16.アステリオスの心情<アルバイト先へGO!>
アスター視点です。
ステラの勧めで、養い子であるハルリンドのアルバイト先にやってきた私は、その仕事ぶりを見学していた。
せっかく人間に扮しているが、見学中は人間には見えないように姿を消す魔法をかけている。
ハルと勤め先の現人神達にも、私が見学していることを最初に知らせたので、そばにいるのは知っているが、彼らからも途中、私の姿が見えないようにしておいた。
その方が現人神達やハルが、気を遣わずに仕事に専念できるだろうという配慮からである。
これでこちらも気楽に、普段通りのハルとその状況が見れるだろうと自分でも満足していた。
…満足していたというのに。
私は今、かなりイライラしている。
仕事仲間であろう、男どもが仕事中だというのにハルにベタベタしている…。
最初に、ハルの仕事仲間を紹介された。
(私が姿を消す前に)
ハルは冥界で、親しい者には『ハル』と呼ばせているが、正式には『ハルリンド』と名乗っている。
地上では、長年生活していた頃の『夜雲ハル』という名を正式名としてに使うことになっているようだ。
そのせいか、本人自身も自然に『夜雲ハル』としての顔で、周りと接せられるのだろう。
冥界での彼女と比べ、肩の力が抜けていて、非常に幼い顔を覗かせるのだ。
無邪気で屈託なく、全く遠慮のない姿に、私は眩しさすら感じ、目を眇めた。
いつもよりフランクな彼女は、アスターに普段から、このメンバーで仕事をしていることを告げ、職場の班員に自分の保護者が見学に来ている事を紹介した。
現人神の仕事は主に単独ではなく、ペアやチームになっていて、ハルも一度配属された班にずっと所属して、アルバイトを続けているのだ。
卒業後、現人神として仕事を始める際、この班での仕事を評価してもらえるし、そのままこの部署に正式採用になることも多いのだと聞く。
そのような説明をしている矢先、若い(であろう)男が
『夜雲、卒業したらそのままこの班に所属しろよ!』
と誘っている。
ハルはちょっと眉を下げて笑った。
「お給料しだいですねぇ。」
と、冗談交じりにわざと顎を上げて見せる。
もうそれだけで、普段うちの屋敷では見せないような姿だったのだが…。
可愛すぎるだろ!!
と、アスターは『けしからん』という、意味不明な感情を抱えた。
何だあの顔は、あれでは…
『オジサンがもっとたくさんお小遣いあげるから…』
と続けて言い出しそうになるだろう⁈
勿論、誘った同じ班の男はそんなやましい顔は見せない。
変な妄想をするのはアスターだけなのだ。
そいつは、『おいこら、夜雲!守銭奴が過ぎるゾ。』と軽口を言い合いながら、ハルの頭をコツンとやるそぶりをして…触った。
二人は笑いあっていた。
アスターは固まる…。
そいつは、少ししか籍を置かなかったが、両親を亡くしたばかりの時に一時的に入った人間界にある現人神の孤児院で一緒だった一つ年上の孤児なのだという。
年上なので、一足先に現人神のセンターに所属して就職したらしい。
偶然アルバイトでハルが同じチーム入ったので、色々世話を焼いてくれているのだと、ハルは嬉しそうに私に話している。
「アスター様、那岐は孤児院でも、世話焼きお兄さんだったんですよ!」
と懐かしそうに語るハル。
ほうほう、そいつは那岐というのか…。
「お前が、いつもシクシクやってて、放っておけないから仕方ないだろーが。冥界の孤児院に移されて突然いなくなりやがるから…心配してたんだぞ。」
明るくしゃべっていた那岐とやらが、少し真面目な表情を浮かべた。
下品な言葉遣いだ!
アスターは小姑の様に那岐のアラを探す。
「でも、再会できて良かったよ。お前、明るくなったもんな。あの頃は泣き顔しか覚えてねーよ?フォルテナ伯爵のお陰だな。伯爵、ハルを後見して下さってありがとうございました。」
突然、こちらを向いて現人神①(那岐)がアスターに頭を下げた。
はあ?貴様に頭下げられる覚えはないんだが?!
お前、一体うちのハルリンドのなんなわけ⁈
アスターは心の中で、ツッコミまくっていたが、
「い、いや、ハルは私の妹のようなものだ。家族の事で君に頭を下げられても困る。顔を上げてくれないか?」
と、大人の余裕を何とか保ち、貫録を見せつけた。
アスターの言葉を受けて、那岐はすぐに頭をあげた。
「いっやぁ!さすが、伯爵様ですねぇ。寛大だなぁ!ありがとうございます!!ハルの事、本当に考えて下さっているんですね?安心して下さい。こっちでは、オレがコイツの面倒は見てやりますから!」
そういって、笑顔をこちらに向けながらハルの頭を…『よしよし』してやがる!!
「もう、やめてよ。那岐、髪が乱れるじゃない!ステラに綺麗にしてもらったのに…。あなたに面倒見てもらわなくても一人で大丈夫ですっ!」
ハルが口を膨らませて現人神①の手を払いのけた。
奴がだらしなく笑ったのが見て取れた。
くっ!
ぷうっと頬を膨らませるハルの顔がカワイイ…なんだソレ。
いかんゾ、ハル…お前は色々ヤバイ。
現人神①(那岐)への怒りも忘れ、色々ヤバイであろうハルに対し、一層『一人で大丈夫』ではない感が深められていく…。
アスターはハルが近々、フォルテナ家を離れ、地上に出ることに不安しか感じられなくなってきていた。
そのあたりで、一連の流れを見ていたであろう班の責任者が、口を挟んできた。
「あー、那岐ぃ?調子こくなよ。後見人さんが呆れているだろが。部下が不作法ですみませんね、自分がここの責任者の耶摩ですぅ。ハルさん、いつも頑張ってくれて助かってますよ。自分も、できれば彼女に就職した後、うちの班に来てほしいな♡って、思ってます♡♡♡」
気のせいかな…なんだ♡が見えた。
「女性一人暮らしじゃ、人間のお嬢さんだって危ないですからね。現人神養成学校卒業後は是非、僕の家の近くに住んでねって、おススメしてるんですよ?ほら、現人神で女性って悪い男神に狙われたら大変でしょう?こいつらとかさ…。」
班長と呼ばれる現人神②が那岐と他2名の男を指した。
『お前は大丈夫って保証はないだろ?なんなんだ…お前の家の近くに住めって、その方が怪しい以外の何者でもないだろうに、さらりと図々しく言いやがる。』
アスターは心の中で現人神②(班長)にも、ツッコミを入れた。
現人神①、現人神②、他の男、略して現人神③、④も、私に自己紹介しながら、ハルに妙に絡みたがっていた。
『ボディ・タッチすんな』と何度、言葉を飲み込んだだろう。
ここは、冥界社交界ではないのだ。
分かっていたことだが、現世の人間含む現人神どもは馴れ馴れしすぎる…。
アレステル・オグマなる教師に、無意識にハルの出会いを邪魔していた自分を指摘されて、気を付けているアスターは威嚇してやりたい気持ちをぐっと押し殺して、男神どもとハルを見守った。
『やはり、この班に女性は一人だけなのか?』とそばにいた現人神②に尋ねたところ、『どの班でも一人いるかいないかですよ』と回答された。
そんなところに未婚の一人ぼっちのハルを放り込んだら、ただでさえ女神争奪を繰り広げているであろう職場で、うちのハルリンドに男神どもが集中するのは『絶対』だと、改めて確信してしまった。
何が何でも、卒業後は冥界に留めなけらば!!
生きていくフィールドが貴族社会の方が幾分マシな気がする。
例え、取り合いの渦中に立たされても、多少貴族青年の方が、こいつらよりは、がっついていないような気がした。
ハルには形だけでも紳士的に接してもらいたい。
すぐにボディタッチしたがる野郎どもなんか、絶対あわん!!
「おっとそろそろ時間だ…。」
班長・現人神②が不意に呟いた。
班のメンバーの雰囲気が変わった。
仕事の現場に向かうのだ。
そこでアスターも、気を遣わずに任務を遂行していただきたいと伝え、姿を消すに至る…。
現場についてみると、冥界でお馴染みの瘴気が感じられた。
さすがに現人神どもが雰囲気を変えたので、真面目に取り組むと考えていたが、職務には的確に取り組んでいるものの、所々でハルを気遣ったように声をかけつつ『ボディタッチ』を繰り返している。
最初はこれで、普段通りのハルとその状況が見れるだろうと自分でも満足していたが。
『普段通り』がコレなのかと思うと、正直、私は今…。
かなりイライラしている。
…のである。
結局、見学の間中、私は始終このイライラを押し殺すのに精一杯で、大して身を入れてハルの仕事ぶりを観察することができなかった。
薄くなった現世と異空間との境目を皆で補修して作業は終わったが、私はまだ姿を消していた。
班員達とハルは、瘴気の出どころは、冥界のどこだろうかと話し合いながら、センターに戻る支度をしていたが、気を利かせた班長がハルには保護者が付いているからと、一人だけ現地解散にしてくれた。
他の班員どもは、いつもより早いハルとの別れに、わかりやすく気を落としていた。
そこで私はようやく透明人間から姿を現し、現人神②に礼を言って別れた。
目が少々、血走っていたのは、隠しきれなかったようだ。
耶摩なる現人神②は、
「伯爵殿、瘴気が体から発生してますよ。お帰りの際、人間界に害を発生させないよう注意してくださいね。」
と、微笑みながら一言添えてきたのだ。
奴の目は笑っていなかった。
現人神どもが去った後は、伯爵家の人脈を使って、この班からハルを移動させてもらえないかな?
…なんて、現世の知り合いの権力者を頭の中で考え始めていた。
すると何も知らない顔をしたハルが、私に可愛くお願いをしてきた。
人間界にいるのもいいな…うん。
彼女と自分と『二人だけならば』だが。
「アスター様、今日、現地解散してもらったおかげで時間ができたんで、少し寄り道をしていいでしょうか?」
ハルは上目遣いで申し訳なさそうに私を見るが、それがまたカワイイ。
冥界の屋敷で彼女が私に『お願い』するシーン何てあっただろうか?
最初から、何かあれば執事を通すようにと言ってしまった手前、私には直接、問題ごとが回されなくなってしまった…。
だから余程のことが無い限り、私の方に直接ハルがお願いにやってくることは無かったのだ。
「どこへいくんだ?」
私は内心の悶えを隠し、平静な顔でハルに聞いた。
「実はですね、前に学校の実地試験で保護した現人神の女の子がですね…。ほら、一人だけ行先が決まっていない孤児の子です。」
アスターは記憶を探り、『ああ、あの子』かと思い出す。
「この前シルヴァスさんにアルバイト帰りに会って伺ったんですが、彼女が私と会っても良いと言ってくれたそうです。」
『何!?人間界でシルヴァスと会ったと?勝手にどういうことだ。』今更ながらアスターはシルヴァスを不信に思う。
ハルが冥界で社交界に顔を出すようになってから、私と共にシルヴァスは彼女を見守ってきたのだが、後見人でもない奴が出過ぎるのが、鼻についていた。
いくらなんでも、私を介さないで勝手に人間界でハルに接触するというのは、いかがなものか。
会ったら、奴に文句の一言でも言わねばならない。
アスターがムカムカしていた所、ハルは続けた。
「それで私、彼女がどうしているか心配だったので、顔を見に行きたいと思っていて、何かあれば相談に乗れるかもしれないし…、他人事とは思えなくて。」
彼女が俯いて寂し気な表情を浮かべる。
「わかった。丁度、この現場から彼女の収容されている施設が近いのだろう?これからすぐに行けば、顔を見れるな。」
ハルはアスターを再び下から上目遣いで見た。
彼女の現在保護されている場所をアスターが知っていることに驚いていたのだ。
元より当主として、色々なことを把握されている方ではあったが、一度聞いた事でも、軽く受け流したことでも、アスターはしっかり頭に入れているのだ。
威圧したり、冷たく見えることもあるが、彼はいつでも自分の言ったことには責任を持つ信頼できる存在だった。
「あ、ありがとうございます。アスター様!」
「さあ、いくぞ。」
アスターは言うなり、もう歩き出していた。
ハルはその後ろを、慌てて小走りについていくのだった。
そして、無意識にアスターの腕に手を回していた。
傍から見るならば、題して、人間・女子高生が『もう〇〇君たら、歩くの速~い!』の図である。
「待ってください。アスター様!」
「すまん、いかんな。私は、気が利かなくて…。」
少し申し訳ないという顔をして、アスターが薄っすらと笑む。
内心、アスターは『妹いい!!』『うちの子サイコーにカワイイ!』と悶えていたが、外からは至って真面目そうな青年に見えていた。
鈍いアスターには、自分が最近やや壊れてきているという自覚がまだ無かった。
ステラの思惑通りにコトは運ぶのであろうか。。。
神世界の恋愛事情もまた、神ノミゾ、シル。




