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1. 〈目が覚めたら…。〉

 世界の国々の中で、神国と謳われる大和皇国は、八百万の神々や外国の神も入り乱れる現人神が多く暮らす国だった。



現人神は、一般人にはあまり馴染みがないが、気付かないだけで人間社会に溶け込み、普通に隣人だったりすることも、しばしばある。



また現人神は、人間の依頼を聞いて、お金を稼ぐ機関を作ったり、身分の高い同じ現人神の会社や組織で働いたりと人間同様に現世利益を得て暮らしている…。


現世で生活するには当然だ。



 ちなみに私の父は、国外から許可を得ず密入国し、人や本国に(あだ)なす人外の者を取り締まる仕事をしている。



神の血が薄くて人間に近い父は、下級の現人神なので、仕事も雑魚の回収がほとんどだ。


しかし雑魚といっても、人間には取り扱えない危険な妖精や悪魔などを相手にし、戦闘を要する危険な仕事とあって、報酬はセレブ並みというわけにはいかないが、一般的な人間の給料から考えると良い方だと思う。


つまり私は至って普通の、()()の女の子として幸せに暮らしていた。




 私は夜雲ハル。




至って、不自由のない生活をしている人間の初等教育学校に通う現人神の女子だ。



そんな私に、つい先日、珍しく悲しい出来事が起きた。



唯一、両親以外の身内である父方の祖父が亡くなったのだ。



これで私が身うちと呼べる人は、父母以外に誰もいなくなってしまった。



私達下級の『現人神』は、大体が人間の血が濃い場合が多く、一般人よりはちょっと長生きというだけで、地上にいられる寿命は、それほど人間と変わらない場合が多い。


まあ、上級の現人神ならそれだけ、神様に近いので、寿命も長いのだろうけど…。

(うちの場合は現人神としては、かなり下の方だしね…。)


そして現人神の大半は、人としての寿命が消えれば、神の世に戻る。

その神でさえ、神の世の寿命が存在するのだ。

その寿命が終われば、また違うところへと順に移動するようにできている。

丁度、入れ子構造のようだと思う…。


ちなみに父方の祖母は、普通の人間だったので、寿命も100年にも満たず、とっくに天国へ旅立っていた。

現人神の妻として、ある程度は、祖父の寿命に近付ける処置を行ってはいたみたいだが…祖母は人間としての一般的な寿命より、長く生きた程度で逝ってしまった。


仕方がない。

寿命を延ばしたといっても、事故や天命というモノは誰にも操作できるものではないのだから。



私としては、親以外のの身内である祖父があちらの世界に逝ってしまうのは悲しいが、祖父にしてみれば、先立たれた祖母との再会が待っている筈…。



現人神であっても極楽勤務の神が()かっているわけではない祖父は、こちらでの寿命が尽きぬ限り、祖母に会いに行くことができず、此度、現人神としての寿命が尽きて、ようやく二人は再会できるのだ…。


残される方は悲しくても、本人にとっては『めでたし、めでたし。』なのである。




 話は変わって、私は先程…親以外の親戚が、父方の祖父以外はいなかったと言ったが、母方の親戚が、なぜいないかというと…。



いや、細かく言えば、いないのではない…。



つきあいが無いのだ…。



正直、私は母の親戚に、どんな人がいるのかすら知らない。



私の母は冥界の出身であり、元は地上の神ではない。


『現人神』というのは主に地上で、人間としての戸籍を持って活動している者をさす。

だから母は本来、『現人神』ではなかった。



なぜ母が現在、現人神として地上に住むことになったかと言うと、嫁入り前にしていた冥界に行く筈の迷った死者の魂を回収するという仕事で、人間界に訪れていた際に、父と運命的に出会い、恋に落ちたからだ!


当時、母の仕事は、嫁入り前の冥界女性の腰掛け的なモノで、冥界において身分の高い家の出身である母と下級・現人神の父では、いわゆる身分違いの恋だった。



当然のように母は、親に勘当され、身内とはそれ以来、付き合いがないのだと言っていた。



実に神様とはいえ、人間臭い!



そういうわけで母の親戚とは絶縁状態であり、一人っ子の私は、現在、両親以外の親戚がいない。



とはいえ、そのことで、私が寂しいとか不便だと感じた事は別に無かった。



しかし、この時の私は、それがどれほど寂しくハンデのあるものなのかという事を知らなかったのだ…。



 

 当時の私はまだ、人として暮らし、普通に友達と遊び、そこそこ高給取りの父のおかげで苦労もなく、両親は仲が良くて、自身も現人神の娘である為、特に何かに努力することなく人間の学力も身体機能も上回ることができたし…。

自分の実力をそこそこ抑えつつも、余裕のある毎日を送り、余った時間は、父から剣や現人神としてのことを、母からは魔法陣や神力の使い方を叩き込まれていたので、毎日はとても充実していた。




 そんな、ある日。



「もうすぐ、現人神養成学校に入学ね。」



と、母がつぶやいたのだ。




 今まで人として生活を続けてきたが、下界にいる現人神は、異界と人界との狭間に、各界をつなぐべく創られた異空間の中継点にある専門の学校に、通わなければならない…。



そこを卒業して資格を得ることで大和皇国の現人神社会に正式に認可されて、晴れて人外社会の成人としての自立が許されるのだ。


つまりそれは、現人神としての保険やら保障やらを受けることが可能になるという事だ。



そして学校には原則として、()()()生活をする現人神である以上は、絶対に通わなければならないのだと言う(義務教育)決まりがあった!


しかも私達現人神は、ある一定の年齢までに、この学校に入学しないと、特例でそれに相当する単位を持っていると認定でもされない限り、『はぐれ現人神』に認定されてしまうのだ。



『神国と呼ばれる大和皇国には現人神が多くいる』といっても、全世界的な人間の数と比べれば、圧倒的に少ない。



だから、現人神社会は、常に人手不足だ。


現人神の全てを取り仕切る中央の現人神統括センターは、一人でも現人神の人口を増やしたい一心で『はぐれ現人神』となった者達を、常に見つけ出して、回収する部署を設けている…。


現人神養成学校に入学できなかった者達は正規の現人神と認められず、その能力の使いこなし方も、うまくできないが、回収してマッチング検査を行い、特に数の少ない女性と中性タイプの『ハグレ』を強制的に相性のいい『嫁募集中の現人神』に嫁がせるのだ!


その代わりに『ハグレ現人神』には、義務教育を受けていなかった事が免除され、正式に現人神の社会に認可されることなっている。



言わば交換条件なのだが、『ハグレ』の方からは拒否権がない。

そして勿論、嫁入り先は力の強い高位の現人神が優先である。



現人神でもそれ以外の異界在任の神様でも、男性(男神)は余っているので、下位の現人神などは、人間と婚姻を結ぶ以外に嫁を得られない場合もあるのが実情…正直、ハグレ現人神でも女性の需要は大変高い…。


それほど女性の神や女型の天使などが不足しているのだ。



 ちなみに男性の『ハグレ』の場合は、現人神社会には籍を持っていないような神の血の薄まった人間一族に(強制的に)即・婿に出される。

現人神の女性を娶ることは立場的に無理なので、少しでも神の血をひく()()と結婚させられるのだ。


もしかしたら生まれるかもしれない、神の能力をもつ先祖がえりを期待して…。



どちらにしろ『ハグレ』になると、このように完全に種馬扱いと言える婚姻を結ばされるので、『現人神』にとっては、出来る事ならば何としても避けたいものだった。




これだけ聞いても下位の人神であった父が、母と一緒になるというのは、父にとっては奇跡!


母にとっては勘当されて仕方がないものである。



そういうわけもあり、二人は駆け落ちで一緒になって、実の所、現人神統括センターに、婚姻すら登録していなかった。


これは現人神の社会で、二人が夫婦として認められていない内縁状態ということを示しているのだが…。


母の一族の追っ手から身を隠す為には、そうするしかなかった。



当時、母の実家からの追跡を逃れるために、その他にも父は色々と策を講じていたらしい。


ちなみに、私のことも当然、現人神社会には秘密の存在であり、出生はセンターに認められていない。



現人神養成学校に入学しなければならないギリギリの年まで人間として暮らさせ、私の存在を隠していたのだろう。


全ては両親の幸せのため…。



 しかし心配はない。


戸籍が無くて事情により祝福されない子供でも、センターは期限をもうけずに門を開いてくれる。


現人神が不足のこともあり、子供に罪はないという風潮があるからだ。


だから、成長してしまっても、登録は受け付けてもらえる。



ただし、『はぐれ』扱いにだけはならないように、現人神養成学校に入学する前に、戸籍登録を済ませねばならない!


こちらこそが、ハルにとって、重要なことなのである。


 


 そしてついに私は、入学適齢期の13歳になろうとしていた!




「もうすぐ、現人神養成学校に入学ね。」



そう母がつぶやいたのを皮切りに…私たち親子は現人神統括センターへと向かっていた。



まずは、戸籍を登録して学校に通う権利をもらわなければならない。



 その日、私達3人家族は久しぶりに駅前の喫茶店で、軽食を頼みブランチをして、休日に仲の良い人間親子が遊びに行くのと、何ら変わりなく電車に乗った。


 途中、現在通っている学校の同級生と会って、


「お父さんとお母さん美男美女でステキ!」


だなんて羨ましがられ、少し照れたりしながら、彼女に手を振ってから母と手を組む。


二人とも人ではない美貌を持っているところにつけ、いつまでも若い容姿だ。

自分が人間の学校に通い続けるのを辞めるには、良い区切りだと思う。


同級生達と過ごした楽しい日々を振り返りながら、今まで両親以外の現人神と会ったことがない自分が現人神養成学校でうまくやっていけるのだろうか。

特殊な授業にはついていけるだろうか。


などと考えれば、気持ちに不安と期待が入り混じる…。



両親が言うには、とある場所に異空間に設置された現人神統括センターとつながる入口があるのだそうだ。


首都西京の『人間の帝』がおわす皇居の堀の水鏡の世界に裏帝がお住まいになっており、こちらが現人神たちの陛下であり、陛下がお住まいになる水面の上付近にセンターへの入り口が時間制で現れるというのだ。


その常識ではありえない不思議な入り口を見られるのは、少し楽しみだなと思いながら、先ほどの不安を忘れ、私は電車に揺られていた。



 しかしそれは、両親と過ごした幸せな時代の最後の記憶だった。



数十分が過ぎた頃だ。



突然『ドカン!』という爆音とともに、電車が大きく揺れた瞬間、真っ暗になり自分の意識は、無くなったのだから…。




 ☆   ☆   ☆




 「ハル、ハルってば、もう朝よ。遅刻しちゃうわ…今日は学校に行く初日でしょう?」



え、お母さん?そういえば、電車に乗ってたよね…。


私どうしてた?学校の初日って、記憶ないよ…それより戸籍は?私、神様社会での戸籍持ってないんだよね。

取りに行くところだったよね。




 私は重たい瞼を、恐る恐る開けた。



窓の外から入ってくるであろう光が眩しくて、細めた目を再び、ゆっくり開いていく。



…白い天井が見える。



顔を動かして、部屋を見渡せば、そこに母の顔は無く、先ほどの声は夢であったことがわかる。



『ここはどこだろう?』



心の中で、問いかけてみるが周りには誰もいないし、ドアは閉まっている。


自分の部屋でもなければ、見知った部屋でもない。


一見すると無機質で病院の一室のようにも見える。


服も病院の検査時に着るみたいな薄いものを一枚つけているだけだ。


起き上がってみたものの、部屋を出ていいのかわからず、結局数十分、所在なくベッドの上で用意されていたスリッパを履いた状態で、腰かけていた。



 母と父は家に帰ったのだろうか?



自分は怪我をしたように思えないが、鏡で顔を見たわけではないので、何とも言えない。

特に触った感じは何ともなっていないし、痛いところも無いが、顔に痣でもできているのかも。

いや、特に外傷はなかったが頭を打って、気を失ってたのかもしれない。

それなら検査服をきているのもわかる。


うん、きっとこれが正しい。



 一人で色々、考えを巡らしていると、急に部屋のドアが開いた。



「あっれ~!?起きてたの?ごめんごめん、まだ眠っていると思ってたからノックもしないで入っちゃったよ。あっ、僕は度々、君の様子を見に来てたんだ。」



出てきたのは、明るい金色の所々交じった茶髪の男で、



「失礼、失礼。」



と言いながら、また部屋の外へ出ると、開きっぱなしのドアを『コンコン』と二回ノックして、再入場してきた。



男は柔らかい笑顔を浮かべて、



「ええと、気分はどうかな。まずは、お腹は減ってない?何か飲むなら、何がいい?持ってくるよ。」



と、フレンドリーな態度で話しかけてくる。



「あの、あなたは誰?私の父や母は、家に帰ったのかしら。それと一体どうなったか教えてもらえませんか?私、覚えている限りでは電車に乗っていたんです。強い衝撃があって、その後が…。」



私は立て続けに質問をした。



だって、この状況を早く知りたい!そしてスッキリしたいのだ。



 男は口をぽかんと開けて五秒ほど経ってから、一瞬、言いづらそうな表情をしたように見えたが、続けて私に語りかける。



「ああ~、でも君は随分、意識が無かったし…話は食事が済んでからの方がいいと思うんだよね。もし良ければシャワーを浴びてもらって…その方が頭もクリアになるし、その後にまた声をかけてもらおうかな?」



私が怪訝な顔で男を見詰めると、彼は目を逸らして言い添えた。



「話は、その後で落ち着いてしよう?とても手短には話せないものだからね。」


手短には話せない内容というのは、一体何なのか。


嫌な予感がしないでもないが、私はとりあえず頷き、言われた通りシャワーを浴びて、食事とお茶をもらった。

お腹がいっぱいになって、温かいお茶で心もほんわかして、嫌な予感など忘れていたが、そこで私は男から衝撃的な事実を聞くことになる。




 私、大和皇国名・夜雲(やくも)ハルの両親は…死んだのだ。




 金髪交じりの男は、風の精霊の一族で他国の系統の現人神であるが、主に春風やそよ風を専門に吹かせ、世界各国をめぐるその特性を活かし、どこへなりとも駆けつけて全国の現人神の孤児を保護する仕事をしているのだという。


本国ではどちらかというと、着物に身を包み、風神として具現化することも多く、私を含め黒髪の多いこの国では、彫りの深いきれいな顔立ちと相まって外国人に見えるが、今は正式に本国に籍を置いていて、この国の人間なのだそうだ。


勿論、普段は人間の格好をしている。

ちょっとチャラいが、社会人風の見た目で、普通にスーツだ。



「僕の名前は、シルヴァス。この国での人間名もあるけど…君には恐らく人間として触れ合うこともないからこちらの名前で呼んでほしい。君は…現人神のようだが…我々の世界での名前を聞いてもいいかな?多分君をこれから保護するのは、人間社会ではなく現人神の機関になると思うので…。」



 シルヴァスと名乗る男はそのまま、私の両親が鬼籍に入った経緯を話した。

 


まず私たちが乗った電車に走った衝撃の正体は、車が突っ込んだものだそうだ。


大型のトラックが直撃。


中の乗客は奇跡的に軽症者が多く、運の悪かった場合でも、私の両親以外は命をとりとめていた。

普通ならこんなことはありえないが、ニュースでは奇跡だと報じられているらしい。



しかし奇跡の種明かしをするのなら、瞬時に上級の神力を持っていたであろう母が、車中の人間と私を力の限り守ったのだ。


突っ込んだトラックを運転していた人間は、諸外国から輸入されたアンティークの鏡に棲んでいた悪魔に憑かれ、大量の道連れと共に自殺を図ったのだという。


一瞬で大量の神力を出せるのは、速攻魔法陣を描けるような上級の神様で、恐らく母本来の力はもっと大きなものだったのではないかと、後にやってきた調査団が語っていたそうだ。


だが元来、母は現人神として人間界に住んでいた存在ではなかった。


当時の母が一時的に仕事で現世に来た際に利用した『短期出張用の体』を使い、人間として生活していたのである。


父と一緒になるために…。


そのため、本来の能力を出せば仮初めの体の方が耐えられなくなるのだ。


神の世の決まりとして仕事で人間界に派遣されている()()()であれば問題なく、仮にそこで人間としての一生を終えても、神の世界にもどったり、人間の魂だった部分とともに再び輪廻転生をしたりと『神』としての転生ができるのだが、私欲や自分の都合で許可なく人間になったり人間界で現人神化すれば、人間界での死とともに御魂は消滅し、グレートソウル・大いなる神、宇宙意志の一部へと吸収されるのだ。


母は身内に父との結婚を認めてもらえず、正式に結婚ができなかった…にも関わらず、単に『一緒になるため』という自分の都合で現世にいたことになるので、大いなる神の一部になるコースが自動的に適用される。


父は普通の現人神であったが、母と生きることを選んだ時から同じ道を決意していたようだ。


グレートソウルの一部になるということは父も母もお互い溶け合って一つになるのだ。

ある意味二人は幸せだろうが、残された私はどうなのだろう。

存在が無くなってしまった二人には、自分は死後にも会うことができない。

父だけでも娘のために残るという選択はなかったのだろうか。



 結局、両親はお互いが一番の存在であって、娘はその次でしかない…。



 父の方は仕事柄、鏡にくっついて許可なく密入国した悪魔を、見過ごすわけにはいかず、母が私達を守って力を放出した際、悪魔の捕縛を試みた。


普段、依頼を受けてこなす仕事とは違い、自分のレベルに合わせた対象ではないので、思ったより強力だった悪魔に対して、下っ端レベルの現人神の父では捕縛が敵わず、死闘を繰り広げることになる…。



結果、自らと共に悪魔を葬った。



 事件を受けて、現人神の部隊が到着した時には、父も母も倒れ、しばらくすると肉体はグレートソウルの一部となる者の定めで、砂のように粉々になって消えてしまったのだそうだ。


到着した現人神部隊が、偶然にも父の職場の上司だったこともあり、父の身元はすぐにわかって仕事先の情報から、自宅の住所を訪れると、全くの他人が暮らしていて、私達の家も暮らしていた形跡も何も残らず消えていたという…。


恐らく、母の実家を常に警戒していたことから、何らかの術が施されていて、自分たちに何かあった時やその場所に足がついた場合にさっさと姿を眩ませるよう、痕跡が残らない仕掛けになっていたのではないかと調査隊は見解を述べた。



また私の意識は、母がとっさに奪ったものではないかと説明をされた。



娘に怖い思いをさせたくなかったからかもしれないし、親に加勢しようとして危険に晒されて欲しくないと判断したのではないかとのことだった…。




そして、


 

「いきなりご両親を亡くされた君の精神状態を考えるとこんなことを言うのは辛いんだけど…。」



彼は続けて口を開いて、



 「今後の君のことを考えねばならないんだ。それで、お父さんの職場で確認をしたのだけど、君の父上は独身のままで、家族は『無し』だった。でも人間用の戸籍には君が記載されていた。君の母親の欄は不明になっていたけどね。」


「…。」


「君は父親に拾われた後、養女に入ったことになっている。きっと、お母さんは人間用の戸籍でも内縁扱いなんだろうな。これは、君も知っていたの?」


「はい…。」


「でもこっそり、君の父上の同僚で長年ペアを組んでいた人が教えてくれたんだよ。職場には内緒にしていたけど、君のお父さん『夜雲の尊』には、奥さんと()()の娘さんがいるってね。」


「そうですか…。」


「特別に信頼していた彼にだけは、秘密厳守で家族の話をしていたみたいだよ。残された娘がいる筈だと心配したんだろうな…彼がわざわざ僕の部署までやって来て、耳打ちをしてくれたのさ。」


「では、私も自分のわかることをお話させていただきますので聞いて下さい。といっても、両親のことは知らないことが多いし、特に母の身内とは全く関わりがなくて…私は…孤児になったんですね?」



両親を同時に失った少女のショックはとてつもなく大きなものだろう。


ましてや親の身辺を調べれば、すぐにこの家族が『訳あり』に違いないということがわかる。

普通なら大声をあげて、泣きじゃくっても不思議ではないのに、目の前の少女は落ち着いていた。

大人でもこんなに気丈に振舞える者ばかりいないだろう。


それは現人神であっても当然で…シルヴァスはどこか凛として品のあるこの気丈な少女に目を見張っていた。


それを知ってか知らないでか少女は話を続けた。



 「そういえば、名乗っていませんでしたね。私は夜雲ハルといいます。現人神としては名前を持っていません。…戸籍も持っていなくて。両親は許されない仲だったと聞いています。」



そしてハルが知っている事と電車に乗っていた経緯を話し終えたところで、シルヴァスが複雑そうな顔をしている。



「実はあの日は、私の戸籍を取得する為に…中央現人神統括センターに向かっていたのです。」



ハルは少し顔を俯かせて、シルヴァスに弱々しく最後の一言を付け加えた。

シルヴァスは、俯く彼女を元気づけるように、わざと明るい声を出して声を大きくしている。



「話はわかった!ハルちゃん。それで君に教えることがある。ここは、現人神統括センターに併設されている病院なんだ。君が意識のない間、簡単な検査をさせてもらった。主にDNA関係だ。」


「DNA鑑定…ってことですか?」


「君が現人神でどういった系統の血筋か簡単に知る必要があったからね。なぜなら、君が現人神社会で登録されていないことが既に確認されたからだ。それで戸籍を取るということだけど…今すぐには無理なんだ。」


「センターに来ても取れないのですか?」



まさかの発言に、ハルの顔が凍り付く。



「ああ、君は今『はぐれ』と呼ばれる状態で、身内も保護者もいない。親がいれば生まれてから年月が経過しても戸籍は取れた筈なんだけど…本当に言いにくいのだけど、仮に戸籍が取れたとしても、保護者がいないと現人神養成学校も入学できないんだ…。」



ハルの目が大きく開く。

そして顔が蒼白になった。


これは、いかん!と、シルヴァスはあわてて笑顔をつくって話を付け加える。何とかこの少女を、救わなければ。絶望させた状態にしてはならない。



「でも安心して!ハルちゃんには、僕がいる。僕の仕事は君の保護だよ。」


「私、はぐれ現人神になっちゃうの?」



静かに小さく震えながら、ハルがシルヴァスを見上げた。

その様子は何とも庇護欲を誘う。



「だーかーらぁ、それ一時的だから!まずさ、これから現人神専用の身内を亡くした子を収容する施設があるからさ、ちょっとの間だけそこで我慢して?すぐ保護者になってくれる人が現れるから!」


「・・・・・。」


「あとはハルちゃんの好みでさ、行きたいおうちを選べばいいよ。保護者さえ決まれば、戸籍も取れるし、学校にも通える。」



シルヴァスは少しでも暗く感じられないように努めて明るく、軽い砕けた口調で話すように心がけた。


そんなものは、大した問題では無いのだというように。


ちょっとでもハルが安心してくれればという思いだった。



「大丈夫だよ。現人神は結構、養子をとるんだ。種族によっては血の繋がりがなくても、すごく大事にしてくれるし。特に女の子は少ないからモテモテだよ?」


「施設…養子…?」


「ご両親のことは悲しいだろうし、今は何も考えなくてもいい。だけど君の両親だって、君が幸せになるのを望んでると思うから、すぐでなくてもいいけど…良い保護者を一緒に探そうね?」




顔色は変わらず蒼白だが、ハルは彼を見て、健気にも一生懸命頷いていた。



誕生日がきても、まだ13歳だと言っていたっけ?



と、シルヴァスは思う。



「あと学校のことだけど…施設に入っている間、いつ現人神養成学校に転入しても良いように、施設内で後れを取らない為に勉強を教えているから安心していいよ。保護者が決まれば、すぐに現人神養成学校の方に転入できるように考慮されているんだ。」



(とど)めとばかりにシルヴァスが、本日最高の『とびっきりの笑顔』を向けて話すと、彼女はようやく、少し肩の力を抜いたように見えた。



最後に、明日、着替えを持ってくるので、ここを出て施設の方に移動する予定だと、シルヴァスはハルに教えておいた。



着ていたハルの服は事故で、大惨事にはならなかったと言っても、ひどく汚れてしまい、もう着られる状態ではなく、残念ながら廃棄されてしまったということも付け加える。


今日はゆっくり休むようにとも言い聞かせ、シルヴァスはハルのそばを後にした。



これから、彼女が入ることになる孤児院の正式な手配が残っているのだ。



 ☆   ☆   ☆




 その夜、ハルは泣いた。


一人になった後、誰にも聞かれないように、声を押し殺しながら…。


 もう誰もいない。本当に一人なのだ。


今まで知らなかった世界に引き取られるかもしれない。


そして自分は何も持っていない。


家はいつの間にか無かったように忽然と消えているという。


私の今まで生活していたスペースと持ち物全てと一緒に。


今までの人生が夢だったかのように消えてしまった。


着ていた服ですら、廃棄されて無いのだ。



 耐えきれない喪失感と孤独感でおかしくなりそうだった。



でもせめて、母が最期に私を通わせようとしていた現人神養成学校を卒業したい。



 泣きながらハルは、母の優しい腕の感触を思い出していた。


電車内で意識を失ったあの瞬間、真っ暗になったのは、母親が彼女に覆いかぶさって視界を遮り、あの優しい腕で包み込んでいたからだ。


堪えても、堪えても、涙があふれてくる。


やがて、泣き疲れて眠りに落ちる瞬間。



早く保護者を見つけなければと思っていた。


※事故の車両で両親以外の現人神は、ハルだけだったので、親子ではないかと推測されたようです。

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