2.問題発生→うまくいかない…。
『すぐに保護者は見つかるよ』
シルヴァスがそう言った日から、随分と時間が経った。
あれから、ハルはシルヴァスに連れられて現人神の運営する孤児院に入居する。
そして他の子供たちと暮らすうちに、父母が封じていたハル本来の神力が強く現れ始めた。
父親の能力よりも遥かに強く内在する彼女の力は、その質からして人間界ではなく、黄泉・冥界のものだと確定された。
冥界出身の母。
彼女の血は強かったようだ。
冥界での貴族は支配者である王に連なり、それぞれの治める領地の死者をなだめたり、冥界に発生する瘴気やマイナスのエネルギーを消化する勤めを持つ。
当然それには大きな力が必要だ。
冥界の力を多く受け継げば、多く受け継ぐほど…その力が大きければ、大きいほど…それだけ見た目も冥界寄りの容姿になるというものだ…。
だから、黒かったハルの瞳も、封じられていた力が解放されると共に、本来の色を取り戻す。
現れたのは、美しい青紫色だった。
冥界で青紫は『高貴な色』。
冥王は代々金色の瞳をしているというが、その次に高貴な色とされているのがこの色で、庶民には無い色である。
これはもうハルが半分貴族の血を引いているという決定的な証拠だった。
しかし…実はこれが大きな問題となってしまう!
神様社会の養子縁組では、『養い親が引き取る子供に対して、しっかりと教育できる環境を持っているか?』が、特に重要視される。
つまり能力の高い子供は能力の高い親が必要だし、貴族の子供は貴族の養い親がつく。
つり合いがある程度取れないと、養子縁組の許可が下りないのである。
まあ、時と場合によりけりで、子供の能力が低い場合なら、あまり問題がないし、絶対というわけでもないのだが…冥界などの場合だとこれがかなり、『絶対』になる…。
貴族自体が少ない中、そこで保護者を探さなければならないのは、それだけでもやや不利なのに…既婚の貴族は高貴な血を引いているからといって、身元のはっきりしない子供を家に入れたがらない事も多い。
独身貴族が養い親を買って出る場合もあるが、これはお互いが気に入れば、未来のお嫁さん候補にしても良いという保険の意味合いがある。
その場合は養子縁組の際に、『子供側の合意があれば、将来婚姻を認める』という契約を結ぶ。
そして、養い親は契約により、優先的に適齢期になった子供に異性としてのアピールを許されるのだ。
契約を結ばないと、婚姻を結べないわけではないが、18歳になると子供は自立が認められ、一度は家を出なければならない。
結婚適齢期の異性から積極的にアプローチされることになり、養い親はそれらの異性より、後回しの接触を余儀なくされるので、振られる可能性も高くなるという訳だ。
いずれにしても、『はぐれ現人神』に認定され、『ここに嫁ぐように』と強制されるよりは、ずっと自由で本人の意思が優遇されている。
できる事なら、両親揃った家庭に養子に出されるのが最も良い話だが…現実問題としてハルにはそれが難しかった。
このままだと、夜雲ハルは『はぐれ』のままだ…。
この際、ワガママは言ってられない状況と言えよう。
独身貴族だろうが何だろうが、とにかく誰でもいいから、早く自分を引き取ってほしい!
ハルはそう強く願っていたが…。
程なく彼女は神力の質を考慮されて、すぐに冥界の孤児院へと移される。
これがまた、裏目に出た。
貴族の既婚者は冥界でも依然として同じで、なかなか保護者に見込めそうになく、養い親希望の独身者の間では今、妖精系や天使系の金髪や可憐なタイプの女の子が、空前の大ブームとなっているのだ。
性格が素直で可愛くて、無邪気な上に育てやすいし見た目も綺麗。
冥界のようにどちらかというと暗い気が溜まりやすい場所では、地上や天界の光が良く似合う子が、そばにいるだけで、癒しになるというのだ。
しかしその容貌たるや…ハルみたいな冥界の申し子のような見た目とは正反対ではないか!
それにどちらかというと、ハルの性格は明るい方ではないし、素直とは程遠く、甘え下手。
冥界での能力が高いがゆえに、高度な教育が必要とされ、育てづらさそう。
冥界の孤児院では、ハルはそのような印象を里親希望者に持たせてしまうのである。
『きちんと育てれば優秀になるのは目に見えているのだから、母親の生家さえ、はっきりしていれば、既婚貴族の夫婦から引っ張りダコだっただろうに…。』
心配して、定期的にハルの様子を冥界まで見に来ているシルヴァスは、そう思っていたのだが…。
☆ ☆ ☆
彼女が孤児院で生活するようになってから、二年が経つ。
もうすぐハルは、15歳になってしまう。
<シルヴァスの声>
現人神養成学校への転入を考えると、いい加減に養い親を見つけてやらねばならない。保護者を探すと約束したのだ!!
最近のハルは、両親を亡くした当初に増して暗い。
周りの子供たちに次々と保護者が決まり、施設から出ていくのを目の当たりにし続けて、随分と落ち込んでいるようだ。
可哀そうに…自分に相当、自信を失くしているな。
僕から見たら、色々素直になれないところが可愛いし、冥界の代名詞みたいな容姿は凛としていて、青紫の瞳も黒髪も綺麗だ。
愁いを帯びている表情もミステリアスな雰囲気も年を追うごとに魅力的になっていくのを感じる…何と言っても、少々シャープな目つきとキレイ系の顔だちは、素敵だと思う。
あと数年もすれば、きっとすごい美女になる。女性大好きな僕が思うんだから、間違いない!
このまま、誰も彼女の保護者が決まらなければ、僕が立候補したいくらいだが、『教育』という点について、僕は万全じゃない。
仕事柄、あっちこっち飛び回らねばならないから、一緒に過ごしてやれないし、学生を出張の度に連れ歩くのも、保護機関に睨まれそうだ。
貴族籍でもないし、冥界出身でないから、精霊界の方に来てもらうか、人間界で暮らすことになると冥界人の能力や常識も教授してやれない…これでは、恐らく、孤児院自体から里親としての許可が下りないだろう…。
「はあ~、うまくいかないなぁ。全く冥土の紳士たちは見る目がないねぇ~。知ってる男で一人、ちょうどいい奴がいるけど、あいつを説得してハルちゃんを引き取ってもらおうかな…?」
シルヴァスは苦肉の策と言わんばかりに、渋い顔をしながら顎に手を当てて考えていた。
「あんなマザコン…不本意だけど、このままにしてたら時間がどんどん過ぎちゃうし、最悪、はぐれ神扱いで彼女がどっかにやられちゃうぅ~。そんなのヤダ!カワイソーだ。」
思い立ったが吉日。
シルヴァスは冥界名門貴族の一つで高名な学生時代からの友人。
フォルテナ伯爵の元へ向かった。