかったのか、オグマ先生はまだ胸を張って鼻を天に向け、高く上げていた…。


授業終了後も、まだ教室に残っていた生徒がオグマ先生にチラチラと白い視線を投げかけていたのを感じ、私も早々に教室を退散しようと思って、一歩、二歩、と後ろに向けて、出口の方に後退して行った。


やがて、オグマ先生の姿が見えなくなった所で、元気よく『先生、さようなら!』と フォルテナ伯爵邸につながるドアに向けて走り去ったのだった…。



 ☆   ☆   ☆



 学校から伯爵邸に戻ったハルリンド。



早速、予定通りに冥界の方に勤務先が変更になった事を、アスターや執事達に報告した。


従来通り、人間界の現人神としてのアルバイトには違いないが、そこから冥界の人手不足解消のために駆り出されているという形で、統括センターの方には、月一回、報告の為に足を運び、基本は冥界の仕事先に直行、直帰となるのだ。


上司の指示は、センターの方から連絡が無い限り、ペアのアスターに従うという事になっている。


ハルの報告と担任教師の作成したスケジュール表を確認しながら、『初日が明後日とは…』と、アスターも苦笑いをした。



「あの、オグマとかいう担任教師は恐ろしく隙のない男だな。ハルのスケジュールは学生だというのにビッチリだ。私にはこの程度の仕事は大したことないが、君は学生な上に女性で若い…私一人でも問題無い場所もあるのでキツければ、少し減らしてもらうように私から言うが?」



アスターが心配そうにハルの方を見詰める。

しかし元より、自分の方から仕事を増やしたいと先生にお願いしていたのだ。

今度は多すぎるから、少なくしてくれなどと、言える筈がない。



「いえ、自分で言い出したことなので!冥界で直接、瘴気の対応をしたことは無かったから、勉強になります。私、頑張りますから。アスター様、宜しくご指導をお願い致します。」



真面目で真っすぐな性格のハルの答えに、アスターは眩しい物でも見るような眼をして、少しだけ口の片端を上げる。



「わかった。では、遠慮なく指導させてもらうが、結界を張って人間界に瘴気を漏らさなくする作業とは違って、直接の浄化は一つ間違えると、自身が瘴気を吸い込んでしまう可能性が高く危険だ。厳しく接することになるから…覚悟してくれよ?」


「はい!」



ハルは元気よく返事をした。


それを聞いて、部下設定とか言うのも、いいな…なんて、アスターは思っていた。


『可愛いから、少し厳しくしちゃおうかな…』と、

嗜虐心の含まれた歪んだ愛情表現と妄想に走る、最近、特に残念な伯爵アステリオス・シザンザス・フォルテナ。


伯爵の冥界神らしい性癖が垣間見えるのには、ハルは知る(よし)も無い。



不健全な妄想を抱くアスターは、ハルのスケジュール表を再確認して、明後日に入っている初仕事の行先に目を止めて思った。



それにしても…まだ私の方に冥王からの使者が仕事の依頼に来てもいないうちに予定を入れてくるとは…。

アレステル・オグマはせっかちな男だな。

まあ、私からしたら少しでも多く、ハルと同じ時間が過ごせるので良いのだが。

恐らく、冥王の使者は夕方辺りに、ハルの担任教師が作成したスケジュール表と同じ内容の勅命を持って、フォルテナ邸に大急ぎでやってくるだろうな。


なにせ、初仕事の依頼が一日()けて、()()なのだから…。



「初日の仕事場所は…、ラナンクル侯爵領の『愁いの森』か。」



何の気無しに、目にした依頼現場を口にするアスターの呟きにハルが問い返した。



「愁いの森ですか?」



冥界の知識は少ないのであろうハルにアスターが説明する。



「ああ、冥界には多くの魂が暮らしている。いきなり死後に輪廻転生や天国に行きたい者ばかりではないからな…時には未練を断ち切るまで成仏したくないと考える者に、時間と場所を与えてやるのが冥界神の役目でもある。」


「はい、少しだけど授業や孤児院でも習いました。」



ハルは少し自信なさげに答えた。



「だが、浄化された魂や未練の無い次のステップに旅立った人間とは違い、冥界にいる人間達はとても不安定で、その思念の持ち方次第で、瘴気や陰気を呼び込んだり発生させやすい。」


「はい…。」


「それを治め、平穏を保つのも冥王に連なる冥界神の務めだ。従って、各貴族である冥界神の治める領地には、集まる人間にまつわる地名が付く場所も存在する。」


「なるほど。まつわる地名ですか…。」


「例えば『愁いの森』は、日々、人々が冥界人(中級神以下の貴族階級ではない庶民神)のサポートの元、平安な時を送るため、地上に残した小さな悲しみを一時的に癒す目的で訪れる場所だ。」


「悲しみを癒す…?」


「愁いの森の泉や川には、現世での悲しみを癒し、洗い流して、前向きにしてくれる効果があり、数年前まではちょっとした観光スポットになっていたんだ。数年前まではな…。」



()()()まではと聞き、ハルは目を丸くして質問をした。

今日(こんにち)では、かつての観光スポットが瘴気・浄化対象となり、自分達の依頼現場として名があがっているのだ。



「そんな場所があったんですね。今は観光スポットではなくなったのですか?人気が落ちたという事でしょうか?それで放置されて瘴気が満ちたとか?」



ハルは自分が人間界で暮らしてい頃、両親から、人や神の寄らない場所には良くない『気』が満ちやすいのだという事を良く聞いていたので、単純にそう思った。



「人気が無くなったわけではない…先に人間が入れない、立ち入り禁止地帯になったんだ。地名だけそのまま、残っているが、瘴気が立ち込めていることは、大々的には知られていない。」



アスターの言葉を聞いてハルは考えた。


悲しみを癒してくれていた筈の森に瘴気が発生するとは…確かラナンクル侯爵(?)領だと聞いていたが、ハルはそれ程、冥界貴族領について詳しく勉強した訳ではない。


学校は現人神専門の教育なので、冥界の事もサラリとは学ぶが、あくまでもサラリ…である。


来てもらっていた家庭教師も、アスターみたいに貴族の跡取りという訳では無いので、不自由しない程度の知識を教えてもらっている位で…そもそも、同じ現人神養成学校に通ったと言っても、冥界生まれ・冥界育ちの伯爵と違い、冥界暮し自体が少ないのだから、知識も少ないのは当然である。



一体、ラナンクル侯爵とは、どんな方なのだろう?



貴族として長く生活すれば、そうした貴族同士の事は知る事が可能なのだろうか。

しかし、アスター様は、大々的には知られていないと言っていた…なぜ知られていないのだろう?

領主であるラナンクル侯爵は特に人気が無くなった訳ではないのに、森を放置しているという事だろう…瘴気を浄化しないのだろうか?

いや、出来ない状況という事なのだとしたら…それを知られたくないという事なのだろうか?



色々な疑問がハルの頭の中で渦巻いた。



「アスター様、なぜ領主でなく私達が浄化を任されたのですか?そして森の事は、なぜ知られていないのですか?瘴気が立ち込める危険地域なら、知られた方が立ち寄る人間も現れないでしょう?」



まずは一番知りたいことを、彼女はアスターに問う。



「さあ?ラナンクル侯爵の領地は遠く無いが、付き合いがある訳でもないし…そもそも高齢だから、私の代では王都でも会った事が無い。詳しくは知らんが代替わりもないようだし…病気ではないかという噂もある。とにかく周りと付き合いをしていないようだ。」



そして伯爵は、


『だが…なぜ侯爵本人が浄化作業をしないのかというのは、人(神)様の領地の事なので、口を挟むのは、余計なお世話になるし何とも言えん。』


とハルに余計な事に首を突っ込まない方が良い事をやんわりと匂わせた。



「相手は侯爵で物申せる者は、そういないだろうしな。侯爵以上の大貴族や冥王様でも森の事には触れていないんだ…。しかし(くだん)の事件が発端で、地上から現人神達の働きかけがあり、冥王様も無視できなくなったんだろう。」


「冥界の瘴気が、現人神や人間界に悪影響を与えるマッド・チルドレン達に、力を与えてしまう事になったからですね?」


「そうだ。あまり大々的に瘴気の多い場所を一般に知らせないようにしているのも、冥王様が元々そうしたことを想定して情報を外に出さないようにしていたのかもしれん。にも拘わらず今回、冥界の情報を何者かがマッド・チルドレンに流しているのが問題になった。そのお陰で…。」



一度、言葉を切ったアスターは、喉が渇いたのか、執事の持ってきたお茶をすすって、再び話を続けた。


『他貴族様の領地だからと言って、みすみす瘴気の満ちた状態を放置できなくなった。』

『そして、侯爵の代わりに誰かを無理やり送り込み、マッド・チルドレン達に狙われる可能性のある場所を先回りして浄化し、事件の再発を防ぐ目的で、我々がその仕事を任された』

…のだと。



「くどいようだが、侯爵様がなぜ領地を管理しきれないのか…それに関して詮索することは許されない。理由はわからんが貴族の顔を潰すことになるからな…。」



再びアスターは念を押した上で、話を続ける。



「だが、冥界にはそうした同様の場所が存在し、今までその情報を調査する仕事を請け負っていた者達が今、数人王都に呼ばれている。その調査書を元に今後も私達のような余裕のある者にしばらく仕事が振られるだろう。」



そうした情報を調査する仕事をしていた人達が、まだ問題ないと判断していた場所がマッド・チルドレン達の標的になっていた…。


ある程度はわかっていたが、アスターに色々と整理して説明し直してもらったお陰で、ハルは改めて、しっかり仕事に取り組もうという気持ちになっていた。


結局、侯爵様がなぜ?

という事には、貴族様のメンツ(ゆえ)、知ってはいけない、聞いてはいけない事と教わり、知ることが出来じまいだが、色々な理由があるのだろう。


高齢なら本当にご病気なのかもしれないし。


頑固なお爺ちゃんで世代交代したくないとか…弱っている所を誰かに知られたくないとか。


そんな所に呼ばれてもいない余所者の私達が行けば、仕事先の領地では歓迎されないだろうと容易に想像できる。


しかし、冥界初日の仕事となるのだ!

そんな事にへこたれず、任務を確実に成功させてやろうとハルは心に強く決意した。

そうすれば、その後も波に乗ったように、このハードスケジュールを乗り越えられるような気がした。



 グルグルとラナンクル侯爵について、様々なストーリーを頭の中で描くハルの百面相を眺めながら、アスターはおかしそうに声を掛けた。



「ハル…。人(神)様の事について、そんなに思いめぐらせてないで、おやつでも食べたらどうだ?学校から戻ったばかりだろ?お茶が冷めるぞ。」



ハルはホルドが持ってきたお茶の横に置いてある焼き菓子に眼を向けた。

思案顔を辞めたハルが、



「そうですね。」



と、微笑んでフィナンシェを頬張る。



 可愛い笑顔にアスターは、なぜか彼女の顔を無性にハムスターのようにしたくなった。



「ハル、これも美味しいぞ。」



そう言いながら、伯爵が次々とお菓子を彼女の口に詰め込み始めた。

はしたなく、食べさせてもらう事に抵抗を覚えたハルだったが、物申す前に口の中に『ムギュ』っと、クッキーやらマカロンやらを詰め込まれ、何も言葉を発することができなくなってしまう…。



本日もテーブルいっぱいに料理長が過剰のお菓子を用意していた。

料理長の平常運転ではあるが、後で残った物を使用人に分けると言っても、多すぎである。


すぐに、アスターが想像したハムスター顔を披露することになったハルが涙目でアスターを見ると、彼はそれを嬉しそうに眺めていた。


ハルにはわからなかったが、それは紛れもなくアスターが快感に浸る顔である。



 伯爵のおかしな行動は、部屋の端でそれらを目撃していたステラを、震撼させていた。



「ハル様が、心配だわぁ。初日から遠出のお仕事、大丈夫かしら…。」



その日に帰って来れるとしても、侯爵領は朝出て行って、帰りは夜になるだろう。

学校が当日と次の日の二日間、休みなのでどこか泊ってから戻ることになるかもしれない…。


アスターが自分の気持ちを認識してしまったであろう事に、この数日で気付いていたステラだったが、自分の思い描いた方向には自体が進んでいない事を知り、複雑な気持ちでいた。


その横を通り過ぎるホルドは相変わらず、アスターの姿を微笑ましく見守っている。


男同士なら、アステリオス寄りの気持ちなのかもしれない。


しかし、ステラは恋をすれば朴念仁であったアスターも所詮、冥界神気質満点であった事を知り、ハルに対し、主人をけしかけた事に罪悪感を抱いていた。


 

 ステラの罪悪感がこれからも続く事になるとは…まだ誰も知らない。


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