22.のんびり過ごす!
人間界にてマッド・チルドレンの大量検挙が行われ、なぜ彼らが冥界で大量に発生している瘴気の場所を、正確に人間界側から特定できたのかという謎は残してはいるが、事件は少しづつ落ち付きを取り戻し始めている。
ハルもようやく緊張感から解放されて、いつも通りのフォルテナ家での日々を過ごしていた。
勿論、今もちょくちょく地上の現人神専用・孤児院には顔を出している。
ただ前ほどの緊迫した雰囲気が消え、純粋にカヤノに会うのを楽しみに出かけているのだ。
全てを話したカヤノの胸のつかえが取れたような様子を見る度に、このまま彼女が少しずつ少女らしく明るくなっていってくれればいいなと願っていた。
最近は、カヤノが今までにも増して、色々なことを話してくれる。
前は抵抗があったと思われるマッド・チルドレン達に幽閉されていた時の事も時折、ポツンと話してくれるほどだ。
私が両親の死にマッド・チルドレンが絡んでいたことを知り、不覚にも彼女の前で泣いてしまったことで、カヤノの中で親近感が湧いたのかもしれない。
あの日以来、私達はことの他、親密だった。
この事件の一部始終をアスター様含め、屋敷の皆にも話したのだが、自分でも驚くほど冷静に説明できたと思う。
だが、その晩にシルヴァスさんが現れて、私が部屋に下がっている間に、再説明を皆にして、孤児院でカヤノちゃんの前で大泣きしたことなども教えてしまったようだ。
それは、知られたくなかったのに…。
(時としてシルヴァスの面倒見の良さは仇になる…)
私としては、もう心が凪いでいるつもりなのだが、フォルテナ家の人々は心配しているらしく、まだ心が傷心なのではないかと思っているようだ。
確かに両親の事が無くても、事件自体が現人神・社会全体に衝撃を与えるような物だったから、カヤノちゃんを通して身近に感じている私がショックを受けていると考えるのは当然かもしれない…。
だが、やれアルバイトを少し減らしたらどうだとか、やれ何か欲しいものはないかとか、実に細かく気遣ってくれているのが、心苦しく、困りものである。
(今まででも既に、これから一人で生きて行かなくてはならない自分に取っては、フォルテナ伯爵家の生活ぶりは充分すぎると言うのに…。)
皆の気遣いは過干渉がすぎるというか、甘やかしが過ぎるというか…。
今も、宿題のレポート(人間として暮らしている日常で隣人に現人神であることがバレた場合の対処法を書け!というもの。)を書いているだけなのに、ステラに少し休憩を入れた方がいいと促されている。
前はそこまで過保護でなかった気がするが。
「ハルリンド様、過保護ではありません!あんな事があったのです。自分が思ったよりダメージがある筈ですわ!無理をせず、いつもよりのんびり生活をしなければいけませんよ。」
女性特有の高い声を張り上げ、ステラは叫ぶように声を発する…。
「何事も根を詰めずに、間にお茶でも飲んで、ゆっくり過ごしましょう?宿題?あのオグマとかいう担任教師にアスター様から大変なことがあったからできないと連絡させればいいんですよ!!」
い、いや、宿題さぼるれるほどのショックを受けたとは、みなされないと思うな。
…アレステル・オグマ先生だし。
ステラ、もうモンスター・ペアレントみたいだよ。(昔、現世で流行ってた問題保護者。。。)
そういって、ステラの申し出を断ろうと思っていると、自室の部屋のドアが少しだけ開いているではないか…。
私が、よくよくそちらの方向に目を凝らして見ると『ひいぃっ!!』と思わず声が漏れてしまった。
ドアの隙間から、料理長がコック服姿でこちらを覗いていたのだ。
大量のお菓子を両手のお盆に乗せて…。
そんなに食べれないし!
っていうか、覗くってマナー的にどうなの⁈ここ一応、貴族のお屋敷だよね…私は怒らないけど。
心配していただいているのがわかるしね…でも、怖いですよ?
「ちょっと調理長!わざわざあなたが、お菓子持ってくることないでしょ?他の者に頼みなさいよ。つうか、あなた…調理場が持ち場よね?持ち場、離れちゃダメじゃない!そんな所から覗くから…ハル様、ビビってんじゃないのよ!それは食堂に持って行っておいて!!」
料理長の姿に気付いたステラが青筋を立てて、大声を出した。
今度は料理長が『ひいぃっ!!』と声を出している。
…フォルテナ伯爵家は平和だなぁ。
結局、私は気分転換にと、庭のテラス席でお茶を頂くことになった。
料理長お手製、大量の焼き菓子と共に。
そして、本日は朝から仕事に出ている筈のアスター様がなぜか同席している。
「アスター様、今日はお仕事は早いお帰りなのですか?」
「いや、そういう訳ではないのだが、急に君がどうしているかなと思ってな…いや、ただ午後の休憩を入れようと一度、屋敷に戻ったのだ!」
…どうも、アスター様も自分を気にかけてくれているらしい。
「君は、いつも通りの様子だな。」
「ハイ、皆さんに心配されてますが、いつも通りです。」
「明日は何か予定があるかな?」
「明日ですか?ええと、明日は学校が休みで、特に予定は無いのですがそろそろバイトを…。」
バイトを又、少し増やしてもらおうと思い、現人神統括センターのアルバイト先の班長に頼みに行こうかなと思っていたのだが、アスター様が会話を遮ってきた。
「ステラに昨日、弾丸の嵐のようなトーク攻撃を受けたのだが…この所、社交界に出ていなかっただろう?私達の気持ちとしては、冥界の貴族社会にできるだけ君を出したいと思っているんだ。」
「はあ、ありがとうございます、でも…。」
「これから、またその機会を増やそうと考えている。」
ああ、また遮られたぁ~!とハルは思った。
「アスター様、私それよりもアルバイトを…。」
今度はアスターがハルを制するように片手を上げて見せた。
「何も君は考えないでいいんだ…私に任せてくれ!」
『何を⁉』とハルは口をパクパクさせたが、アスターは最後の楔を打ち込むように再びハルの言葉を遮った。
「いきなり、また社交界というのもいいが、とりあえず明日は少しのんびりするために、前にカロン子爵家の舞踏会で会った君の孤児院で一緒だったというベルセ嬢の所へ行くのはどうだろう?」
「ベルセ⁉の所ですか…それはまたなぜ?」
やや、驚き気味のハルは聞き返す。
一体、なぜベルセに会いに行くことが『のんびりするため』につながるのだろう?
正直、偶然出会っただけで、私は特に彼女と仲良しでもないし、会ったところで楽しくもない…そもそも苦手なタイプなのだ。
どうもアスター様の頭の中では、ベルセが私と『孤児院では仲良しだったベルセ嬢』に変換されているらしい。
「実を言うと、彼女を君の誕生日会に呼ぶと約束して以来、ベルセ嬢から手紙を頂いていたんだ。君が忙しそうだから、言わなかったが…是非、ハルに会いたいから遊びに来てほしいとね!私宛に届いていて『伯爵もご一緒にハルといらして下さい』と度々誘ってくれている。」
ああ、それ私に会いたいのではなく、アスター様にお会いしたいんですよ…多分。
正直に、そういってあげたい!
「そうですか…。私の事は別として、その、アスター様はベルセの事をどうお思いですか?」
「ベルセ嬢?ハルの友人なら良い子に違いないだろう?」
「ええと、ベルセとはその…確かに同じ冥界の孤児院にいたこともあったのですが、友達というほど長くいたわけではないので、友人かどうかは微妙で…ですね。彼女はすぐに引き取られて、出て行きましたし。」
「だが、懐かしいのだろう?」
「・・・・。」
懐かしい以前に思い出したくない事ばかり思い出してしまうのだが…。
けれど、そんなことを言うわけにはいかない…。
アスター様は私の為に良かれと思って行動してくれているのだから。
「確かに、当時の事を思い出します。ですが、社交界での人脈作りは私だけでなくアスター様にも大事なことですよね。ベルセはアスター様から見ていかがですか?」
「私から見て?」
「はい、ステラやホルドさんは、アスター様に早く良い女性を見付けてもらいたいように見受けられます。私がこちらにお世話になる当初、アスター様は私がいる間、結婚を考えないとおっしゃって下さいましたが、私としてはそんなこと関係なく、ご自分の幸せを考えてほしいのです。」
「え?いや…ハル…すまん。当時は君に、大変失礼な態度を取ったと後悔している。別に私は、まだ結婚したいわけじゃない。君が来て、屋敷の者の気が逸れて…うるさく言われることが減って、ありがたいと思っていたのだが?」
「ですが、もしもアスター様の理想のお相手が現れれば、話は別でしょう?」
アスターは目を泳がせている。
「まあ、それはそうだが…。」
当時もそのつもりだったから、シルヴァスの話を聞いてハルを引き取ってもいいと孤児院に出向いたのだ…。
結果、あまりにもシルヴァスの言っていたハルの姿が異なっていたと勝手に自分で勘違いし、ハルに冷たくあったってしまったのだが。
「昔よく、アスター様のお母さまのお話をして下さっていましたよね?アスター様の理想だと伺っていました…それでベルセの容姿は、少しお母さまに似てらっしゃるのではないかと思いますが。」
ハルの言葉を聞いたアスターの眼は大きく見開かれている。
今、気付いたと言った所だろうか?
「確かに、私がこの屋敷を去ってからアスター様の理想の女性を探すのも良いですが、もし今、それに近い女性がいたのなら、私がいようがいまいが、行動しても良いのではないでしょうか?」
「え?あ、ああ…。」
「私、アスター様の婚活の邪魔になんてなりたくないです。ですから、もしベルセが理想に近いなら私も協力させていただこうと考えています。」
ハルは真っすぐにアスターの顔を見た。
フォルテナ伯爵の顔は驚愕の色が浮かび上がっている。
そして、ゆっくりと彼は、思い起こすように言葉を発した。
「確かに…そういえばベルセ嬢は、私の母に似ているようだ。。。」
アスターは口を手で押さえていた。
ようやくアスター様も自覚したに違いない。
ベルセは自分の好みの容姿の娘なのだと!
今まで気付かないで接しているアスター様が不思議だったのだ…とハルは思う。
ベルセがきっと、本来アスターの引き取りたかったタイプの子だと考えると、とても複雑で何だか心が痛くなるけれど、ハルは一生懸命明るく笑いかけた。
「それでは、明日、ベルセの所に一緒に参りましょう!ベルセと、どうこうなるかは関係なく、多くの女性に出会うのは良い事だと思います。可能性が、広がりますもの…私、協力しますから。」
『理想のタイプ』『母の容姿に良く似た娘』『ハルが協力』
アスターの頭の中では、それらハルの言った事が、ぐるぐると回っていた。
そして協力してくれるというハルの言葉に、どこか寂しさを感じていることがなぜなのかと、彼自身…不思議に思っていた。




