14.ファーストダンスとラストダンス
先日『マリッジブルー』ならぬ、冥界の『社交界入りブルー』にかかっていたハル。
学校の皆やオグマ先生に励まされて、期間限定・貴族令嬢となることに改めて覚悟を決めた。
それから数日の時を経て、ハルは今、記念すべき初舞台ともいえるカロン子爵家の小さな舞踏会に赴いている。
本格的にデビューというほどでもなく、練習を兼ねて、良質な貴族の主催する小さな舞踏会を探し、まずは出てみると良いのではないかという伯爵家執事・ホルドの意見を尊重した結果だ。
確かにいきなり大きくて豪華すぎる貴族邸の舞踏会だったら、凄く緊張してしまうに違いない。
「今日だって既に、手に汗握る状態だったもの。」
主催者であるカロン子爵夫妻の元に挨拶に行く時も…笑顔で何とか熟すことができたけれど、足が震えて内心必死。
両脇をアスターとシルヴァスがかためてくれ、始終、手を差し出してくれたので足の震えを悟られることなく過ごすことができたのだ。
そしてようやく主催者に軽い挨拶が終わった…。
ホッとしたところ、シルヴァスが『踊ろう!』とハルの手をひく。
その時、もう片方の手がぐっと握られて引き寄せられた。
「アスター様?」
「ちょっと、待て!シルヴァス…いくら何でもファーストダンスは養い親でもある私に権利があるだろう?」
そういうとアスターは、シルヴァスを振り切り、いきなり強引な流れで彼女のもう一つの手を取った。
更に、流れている曲に合わせて、実に優雅に踊りの輪に入り込んでしまった。
あっけに取られるハルとシルヴァスをよそに、完璧なリードでアスターは彼女をダンスの中心へと誘う。
シルヴァスの顔が遠のいていく…。
舞踏会でのアスターを初めて知ったハルだったが、どちらかというとこうした場では、硬いイメージがあったのに…。
こんなにも優雅にエスコートを熟し、ダンスがうまいとは!
意外だ。
しかし、アスターの方も人間界の庶民育ちだったハルの見事なダンススキルに驚いていた。
何かの祝いの際には、ハルは父母がよく踊っていた所を見て育ったし、父は彼女にも頻繁にダンスのお相手をしてくれた。
ハルもダンスが好きだった。
実は令嬢教育の際に発覚したのだが、ダンスのみならず、ハルには元々冥界令嬢としての教育が身についていたようで、家庭教師の教えることはほとんど無かった。
ハルのように有能タイプの孤児が、後見人希望者に敬遠されがちだった『教育面の大変さ』という部分について、懸念されていたものと違い、既に半分以上クリアされていたというのは、伯爵家には嬉しい誤算だった。
聞けば、ハルは子供の頃から父母から魔法陣や剣、マナーなどを教わっていたようで、明らかに将来の冥界入りを彼女の両親が考えていたように見える。
きっと、いつかは母親の身内にも引き合わせる事を予定していたのかもしれない。
彼女本人はそれらの事が冥界貴族に必要なものであるとは、全くわかっていないので、実に両親は自然にハルに教育を施していたのだと思われる。
アスターは事前にそうわかっていた筈だが、いざ、実際に彼女のダンスの華麗なるステップを目の当たりにして、驚いてしまうのだった…。
フォルテナ家でハルは『ダンスも完璧だ』と彼女の家庭教師から報告を受けていても、実際アスターがそれを確認することは無かったからだ。
『どの令嬢より、卓越している。』
踊りながらアスターは、ハタと思った。
こういった場所が苦手な自分。
ましてや貴族として仕方なく嗜んだダンス。
義理で踊ることはあっても、決して楽しいモノでは無かったと思う。
だが、今、初めて彼女のダンスの相手をして、アスターはダンスを楽しいと思っていた。
シルヴァスにファーストダンスを奪われたくないと思ってしまったこともあり、アスター自信、自分の強引な行動を理解できないでいる。
それに、苦手な筈の社交界だというのに、ハルを着飾って連れ歩くのが誇らしい。
今は舞踏会が面倒くさくもないし、ハルといるとむしろ心も弾むようだ。
自分がハルに対して、まるで『子を育てる父』のような経験をしているからなのかもしれない…。
「親は子供が成長したり、出来が良ければ嬉しい物だ。」
と、アスターはまた斜めな方向に、その感情を結論付けた。
そして、そんな楽しく思えた舞踏会も、一瞬で夢が覚めたように終わった。
曲が終わって二曲目に突入しようとした時、どこからともなく貴族の青年が現れて、『次の曲はどうか自分と』と、ハルを奪っていってしまったからだ…。
当初の目的である『ハルに良い貴族の結婚相手を見付けてやる』という志で赴いていたアスターが、彼女にお近付き願いたいという青年の誘いを断るわけにはいかなかった。
「楽しんでおいで。」
そういってハルを送り出したのだが、何となく心は複雑である。
アスターは、もっと自分が彼女と踊りたかったのだということには気付かなかった。
ただただ、曲が終わると次に控えていた貴族男性が待ち構えていて、次々にハルリンドにダンスを申し込んで連れて行くのを目で追っていた…。
ダンスが好きなのであろうハルは、踊れることに相手が誰であろうと関係なく楽しそうにフロアをくるくると舞っている。
本来なら喜ぶべき状況なのだが、彼女のその表情が妙に苛立った。
何人もの男性と踊り続けるハルをついに見ていられなくなって、途中でアスターはダンスを遮った。
「そろそろ、疲れただろう?うちのハルリンドを休憩させたい。君、申し訳ないがダンスは次回にしてくれるかな。」
「アスター様、私、多分もう少し大丈夫ですよ?」
ハルが正直に答えるが、アスターは彼女を睨んだ。
『しまった』と思ったが後の祭り…。
ハルがビクッとして悲しげに唇を噛んでいる。
常日頃から威圧感があるとか、女性に怖がられるとか、顔の表情がNGとか、屋敷のホルドをはじめ皆から注意を受けているのだ。
シルヴァスにも度々怖いから睨むなと言われたことがある。
ハルを怯えさせてしまった…。
次のダンスに誘っていた男が彼女を憐れむような眼で見ながら、
「残念!ですが、次は是非、私と踊って下さい。」
と言い残して、名残惜しそうに去っていった。
『何が次だ!さっさと消えろ。』と内心、フォルテナ伯爵・アスターは、その男に毒づいてしまったが、ハルをそっとダンスフロアから連れ出すと、できるだけ優しく見えるであろう表情を作り直して、言い訳をした。
「舞踏会は他にも色々ある。今回だけではないから、いきなり多くを相手にする必要はないさ。それより少しづつ、色んな出会いをした方が良いと思って…出過ぎた真似をした。すまない。」
そう言いながら、ハルにノンアルコールの飲み物を差し出す。
「それにダンス以外の事も経験してもらいたいなと思ったんだ。」
そして、アスターは続けて話すと、ハルをごまかす口実を探し、目についたデザートのテーブルを指し示した。
「ほら。」
そう言ってとハルを誘導するようにデザートの方に誘導する。
悲しげだったハルの顔が少し輝いた。
「すごいたくさんある。これ食べてもいいんですよね?!」
彼女の目の前には、年に一度の自分の誕生日会と同じくらいの量のデザートが、誘惑するように並んでいる。
「勿論!どれをお取しましょうか?我が家のお姫様。」
アスターが王子様とまではいかないが、わざと気どったような所作をして、ハルにケーキを取り分けてやる。
自分が女性に世話を焼くなんて、シルヴァスじゃあるまいしと考えつつも、アスターはせっせとハルの好きそうなデザートを物色し、皿に集めていた。




